2016年12月8日木曜日

真珠湾攻撃75周年記念式典を(テレビで)見て

昨日は真珠湾攻撃75周年で、パール•ハーバー=ヒッカム共同基地のキロ埠頭で記念式典が行われました。

私はハワイで生活するようになって20年近くがたちますが、 127日を迎えるたびに、ハワイそしてアメリカの歴史観や歴史のナラティヴの中での真珠湾攻撃の位置づけにはっとさせられます。今年は、調査と短い旅行を兼ねて夏に広島に行くことになっていたので、どうせなら平和記念式典を見学してみようと、86日に合わせて行きました。せっかく広島の式典に出たので、太平洋戦争の記憶や表象の比較ということで、パール•ハーバーの式典にも出てみようかと思ったのですが、現地に行くためにはなんと朝の4時くらいに指定の駐車場に到着して、そこからシャトルに乗らなければいけない、そしてそんな時間に出かけて行っても一般人は式典会場内に入るのはまず無理で、別の場所に設置された大きなスクリーンで映像を見るだけだ、ということだったので、断念して家でテレビ放送を見ました。そこまでの混雑になるほど多くの人々がこの式典に出かけていく、ということ自体に、人々にとっての真珠湾攻撃の意味を再認識させられますが、今年は75周年という大きな節目で、例年よりもさらに深い意味づけがされています。

127日に至るまでのしばらくのあいだ、 地元の新聞やテレビは、75周年記念に向けてのさまざまな特集を組んでいました。その多くは、日本軍の攻撃作戦、攻撃当日のオアフ島の様子と破壊の状況、若いアメリカ兵士たちの勇敢な行動とアメリカ軍の素早い復興、生存者や退役軍人たちのその後、といった点に焦点が当てられていて、これまでのアメリカにおける真珠湾攻撃についての記述や表象と特に変わったことはないように思えました。ただ、存命中の真珠湾攻撃経験者や第二次世界大戦の退役軍人はすでに百歳前後で、彼らの生の声を聞けるのはそう長くはないこと、75周年が重要な歴史の一点である、ということは強調されていました。

当日は朝4時半からテレビで特集番組が始まり(私は6時半くらいまで寝ていたので、式典が始まる少し前からしか見ませんでしたが)、世界から現地に集まった数千人の参加者たち、なかでも攻撃生存者や退役軍人たちの姿を映していました。攻撃の始まった時間である755分には黙祷が捧げられ、続いてアメリカ合衆国の国家、もとハワイ王国の国家で現在はハワイ州の州歌であるハワイ•ポノイが演奏され、さらにカフと呼ばれるハワイの儀式を司る僧侶によるチャントと祈祷の言葉がありました。

パール•ハーバーにおける歴史の表象においてもアメリカの人々の意識においても、「真珠湾」とは「1941127日の日本軍による奇襲攻撃」とほぼ同義になっていて、日米戦争の始まりを意味するもの、として認識されています。アメリカの人々に限らず、たいていの日本人にとってもその認識は当てはまるでしょう。

真珠湾が「日米戦争の始まり」という歴史の一点としてしか認識されないということは、そもそも真珠湾はどういう「場所」であったのか、1941127日以前にはそこには何があったのか、という視点が失われることでもあります。より直接的に言えば、 アメリカ海軍の拠点になる以前には真珠湾はハワイアンの人々にとってどんな場所であったのか、アメリカ軍に占拠されることによって湾の自然環境にはどんな変化があったのか、そしてその近隣で暮らしていた人々はどうなったのか、といったことには、現代の人々はまず思いを巡らせることはない。

そういうなかで、真珠湾攻撃を記念する式典でハワイアンのカフが祈祷を捧げる、ということをどう解釈するべきなのかは複雑です。式典の企画委員会がハワイアンの歴史や文化や宗教に敬意を払っている印と見るべきなのか、それとも、ハワイアンの歴史を無視して真珠湾を「日米戦争の始まり」として記念式典をするなかで形だけハワイアンの文化を取り入れて収斂していると見るべきなのか。ハワイアンの祈祷に続いたのが、世界連邦日本宗教委員会の代表による祈祷挨拶であった、ということも、真珠湾をめぐるアメリカ合衆国とハワイと日本のあいだの力学を示しているように思えます。

アメリカ海軍とともにこの式典の主催者の一部である、National Park Serviceの代表である女性ふたりのスピーチは、アメリカの歴史を保存•表象•記念するなかでの国立公園の役割について語っていて、真珠湾攻撃の記念式典でのスピーチとしては興味深かったです。アメリカの国立公園というものは確かに非常に面白く、研究もいろいろなされている(ことは知っていてもその中身はよく知らないので、勉強しなくては)のですが、一般の観光客が「パール•ハーバーに行く」ときに訪れるWorld War II Valor in the Pacific(このネーミングがこれまた象徴的)が、National Park Serviceによって運営されている国立公園である、ということに気づき、そのことの意味を考える人は、あまりいないのではないでしょうか。

いろいろ考えさせられることの多い式典でしたが、なかでも私が一番どきっとしたのが、海軍太平洋司令部のハリー•B•ハリスによるスピーチ。式典の性質上、そして海軍太平洋司令官という立場を考えると、このスピーチが、真珠湾攻撃で亡くなった人たちに祈りを捧げ、生存者や退役軍人の果敢な行動を讃える内容になることは予想していましたが、びっくりしたのが、彼は正式なスピーチ(文面はこちらで公開されています)を始める前に、国歌を演奏した海軍バンドを讃え、そして「私たちが今日敬意を表している人々、そして75年前のあの運命的な朝に命を落とした人々は、国歌が演奏されたときには必ず立ち上がり、跪くなどということは決してしなかったはずです」と強い口調で言ったのです。すると聴衆の多くは立ち上がり、声をあげてまる1分間以上拍手をしていました。

