先日このブログで紹介したSoyeon Leeから、昨日ピアノのレッスンを受けました。ほんの1時間に、技術的にも音楽的にも本当にいろんなことを教わり、自分にとっての曲そして楽器の可能性がわっと広がった感触。嬉しくて、早く家に帰って復習と練習をしたかったのですが、レッスンの直後に彼女のマスタークラスがあったので、それを2時間見学。こちらもまた素晴らしかった。ハワイ大学でピアノを専攻する学部生と大学院生合わせて4人がそれぞれ30分ずつ指導を受けたのですが、どの演奏についても即座に問題点をとらえ具体的な解決法を示すさまは、まさにマスターとしか言いようがないと同時に、チャーミングな人柄で生徒を精神的にリラックスさせる様子も素晴らしい。ピアノについてたくさん勉強しただけでなく、教師として学ぶことがとても多かったです。
マスタークラスといえば、先日こんなものを発見してしまいました。カーネギーホールのWeill Music Instituteが、若手音楽家が世界的な芸術家から集中的な訓練を受けるためのワークショップを主催しているのですが、その様子が、なんとネットで見られるようになっています。現在ネットにのっているのは、レオン・フライシャーによるシューベルトの後期ソナタのマスタークラス。こんなものが自宅でネットで見られるなんて、なにかの拍子で天国に来たかと思うほど素晴らしい。しかも、「クレッシェンド」とか「リズム」とか「ペダル」とかいった具体的な項目についての指導を見たければすぐその箇所に行けるようになっているばかりか、楽譜の該当箇所を見ながら指導を見学できるようにまでなっていて、文句のつけどころのない親切ぶり。見ているだけで自分までピアノが上手になりそうな気持ちになり、私は一日中これを見て過ごしたい気分。さすがにレオン・フライシャーがトップレベルの若手演奏家を指導しているだけあって、ピアノの弾き方にかんする技術的なことだけでなく、シューベルトの音楽の芸術性についての深い理解と解釈が、生徒だけでなく聴衆にも披露されている。こういうものをインターネットで世界に公開しようという主催者とそれを可能にする資金提供者の精神が実に立派。
これを発見して興奮していたところに、今朝はまた別の音楽関連のネット資料を発見。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のデジタル資料館です。1842年以来のニューヨーク・フィルのありとあらゆる史料がこれからデジタル化されるらしいのですが、その第一段階として、1943年から1970年までの史料がネットで公開されています。これがとにかくすごい!!!リンカーンセンターのみならず世界各地のツアー公演のプログラムなどはもちろん、レナード・バーンスタインが書き込みをした楽譜(しかも、音源を聴きながらその楽譜を見られるようになっている!)だとか、プログラミングにあたってのスタッフミーティングの記録や書簡だとか、あらゆる写真だとか、もう、研究者としては涙が出るやらよだれが出るやらの史料がいっぱいで、私は見ているだけで文字通り心臓がドキドキしてきました。音楽を焦点のひとつにした文化政策や文化外交についての研究をしようとしている私としては、この人たちは私のためにこのデジタル資料館を作ってくれたんじゃないかと思ってしまうくらい貴重なソース。
クラシック音楽のファン層が高齢化して、熱心にクラシック音楽を勉強するのはアジア人ばかりという傾向を嘆く人たちも少なくないですが、このような形でニューメディアを駆使して、たんに演奏をネットで公開したり販売したりというだけでなく、一般聴衆はもちろん専門家の音楽理解を深めるような画期的な試みに取り組んでいる人たちがいるということを知ると、クラシック音楽の将来も明るいのではないかと思います。こういうことを企画する人たちと一緒に仕事をしてみたい!
ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2012年3月9日金曜日
2012年3月5日月曜日
ハワイ・シンフォニー・オーケストラ誕生!
