いろんなことがあっていつにも増して忙しかった学期末の数週間が過ぎ、先ほど採点を終え、今学期の大学関連の業務はもうちょびっとで終わります。ここ数日間は、コネチカットの小学校での銃乱射事件で言葉を失うほどの衝撃を受け、「なんだって自分はわざわざこの国に住んでいるんだろう」と思っているさなかに、日本の選挙の結果を知り、こちらについてもウームと唸る状態。
国家の状況に取り組むにしても、とりあえず目の前にある自分の仕事をきちんとしなければ、と気分を切り替えて自分の執筆に集中しようと思っているさなかに、ハワイのダニエル・イノウエ上院議員逝去のニュースが入ってきました。88歳とはいえ、そんなに健康状態が悪かったとはまるで知らず、突然のニュースだったので、びっくりしました。
ダニエル・イノウエ議員は、上院でも勤務年数最長のベテラン中のベテラン議員でした。日系移民そして日系二世がアメリカ西海岸(および一部の人はハワイでも)で強制収容されるなか、日系人ばかりの442部隊(戦争中もっとも功績の多かった部隊のひとつ)に入隊し、イタリア戦線で負傷し右腕を失いました。軍の病院で治療・リハビリを受けた後ハワイに戻ってハワイ大学を卒業し、ワシントンのジョージ・ワシントン大学で法律を学んでから、1954年に多くの日系人が当選したいわゆるハワイの「民主党革命」といわれる大きな変化の流れのなかで、政治家としての道を歩み始め、ハワイが1959年に州としての地位を獲得するとともに、連邦議員としてのキャリアを築き始めました。その後、地元ハワイにさまざまな資金をもたらすと同時に、ウオーターゲート事件やイラン=コントラ事件の調査、公民権推進や貧困対策、先住民文化の保護などに大きな貢献を果たし、レーガン政権中の1988年には戦時中強制収容された日系人に謝罪と補償をする法案を、さらに1993年には、1893年にハワイ王国がアメリカ政府によって不当に転覆させられたことについてクリントン大統領が謝罪する法案を実現させるのに決定的な役割を果たしました。日系人、アジア系アメリカ人、非白人の政治家としてまさにパイオニアの存在であるばかりでなく、ベテラン上院議員として党を超えたきわめて強力な政治力をもっていたイノウエ氏。おりしも、もうひとりのハワイからの上院議員のアカカ氏が引退して、メイジー・ヒロノ氏にバトンタッチするところ。今後のワシントンにおけるハワイの位置づけがたいへん気になるところです。
報道によると、イノウエ氏の最期の言葉は、「Aloha」だったそうです。なんと素敵なお別れの言葉でしょうか。こちらからも、Aloha, Senator Inouye。いろいろな新聞の報道もなかなか興味深いので、よかったら読み比べてみてください。
ハワイの地元新聞はこちら。
ニューヨーク・タイムズはこちら。
ウオール・ストリート・ジャーナルはこちら。
日本版もできると最近発表されたハッフィントン・ポストはこちら。
ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2012年12月17日月曜日
2012年11月22日木曜日
Nayan Shah, _Stranger Intimacy_
こちらは今日はサンクスギビング。私は人生においてすでに22回(かな?)もサンクスギビングをアメリカで過ごしているにもかかわらず、いまだに一度も七面鳥を自分で焼いたことがないという驚異的な事実。なにしろ一人暮らしでは、いったんあんな鳥をオーブンで焼いてしまったら残り一生七面鳥ばかり食べることになるのではいうくらい大きいし、いつも人の家に出かけて行ってご馳走をいただくばかりで、たまには自分がホストしようかと思っても、人をよぶ前にまず練習で焼いてみなければと思うとなんとも面倒で、ついついよばれるがままに出かけて行ってしまうのです。今朝はせっかくの休みなのに早く目が覚めてしまったので、早朝ジョギングで400カロリー弱消費してきたものの、これから三つのパーティをはしごするので、400カロリーくらいではどうにも太刀打ちできない模様。
さて、先週は学会でプエルトリコに行ってきました。初めてだったので楽しみでしたが、学会の仕事と、私の学部で新任教員を採用するための一次面接を学会中ずっとやっていたので、観光はまるでできずに終わってしまいました。食事のときにちょっとサン・ホアンの旧市街をまわって、スペイン植民の歴史と現地の暮らしが興味深い形で混じり合っている様子がなんとも面白そうだったので、またいずれゆっくり行ってみたいです。
ハワイとプエルトリコは、まさにアメリカ領の西から東の端同士で、飛行機乗り継ぎ2回を含め片道20時間もかかります。時差も6時間。40代の身体にはなかなかツラい。その長旅の友としたのが、最近カリフォルニア大学サンディエゴ校から南カリフォルニア大学に移ってアメリカ研究・エスニシティ学部の学部長となったNayan ShahのStranger Intimacy: Contesting Race, Sexuality, and the Law in the North American West
。彼の前著Contagious Divides: Epidemics and Race in San Francisco's Chinatown
さて、先週は学会でプエルトリコに行ってきました。初めてだったので楽しみでしたが、学会の仕事と、私の学部で新任教員を採用するための一次面接を学会中ずっとやっていたので、観光はまるでできずに終わってしまいました。食事のときにちょっとサン・ホアンの旧市街をまわって、スペイン植民の歴史と現地の暮らしが興味深い形で混じり合っている様子がなんとも面白そうだったので、またいずれゆっくり行ってみたいです。
ハワイとプエルトリコは、まさにアメリカ領の西から東の端同士で、飛行機乗り継ぎ2回を含め片道20時間もかかります。時差も6時間。40代の身体にはなかなかツラい。その長旅の友としたのが、最近カリフォルニア大学サンディエゴ校から南カリフォルニア大学に移ってアメリカ研究・エスニシティ学部の学部長となったNayan ShahのStranger Intimacy: Contesting Race, Sexuality, and the Law in the North American West