「国歌が演奏されたときに跪く」というのは、フットボールのサンフランシスコ49ersのクオーターバックであるコリン•カパーニックをはじめとする何人かの選手が、今年8月以来、試合開始前の国歌の演奏の際、慣習通り起立するかわりに、跪いて前を直視していることを指したものです。全国各地で次々に起こっている、アフリカ系アメリカ人への警察の暴力と、それに象徴される人種関係に抗議の意を表する行為で、カパーニックは「黒人やほかの有色人種を抑圧する国家の旗に(国歌の演奏中に起立をすることで)誇りを示すことはしない」「僕にとって、この問題はフットボールよりもずっと大きなもので、(無視できない大きなことが世の中で起こっているのに)あえて目をそらすというのは身勝手な行為だと思う。道で人が殺されていて、その殺人を犯した人間が有給休暇をもらっている(黒人に暴力をふるった警察官が処分を受けないことを指す)世の中なんだ」と公式に発言しています。その後、49rsの代表は「国歌の演奏は、これまでもそしてこれからも、試合の儀式の重要な一部です。それは、我々の国家に敬意を表し、アメリカ国民として与えられた自由に思いをはせる機会でもあります。宗教の自由や表現の自由といったアメリカの原理を尊重する上で、国歌の祝福という儀式に参加するかどうかの選択は、選手個人の権利であるということも我々は認識しています」と、彼の選択を認める公式発表をしています。しかし、カパーニックと彼に続いて国歌演奏中に跪くようになった選手たちの行為は、大きな議論や非難を巻き起こし、カパーニックは嫌がらせの標的になり、試合中に彼に向かってものを投げる観客も出てきています。自由や平等といった理念を国家やそれを代表する組織が裏切って、人々が抑圧されている以上、その状況に抗議することこそが愛国的な行為であると、彼に賛同しその勇気を讃える人々も多いいっぽうで、国歌の演奏中に起立しないのは国に対する冒涜である、と強く考える人も多いのです。

アメリカにおける人種関係の深刻さは、今回の選挙の展開にも見られる通りです。国歌の演奏中に起立を拒否するという象徴的な行為が政治的にもつ意味については、大いに議論されるべきことだとは思います。しかし、真珠湾攻撃の記念式典で、国のために命を落としたりキャリアを捧げたりした人々を讃えるのに、わざわざこの話題に言及することで平和的抗議活動を批判するというのは、とくに現在の政治•社会状況においては大きな問題だと思います。この発言に続く正式なスピーチでは、予想通りの内容に加えて、安全保障の重要性、日本をはじめとする環太平洋同盟の強化の必要性を訴えるものでした。トランプ政権誕生を前に、真珠湾攻撃という歴史の記憶とこうした軍事強化のメッセージが重なることで、ハワイ、アメリカ、日本、そして世界はどうなっていくのかと、ますます不安が深まる思いでした。

月末にオバマ大統領と安倍首相が真珠湾を訪問するとの発表がなされたばかり。オバマ大統領の広島訪問に次ぐこの真珠湾での会合は、歴史的にも政治的にも意義深いものになるとは思います。それについで、ムスリムの「登録制」を検討しているトランプ氏の大統領就任前に、マンザナー(ここもまた国立公園となっていますが、私はまだ行ったことはありません)などの第二次大戦中の日系人強制収容所の記念地を訪問してほしい、と私は思っています。

現在の政治そして社会の将来を方向づけていくなかで、歴史の記憶というものの重要性を再認識する75周年でした。式典の全容はこちらで見られます(放映権の関係で、もしかするとアメリカ国外では閲覧できない設定になっているかもしれません)。上述したハリス氏の発言は51:25くらいからです。


2016年12月2日金曜日

オーケストラと「アーカイブ」

NHK交響楽団の月刊機関誌『フィルハーモニー』に「オーケストラのゆくえ」という連載があり、12月号に私の文章が掲載されています。12月中にN響のコンサートに行くかたは現物が手に入りますが、そうでないかたはこちらでPDF全文をご覧いただけますので、読んでいただけたら嬉しいです。(私の文章はp.38~41です。)

題して「音楽文化のリソース・センターとして−−開かれるアーカイブ」。アメリカ研究者としてさまざまな調査をしていると、「アーカイブ」というものをめぐる意識や姿勢の日米での違いに驚くことが多く、いずれアメリカのアーカイブ文化について本を書いてみたいと思っているのですが、今回の文章では、現在進行中の研究で大いにお世話になっている、ニューヨーク・フィルハーモニックのデジタル・アーカイブを紹介しました。

このアーカイブ、なにしろスゴい。そもそも、オーケストラが専属のアーキビストをスタッフとして配置しこれだけのありとあらゆる資料を保存・整理・公開しているということ自体に、演奏活動ということを広く超えてオーケストラのミッションを捉えている、そして「アーカイブ」というものの意味を深く理解している(たいていの人は「こんなものを保存していていったいなんの役に立つんだろう」と思うであろうようなメモでも、他のさまざまな情報を合わさると貴重な資料となって、時代や社会や組織を映し出す)ということが見てとれる。さらに、リンカーン・センターに足を運ぶことのできる人以外も利用できるようにするため、その莫大な資料を漸次的にデジタル化しようという心意気に、情報公開に対する積極的な態度、そしてニューヨーク・フィルをニューヨークの人のためのものではなく世界の人のためのものにしよう、という姿勢が見られる。さらには、相当な費用と労力のかかるそのデジタル化企画に資金を提供する篤志家や財団が存在するという事実に、アーカイブというものの価値への社会的理解が感じられる。

このデジタル・アーカイブのおかげで、私はハワイの自宅にいながらにして、バーンスタインの書き込みのあるスコアを見ながら彼の指揮するマーラーの交響曲の録音を聴くことができる。そればかりではない。家のソファに寝そべったまま、1961年のニューヨーク・フィルの初来日ツアーの際の演目をめぐるやりとりの書簡や、そのツアーではバーンスタインのアシスタントであった小澤征爾氏が1970年の次のニューヨーク・フィルの日本ツアーまでには正真正銘の国際的指揮者として認められるようになったことがわかる資料、ツアーの道中団員がどんな場所をまわってどんな日本を経験したのかを伝える写真や文書などを見ることができる。

文中でも紹介した「サブスクライバース・プロジェクト」もまたスゴい。こうしたプロジェクトに、音楽学者ではなく社会学者が携わっている、というところにも、各種資料の幅広いレレバンスが見てとれる。社会学の他にも、歴史学、経済・経営学、文化人類学、人文地理学など、このアーカイブの用途の可能性を考えると、研究者としてはそれだけでワクワクするのです。