昨日3月4日は、ハワイのコミュニティにとっては記念すべき大きな一日でした。以前の投稿でも言及しましたが、ハワイにひとつのプロのオーケストラとして長年愛されてきたホノルル・シンフォニーが2年前に経営難で破産申告をし、以来ハワイでは交響楽の生演奏は聴くことができない状態でした。私の友達もたくさんホノルル・シンフォニーの団員をしていたのですが、ハワイは島ゆえ、アメリカ本土の大きな都市と違って車で通える距離にフリーランスの演奏の仕事がそうあるわけでもなく、生計を立てられず、仕方なく長年住み慣れたハワイを去っていく人も何人もいました。しかし、ホノルル・シンフォニーのメンバーたちは、交響楽の演奏に加えて、ソロや室内楽の演奏、オペラやバレエのための演奏、学校の音楽プログラムや個人レッスンを通じての地域の音楽教育、世界各地からハワイを訪れる演奏家の公演プロデュースなど、プロの音楽家たちだからこその重要な役割を果たしていました。ホノルルの規模の都市にプロのオーケストラがないのは街そして州全体の文化度に大きな悪影響で、どうしても困る、と考える人たちは多く、音楽家たちの活動を支える寄付活動が続くかたわら、コミュニティの一部の有力者たちがオーケストラの再組織化を企画し続けていました。昨年秋には新シーズンが始まるとか、クリスマスシーズンにこそ発表になるとか、いろいろな噂が流れつつも、なかなか確とした発表がなかったのですが、先月にようやく、新しい理事たちのリーダーシップのもと、ハワイ・シンフォニー・オーケストラという新名称でオーケストラが再出発することが公表されました。そして、昨日4日がその新オーケストラのシーズン初日のコンサートだったわけです。新オーケストラとはいっても、メンバーのほとんどはホノルル・シンフォニーの旧メンバー。この日を待ちながらこの2年間個人レッスンやその他の仕事でなんとか生計を立てていた人たちもいれば、しばらくアメリカ本土などに行っていたけれどもこのシーズン開始に合わせてハワイに戻ってきた人たちもいます。
私は大張り切りで、友達7人と一緒にチケットを取って出かけました。それこそ「Welcome back, Symphony!」とでも書いた垂れ幕でも持って行こうかと思ったのですが、シンフォニーでそれはちょっと品がないかと思ってその案はとりやめ。でも、ホールに着いてみると、ホノルルじゅうが大喜びでこの日を迎えているということが一瞬にしてわかるほど、人々の熱気がいっぱいで、その場にいるだけでワクワクしてきました。そして、コンサート開始にあたり、「Ladies and gentleman, here is the Hawai‘i Symphony Orchestra!」というアナウンスが流れると、満員御礼のホールの聴衆は全員が一斉に立ち上がり、大歓声と大拍手の嵐。私たちも誰にも負けないくらい大声をあげていましたが、ホール全体が、オーケストラのコンサートでこんな大騒ぎは見たことがない、というほどの熱狂ぶり。しかもまだオーケストラが一音も演奏していないときから、何分間にもわたる総立ちの大拍手。舞台にそろった団員たちも、聴衆の愛情と熱気を感じ取ったと思いますが、聴衆たちの側も、この瞬間を共にしているという一体感があり、知らない人たち同士でも皆微笑み合って、実に胸が熱くなる時間でした。
初コンサートの指揮者は大友直人氏。演目前半は、ウェーバーの「オベロン」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調、ピアニストはハワイ出身で日本でもさまざまな活動をしているリサ・ナカミチさん。休憩をはさんで、後半は堂々のベートーベン交響曲第5番。変な小細工をしない、正々堂々のプログラムですが、2年間このメンバーで演奏をしていなかったとは思えない、素晴らしいアンサンブルの見事な音楽で、「ああ、交響楽とはこういうものだった」という思いが五感にしみわたる経験でした。もちろん、ベートーベンの最後の劇的なハ長調和音が響き終わるや否や、聴衆はまた総立ちの大々拍手。普段は演奏会の最後に、スタッフによって指揮者にレイがかけられますが、今回は団員全員にもレイがかけられ、聴衆の拍手と歓声が長ーいこと鳴り止みませんでした。ああ、地域社会にオーケストラがあるということはこういうことなんだなあと、涙が出るような思いがすると同時に、このコミュニティのとても重要な瞬間を多くの人々と共有した気持ちがしました。末長くこのオーケストラが、この土地の暮らしを豊かにしてくれますように!日本や他の場所からハワイを訪れるかたも、ぜひハワイ・シンフォニー・オーケストラのスケジュールをチェックして、ぜひともコンサートに足を運んでください。