も面白かったけれど、それにも増してこれはものすごい渾身の力作。狭く暗い座席で小さな光をもとに本を読むのは疲れるわ、疲れと時差で眠いわで、本当は飛行機では寝たかったのだけれど(そして実際に何時間かは寝もしたけれど)、読み始めたらあまりにも面白いのでついつい先を読み進めてしまい、往復の旅でほぼ読み終わり、ハワイに戻ってきてから結論を読みました。
この本は、20世紀初頭に南アジアからアメリカそしてカナダの西海岸に渡った労働者たちが、同胞の仲間たちそして白人や多人種の人々と、さまざまな形の親密な関係を築いていく過程において、彼らの人種や性にどのような意味付けがなされていったか、そしてそれらの意味付けが彼らの市民権をどう形作っていったかを、緻密な調査によって明らかにするもの。まず第一に、そのリサーチがすごい。裁判や移民局の記録やら、結婚や離婚の記録やらをくまなく調べ尽くし、南アジア出身の労働者たちの住生活、性生活、労働生活などを鮮明に描きだす。それなりにアジア系アメリカ研究は勉強してきているつもりの私も、まるで知らなかったという類いの話がもりだくさんで、単に「お話」の次元でもワクワクします。これらの労働者たちは、同胞の労働者たちとの共同生活のみならず、自分のもとで働く白人の労働者や、自分よりもずっと年下の少年(「青年」かな)、あるいは街で出会った白人の男性などと、性行為を含むさまざまな親密な関係を築き、移動性の高い労働形態そして同胞の女性との結婚を困難にする移民法の現実のなかで、自分たちなりの共同体そして「家族」を形成していきます。そのいっぽうで、20世紀が進むにつれてどんどんと強固になる二項対立的な性の定義とヘテロノーマティヴな「結婚」や「家庭」の概念が、そうした移民たちの生活や人間関係を排除し、あからさまな人種差別に変わって性と家庭の規範がこうした移民たちの市民権や財力を剥奪する道具となっていきます。その歴史的な流れを、実に多様な「家族」たちの物語を通じて見事に分析し理論化するShahの研究者そして執筆者としての手腕に、唸るばかり。ちょうど一昨日大学院の授業でMary LuiのThe Chinatown Trunk Mystery: Murder, Miscegenation, & Other Dangerous Encounters in Turn-of-the-Century New York City
を使ったばかりなのですが、いろいろな意味でLuiの本と一緒にして読むとさらに理解が深まり、アイデアも広がります。歴史研究の醍醐味を感じさせてくれ、アメリカ研究・人種研究・セクシュアリティ研究をする人には必読の一冊です。プエルトリコの学会でShahに5秒ほど会ったのだけれど、その時点ではまだ読んでいる途中で感動を伝えられなかったので、後でメールで賛辞を送るつもりです。
では、七面鳥第一弾のブランチを食べに出かけてきます。
2012年11月7日水曜日
選挙あれこれ
昨日は朝一番で投票に行ってから、結果が出るまでの数時間は仕事をしようと一応コンピューターに向かったものの気が気でなく、インターネットで選挙情報ばかりチェックする状態で結局ほとんどなにも達成しないままに終わり、夕方からは我が家に友達が集まってみんなでテレビを見ながらの「Four More Years Party」をしました。オハイオ州のおかげで意外に早く結果が出て、CNNがオバマ再選を宣言した時点でシャンペンを一本あけ、ロムニー氏が敗北宣言をした時点でもう一本あけ、オバマ大統領の再選スピーチの時点でもう一本。みんな、たぶん大丈夫だろうと思いながらも、万が一のことになったらどうしようという不安も抱えていたので、仲間とともにこのときを共有するのはとても心強く、(これは結果がよかったからですが)楽しいものです。我が家に限らず、私のまわりでは各地で選挙ウオッチングパーティが行われていましたが、このように選挙の結果をみんなで一緒に見守る、という文化は、やはりなんだかんだいって政治というものへの期待や希望が健在だからこそのものではないでしょうか。日本では、立候補している人が自分の身内や友達ならば、その人を囲んで選挙結果を見守るということはするでしょうが、そうでない一般の人たちがこのような「選挙パーティ」をして、シャンペンをあけたり冷や汗や涙を流す、という光景はあまり想像できないのでは。
さて、オバマ大統領の再選には本当にほっとしたものの、議会の関係はほとんど変化していないし、実際の投票数をみても、オバマ氏の大勝とはとてもいえないのが事実。オバマ大統領の勝利演説も、2008年の夢と希望に満ちたものとは種を異にするもので、現実の困難を前にした、実に厳粛でsoberingなものでした。「私はみなさんから多くのことを学び、みなさんの力でよりよい大統領になりました」という一言がさすが。(それにしても、チェルシー・クリントンのときもそうでしたが、オバマ大統領のふたりの娘、驚くほど大きくなったなあと、テレビを見ながらみんなで驚嘆しました。)
オバマ大統領再選については日本でもいくらでも報道されているでしょうから、選挙にかんするそれ以外の話題をいくつかご紹介します。
まず、ワタクシのお膝元ハワイでは、引退を表明したアカカ上院議員の後任ポストに、民主党のMazie Hirono下院議員と共和党のLinda Lingle元州知事が出馬していましたが、圧倒多数でHirono氏が当選しました。福島生まれで、8歳のときに母親とともにハワイに移民してきた彼女は、アジア人女性としては初の上院議員、また日本生まれの初の上院議員となります。また、ハワイ選出の下院議員には、日系のColleen Hanabusa氏とサモア生まれでヒンズー教徒のTulsi Gabbard氏のふたりの女性が当選。これによって、Daniel Inouye氏を含む4人のハワイ選出の上下両院の議員の全員が非白人、4人中3人が女性となります。また、ホノルル市では、もうずっと前から議論されている高架鉄道による公共交通網が市長選の争点となっているのですが、現行案に強く反対しているBen Cayetano元州知事はあっけなく落選(Cayetano氏は知事時代に公立教育への支援があまりにひどく、ハワイ大学および公立学校の教員がストライキをする事態になり、私も「ピケットキャプテン」をつとめた経験があるので、私もCayetano氏には投票せず)し、Kirk Caldwell氏が当選しました。