現在デジタル化されているのは1943年から1970年までの、ニューヨーク・フィルのいわゆる「国際化時代」のものだけですが、繰り返して言いますがこれだけでもとにかくスゴい。試しに検索画面で、Seiji OzawaとかGlenn Gouldと入力してみてください。(公演プログラムももちろんたくさん出てきますが、画像やビジネス文書のほうがむしろ面白いです。)特に音楽ファンの人は、あれこれ見ているあいだにあっという間に数時間くらいたってしまうでしょう。

私が現在取り組んでいる研究では、このアーカイブに加えて、ワシントンの議会図書館にあるレナード・バーンスタイン・コレクションが主な一次資料なのですが、これがまたさらにスゴい。これについてはまた別の機械にたっぷりと書くつもりです。

2016年11月21日月曜日

選挙直後のAmerican Studies Association 年次大会をふりかえって

コロラド州デンヴァーで4日間にわたって開催された、American Studies Associationの年次大会から帰ってきたところです。大学院生の頃からほぼ毎年参加してきたこの学会は、私にとっては知的な故郷ともいえる集まりです。アメリカにおけるAmerican Studiesという分野は、1930年代頃に書かれた包括的なアメリカ思想史や、「ニュー•クリティシズム」とよばれる文学批評のありかたへの批判から生まれた新たな文学•文化史研究にその起源がありますが、とくに1960年代からは、さまざまな社会運動に深くかかわってきた人たちがリーダーとなって、エスニック•スタディーズやジェンダー•スタディーズなどと密接につながりながら発展してきました。政治•思想的には、いわゆる「左」の人たちが圧倒的。リベラリズムの批判分析は大いになされますが、それは保守からではなくリベラリズムよりさらに左の視点からなされる、というのがこの学会の特徴です。学会の運営に携わる役員や年次大会のプログラム委員などの顔ぶれを見ても、白人男性はむしろ少数派で、学会での研究報告者や参加者たちも、人種やジェンダー、セクシュアリティなどにおいて実に多様。こういった集団ですから、トランプが大統領に選ばれた直後の年次大会は、例年にまして切迫感があるものでした。年次大会のプログラムをさっと見ると、いったいどんな学会なのか雰囲気が少しわかると思うので、興味のあるかたはこちらをご覧ください。

私は2年半前から、この学会の学術誌であるAmericanQuarterlyというジャーナルの編集長を務めています。この仕事についてはまた別の機会に投稿するつもりですが、編集長の任務中、年次大会では、編集会議だの学会の役員会議だのジャーナル主催のパネルの司会だのといった仕事がいっぱいで、何百とあるパネルを見学する時間がほとんどない、といった状態なのが無念。今回の年次大会では、 今年度の学会長であるRobert Warrior氏(彼はオサージ族のネイティヴ•アメリカンです)とプログラム委員のイニシアティヴで、選挙結果を受けて緊急に企画されたパネルもいくつもありました( 強制送還される可能性のある移民の学生を保護するための大学サンクチュアリ運動についてのセッションや、ダコタ•アクセス•パイプライン問題についてのセッションなど)。選挙の結果にショックを受けながらも、人種やジェンダーなどにかんする専門知識と長年の社会運動の蓄積、そして行動力と組織力を武器に、学会そして社会全体にとってのこれからの課題を活発に議論する人々のエネルギーに、力をもらいました。

見学することのできたもののなかでとくに印象的だったのが、政治•政策部会によって企画されたセッションで、部会のメンバー4人が今回の選挙結果について議論したパネル。American Studiesは学際的な手法に重きをおく分野なので、年次大会での報告やジャーナルに掲載される論文は、従来のディシプリンの枠を超えた分析手法を使ったものが多く、選挙のような狭義の「政治」を扱う場合にも、正統的な政治学で使われる手法とはずいぶん違った議論になるのですが、このセッションでは、American Studiesとかかわりをもちながらも政治学部に籍を置く研究者たち4人による報告だったのが特徴的。政治学の専門家が正面から選挙を分析することの有用性を感じると同時に、「う〜む」と思わされることも多いセッションでした。

その「う〜む」は、American Studiesと政治学との間にある明らかなギャップからくるものでした。4人の報告は、1970年代頃からのアメリカ政治における南部の流れ、今回の選挙での人種意識の動員のされかたや「セクシズム」の再構築のありかた、テレビなどの従来のメディアとソーシャル•メディアのかかわりなど、それぞれ学ぶところが多く、選挙以来いろいろ読んできた記事で得た情報を深めてくれるものでした。が、私がなにより気になったのは、いわゆる「インターセクショナリティ」(intersectionality)の分析の欠如。

ブログ投稿で「インターセクショナリティ」を簡潔に説明するのは無理があるのですが、あえてするなら、人種•民族•国籍•ジェンダー•性的指向•階級などといった社会的カテゴリー は、それぞれが別個に存在しているのではなく、相互に作用しながら形成されている、という考えかたのもとに、そうしたカテゴリーを軸にした力の不均衡のありかたを分析するものです。「インターセクショナリティ」という単語は、キンバリー•クレンショー(Kimberlé Crenshaw)という人種理論を専門とする法学者が1989年に発表した論文の影響によって一般化してきましたが、その考えかた自体は、19601970年代のフェミニズム運動、とくに白人ミドルクラス女性の視点や経験を中心にしたフェミニズムを批判する第3次フェミニズムのなかで、さまざまな形で実践されてきたものです。