私は大張り切りで、友達7人と一緒にチケットを取って出かけました。それこそ「Welcome back, Symphony!」とでも書いた垂れ幕でも持って行こうかと思ったのですが、シンフォニーでそれはちょっと品がないかと思ってその案はとりやめ。でも、ホールに着いてみると、ホノルルじゅうが大喜びでこの日を迎えているということが一瞬にしてわかるほど、人々の熱気がいっぱいで、その場にいるだけでワクワクしてきました。そして、コンサート開始にあたり、「Ladies and gentleman, here is the Hawai‘i Symphony Orchestra!」というアナウンスが流れると、満員御礼のホールの聴衆は全員が一斉に立ち上がり、大歓声と大拍手の嵐。私たちも誰にも負けないくらい大声をあげていましたが、ホール全体が、オーケストラのコンサートでこんな大騒ぎは見たことがない、というほどの熱狂ぶり。しかもまだオーケストラが一音も演奏していないときから、何分間にもわたる総立ちの大拍手。舞台にそろった団員たちも、聴衆の愛情と熱気を感じ取ったと思いますが、聴衆たちの側も、この瞬間を共にしているという一体感があり、知らない人たち同士でも皆微笑み合って、実に胸が熱くなる時間でした。
初コンサートの指揮者は大友直人氏。演目前半は、ウェーバーの「オベロン」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調、ピアニストはハワイ出身で日本でもさまざまな活動をしているリサ・ナカミチさん。休憩をはさんで、後半は堂々のベートーベン交響曲第5番。変な小細工をしない、正々堂々のプログラムですが、2年間このメンバーで演奏をしていなかったとは思えない、素晴らしいアンサンブルの見事な音楽で、「ああ、交響楽とはこういうものだった」という思いが五感にしみわたる経験でした。もちろん、ベートーベンの最後の劇的なハ長調和音が響き終わるや否や、聴衆はまた総立ちの大々拍手。普段は演奏会の最後に、スタッフによって指揮者にレイがかけられますが、今回は団員全員にもレイがかけられ、聴衆の拍手と歓声が長ーいこと鳴り止みませんでした。ああ、地域社会にオーケストラがあるということはこういうことなんだなあと、涙が出るような思いがすると同時に、このコミュニティのとても重要な瞬間を多くの人々と共有した気持ちがしました。末長くこのオーケストラが、この土地の暮らしを豊かにしてくれますように!日本や他の場所からハワイを訪れるかたも、ぜひハワイ・シンフォニー・オーケストラのスケジュールをチェックして、ぜひともコンサートに足を運んでください。
2012年2月29日水曜日
Soyeon Lee 人と音楽
ちょっと投稿が遅くなりましたが、先週末は、ハワイ諸島を演奏ツアーしているピアニストSoyeon Leeのリサイタルがハワイ大学であったので、いそいそと出かけてきました。その日の昼にはふたりでランチをし、リサイタル終了後はふたりで飲みに行くという、私にとってもこの上ない贅沢な一日でした。
私が初めてSoyeon Leeに出会ったのは、ニューヨークでMusicians from a Different Shore
のための取材をしている2003年の秋でした。当時彼女はジュリアードのアーティスト・ディプロマ課程に在籍中で、ジュリアードのピアノ専攻のなかでもっとも優秀な学生に与えられるWilliam Petscheck Awardを受賞しました。賞の一部としてリンカーン・センターのアリス・タリー・ホールで演奏会をしたときに私も聴きに行きましたが、瑞々しさと鮮やかな音色に満ちた、聴衆にエネルギーを与えるような演奏でした。
私がインタビューした数多くの音楽家のなかでも、彼女がとくに印象的だったのは、彼女の視点や洞察が、多くの同世代のピアニストとはひと味違っていたことです。「もっとも尊敬する音楽家は誰ですか」という質問に対して、たいていのピアニストは、バッハとかショパンとかいった作曲家や、グレン・グルドやアルゲリッチや内田光子などといった演奏家を挙げたのに対して、Soyeonは間髪入れず「ビートルズ」と答えたところにもそれは表れていました(ちなみに彼女の妹は、韓国のポップ歌手)。また、インタビューの最中に自分のことを「フェミニスト」だと明言し、性や人種と音楽のかかわりについて、通りいっぺんでない、しっかりとした考えをもっていて、話していてとても面白い相手でした。そして、2009年のテキサスでのクライバーン・コンクールの出場者リストに彼女の名があるのを見て私はとても嬉しく、コンクールの最中にも練習の合間にインタビューをさせてもらいました。コンクールで聴いた演奏は、5年前に聴いた彼女の音楽と比べると、あきらかに熟成した、内省的で繊細な部分が感じられ、自分のあらゆるものを聴衆にさらけ出すリスクをとっている演奏でした。残念ながらこのコンクールでは予選を通過しませんでしたが、翌年にはWalter Naumburg Competitionで見事優勝を果たし、今回のハワイでの演奏もその賞の一環でした。