Mazie Hirono氏だけでなく、マサチューセッツ州のElizabeth Warren氏、同性愛者であることを公表している初の上院議員となるウィスコンシン州のTammy Baldwin氏などの当選によって、上院には史上最高の20人の女性議員が入ることが確定しています。下院でも現在の73人を上回る77人の女性議員が確定。レイプや中絶をめぐる共和党議員候補の極端な発言や、雇用における性差別にかんするロムニー氏の態度が大問題となっていましたが、これらの女性の当選は、政治におけるいわゆる「ガラスの天井」を打ち破るのに確かな一歩となっていると思います。
また、メイン州とメリーランド州では、同性婚を合法化する住民投票が通過し、住民投票によって同性婚が合法化される初のケースとなりました(これまで同性婚が合法化された州では、議会での立法または司法の判決による合法化でした)。これも、徐々にアメリカ国民の意識が変化していることの明るい印だと思います。
さらに、コロラド州とワシントン州では、娯楽目的でのマリファナの使用が合法化もされました。
というわけで、経済においても政治においてもけっして楽観するような状況ではないものの、悲観のあまりカナダに移住するような事態でもなく、「よし、頑張ろう」と気を引き締める、というのが今の現実。ともかく選挙で気が散ることはなくなったので、自分もアメリカも、平常心を取り戻してさまざまな仕事に集中せねば。ともかく、記念に、先日アラモアナ・ショッピングセンターで見つけたオバマグッズの写真を載せておきます。
さて、オバマ大統領の再選には本当にほっとしたものの、議会の関係はほとんど変化していないし、実際の投票数をみても、オバマ氏の大勝とはとてもいえないのが事実。オバマ大統領の勝利演説も、2008年の夢と希望に満ちたものとは種を異にするもので、現実の困難を前にした、実に厳粛でsoberingなものでした。「私はみなさんから多くのことを学び、みなさんの力でよりよい大統領になりました」という一言がさすが。(それにしても、チェルシー・クリントンのときもそうでしたが、オバマ大統領のふたりの娘、驚くほど大きくなったなあと、テレビを見ながらみんなで驚嘆しました。)
オバマ大統領再選については日本でもいくらでも報道されているでしょうから、選挙にかんするそれ以外の話題をいくつかご紹介します。
まず、ワタクシのお膝元ハワイでは、引退を表明したアカカ上院議員の後任ポストに、民主党のMazie Hirono下院議員と共和党のLinda Lingle元州知事が出馬していましたが、圧倒多数でHirono氏が当選しました。福島生まれで、8歳のときに母親とともにハワイに移民してきた彼女は、アジア人女性としては初の上院議員、また日本生まれの初の上院議員となります。また、ハワイ選出の下院議員には、日系のColleen Hanabusa氏とサモア生まれでヒンズー教徒のTulsi Gabbard氏のふたりの女性が当選。これによって、Daniel Inouye氏を含む4人のハワイ選出の上下両院の議員の全員が非白人、4人中3人が女性となります。また、ホノルル市では、もうずっと前から議論されている高架鉄道による公共交通網が市長選の争点となっているのですが、現行案に強く反対しているBen Cayetano元州知事はあっけなく落選(Cayetano氏は知事時代に公立教育への支援があまりにひどく、ハワイ大学および公立学校の教員がストライキをする事態になり、私も「ピケットキャプテン」をつとめた経験があるので、私もCayetano氏には投票せず)し、Kirk Caldwell氏が当選しました。
Mazie Hirono氏だけでなく、マサチューセッツ州のElizabeth Warren氏、同性愛者であることを公表している初の上院議員となるウィスコンシン州のTammy Baldwin氏などの当選によって、上院には史上最高の20人の女性議員が入ることが確定しています。下院でも現在の73人を上回る77人の女性議員が確定。レイプや中絶をめぐる共和党議員候補の極端な発言や、雇用における性差別にかんするロムニー氏の態度が大問題となっていましたが、これらの女性の当選は、政治におけるいわゆる「ガラスの天井」を打ち破るのに確かな一歩となっていると思います。
また、メイン州とメリーランド州では、同性婚を合法化する住民投票が通過し、住民投票によって同性婚が合法化される初のケースとなりました(これまで同性婚が合法化された州では、議会での立法または司法の判決による合法化でした)。これも、徐々にアメリカ国民の意識が変化していることの明るい印だと思います。
さらに、コロラド州とワシントン州では、娯楽目的でのマリファナの使用が合法化もされました。
というわけで、経済においても政治においてもけっして楽観するような状況ではないものの、悲観のあまりカナダに移住するような事態でもなく、「よし、頑張ろう」と気を引き締める、というのが今の現実。ともかく選挙で気が散ることはなくなったので、自分もアメリカも、平常心を取り戻してさまざまな仕事に集中せねば。ともかく、記念に、先日アラモアナ・ショッピングセンターで見つけたオバマグッズの写真を載せておきます。
2012年11月5日月曜日
Diana Vreeland: The Eye Has to Travel
もちろん日本でも報道はされているのでしょうが、フェースブックの投稿などを見るかぎり、先週アメリカ東海岸をおそったハリケーンへの日本の人々の反応はかなり鈍いというか、その深刻度が日本にはあまり伝わっていないようだという印象を受けますが、どうなのでしょうか。マンハッタンを含む広域で何百万人もの人が何日間も停電・洪水のなかで過ごし、被害者の数や家屋などの物理的破損・経済的損害も相当なものですが、ウオール・ストリートやニューヨークの地下鉄・トンネルなどが停止してしまうということの心理的打撃はかなり大きいのではないかと思います。