たとえば、労働者階級の黒人女性の経験や位置づけは、(「労働者階級」の搾取)+(「黒人」に対する差別)+(「女性」の抑圧)によってできているという、「足し算」方式の理解では不十分で、そもそも「労働者」という概念がどのような人種的•性的意味づけをもって構築されてきたか、「黒人」としてのアイデンティティにはどのような性的意味づけが社会によってなされ、黒人コミュニティのなかでどのような性的規範が機能しているか、「女性」としての尊厳や理想にはどのような人種的•階級的意味付けが伴うか、といった、カテゴリーの「交差」を考えなければ、「労働者階級の黒人女性の経験や位置づけ」は理解できない。「カテゴリーの相互構築」を少し具体化していえば、19世紀の産業化のなかで、白人男性の労働者たちは、自分たちは「(黒人)奴隷ではない」「(中国人)苦力ではない」などと、人種的意味付けをされた他の労働形態と自らを差別化して階級意識を形成してきた。20世紀、とくに第二次大戦後から1970年代までには、工場などで身体を使って作業するなかで培われた 男性同士のつながりが、多くの場合労働組合によって組織化され、「家族を養う」という立場や能力が「労働者階級男性」としてのアイデンティティの中核をなすようになった。その中で、「男性不在の家庭」とレッテルを貼られた黒人や、女性の社会進出によって共働き家庭が一般化した白人ミドルクラスとの区別が、現実においても意識においても強化された。といった具合に、「労働者階級」というカテゴリー自体に、人種的•ジェンダー的刻印がなされているわけです。

ここ数十年における南部や中西部の保守化、とくに今回の選挙の流れは、このような人種•階層•ジェンダーなどの相互構築の様相をきちんと分析しなければ理解できないはずなのですが、メディアに出てくる記事などで、個々の分析はとても納得のいくものであっても、この「インターセクショナリティ」を満足のいく形でとらえたものはほとんど目にしません。そして、そうした記事を書いているのは、多くの場合政治学者。政治学者をひとまとめにして批判するつもりはありませんが、なぜAmerican Studiesでは常識となっているインターセクショナル分析が、政治学には応用されにくいのか、というのが素朴な疑問で、質疑応答の時間に質問してみました。すると、4人のパネリストは深く頷きながら、「その指摘の通り、政治学という分野はインターセクショナリティを扱う道具をもっていない。数量的分析を主な手法とする正統的な政治学では、統計をとったり分析したりするにあたって、人種•性•学歴などの変数を互いに分解して扱わなければいけないと同時に、人種意識やセクシズムなどを『測量』する方法も、American Studiesの視点から見れば馬鹿げているとしか思えないような手法しかもっていない。歴史的視点と質的分析をもってインターセクショナリティのありかたを深く扱ってきたAmerican Studiesから、政治学は学ぶべきことが多い」との回答でした。それと同時に、真に学際的な研究が、これからの社会にますます必要とされている。だからこそ、数量的なことは従来あまり扱ってこなかったAmerican Studiesのほうも、政治学から学ぶべきことが多いのだということを、今回の選挙は感じさせてくれました。

ホノルルからデンヴァー(ちなみに、私が到着してからの最初の2日間はハワイとそれほど変わらない気温だったのですが、一晩のあいだになんと気温が20C以上下がり、木曜日はなんと雪でした!)の往復の飛行機のなかで読んだのが、社会学者Arlie HoschildStrangers in Their Own Land: Anger and Mourning on the American Right9月に刊行されたばかりの新刊ですが、この選挙結果により本書のレレバンスはさらに高まり、ベストセラーになっています。選挙の前に読んでいれば、少しはトランプ当選に直面する心と頭の準備ができていたかもしれない。

社会科学的視点(とはいっても、この著者は社会学の中でも質的分析を主な研究手法としているので、大きな「社会科学」のなかではメインストリームではないのでしょうが)とエスノグラフィックな深い質的分析を合わせて、「ティー•パーティ」層といわれる保守派の人々の意識や生活を描いたものです。著者は、アメリカのアカデミアの中でも左で定評のあるカリフォルニア大学バークレー校の社会学者で、これまでにジェンダーや労働や市場を扱った多くの著者がある人物。本書では、5年間にわたって「ティー•パーティ」の牙城のひとつであるルイジアナ州の湿地帯のコミュニティに入り込み、保守派を自負する人々と親しい交友関係を築きながら、彼らの生活や意識を密接に取材し分析しています。とくに、地元に雇用と発展をもたらすとの触れ込みで誘致された石油産業が、地域の環境や経済におよぼしている影響に焦点をあてながら、公害の影響をより受けている地域の人々のほうがそれ以外の地域の人々よりも産業規制に反対するのはなぜか。大企業の利益を優先する政策が彼らの生活をさらに苦しくするにもかかわらず、彼らが自由市場主義を賛美し、共和党を支持し、トランプのような人物に投票するのはなぜか。人々が自らの経済的利害に反する政治的選択をするのはなぜか。といった問いを丁寧に探索していきます。

著者自身はあきらかなリベラルで、研究対象としている人々とは世界観や意識がまるで違い、取材対象の人々もそのことは百も承知。そのうえで、彼らのコミュニティに入り込み、インタビューやフォーカス•グループで率直な話を聞き、一緒に教会やタウン•ミーティングに通い、彼らの見るテレビ番組を見、ひとりひとりの人間として彼らについての理解を深めていきながら、自分自身のなかにある「共感の壁」をなんとか崩そうとする、著者のその真摯な姿勢が、研究者としても人間としても素晴らしい。最終的には「ティー•パーティ」の世界観や政治意識を是認するわけではなく、彼らがもっている考えが事実とどうずれているかをきちんと指摘しているのですが、彼らについて価値判断を下すのではなく、なぜ彼らがそのような意識をもつにいたったのか、彼らにはアメリカ社会や世界がどう見えているのか、をきわめて誠実に描いていて、説得力があります。自分にこういう研究ができるだろうかと考えると、(この著者は白人女性であるのに対して自分は日本人女性である、ということが意味することは別にしても、)私は人格的器量が不十分なような気がします。本書は人種問題については分析が薄く、選挙以後すでに各地で起こっているマイノリティへの攻撃やムスリム「登録制」をめぐる問題についてはこの本の枠組みでは説明できない、という印象ですが(このような質的研究においても、本当に深いインターセクショナル分析を完徹するのはとても難しいのだ、ということを再認識します)、トランプ政権を前に、リベラル•保守の両方の人々に広く読まれるべき一冊だと思います。また、 リベラル•保守にかかわらず、日本の読者にとっては、アメリカの社会の一面を知るうえでとても参考になると思うので、じきに和訳が出版されるのではないでしょうか。