今回の演目は、バルトークのルーマニア民族舞曲、シューマンのダヴィド同盟舞曲集、アルベニスのイベリア組曲第一巻、そしてリスト編のグノーの『ファウスト』よりワルツという、舞曲ぞろいのプログラム。いや〜、すごい演奏でした。彼女の演奏には、実に気持ちのいい歯切れやリズムがあり、それと同時に、たくさんの聴衆のなかでも自分ひとりにそっと語りかけてくれているかのような親密さが感じられ、そしてまた、最後のリストは、座って聴いているだけで、人生なにも不可能なことはないというような気持ちにさせられるエネルギーと高揚感があり、私は、プログラムが終わった瞬間、もう一度初めから全曲聴きたい、できることなら他の島(彼女はホノルルの後、カウアイ島、ハワイ島、マウイ島をまわっています)についていってまた聴きたい、と思ったほどでした。とくに何十もの音の色が見事な層を成して編み上げられたシューマンは素晴らしく、私のピアノの先生は、「あのシューマンは、僕は死ぬ日までずっと忘れない」と言っていました。
というわけで、演奏も素晴らしいですが、今回再会して、ふたりでいろいろなおしゃべりをして、私はさらに人間としての彼女の大ファンになりました。2009年に会ったときから、私生活においてもいろいろと変化のあった彼女なのですが、そうしたひとつひとつの経験がきちんと血となり肉となって人間的な厚みと深みにつながっているし、自分のキャリアだけでなく、クラシック音楽全体のありかたについて、とても冷静でかつ真摯な態度で接している。そして、音楽を超えて実に広くいろいろなことに積極的な興味をもっているし、人に対する接し方もそれを表している。そして明るい。私は彼女と一緒に時間を過ごし、彼女の演奏を聴いたことで、自分が幸せな気持ちになり、エネルギーをもらい、多くのことを学んだと感じました。また自分も、そういう人間でありたいとも思いました。ハワイの他の島を演奏してまわったあと、再び数日間だけホノルルに戻ってきてマスタークラスをする予定ですが、そのときに私もレッスンをしていただく約束になり、ワクワクドキドキしながら練習に励む毎日です。
彼女の生い立ちや考えなどは、Musicians from a Different Shore
および『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』
を参照していただけばよいですが、せっかくですので是非彼女の演奏を聴いていただきたいです。彼女のウェブサイトでもいくつか演奏が聴けますが、CDもありますのでぜひどうぞ。『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』
に入っているバッハ=ブゾーニのシャコンヌは大変おすすめです。私は自分がコンクールの準備のためこの曲を練習しているときに、いろいろなピアニストによるこの曲の演奏を聴きましたが、私はやたらマッチョな演奏よりも、彼女の内省的で深みのある演奏のほうが好きで、何度も繰り返し聴きました。
私が初めてSoyeon Leeに出会ったのは、ニューヨークでMusicians from a Different Shore
私がインタビューした数多くの音楽家のなかでも、彼女がとくに印象的だったのは、彼女の視点や洞察が、多くの同世代のピアニストとはひと味違っていたことです。「もっとも尊敬する音楽家は誰ですか」という質問に対して、たいていのピアニストは、バッハとかショパンとかいった作曲家や、グレン・グルドやアルゲリッチや内田光子などといった演奏家を挙げたのに対して、Soyeonは間髪入れず「ビートルズ」と答えたところにもそれは表れていました(ちなみに彼女の妹は、韓国のポップ歌手)。また、インタビューの最中に自分のことを「フェミニスト」だと明言し、性や人種と音楽のかかわりについて、通りいっぺんでない、しっかりとした考えをもっていて、話していてとても面白い相手でした。そして、2009年のテキサスでのクライバーン・コンクールの出場者リストに彼女の名があるのを見て私はとても嬉しく、コンクールの最中にも練習の合間にインタビューをさせてもらいました。コンクールで聴いた演奏は、5年前に聴いた彼女の音楽と比べると、あきらかに熟成した、内省的で繊細な部分が感じられ、自分のあらゆるものを聴衆にさらけ出すリスクをとっている演奏でした。残念ながらこのコンクールでは予選を通過しませんでしたが、翌年にはWalter Naumburg Competitionで見事優勝を果たし、今回のハワイでの演奏もその賞の一環でした。