そして、明日はいよいよ選挙。一時はどうなるかと寿命が縮まる思いでしたが、ハリケーンへの対応によってオバマ大統領の再選見込みは助けられているような感触。それでも、もしもロムニー氏に転んでしまったら、最高裁判事の任命など、長期的に非常に大きなインパクトが予想されます。今回は時間がなくてあまり選挙戦に参加できていないのですが、明日は2008年同様、友達と集まって選挙の結果を見守る予定です。
さて、それとはまるで関係ないのですが、今週末に観た映画がたいへん面白かったのでご紹介。Diana Vreeland: The Eye Has to Travelという映画で、20世紀のアメリカ文化においてもっとも影響力をもった女性のひとりとされる、Diana Vreeland (1903-1989)の生涯と仕事と人となりを追ったドキュメンタリーです。
Diana Vreelandは、『ハーパース・バザー』誌のファッション欄担当の編集者を長年務めた後、『ヴォーグ』誌の編集長として、ファッション界の女王の座を占めた人物。『ヴォーグ』誌のポストを失った後は、メトロポリタン美術館の衣装研究所のディレクターとして、メトロポリタン史上初めて存命中のデザイナーを扱った展示を開催したり、美術とファッション・風俗の境界に挑戦を挑むような企画を次々と立ち上げて話題を呼びました。このメトロポリタンの職についたのは、彼女が70歳を迎えた後だったというのだから、そのバイタリティとクリエイティヴィティに脱帽。ファッションや写真を芸術の域まで高め、ジャクリン・ケネディのファッション・アドバイザーをつとめ、ツイッギーやシェールをデビューさせ、標準的な美人とはいえない女性たちの個性を前面的に押し出してその魅力を伝え、奇抜な構想でふんだんに予算を使ったファッション写真を次々に世に出していった彼女。読者が最初のページから最後のページまで順に通して筋を追うのではなく、あちこちに目を飛ばしながら瞬間的・断片的な新鮮さ・面白さをつかむという雑誌という媒体の特性をぞんぶんに活かして、雑誌そのものの価値を高めたという功績も。
映画はまさにその雑誌のような編集になっていて、何十年ものあいだに彼女がテレビ番組などでさまざまなジャーナリストたちと行ったインタビューの数々を切り貼りすることで構成されている。ゆえに、ひとつのテーマが徐々に展開されるとか、筋道だった物語があるとかいうわけではなく、話のなかには謎に包まれたままのこともあるのですが、それはそれでむしろ面白い。なにより魅力的なのが、Vreelandの人柄です。子供の頃は、妹と比べると容姿が悪いとして母親に可愛がられなかった、という彼女。映画にも登場する何人もの人がいうように、たしかに古典的な美人ではないかもしれない(とはいえ、とくに若い頃の写真をみると、ものすごーい美人のように私には見えますが)けれど、確固とした自分をもち、言いたいことを強くもち、それを堂々と人々に伝え、好奇心旺盛で偏見や因習にとらわれず、面白いことにはなんでも飛びついていく、その姿には、とてもインスパイアされます。いろんな意味でハチャメチャな人物なのですが、ハチャメチャのなにが悪い、と思わせてくれるような魅力と確信が彼女にはあります。日本で公開予定があるかどうかわかりませんが、機会のあるかたは是非観てみてください。
2012年10月14日日曜日
潮博恵『オーケストラは未来をつくる』
昨晩、ハワイ大学で開催されたハオチェン・チャンのリサイタルに行ってきましたが、想像どおり、というより想像を超えた演奏でした。2009年のクライバーン・コンクールのときは、彼のことを初めて知ったばかりで、もちろん演奏を聴くのも初めてだったし、なにしろコンクールという舞台だったので、それぞれの曲の演奏のすごさに驚嘆するばかりでしたが、今回はれっきとしたプロの演奏家となった彼のリサイタル。ほぼ毎日別の都市で演奏するというスケジュールのなかでは、練習時間を確保するのももちろんですが、毎回ほぼ同じプログラムの演奏に新鮮さや感動を保ち続けるのも難しいだろうと思うのですが、そんなことはみじんたりとも感じさせない、最高の演奏でした。私がコンクールのときに「天才だ」と思ったのに間違いはなかった、と今回さらに確信。技術的なことにももちろん驚嘆するのですが、それよりなにより、深い知性に裏付けされた繊細でかつ完璧にコントロールされた音楽性がすごい。それは、「月光ソナタ」の第一楽章や、シューマン「謝肉祭」の静かでゆっくりな部分(ペダルの使用をとても抑えている)やドビュッシーの前奏曲などによく表れます。プログラミングも非常によく考えられていて(今回ハワイで演奏したのは来週の日本ツアーと同じ演目)、音色や情感の幅を聴衆が堪能できるようになっています。あー、行ってよかった。
でも、今回の投稿の目玉はハオチェンではなく、今月あたまに発売になったばかりの新刊、『オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦』
の紹介です。著者は、2006年以来マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の活動を追跡・紹介するウェブサイトを運営してきた潮博恵さん。このサイトで私の『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』
を紹介してくださったのをたまたま目にしたところ、その紹介のしかたが非常に的を得ていて、著者が伝えたかったこと・感じ取ってほしかったことを正確に捉えてくださっているのに感動。そしてサイト全体を見てみると、潮さんがサンフランシスコ交響楽団にかける情熱と驚くべき調査能力とフットワーク(なにしろ、たまたま聴いた一枚のCDに感動して、次の週末にはサンフランシスコまで飛んで演奏会に行った、というのだからすごい。そして、サンフランシスコだけでなく、ヨーロッパだろうがマイアミだろうが、どこでも出かけていくその行動力には圧倒されます)もさることながら、問題意識のもちかたや見聞きしたことの分析・評価、そして情報や文章のまとめかたに、キラリと光る知性(そしてユーモアのセンス)が満ちている。サンフランシスコ交響楽団のことだけでなく、芸術支援全般について幅広い知識と関心をもっているかたであるのが明らかなので、私は潮さんに連絡をとり、光栄にも知り合いとなることができました。で、「これだけ調べ上げ、まとめあげているのだから、このサイトの内容を本の形にしたらいいですよ」と提案し、アルテスパブリッシングの編集者をご紹介してみたところ、本当にそれが実現した、という次第。というわけで、私は自分が書いた本でもないのに、勝手に半分自分の手柄のような気持ちになっているわけです。