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2016年11月12日土曜日

ブログ再開のご挨拶



個人的な事情により、長いあいだ投稿を中止していましたが、このたびドナルド•トランプ氏が次期大統領に決まったことを機に、ブログ執筆から私を遠ざけていたいろいろな思いを振り切って、再びこのブログを再開することにしました。

トランプの勝利が確定したときには、あまりの衝撃で蒼ざめたまま椅子から立ち上がれない状態がしばらく続きました。政治の展開で自分がこれほど精神的な打撃を受けたことはありません。2000年も2004年も結果に憤怒はしましたが、今回のように涙はしませんでした。

人生の半分をアメリカで過ごし 、いろんなアメリカの姿を見てきて、こうした展開も予想できたはずなのに、なぜ自分がこれだけ衝撃を受けるのだろう。その理由はおもにふたつ考えられます。

ひとつは、アメリカとかかわるようになってからの37年間、私がアメリカについて信じてきたことを、今回ほど根底から否定されたことはなかった、ということ。アメリカの歴史は、虐殺や略奪や追放や排斥や搾取といった、あらゆる暴力に満ちた歴史であり、その社会経済は、人種や国籍や性や階層や性的志向などのさまざまな不均衡のもとに成り立っている、ということは、じゅうぶん認識していたつもりです。それでも、自分があえてアメリカを生活の場として選び、アメリカを理解することを仕事にしているのは、 アメリカという社会 が、自由や平等といった理念を尊び、異なるものを受け入れる包容力を持ち、多様性に価値をおく社会である、と信じてきたからです。そして、多くの人たちがさまざまな社会運動を通じて、社会の不平等や不均衡を少しずつ克服するよう闘ってきたその歴史と姿に、感銘を受けてきたからです。政府やさまざまな制度はともかくとして、アメリカを構成する人々のほとんどは、そうした価値観こそを国のプライドとしている、大らかな人々だと、信じてきました。その信念は、今まで自分が体験してきたことと、身につけてきた知識の両方から培われたものでした。それが、今回のトランプ当選で、根本的に否定されてしまった。少なくともそう思えるほど、トランプ氏が選挙キャンペーン中に公表してきた政策案やこれまでの言動は、そうしたアメリカの価値観の対極にあるものでした。

もうひとつは、アメリカ研究者として、これほど自らの無能と非力を感じたことはなかった、ということ。僅差になる可能性はあっても、いくらなんでもトランプが当選することはあるまい、と確信していました。いや、正直なところを言えば、かなりの大差でクリントンが当選するだろうと思っていました。私自身は、クリントンを熱心に応援していたわけではまったくありません。サンダースを支持していた人たちの多くと同じで、クリントンの背景や政策は支持できないことが多いけれども、いくらなんでもトランプに大統領になられては世界全体が大変なことになるので、妥協候補としてクリントンに投票する、という立場でした。そして、私の周りにはトランプ支持者はひとりもいません。友達の親などで、普段は共和党支持だという人はいても、今回ばかりはいくらなんでもトランプには入れない、と言っていました。もちろん、そもそもトランプが共和党候補として選ばれているのだから、アメリカ全体を見回せば相当数がトランプを支持していることはわかっていたけれど、一連の予想統計をみても、まさかトランプが当選するとは想像しませんでした。予想がまったく外れただけではなく、結果が出てからも、そうなった理由を説明することが自分にはまったくできない。アメリカ研究者を名乗りながら、自分がアメリカの現実から乖離したバブルの中で生きていただけでなく、アメリカの社会をまるで理解していなかった、という事実を、今回ほど残酷に突きつけられたことはなかった。自分はいったいここで何をしているんだろう、私はこれから何をしていけばよいのだろうと、根源的な問いが今も頭のなかを大きく占めています。

選挙翌日のホノルルの様子は、2011.3.11の東日本大震災の翌日の東京と少し似ていました。もちろん、震災は誰も望んでいなかった自然災害であるのに対して、大統領選は国民の約半数が参加した民主的なプロセスで、投票者数の半数近く(絶対得票数ではクリントンが過半数を占めた)が、それが国にとってよいことだと信じて自主的にトランプに投票したのですから、状況としてはまったく比較にならないのはもちろんです。ただ、その事態に直面しての世の中の空気という点では、私がこれまで経験してきたことのなかでは震災翌日の東京がもっとも近い。なにかとんでもない大事態が起こったけれど、それがいったい何を意味しているのかをまだじゅうぶんに把握できず、ただ衝撃と悲しみとパニックが渦巻いているのが、人々の表情に滲み出ているのです。とくにハワイは民主党支持者が圧倒的なので、トランプ当選を祝福している人たちの姿をそのあたりで見かけるわけではなく、呆然とした空気の共有感はさらに大きい。

選挙の翌朝大学に行くと、教員も学生も、顔を合わせると何も言わずに抱擁して泣いている場面を何度もみました。私自身、大学院のゼミの授業では、口にした一文目の途中で泣き出してしまい、それを受けて、学生たちも老若男女を問わず(6人しかいない授業なのですが、イギリスから最近アメリカに帰化した58歳の男性から、30代の先住ハワイアンの男性、父親が軍人でアメリカ各地を転々として育った20代の白人女性、トロント大学を卒業してすぐハワイ大学にやってきたフィリピン系カナダ人女性など、顔ぶれはかなり多様)、みなポロポロと涙を流しながら、思うところを1時間半ほど話し合ってから、予定していた授業の内容に移りました。

しかし、蒼くなって呆然としている、という状態はそう長くは続きませんでした。トランプ政権の誕生によって現実となりうるさまざまな政策案は、ムスリムや移民、LGBTQ、アフリカ系アメリカ人、女性など、さまざまな人たちの権利や安全を脅かすもので、多くの人たちが、その恐怖をすでにとてもリアルに感じている。自分の家族は国外に強制追放されるんだろうかとの恐怖を話しにくる学生、自分は学位取得までアメリカに残れるんだろうかと心配する留学生、やっと 同性のパートナーと結婚したのにそれが無効になるんだろうかと不安を口にする学生。自分が信じてきたアメリカはこんなものではないはずだ、という悲しみは、恐怖と怒りと混ざり合って、一大危機に面した国の空気となっています。学生たちの悲しみや恐怖や怒りを、どのように受け止めれば良いのか。また、少数でも確実に存在するトランプ支持者の学生や、怒りの対象となって自分たちのほうが被害者になったかのように感じる白人学生の思いに、どのように向き合うのが教育者として正しいのか。といった話が、私の同僚たちのあいだでここ数日間ずっとなされています。