今回の演目は、バルトークのルーマニア民族舞曲、シューマンのダヴィド同盟舞曲集、アルベニスのイベリア組曲第一巻、そしてリスト編のグノーの『ファウスト』よりワルツという、舞曲ぞろいのプログラム。いや〜、すごい演奏でした。彼女の演奏には、実に気持ちのいい歯切れやリズムがあり、それと同時に、たくさんの聴衆のなかでも自分ひとりにそっと語りかけてくれているかのような親密さが感じられ、そしてまた、最後のリストは、座って聴いているだけで、人生なにも不可能なことはないというような気持ちにさせられるエネルギーと高揚感があり、私は、プログラムが終わった瞬間、もう一度初めから全曲聴きたい、できることなら他の島(彼女はホノルルの後、カウアイ島、ハワイ島、マウイ島をまわっています)についていってまた聴きたい、と思ったほどでした。とくに何十もの音の色が見事な層を成して編み上げられたシューマンは素晴らしく、私のピアノの先生は、「あのシューマンは、僕は死ぬ日までずっと忘れない」と言っていました。
というわけで、演奏も素晴らしいですが、今回再会して、ふたりでいろいろなおしゃべりをして、私はさらに人間としての彼女の大ファンになりました。2009年に会ったときから、私生活においてもいろいろと変化のあった彼女なのですが、そうしたひとつひとつの経験がきちんと血となり肉となって人間的な厚みと深みにつながっているし、自分のキャリアだけでなく、クラシック音楽全体のありかたについて、とても冷静でかつ真摯な態度で接している。そして、音楽を超えて実に広くいろいろなことに積極的な興味をもっているし、人に対する接し方もそれを表している。そして明るい。私は彼女と一緒に時間を過ごし、彼女の演奏を聴いたことで、自分が幸せな気持ちになり、エネルギーをもらい、多くのことを学んだと感じました。また自分も、そういう人間でありたいとも思いました。ハワイの他の島を演奏してまわったあと、再び数日間だけホノルルに戻ってきてマスタークラスをする予定ですが、そのときに私もレッスンをしていただく約束になり、ワクワクドキドキしながら練習に励む毎日です。
彼女の生い立ちや考えなどは、Musicians from a Different Shore
2012年2月19日日曜日
行政命令9066から70年、そしてJeremy Lin
今日2月19日は、第二次大戦中にルーズベルト大統領が西海岸の日系人を強制収容する行政命令9066を発令した70周年記念日です。この行政命令によって、何十年間も西海岸で農業や造園業や小売商店などを営んできた日系移民そしてアメリカ国籍をもつ日系二世の11万人以上が、強制的に砂漠の真ん中などの人里離れた収容所に送られ、3年間を過ごすことになりました。この日系人強制収容の歴史は、法学・歴史学・政治学などの数多くの研究者が分析を続け、アジア系アメリカ研究の分野では今でもさまざまな視点から優れた研究が生み出されています。公民権運動の流れのなかで生まれた1960年代後期からのアジア系アメリカ人の社会運動のなかでも、日系人強制収容は大きな焦点となり、1988年にはレーガン大統領が署名した市民的自由法によって、国が非を認め、強制収容の被害者に謝罪し、ひとりにつき2万ドルの補償が支払われました。収容所生活を実際に体験した世代が徐々に亡くなっていくなか、この歴史をきちんと記憶に残していくためのさまざまな企画が各地で行われています。でも、日本では、意外にこの歴史を知っている人は少ないのではないでしょうか。というわけで、強制収容をめぐる研究書を、今では古典となっているものから最近のものまで数点、以下リスト紹介しておきます。
Years of Infamy: The Untold Story of America's Concentration Camps
Prisoners Without Trial: Japanese Americans In World War II