と、前置き説明が長くなりましたが、肝心の内容です。日本では、海外オーケストラというと、ベルリン・フィルだとかウィーン・フィルだとか、ヨーロッパの名門オケをありがたがる傾向が強く、アメリカのオーケストラでもせいぜいニューヨーク・フィルハーモニックや小澤征爾が数十年間リードしたボストン交響楽団くらいしか、一般の人には馴染みがないだろうと思います。ニューヨーク・フィルやボストン交響楽団が非常に立派なオケであることは間違いないですが、アメリカで今もっとも「元気のある」オーケストラといえばむしろ、『現代アメリカのキーワード』
でも紹介したロスアンジェルス・フィルやここで紹介されているサンフランシスコ交響楽団といった、西海岸のオケ。ロスアンジェルス・フィルは、フランク・ゲーリー設計のディズニー・ホールとエサ=ペッカ・サロネンの指揮のもとで大きく発展した後、クラシック音楽界の新星ギュスタヴォ・デュダメルを迎えて、もうコワいものなし、という感じですが、そのかたわら、サンフランシスコ交響楽団は、1995年以来音楽監督を務めているマイケル・ティルソン・トーマスのもとで、音楽的にも社会的にも多様で重要な問いかけをしながら、第一線の活動を続けています。
この本の核となっているいくつかのポイントは以下のようなもの。
ひとつは、クラシック音楽におけるクリエイティヴィティとはなにか、とくに、オーケストラの演奏が現代の人々にとってもつレレヴァンスとはなにか、という問い。演奏されるレパートリーの多くが百年以上前に作曲されたものであり、いわゆる「名作」はありとあらゆる演奏家が繰り返し演奏・録音をしてきているクラシック音楽の世界において、今の時代の聴衆にとっても意味をもち、問いかけや挑発や興奮を与える音楽創造とは、どういう行為か。
もうひとつは、オーケストラという組織が地域社会、そして広く世界に提供するものはなにか、という問い。アメリカでは、都市の大小にかかわらず、オーケストラはその「街のもの」という意識が強く、ボードと呼ばれる理事会の役員からボランティアをする一般市民にいたるまで、地元の人々がその運営にかかわり支援している。運営資金も半分以上が民間からの寄付によるオーケストラがほとんど。そうしたなかで、オーケストラが地域の人々に愛され支援され続けるためには、どんな活動をしてどんな関係を築いていくことが必要か。また、グローバル化が進むなかで、地元だけでなくひろく世界に評価され、芸術界のリーダーとして活動するには、なにをすべきか。そしてさらに、オーケストラを支える市民の役割とはどんなものか。オーケストラがどんなに頑張って素晴らしい演奏をしたとしても、聴衆がそれを受け身でありがたがっているだけでは、現代の経済構造のなかではオーケストラが持続的にいい活動を続けていくことは難しい。オーケストラが社会で重要な役割を果たす有機的なメンバーとなるためには、市民がなにをすべきか。
そしてさらには、現代において、インターネットをはじめとするテクノロジーと、クラシック音楽は、どのような関係をもちうるか、という問い。新しいデジタル技術がもたらす可能性を、芸術性をさらに高め、かつ音楽家や聴衆との関係を深化させるために使うためには、どのような方法があるか。
といった問いを、潮さんは、マイケル・ティルソン・トーマスのビジョンとリーダーシップ、そしてサンフランシスコ交響楽団が取り組んできたさまざまなプロジェクトを丁寧に紹介しながら考察しています。潮さんは大学で音楽学を専攻し、音楽にかんして深い知識をもった人なので、演奏の記述にかんしてはいわゆる「クラオタ」の読者にとっても読み応えのあるものとなっていますが、この本の中心は、演奏について細かくあれこれ批評することにあるのではなく、芸術団体と社会のかかわりあいを考えることにあります。なので、とくにクラシック音楽の素養がない人でも、クリエイティヴィティの追求や組織の運営・経営といった視点からたいへん興味ぶかく読めるはず。とくに、サンフランシスコ交響楽団の教育プログラムや、ネットを通して世界の誰でも視聴できる「キーピング・スコア」というドキュメンタリーとコンサート映像のプロジェクト、自主レーベルによる録音、フロリダにある若手音楽家養成のためのプログラムであるニュー・ワールド・シンフォニーや、インターネット時代のクラシック音楽のありかたを模索するユーチューブ・シンフォニーなどについての記述は、読んでいて実にワクワクし、是非自分も観てみようとか、いつか現場に行ってみたいとかいう気持ちになります。そしてこの本、読んでいてなんだか「自分も頑張ろう!」という気持ちになって元気が出ます。そして、「ああ、こういう才能とビジョンにあふれた人たちが、こんなに頑張って新しいことを開拓し、社会と文化を刺激し続けてくれているんだったら、世界には希望がある」と思わせてくれます。
あえて注文をつけるなら、サンフランシスコという街そしてベイエリアという地域がどういう歴史と風土をもち、どういう人々がそこに住んでいて、それが東海岸や中西部などとはどのように違う気質を生んできたのか、シリコンバレーのIT産業の成長が地域社会にどんな影響を与えてきたのか、それがサンフランシスコ交響楽団にとってどういうことを意味してきたのか、といったことについて、もうちょっと詳しい記述があればよかったなあと思うのですが、それはアメリカ研究者としての個人的な希望。とにもかくにも、この力作、知識も増えるし、さまざまなことを考えさせられるし、感動も元気も得られる(また、笑わせてももらえます。184ページの「ハックション!!」エピソードには大笑いしました。「事件」自体も可笑しいけれど、それを描く潮さんの姿勢と文章がまた面白い)しで、よいことづくめなので、ぜひとも今すぐご購入を!