多くの人たちが感じている恐怖や不安は、決して想像や思い込みによるものではありません。すでに全国各地で、スワスティカの落書きや、ムスリムの人への暴力行為や、LGBTQへの嫌がらせなどが起こっています。本当に悲しいことに、ハワイ大学のキャンパスのトイレにも、#BlackLivesDon’tMatterという落書きが昨日発見されました。マイノリティや女性への蔑視を堂々と公表した人物が大統領に選ばれたことで、自らの差別意識を正当化された人たちが、暴力的な言動に出る勇気を得ているのです。そして、こうした事件はこれからどんどん増えていくだろうと思わます。

アメリカはこんな国ではないはずだ、どうしてこんなことになってしまったのだろうか、との思いが募るばかりですが、そのいっぽうで、「やはりこれがアメリカだ」と希望を抱かせてくれることもたくさんあります。あえて大雑把な表現をすれば、なにしろアメリカ人は行動力と組織力のある人たちです。選挙の翌日から、各種団体はもちろん、実に多くの人たちが、トランプが綱領に挙げてきた政策の実現を阻止し、トランプ政権によって立場を脅かされる人々を守るための、具体的な行動を開始しています。それは例えば、国外追放される危険のある学生やその家族たちを守るために、大学のキャンパスを警察や移民管理官が大学の許可なしには入ることのできない保護地域に指定するための署名運動であったり、堕胎の自由が脅かされるであろう状況をふまえてのPlanned Parenthoodなどの団体への寄付強化キャンペーンであったり、暴言暴力や嫌がらせにあった人たちのためのホットラインの設置であったり、ローカルなものから全国的そして国境を超えたものまでさまざまです。
 
また、メディアでも報道されているように、多くの都市で、トランプ当選に抗議する集会や行進が、自然発生的に起こっており、時間が経つにつれて、 運動は組織化されてますます拡大していくでしょう。こうやって、納得のいかない状況を黙って受け入れず、すぐに声をあげ行動に移すアメリカの人たちの態度と組織力を見ると、「そうだ、これこそがアメリカだ」と確認させられます。そしてとくに、高校生や大学生を含む若い人たちが、立ち上がって、雄弁に発言し果敢に行動している姿に、感動と勇気と希望を感じます。

私も昨日、ホノルルのアラモアナ公園前の沿道でのサインホールディングに参加してきました。参加者は百数十人と、大都市の抗議集会と比べれば小規模ではあったものの、選挙からほんの3日後のホノルルでの運動にすれば、決して悪くはないし(明日日曜日にはより大きな行進が予定されています)、20代の若い人たちが中心になって企画された催しであったことも、そして、私が指導している日本からの留学生が一番乗りで来ていたのも、とても嬉しかったです。彼女は博士課程の資格試験を来学期に控えて、私に言われて次から次へと何十冊もの研究書を読みまくっている最中。それでも、アメリカ社会を学ぶためには、書物を読むだけではなく、こうした現場に足を運んで自ら発言することも大事なのだ、ということを、私から言われなくてもきちんと学んでくれていて、涙が出そうでした。


アメリカ研究者としての自分の立場や役割をどう考えるべきなのか、という問いは、これからじっくりと考え直していかなければいけないと思っています。自分がこれまで情報や知識を得ていたソースや方法、自分が関心を向けてきた対象などを見直す必要があるかもしれません。そして、もっと根本的に、自分はいったい何をしようとしているんだろうか、何をするのが私の仕事なんだろうか、ということを、深い反省を含めて真剣に考えていこうと思います。

簡単に答が出るような問いではないのはわかっていますが、ただ、今の段階で自分が出したひとつの答。それは、私は、「考える」ことで生計を立てさせていただいている、このご時世において実に優遇された立場の人間である。学生の授業料や国民の税金の一部は、私がアメリカの歴史や社会や文化について「考える」ことに使われている。そんな特権的な立場におかせていただいている以上は、深く精緻に多面的に「考える」作業を、徹底的に続けていくことこそが、私の義務なのだ、ということです。

選挙結果を振り返って、メディアでもアカデミアでも、反省を含むさまざまな分析や評論が飛び回っています。 多くの人々にとってあまりにも衝撃的な結果だったために、この展開をわかりやすく説明するような論を目にするとすぐ、「そうだ、これだ!」と飛びつきたくなるのも自然でしょう。私自身も、そうした説明にすがりつきたくなるのが正直なところです。そして、いろいろな説明には、それぞれ正当な部分があるでしょう。

しかし、今回のような社会の動きは、「低学歴層白人男性の反撃」だの「変化を求める民衆」だの「エスタブリッシュメントの拒絶」だのといった単純な説明で捉えきれるものでは到底ないだろうと思います。そして、レイシズムやセクシズムが大きな要素であったことは間違いないにしても、「レイシズム」や「セクシズム」というのは、アフリカ系アメリカ人への差別やメキシコ移民の排斥や、女性が大統領になることの拒否といった形だけで表れるものではない。アメリカ社会においては、「人種」「性」「階層」といったカテゴリーは、相互に作用しながら形成されてきているものですから、トランプを支持した人たちは「経済問題」を「人種問題」よりも「重視」して投票した、という説明ではとうてい不十分なのです。曲がりなりにもアメリカ研究を本職としている人間としては、一見納得がいきそうな明確な説明の誘惑を極力退け、これまでよりさらに真剣に、丁寧に、じっくりと、考えていく覚悟をしています。

真剣に、丁寧に、じっくりと考えるためには、タイムリーな話題を簡潔で明快な文章で一般の読者に提供していくブログという形式は不適切かもしれません。これまでしばらくブログを中断していたのも、そういった考えがあったのも理由の一つです。ただそれと同時に、ハワイという個性的な場所に長年住み、仕事や生活をしているアメリカ研究者だからこそ、私がこの視座から提供できるものもあるのではないかと信じたい。ので、自分が納得のいくペースで、投稿をしていくつもりです。政治の話題だけでなく、音楽や本やもっと軽く楽しい話題についても書くつもりですので、読んでくださる皆さま、またどうぞよろしくお願いいたします。