Years of Infamy: The Untold Story of America's Concentration Camps
Prisoners Without Trial: Japanese Americans In World War II
で、その行政命令9066から70年の今日、とくにアジア系アメリカ人のコミュニティのなかで大きな話題となっているのが、台湾から移民してきた両親をもつ、プロバスケのNew York Knicksの選手のJeremy Lin。『ドット・コム・ラヴァーズ』
の最後の章で書いたように、私はバスケファンのボーイフレンドと同居していたときは、いろいろ教えてもらいながら一緒にテレビでバスケ観戦をしたのですが、その彼と別れてしまってからは再びさっぱり観なくなり、最近Jeremy Linがフェースブックなどでもしきりに話題になっているのをみても、「ふーん、そういう人がいるのか〜」くらいにしか思っていませんでした。でも、とくにここ数週間の騒ぎはただごとではなく、メインストリームメディアでも、彼の活躍を「狂気」を意味するinsanityにかけてLinsanityと表現して大きく取り上げられています。私はちょっと観てみようと思いつつ見逃してしまった今日の対Dallas Mavericks戦でも、見事な活躍をみせチームに勝利をもたらし、今や国民的ヒーローに。野球やゴルフではアジア人の活躍が増えてきていますが、プロバスケでアジア人が活躍するのは珍しく(『現代アメリカのキーワード』
に項目のあるヤオ・ミンは昨年引退)、しかもLinはハーヴァード卒。アジア人にまつわるさまざまなステレオタイプを打ち破るめざましい成績をあげているなかで、アジア人に向けられる偏見は強固に残っている部分もあり、先日はスポーツ専門のネットワークのESPNが、携帯用のサイトでChink In the Armor(Chinkというのは、19世紀から20世紀前半にかけて中国人を指すのにしばしば使われた差別用語)という見出しでLinの話題を報じたことで、大きな抗議の声があがり、数時間後には局は謝罪文を発表し見出しを取り下げました。人種をめぐるアメリカの意識や言説は、依然として実に複雑です。
2012年2月14日火曜日
アメリカの「恋愛」にまつわる三冊
日本と違ってアメリカではバレンタインデーは基本的に男性が女性に花束やプレゼントを贈るのが習慣ですが、恋心を表現する日であることは同じ。バレンタインデーにちなんで、アメリカの「恋愛」にまつわる三冊の本をご紹介します。これは、しばらく前に日本のある雑誌に頼まれて選んだものですが、急な依頼を受けて締め切りに間に合わせるためせっせと書いて(与えられたあまりにも字数が少ないので、書くことよりも字数を削ることに何倍もの時間がかかった)送信したにもかかわらず、その後掲載されたのかどうなのかとんと連絡がなく、失礼千万(初めから執筆料はなしということで了解していましたが、せめて掲載誌とお礼のメッセージくらい送ってくれてもよし、掲載されなかったのならその説明くらいあってもよし!)。で、せっかく時間を費やしたのが自分のコンピューターにだけ残っているのももったいないので、ここで紹介しておきます。過去の投稿で言及したものもありますが、ご了承ください。
From Front Porch to Back Seat: Courtship in Twentieth-Century America
From Front Porch to Back Seat: Courtship in Twentieth-Century America
20世紀半ばに大きく変化をとげたアメリカの男女交際の社会史。 男女交際の舞台が家庭から映画やレストランなどお金を介する公の場に移動することで、男女の力関係や若者文化、性や結婚観にどのような変化をもたらしたかを分析する、鋭く楽しい研究。
2000年時点で、結婚相手を探す アメリカの男性とフィリピンや中国の女性を結ぶネットの仲介サービスは350以上。ネット文通から結婚に至る男女の恋愛・結婚観や、人種や性をめぐるグローバルな力関係を分析した、ネット上の斬新なフィールドワーク。
現代アメリカの大学生は、「デート」で恋愛を育み性的関係になるのではなく、 hooking upと呼ばれるカジュアルな性的交渉を繰り返すのが一般的といわれるが、果たしてその実情は。大学生とのインタビューに基づいたアメリカ若者性文化のルポ。
2012年2月11日土曜日
宗教の自由と避妊をめぐるオバマ大統領の「妥協」
