2011年6月14日火曜日

井上ひさし『雨』

今日は、新国立劇場中劇場で、『雨』を観てきました。井上ひさしの作品であるということ以外になにも知らずに行ったのですが、脚本、演出(栗山民也)、演技(市川亀治郎、永作博美ほか)、舞台装置、音楽・音響、衣装などどれをとっても文句なしの素晴らしさで、芸術作品として傑作を観たという満足感でいっぱいです。江戸の時代物であるこの物語は、主人公である貧民が、ある旦那に見間違われるのをよいことに、姿をくらましたその人物になりすましてその生活を享受し、妻や愛人や彼をとりまく人々の疑念をかわしながら徐々にその旦那になりきっていく、という設定。このように、姿をくらましていた人物がある日突然帰郷し、本当にその本人なのかと周囲が疑いの目を向けるなかでそのコミュニティに根を下ろしていく、という物語は、西洋にもあり、16世紀フランスの史実を素材にしたThe Return of Martin Guerreという物語は、歴史家Natalie Damon Davisが研究書としても扱いまた映画にもなり、その焼き直しとして南北戦争期のアメリカを舞台にしたSommersbyという映画もあります。どちらもたいへん面白いのですが、この『雨』も、似たような物語の展開のなかで、江戸日本の商人文化や、大名・商人・百姓・貧民の力関係や人情、そして豊かな日本語の口語文化などを見事に描き出す、スケールの大きな作品。芸術的にも情感的にも知的にもとても満足できる傑作だと思いました。私はふだん、こまばアゴラ劇場のような小劇場で演劇を観ることが多く、客席から手の届くような距離で役者が演じる空間ならではの臨場感が高く密な経験は大好きなのですが、こうした大きな舞台でたっぷりとお金のかかった作品を観るのも、別の形の感動があります。今月末まで上演していますので、時間のあるかたは是非ともどうぞ。

それにしても、今日の公演には、高校生の団体が来ていたけれど、学校がよくあの作品を学生の観劇に選んだなあ、脚本を知らないで選んでしまったのかなあ、と思うような性的なテーマ(?)もありますよ。(笑)