2014年4月11日金曜日

書評・感想文コンクール結果発表!『ドット・コム・ラヴァーズ』部門

諸々の事情によりご無沙汰いたしました。書評・感想文コンクール、『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?』部門だけ発表しておいて、『ドット・コム・ラヴァーズ』部門を放ったらかしにしてしまって申し訳ありませんでした。遅ればせながら選考結果発表です。

『ドット・コム・ラヴァーズ』は2008年に刊行になった本で、本書で描いたオンライン・デーティングの経験はもう10年も前のことになるのですが、読者のかたがたの文章を読むことで、自分自身しばらく離れていた話題について改めて振り返る機会ができました。本の刊行当時、多くのかたから感想やコメントをいただき、とても興味深く読んだのですが、当時送っていただいた感想文やネットなどの媒体で発表された書評は選考の対象外とし(ただし、当時書いていただいた文章をあらためてコンクールのために送っていただいた場合は選考に入れさせていただきました)、今回のコンクールにあたって送っていただいた文章のみから選ばせていただきました。

最優秀賞 該当作なし
佳作 (同点2点) 
 坂本秀雄さん 坂本さんの文章は、本ブログの最後に添付いたします。
 yukacanoさん yukacanoさんの文章は、こちらでご覧いただけます。

著者が書評・感想文コンクールを主催しておいて、せっかく送っていただいた文章のなかから最優秀賞該当作なし、とするのはきわめて傲慢だ、と言われればまったくその通りなのですが、『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?』部門の最優秀賞作品のレベルがあまりにも高かったので、それに匹敵する文章がこちらの部門ではなかった、という次第です。もちろん、2冊の本はまったく性質を異にする本ですので、寄せられる文章もその性格が違うのは当然で、『「アジア人」...』部門と同じような分析的な感想文を期待していたわけでは必ずしもありません。また、『ドット・コム・ラヴァーズ』は私の個人的な体験が素材となっているぶん、読者も、本全体の意図を把握することよりも、読者自身の経験や立場から独自のものを読み取り、パーソナルな感想を抱くことが多い、ということも、本の刊行以来わかってきました。そうやって読者のみなさんが、それぞれのものを感じ取ったり考えたりしてくださることは、それが著者の意図と合致していようがいまいが、とてもありがたいことです。

さて、『「アジア人」...』部門と違って、本部門の佳作2点となった文章を送ってくださったおふたりは、どちらも私は面識のないかたです。

坂本さんの感想文は、オンライン・デーティングに見られるアメリカの「交際」のありかたに焦点が当てられています。クッキングヒーターのたとえも面白いし、また、本書でちらりと言及しているベンヤミンの文化論をデーティングに応用するのも意外で新鮮な視点でした。

「交際慣れ」ということについて書いていらっしゃいますが、オンライン・デーティングに限らず、アメリカと日本では日常的な社交生活のありかたがずいぶん違います。もちろん、どんな分野でどんな人たちに囲まれてどんな暮らしを送っているかによって差はあるものの、一般的にアメリカでは、縁もゆかりもない見知らぬ人と会って会話をする、という状況の頻度が日本よりずっと高いのです。いわゆる「パーティ」では、何十人もの知らない人たち同士がワイワイと集まるなかで、初めて会う人と会話をする、そうした出会いを楽しむために行くようなものです。私は、長年のアメリカ生活でずいぶんと慣れてはきたものの、実はもともとそういう状況はとても苦手なのです。なにかのきっかけがあって話をするようになる相手とはたいてい興味深く話をする(人との会話の内容を友達に説明していると、「なんで初対面の相手とそんな込み入った会話をすることになったの?」と驚かれることがよくある)のですが、縁もゆかりもない相手に自分から積極的に話しかけていくようなタイプではないのです。そんな私でも、オンライン・デーティングをしばらく続けることで、新しい人物との出会いを楽しむ術、というものがある程度身に付いたことは確かだと思います。どんなに有望と思われる相手でも、会ってみたら「ケミストリー」が合わなかったとか、なにか決定的なことが欠けているとか、そんな可能性はいくらでもある。それが会って最初の10分くらいで明らかになることもある。それでも、せっかく「デート」にやってきたのだから、せめて一緒にいるその数時間は楽しく会話をしたいとお互いが思うのは当然。そして、オンラインのプロフィールやメールである程度の必要条件をクリアした相手であれば、こちらが興味をもって会話にのぞめば、いろいろと面白い話が聞けるのもほぼ確実。ほんの数時間のあいだでも、自分とはまったく違う人物の、仕事や趣味や生い立ちや人間関係や人となりに触れ、今まで知らなかった世界を少しでも垣間みるのが、面白くないわけはない。その「デート」がその先なにも展開しなかったとしても、数時間そうやって新しい人物と楽しく会話ができるのであれば、じゅうぶんじゃないか。オンライン・デーティングにはそういう姿勢で臨むのが正しい、と思うようになりました。

私は現在はオンライン・デーティングとはまったく関係ない方法で出会った相手と交際中なので、もう何年間もいわゆる「デート」はしていません。(本書でも「デート」という単語のややこしさを説明しましたが、言うまでもなくここでいう「デート」とは、恋人との交際という意味ではなく、恋愛相手になる可能性のある相手と、その可能性を探索する過程の付き合い、という意味で、日本にはこれに相当する概念がありません。)していなくてまったく結構なのですが、正直なところ、ときどきふと、「デート」をしている状況が懐かしくなることがあります。今の交際相手との関係にはまったくなんの不満もなく幸せに暮らしていて、別の人との可能性を考えるということはゼロ。それとは関係なく、「デート」をしているときの独特なエネルギーがちょっと懐かしいのです。なにかの可能性への期待をもって新しい相手と出会い、その人のことを少しずつ知っていく、その過程で、自分のなかでも新しいものが開けていったりする、そうした状況では、一種のハイともいえる、緊張と興奮と不安の混じった精神状態になります。もちろんそれはどっと疲れをもたらすこともあるけれど、他では得られないエネルギーの源になることもある。そうしたエネルギーを楽しむことが「デート」の鍵だと思います。