でも、今回の投稿の目玉はハオチェンではなく、今月あたまに発売になったばかりの新刊、『オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦』
と、前置き説明が長くなりましたが、肝心の内容です。日本では、海外オーケストラというと、ベルリン・フィルだとかウィーン・フィルだとか、ヨーロッパの名門オケをありがたがる傾向が強く、アメリカのオーケストラでもせいぜいニューヨーク・フィルハーモニックや小澤征爾が数十年間リードしたボストン交響楽団くらいしか、一般の人には馴染みがないだろうと思います。ニューヨーク・フィルやボストン交響楽団が非常に立派なオケであることは間違いないですが、アメリカで今もっとも「元気のある」オーケストラといえばむしろ、『現代アメリカのキーワード』
この本の核となっているいくつかのポイントは以下のようなもの。
ひとつは、クラシック音楽におけるクリエイティヴィティとはなにか、とくに、オーケストラの演奏が現代の人々にとってもつレレヴァンスとはなにか、という問い。演奏されるレパートリーの多くが百年以上前に作曲されたものであり、いわゆる「名作」はありとあらゆる演奏家が繰り返し演奏・録音をしてきているクラシック音楽の世界において、今の時代の聴衆にとっても意味をもち、問いかけや挑発や興奮を与える音楽創造とは、どういう行為か。
もうひとつは、オーケストラという組織が地域社会、そして広く世界に提供するものはなにか、という問い。アメリカでは、都市の大小にかかわらず、オーケストラはその「街のもの」という意識が強く、ボードと呼ばれる理事会の役員からボランティアをする一般市民にいたるまで、地元の人々がその運営にかかわり支援している。運営資金も半分以上が民間からの寄付によるオーケストラがほとんど。そうしたなかで、オーケストラが地域の人々に愛され支援され続けるためには、どんな活動をしてどんな関係を築いていくことが必要か。また、グローバル化が進むなかで、地元だけでなくひろく世界に評価され、芸術界のリーダーとして活動するには、なにをすべきか。そしてさらに、オーケストラを支える市民の役割とはどんなものか。オーケストラがどんなに頑張って素晴らしい演奏をしたとしても、聴衆がそれを受け身でありがたがっているだけでは、現代の経済構造のなかではオーケストラが持続的にいい活動を続けていくことは難しい。オーケストラが社会で重要な役割を果たす有機的なメンバーとなるためには、市民がなにをすべきか。
そしてさらには、現代において、インターネットをはじめとするテクノロジーと、クラシック音楽は、どのような関係をもちうるか、という問い。新しいデジタル技術がもたらす可能性を、芸術性をさらに高め、かつ音楽家や聴衆との関係を深化させるために使うためには、どのような方法があるか。
といった問いを、潮さんは、マイケル・ティルソン・トーマスのビジョンとリーダーシップ、そしてサンフランシスコ交響楽団が取り組んできたさまざまなプロジェクトを丁寧に紹介しながら考察しています。潮さんは大学で音楽学を専攻し、音楽にかんして深い知識をもった人なので、演奏の記述にかんしてはいわゆる「クラオタ」の読者にとっても読み応えのあるものとなっていますが、この本の中心は、演奏について細かくあれこれ批評することにあるのではなく、芸術団体と社会のかかわりあいを考えることにあります。なので、とくにクラシック音楽の素養がない人でも、クリエイティヴィティの追求や組織の運営・経営といった視点からたいへん興味ぶかく読めるはず。とくに、サンフランシスコ交響楽団の教育プログラムや、ネットを通して世界の誰でも視聴できる「キーピング・スコア」というドキュメンタリーとコンサート映像のプロジェクト、自主レーベルによる録音、フロリダにある若手音楽家養成のためのプログラムであるニュー・ワールド・シンフォニーや、インターネット時代のクラシック音楽のありかたを模索するユーチューブ・シンフォニーなどについての記述は、読んでいて実にワクワクし、是非自分も観てみようとか、いつか現場に行ってみたいとかいう気持ちになります。そしてこの本、読んでいてなんだか「自分も頑張ろう!」という気持ちになって元気が出ます。そして、「ああ、こういう才能とビジョンにあふれた人たちが、こんなに頑張って新しいことを開拓し、社会と文化を刺激し続けてくれているんだったら、世界には希望がある」と思わせてくれます。
あえて注文をつけるなら、サンフランシスコという街そしてベイエリアという地域がどういう歴史と風土をもち、どういう人々がそこに住んでいて、それが東海岸や中西部などとはどのように違う気質を生んできたのか、シリコンバレーのIT産業の成長が地域社会にどんな影響を与えてきたのか、それがサンフランシスコ交響楽団にとってどういうことを意味してきたのか、といったことについて、もうちょっと詳しい記述があればよかったなあと思うのですが、それはアメリカ研究者としての個人的な希望。とにもかくにも、この力作、知識も増えるし、さまざまなことを考えさせられるし、感動も元気も得られる(また、笑わせてももらえます。184ページの「ハックション!!」エピソードには大笑いしました。「事件」自体も可笑しいけれど、それを描く潮さんの姿勢と文章がまた面白い)しで、よいことづくめなので、ぜひとも今すぐご購入を!