先日のSusan G. KomenとPlanned Parenthoodの関係をめぐる騒動に続いて、女性と生殖についての今週の話題の中心は、金曜日にオバマ大統領が発表した健康保険についての新しい規則。オバマ政権の健康保険制度改革案では、すべての女性が無料で避妊にアクセスできることを条件づけていましたが、カトリック教会や右派の宗教団体からの強い反対を受け、保険改革案を支持する宗教左派を引き込むための舞台裏での複雑な交渉の結果生まれたのがこの妥協案。すべての女性が避妊にアクセスできることを保証するために、あらゆる雇用者が提供する健康保険は避妊をカバーしなくてはいけないが、避妊に反対する教会や宗教系の大学や財団などは、従業員の健康保険費のうち避妊にかかる費用を負担する必要がなく、その費用は代わりに保険会社が負担する、というもの。これによって、宗教系の組織に雇用されていながら自らはその宗教のメンバーではなかったり避妊反対という教義に賛同しなかったりする女性を含め、すべての女性は避妊にアクセスすることができ、しかも宗教団体の信教の自由も守られる、というわけで、一見めでたしめでたしのようにも見えますが、そう簡単に一件落着とはならない気配も。
いっぽうでは、このオバマ大統領の「妥協」は、宗教右派への過度な譲歩であるとの意見があります。すでに28の州は女性が避妊にアクセスできることを法で義務づけていて、カトリック教会を含む宗教団体もこれに従っている。教会が避妊は悪であるという考えを布教する自由は憲法によって守られており、保険制度を通じて避妊へのアクセスを提供することはこの信教の自由を侵すものではない。今回の妥協は、教会だけでなく、宗教系の病院や大学や財団など、その宗派のメンバー以外の人も数多く雇用している組織についても、過度な譲歩をして、オバマ政権の健康保険改革案の骨子を保守派がどんどんと削っていく予兆となっている、との意見。
そのいっぽうで、保守派からは、避妊へのアクセスを法で義務づけるというのは信教の自由に反するばかりでなく、リベラルな価値観を国民全体に押し付けるもので、そうした流れを食い止めるためにもオバマ大統領の健康保険改革案を根本的に議論から取り除かなければいけない、という意見。共和党大統領候補選で、生殖権についてとくに極端な立場をとるリック・サントラム氏がここ一週間で急上昇してきていることもあり、宗教と女性の生殖権をめぐる葛藤は、これからますます加熱しそうです。
いっぽうでは、このオバマ大統領の「妥協」は、宗教右派への過度な譲歩であるとの意見があります。すでに28の州は女性が避妊にアクセスできることを法で義務づけていて、カトリック教会を含む宗教団体もこれに従っている。教会が避妊は悪であるという考えを布教する自由は憲法によって守られており、保険制度を通じて避妊へのアクセスを提供することはこの信教の自由を侵すものではない。今回の妥協は、教会だけでなく、宗教系の病院や大学や財団など、その宗派のメンバー以外の人も数多く雇用している組織についても、過度な譲歩をして、オバマ政権の健康保険改革案の骨子を保守派がどんどんと削っていく予兆となっている、との意見。
そのいっぽうで、保守派からは、避妊へのアクセスを法で義務づけるというのは信教の自由に反するばかりでなく、リベラルな価値観を国民全体に押し付けるもので、そうした流れを食い止めるためにもオバマ大統領の健康保険改革案を根本的に議論から取り除かなければいけない、という意見。共和党大統領候補選で、生殖権についてとくに極端な立場をとるリック・サントラム氏がここ一週間で急上昇してきていることもあり、宗教と女性の生殖権をめぐる葛藤は、これからますます加熱しそうです。
2012年2月5日日曜日
2/6 KZOOラジオ番組 Thinking Out Loud出演
ホノルル時間で明日2/6(月)の午後6:30−7:30、AMラジオのKZOO放送のThinking Out Loudという番組にゲスト出演いたします。KZOO放送というのは主に日本語の番組を放送している局で、10年前にハワイ大学の教員がストをしたときに私は教員の立場から話をするように局によんでいただいたことがあります。今回出演するThinking Out Loudというのは、ハワイ大学がJapanese Cultural Center of Hawaiiと提携して製作している英語の番組で、毎回ホノルルの日系コミュニティに関連ある話題をとりあげ、ゲストを招いて話を聞くというトークショー形式の番組です。