yukacanoさんは、オンライン・デーティングを超えて、「選択することの大切さ」を読み取ってくださっています。このような視点からの感想文は、本の刊行当時かなりたくさんいただきました。そして、こうした感想を寄せてくださるかたの大多数は、女性の読者であるというのが興味深かったです。たしかに、オンライン・デーティングでは無数とも思えるほどたくさんの男女が潜在的な「デート」の相手としてネット上に存在しているので、そのなかから自分にとって有望な相手のプールに絞り込んでいくためには、自分が交際相手に求めるもの、自分が恋愛に求めるもの、ひいては自分が人生に求めるものを、自分のプロフィールにおいても自分の選択プロセスにおいても明確にしなくてはいけません。私の知り合いのなかには、オンライン・デーティングで何人もの相手と「デート」してみたけど、ろくな経験をしたことがない、という人もいますが(たいていそういうことを言うのは男性)、話を聞いてみると、それはその人が「デート」に行く相手をじゅうぶんに選んでいない場合が多い。自分のプロフィールを丁寧に書いて、相手のプロフィールを丁寧に読んで、お互いに求めているものがある程度は合致しているかどうかを確認してから「デート」にのぞめば、上にも書いたように、たとえ「ケミストリー」は感じなくても、数時間が退屈でたまらない、といった思いはまずすることはないのです。「自分が求めるものをあれこれと挙げていると、他人あるいは自分の内なる声に『何様だと思っているんだ』とか『そんなにないものねだりばかりしているから相手が見つからないんだ』などと言われて、あまり自分の希望を言わないようにしていたのですが、『ドット・コム・ラヴァーズ』を読んで、そうか、自分が求めるものがあってもいいんだ、自分が選択してもいいんだ、と背中を押される気分でした」というコメントを送ってくださったかたもいたのですが、私にとってはそういうコメント自体がとても驚きで新鮮でした。

私自身は、仕事をまず選択してから恋愛相手を選択しているという意識はまるでない(やりたい仕事をさせてもらえている、そして仕事をしなければ生活ができない状況のなかで、今の仕事を続けるのは当たり前すぎて、自分にとっては「選択」というカテゴリーにも入らない)のですが、仕事・恋愛ということに限らず、自分が好きなことを選び取って追求することが、幸せの基本だと思います。自分が好きなことを選んで追求できる、という状況がいかに恵まれたことかも、オンライン・デーティングの日々から10年が経った今、実感しています。

コンクールに応募してくださった読者のみなさま、どうもありがとうございました。佳作のおふたりとは、都合が合えば、来月に一時帰国する際に「デート」をご一緒させていただきます。その「デート」の感想文も書いていただこうかしらん(笑)。

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           坂本秀雄さんの書評・感想文

数日前に久しぶりにこちらのサイトを開いて感想文募集を知りました。急いで読み返しましたが、吉原さんの屈託のなさは爽快ですね。フィールドワークや潜入ルポルタージュといった言い訳なしに恋愛事情を披露してくださって、ことさら気負いっているふうもない。世の中には妬みまじりにへんなことを言う人間がいるでしょうに、そんなものには頓着しない潔さに、あらためて脱帽です。

以前読んだときは、終盤の失恋体験から立ち直るために書いたのかな、といった邪推をした覚えがありますが、今回はすこし異なった感想をもちました。次のサバティカルではしばらく日本に滞在してmatch.com Japanの体験記を書いてもらえたら「読みたい!」そこまでしなくても『ドット・コム・ラヴァーズ』の感想文の寄稿者全員と、そこまでは無理なら何人かとデートしてブログに書いていただけませんか。けっして私をそのなかに加えいただきたいとか、のぞき趣味とかではありません。オンライン・デーティングの日米比較から見えてくるものがある気がします。

本書に触れる前はオンライン・デーティングを必要としているのは、出会いに困っている人、もっといえば人間関係の構築が得意ではない人という漠然とした印象をもっていましたが『ドット・コム・ラヴァーズ』を読んで、すっかり考えが変わりました。吉原さんをふくめて、むしろ交際慣れしている人が多いのに驚きました。オンライン・デーティングをしているうちにそうなったのか、もともとなのか、どちらかといえば後者のような気がします。「それってアメリカ人だから?」 そういう疑問をもったわけです。「だったら自分で試してみたら」とおっしゃられるかもしれませんが、既婚者なので残念ながら登録できませんでした。

この「交際慣れ」しているという印象は、穏便な別れ方に由来するものです。あなたといるのは楽しいけれど、これ以上深入りするつもりはない、という趣旨の決まり文句が存在していて、メッセージを受け取った相手は納得できなくても相手の意図を尊重して、身を引いてくれます。そこで思い浮かべたのは「IHクッキングヒーター」です。熱効率(火力)はガスコンロに劣らないのに火事になる危険性は低い、つまりけっして修羅場にならない、というところからの類推です。鍋のなかの恋愛感情を沸騰させる力はあります。失恋の辛さが素早く収まるわけでもありません。しかし別れ際にすったもんだして互いに傷つけあうことにはならない。ストーカー男ですら執拗であっても境界線を越えることはなく、最後は撤退します。

吉原さんやそのお相手だからこそかもしれませんが「リセットボタン」が押されたら「ゲームオーバー」を受け入れられる分別は見事です。もしかするとオンライン・デーティングの参加者には「ダメなら次の相手に期待しよう」というゲーム感覚のようなものが潜在意識に組み込まれてしまっているではないか、そんな感じをうけました。

くり返すうちに、デーティングファイルが積みあがる。それはコピーとまでは言えなくても、人の感覚になにか影響をおよぼすに違いありません。読み手にその作用を予感させるという意味において本書は、変成しながらもくり返される複製としての恋愛=デーティングがアウラの消滅によってより多くの人のものとなったKunstであることを、高らかに告げている書物です。などとつぶやいて、オリエンタルパサージュにでも出かけましょう。