2012年10月12日金曜日
The Sapphires @ ハワイ国際映画祭
今年で32回目を迎えるハワイ国際映画祭が、昨日オープンしました。大学の仕事が忙しい時期にいつもあるので、せっかく興味深い映画がたくさんあっても行けないことが多いのですが、初日の映画がとても面白そうで、たまたまスケジュールに合ったので行ってきました。この夏全豪で公開されたという、ウェイン・ブレア監督のオーストラリア映画『The Sapphires』。最近観たなかではもっとも満足度の高い映画のうちのひとつに入る、とてもいい映画でした。
植民地化と白豪政策の歴史をもつオーストラリアで、居留地に住むアボリジニー先住民の子供たち、とくに肌の色が比較的白い子供たちが、政府や教会によって強制的に連れ去られて、家族から隔離されて孤児院などで「白人化」教育を受けさせられた、という信じがたい行為がなんと1960年代まで行われていましたが、その残酷な歴史のなかでの実話をもとにしたこの映画。並外れた歌声と、なにをも恐れぬ性格をもつ、居留地に住む10代の3人姉妹が、町のバーでの音楽コンテストに出場するところから物語は始まる。あきらかに彼女たちがずば抜けたパフォーマンスをしたにもかかわらず、先住民を人間扱いしない白人たちに冷たい目を向けられ、果てには会場から追い出される3人。その姉妹の才能を認め、歯に衣着せずものを言う彼女たちの勢いに動かされて、アイルランド人のデイヴが、ベトナムにいるアメリカ海兵隊の慰問ツアーをする歌手のオーディションに向けて彼女たちを特訓することになる。白人に連れ去られて何年も家族が消息を知らされていなかった従妹が三姉妹に加わり、四人は「あのね、きみたちは黒人なんだから、カントリー&ウェスタンなんて歌ってたってまるで説得力がないんだよ」というデイヴに、ソウルやR&Bの精神と音楽を教え込まれる。「ザ・サファイアーズ」というバンド名でベトナム行きが実現した4人と、彼女たちのマネージャーとして同行するデイヴが、サイゴンの街そして戦地で、アメリカ兵士たちに熱い歓声を浴びながら、戦争や人種関係の現実を目の当たりにし、スターエンターテイナーに成長していく。
純粋に楽しい歌の数々、負けん気に満ちた四人の女性たちと頼りになるのかならないのかよくわからない酒飲みのデイヴのコミカルややりとり、生まれたり消えたりする男女の心の通い合いなど、「エンターテイメント」に満ちた物語でありながら、植民地の暴力や戦争の現実、オーストラリアそしてアメリカの人種関係が生むさまざまな傷から目をそらさないところがよい。居留地での生活のなかで華やかな人生を夢見る若い女性たちの夢を実現させるのが、ベトナム戦争とアメリカ軍であるという皮肉も、そうした矛盾のなかでも歌や舞台が彼女たちにいろんな意味での「パワー」を与えるという事実も、よく描かれています。
ちょうど、私の大学院生のひとりが、1920年代から1970年代にかけて、アメリカの資本や軍の影響下、国境を超えてエンターテイナーとして活躍した韓国人女性たちについての博士論文を書き始めるところなのですが、その学生も、この映画を観て、多くのことを考えたようです。日本で公開予定があるかどうかわかりませんが、機会があったら是非観てみてください。
植民地化と白豪政策の歴史をもつオーストラリアで、居留地に住むアボリジニー先住民の子供たち、とくに肌の色が比較的白い子供たちが、政府や教会によって強制的に連れ去られて、家族から隔離されて孤児院などで「白人化」教育を受けさせられた、という信じがたい行為がなんと1960年代まで行われていましたが、その残酷な歴史のなかでの実話をもとにしたこの映画。並外れた歌声と、なにをも恐れぬ性格をもつ、居留地に住む10代の3人姉妹が、町のバーでの音楽コンテストに出場するところから物語は始まる。あきらかに彼女たちがずば抜けたパフォーマンスをしたにもかかわらず、先住民を人間扱いしない白人たちに冷たい目を向けられ、果てには会場から追い出される3人。その姉妹の才能を認め、歯に衣着せずものを言う彼女たちの勢いに動かされて、アイルランド人のデイヴが、ベトナムにいるアメリカ海兵隊の慰問ツアーをする歌手のオーディションに向けて彼女たちを特訓することになる。白人に連れ去られて何年も家族が消息を知らされていなかった従妹が三姉妹に加わり、四人は「あのね、きみたちは黒人なんだから、カントリー&ウェスタンなんて歌ってたってまるで説得力がないんだよ」というデイヴに、ソウルやR&Bの精神と音楽を教え込まれる。「ザ・サファイアーズ」というバンド名でベトナム行きが実現した4人と、彼女たちのマネージャーとして同行するデイヴが、サイゴンの街そして戦地で、アメリカ兵士たちに熱い歓声を浴びながら、戦争や人種関係の現実を目の当たりにし、スターエンターテイナーに成長していく。
純粋に楽しい歌の数々、負けん気に満ちた四人の女性たちと頼りになるのかならないのかよくわからない酒飲みのデイヴのコミカルややりとり、生まれたり消えたりする男女の心の通い合いなど、「エンターテイメント」に満ちた物語でありながら、植民地の暴力や戦争の現実、オーストラリアそしてアメリカの人種関係が生むさまざまな傷から目をそらさないところがよい。居留地での生活のなかで華やかな人生を夢見る若い女性たちの夢を実現させるのが、ベトナム戦争とアメリカ軍であるという皮肉も、そうした矛盾のなかでも歌や舞台が彼女たちにいろんな意味での「パワー」を与えるという事実も、よく描かれています。
ちょうど、私の大学院生のひとりが、1920年代から1970年代にかけて、アメリカの資本や軍の影響下、国境を超えてエンターテイナーとして活躍した韓国人女性たちについての博士論文を書き始めるところなのですが、その学生も、この映画を観て、多くのことを考えたようです。日本で公開予定があるかどうかわかりませんが、機会があったら是非観てみてください。
2012年10月11日木曜日
ハオチェン・チャン 日本ツアー
2009年のクライバーン・コンクールにかんして、日本の報道は辻井伸行さんにばかり集中していました(それはじゅうぶん理解できることです)が、辻井さんと一位の座を分けた上海出身のハオチェン・チャンについては、『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』