司会のひとりをしているのが、私の友人のChristine Yano。彼女はハワイ大学の人類学部で現在学部長を務めているのですが、驚愕するくらい次々と研究書を出し、しかもその一冊一冊がむちゃくちゃ面白く、私は何度も授業で彼女の本を使っています。もともとは日本を専門とする文化人類学者で、なんと演歌の研究であるTears of Longing: Nostalgia and the Nation in Japanese Popular Song
という本が第一作ですが、その後はハワイの日系コミュニティを扱った研究が続き、次作のCrowning the Nice Girl: Gender, Ethnicity, And Culture in Hawaii's Cherry Blossom Festival
は、ホノルルの日系いわゆる「美人コンテスト」をフィールドワークの題材とし、戦後のハワイの日系コミュニティを支配する価値観について痛快な分析をしています。そして、昨年出版されたのがCrowning the Nice Girl: Gender, Ethnicity, And Culture in Hawaii's Cherry Blossom Festival
。これは、1955年に今はなきパン・アメリカン航空が東京路線開始に際し「コスモポリタン」なサービスを提供するために採用された日系2世(実際は2世ではない女性も採用された)のスチュワーデス(「添乗員」といわずあえて「スチュワーデス」というのにも意味がある)たちの研究。これがまたむちゃくちゃ面白く、今学期私が教えている大学院の授業(これについてはまた別のときに投稿しますが、アジア系アメリカ研究の授業で、とくに職業文化に焦点をあてています)でも課題としています。彼女の書くものは本当にどれも、ピカリと光る感性と鋭い知性に満ち、そして理論的なことを明解な美文で説明し、生身の複雑な人間模様を丁寧に描いていて、読んでいて幸せな気持ちになります。そして、彼女はひとりの人間としても、いつもポジティヴなエネルギーに満ちていて、いろいろなことに好奇心旺盛で、人柄は明るく、彼女と一緒にいるとこちらも元気になってくるような、素晴らしい人です。で、その彼女に「ゲストで来てくれない?」と頼まれたので、あまり得意ではない生放送に出演することになってしまいました。
明日の番組では、3/11の震災を日本で経験した者として、個人的な体験や気持ちを振り返ってほしい、とのこと。震災については感じること考えることが本当に多く、1年がたとうとする今となっても頭のなかで何をどう整理してよいものやらわからない、というのが実際のところですが、そういう正直なところを話すことにも意味があるかもしれないと思ってお話しに行ってきます。リスナーからの質問やコメントも受け付ける番組ですので、ホノルル在住のかた(でなくてももちろんOK)は番組放送中にお電話をどうぞ。放送前そして放送中にメールでも受け付けるようですので、日本やその他の地域にいらっしゃるかたでもどうぞ。番組は英語ですが、ゲストが私ですから、日本語での質問やコメントにも対応いたします。
KZOO AM 1210
Tel: 1 (808) 941-5966
E-mail: jcch@am1210kzoo.com
司会のひとりをしているのが、私の友人のChristine Yano。彼女はハワイ大学の人類学部で現在学部長を務めているのですが、驚愕するくらい次々と研究書を出し、しかもその一冊一冊がむちゃくちゃ面白く、私は何度も授業で彼女の本を使っています。もともとは日本を専門とする文化人類学者で、なんと演歌の研究であるTears of Longing: Nostalgia and the Nation in Japanese Popular Song
明日の番組では、3/11の震災を日本で経験した者として、個人的な体験や気持ちを振り返ってほしい、とのこと。震災については感じること考えることが本当に多く、1年がたとうとする今となっても頭のなかで何をどう整理してよいものやらわからない、というのが実際のところですが、そういう正直なところを話すことにも意味があるかもしれないと思ってお話しに行ってきます。リスナーからの質問やコメントも受け付ける番組ですので、ホノルル在住のかた(でなくてももちろんOK)は番組放送中にお電話をどうぞ。放送前そして放送中にメールでも受け付けるようですので、日本やその他の地域にいらっしゃるかたでもどうぞ。番組は英語ですが、ゲストが私ですから、日本語での質問やコメントにも対応いたします。
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