で詳しく紹介しました。私はたまたまコンクールの開幕ガラ・ディナーで彼とホストファミリーと同じテーブルになったことから、彼が予選の演奏をする前にかなりじっくりとインタビューをする機会に恵まれ、当時はまだ18歳(彼はコンクールの最中に19歳の誕生日を迎えた)だった彼の類いまれな深い知性に本当に感心しました。演奏は、音のひとつひとつが輝きに満ち、なにかの魔力が心身にとりついたかのような集中力で、とくに準本選でのショパン前奏曲全24曲は、歴史に残る演奏のように私には思えました。
そのハオチェンが、ただ今ハワイを演奏ツアー中。月曜日にハワイ大学でマスタークラスがあったので見学してきましたが、演奏を聴くのとはまた別の大きな感動。彼の音楽家としてのありかたが非常によくわかるマスタークラスでした。もちろん、生徒の演奏について、具体的な箇所の具体的なアドバイスもたくさんするのですが、それと同時に、それぞれの作曲家や作品や様式の背景にある思想や文化について、じっくりと説明する。ショパンのバラード第一番が題材としている物語とか、リストのソナタロ短調が展開している「ファウスト」のテーマのさまざまな解釈の可能性とかいったことは、知識としては、音楽を専門としている人は持っていて当然な種類のものなのでしょうが、そうした説明にかなりの時間を割く、というところに、彼の音楽家としての姿勢が表れていました。技術的なことや、個々のフレーズの表情のつけかたなどについても、きわめて具体的にしてかつ幅広く応用できる指導をしていて、私は聞きながらたくさんノートをとりました。熟年のベテランピアニストならともかくとして、演奏している学生とほぼ同年齢の彼が、「マスター」の名にふさわしい幅広い知識と深い芸術性を備えていることに、あらためて感心。


マスタークラスの後は、ハワイ大学のピアノ教授と私の3人で食事に行き、いろいろとおしゃべりをしました。クライバーン優勝後の彼の生活は、聞いているだけでこちらが疲れるくらいで、生活の拠点であるフィラデルフィア(彼は今年5月にカーティス音楽院を卒業しましたが、その後もフィラデルフィアをadopted homeとしている)で過ごすのは年の三分の一ほどで、後はずっと世界各地をまわるツアー生活。ツアー旅程を見ると、本当にほとんど毎日別の都市で演奏をしている。毎日外食で毎晩別のホテルに泊まり、飛行機で移動するという生活で、病気にならないだけでも不思議なくらいですが、「風邪をひかないための対策とかしているの?」と訊くと、「いや〜、一年に一度くらいは風邪をひく」と言っていましたが、あの生活で一年に一度しか風邪をひかないのは、やはり若さの力でしょうか。どこの都市に行っても観光をする時間もまるでなく、演奏が終わったらホテルに戻って次の日に備える、という生活、私だったら数ヶ月もしたら「もう結構です」と思うんじゃないかという気がしますが、演奏家のキャリアに向いている人とそうでない人の違いには、そういう要素も大きいのでしょう。それでも、知的好奇心の強いハオチェンは、ハワイの歴史や人種関係、自然環境や資源などについて、次々と私たちに質問していました。
彼は今はハワイの他の島をツアー中ですが、今週土曜日にはホノルルに戻ってリサイタルをし、その後は六の都市をまわる日本ツアーがあります。東京での公演は19日(金)のすみだトリフォニーです。まだチケットが残っているのかどうかわかりませんが、私が2009年に「天才の誕生を目撃した」と感じた彼の演奏を、みなさんにも体験していただきたいので、チケットが手に入ったら是非とも聴きに行ってください!
そのハオチェンが、ただ今ハワイを演奏ツアー中。月曜日にハワイ大学でマスタークラスがあったので見学してきましたが、演奏を聴くのとはまた別の大きな感動。彼の音楽家としてのありかたが非常によくわかるマスタークラスでした。もちろん、生徒の演奏について、具体的な箇所の具体的なアドバイスもたくさんするのですが、それと同時に、それぞれの作曲家や作品や様式の背景にある思想や文化について、じっくりと説明する。ショパンのバラード第一番が題材としている物語とか、リストのソナタロ短調が展開している「ファウスト」のテーマのさまざまな解釈の可能性とかいったことは、知識としては、音楽を専門としている人は持っていて当然な種類のものなのでしょうが、そうした説明にかなりの時間を割く、というところに、彼の音楽家としての姿勢が表れていました。技術的なことや、個々のフレーズの表情のつけかたなどについても、きわめて具体的にしてかつ幅広く応用できる指導をしていて、私は聞きながらたくさんノートをとりました。熟年のベテランピアニストならともかくとして、演奏している学生とほぼ同年齢の彼が、「マスター」の名にふさわしい幅広い知識と深い芸術性を備えていることに、あらためて感心。

マスタークラスの後は、ハワイ大学のピアノ教授と私の3人で食事に行き、いろいろとおしゃべりをしました。クライバーン優勝後の彼の生活は、聞いているだけでこちらが疲れるくらいで、生活の拠点であるフィラデルフィア(彼は今年5月にカーティス音楽院を卒業しましたが、その後もフィラデルフィアをadopted homeとしている)で過ごすのは年の三分の一ほどで、後はずっと世界各地をまわるツアー生活。ツアー旅程を見ると、本当にほとんど毎日別の都市で演奏をしている。毎日外食で毎晩別のホテルに泊まり、飛行機で移動するという生活で、病気にならないだけでも不思議なくらいですが、「風邪をひかないための対策とかしているの?」と訊くと、「いや〜、一年に一度くらいは風邪をひく」と言っていましたが、あの生活で一年に一度しか風邪をひかないのは、やはり若さの力でしょうか。どこの都市に行っても観光をする時間もまるでなく、演奏が終わったらホテルに戻って次の日に備える、という生活、私だったら数ヶ月もしたら「もう結構です」と思うんじゃないかという気がしますが、演奏家のキャリアに向いている人とそうでない人の違いには、そういう要素も大きいのでしょう。それでも、知的好奇心の強いハオチェンは、ハワイの歴史や人種関係、自然環境や資源などについて、次々と私たちに質問していました。
彼は今はハワイの他の島をツアー中ですが、今週土曜日にはホノルルに戻ってリサイタルをし、その後は六の都市をまわる日本ツアーがあります。東京での公演は19日(金)のすみだトリフォニーです。まだチケットが残っているのかどうかわかりませんが、私が2009年に「天才の誕生を目撃した」と感じた彼の演奏を、みなさんにも体験していただきたいので、チケットが手に入ったら是非とも聴きに行ってください!
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