2019年4月13日土曜日

私が東大入学式で祝辞を述べるなら

前回の投稿から半年もの時間が経ってしまったのは、書きたいことがなかったからではなく、今年度から学部長(と日本語でいうとずいぶんエライように聞こえますが、日本の大学でいえば学部長というより学科長に近いのかもしれません)を務めていて、泣きたくなるほど事務作業や会議が多い毎日を送っているからです。この役についているおかげで、アメリカの州立大学運営の現状を、もう知りたくないほど知ってしまいましたが、それについてはまたいずれ…

ところで、先日の東京大学の入学式での上野千鶴子氏による祝辞。あの舞台であの人があの内容を話したということは、とても意義深いことだと思います。一生懸命勉強して東大に入学して晴れ晴れとした気分でいる新入生の中には、あの話を聞いて冷水を浴びさせられたような気持ちになった人も多いでしょう。「祝ってくれよ」という一言のツイッターもありました。これは、多くの新入生の正直な気持ちだったのではないかと思います。

でもそこで、なぜ自分たちが東京大学に入学することが祝福に値するのか、誰が何を祝福しているのか、自分たちが祝福されるのであれば、祝福された自分たちはこれから何をなすべきなのか、といったことを、合格の興奮からそろそろ冷めた新入生たちに、冷静に考えることを促す、というのは大事なことだと思います。

そして、東大そして日本社会におけるジェンダーの問題、機会の不均等や構造的不平等の問題を、こうして正面から提示し、祝辞の最後の三段落のメッセージが伝えられたということは、とても重要なことだと思います。

この祝辞に対するさまざまな反応を見ると、上野氏のメッセージをきちんと捉えていないい、あるいは捉えようとしない姿勢、フェミニズムに対する理解の欠如や反感の根深さ、東大生の意識的・無意識的エンタイトルメントなどを目の当たりにし、暗澹たる気持ちになるのですが、評価する声もあちこちにあるようですし、とにもかくにもこの祝辞の意義は大きいと思います。

さて、もし自分が東大の入学式で祝辞を述べるとしたら、何を言うだろうか、と考えてみました。泣きたくなるほどの事務作業に追われているなか、今自分が少しの時間でもあればなすべきことは、研究であって、誰にも頼まれていない祝辞を試しに書いてみることではないのですが、書いてしまったので、以下公開します。


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 みなさん、ご入学おめでとうございます。
 みなさんが生まれるずっと前のことですが、私も東京大学の入学式に出席しました。ですから、みなさんが今抱いている、晴れ晴れとした気持ちや、明るい前途への期待、新しい世界に足を踏み入れる興奮や緊張は、私も経験しています。自分が送った大学生活についての反省と、その後に学んだことをもとに、みなさんへの激励として、いくつかの希望とアドバイスを述べさせていただきます。

 まず第一に、携帯電話をしまって、私の挨拶が終わるまで顔を上げてこちらを見ながら聞いてください。
 ツイッターその他のSNSが悪いと言うつもりはありません。即時性があり開かれた媒体だからこそ、ダイナミックでレレバントな言論公共領域が形成されるということは評価していますし、私自身そうしたツールを使ってもいます。式が終わってこの会場を出たら、ツイッターでもインスタでもFBでもなんでも、好きなだけ発信していただいて結構です。この祝辞は生中継されていますから、会場の外でさまざまなツイートをしている人はたくさんいるでしょうし、この文面は公開されますから、後から読み直していくらでもコメントしていただいて結構です。
 でも、今みなさんは、式典という儀式に参加し、そこで私は、祝辞という形のスピーチをしています。そこには、生の人間が時間と空間を共有する具体的な相手に向かって語りかける、という営みがあります。音楽や演劇と同じように、スピーチは全体としてひとつのメッセージを発するものであり、それを私なりの方法でみなさんに伝えるために、みなさんの前に身体を出し、言葉を使っているのです。数分間で終わりますから、とにもかくにもその間は、それを受け止めるのにすべての神経を投入してください。それが礼儀というものですし、そのほうが、後で文句をつけるにしても、より立派な文句がつけられます。
 そうやって、人の話をリスペクトをもって聞き(あるいは読み)、意図を正確に把握し、真剣に考えた上で、共感あるいは反論などのコメントを、明快に論理立てて述べる、という作業は、社会生活の基本であり、言葉という人間固有の財産を大切にする行為でもあります。それは、人との関係を築く上でも、理解力や発信力を培う上でも、重要なことです。聞く、話す、読む、書く、のすべてにおいて、そうした高度な言語能力を身につけてほしいと思います。

 第二に、みなさんの周りに座っている同級生たちの顔ぶれを見回してください。また、この舞台に座っている先生がたの顔ぶれを見渡してみてください。
 パッと見てわかるように、そして多くのみなさんが報道などですでに知っているように、みなさんの同級生は、八割以上が男性です。みなさんの過半数が、首都圏をはじめとする都市部の進学校から来ています。みなさんのほとんどが、日本の国籍をもっています。みなさんがこれから師事することになる教員にいたっては、九割が男性で、そのほとんどが、みなさんと同じ東京大学で学部生活を送り、同じ東京大学で学位をとった日本人の先生がたたちです。
 これにはいろいろな理由が考えられ、深い議論や分析をすべき問題ですが、この舞台はそのための場ではありません。ただ今は、これが相当に異様な状況である、ということを指摘するにとどめます。
 みなさんは、私の話を聞きながらこの数分間はこの状況について考えても、そして、会場を出てすぐにツイッターその他でコメントを書いても、いったん大学生活が始まってしまえば、じきにそうした環境が当たり前になって、それが異様なこととも不思議なこととも思わなくなってしまう人が多いのではないでしょうか。
 当たり前と思われていることが、本当に当たり前なのか、なぜそれが当たり前になったのか、当たり前でないとすれば他のどんな可能性があるのか。そうした批判的思考と探究心を、みなさんに持ち続けてほしいと思います。そうした批判や探求の対象とすべきものは、宇宙にも細胞にも聖典にも音楽にも法律にもありますが、大学という場所の中にも、そしてみなさんの意識や感情の中にもあります。そうやって自分や自分の生きる社会や文化を相対化することで、自分にとっても他の人々にとってもよりよい世界が思い描けるのです。
 みなさんの中には、「受験という公平な制度のなか、自分は能力と努力で競争を勝ち抜いて、今この場にいる」と思っている人が多いだろうと思います。私も、入学式に出席した頃には、そう思っていました。
 じっさい、みなさんが受験した入学試験を、できる限り実質的な知力を試す内容と形式にし、公正かつ公平な方式で実施するよう、この大学の先生がたが非常に多くの時間や知恵や体力を投入してきていたことを、私は知っています。試験問題を見ても、これを作った先生がたはさすがだなあと思う同時に、これに答えたみなさんはすごいなあと感心します。
 みなさんが今日この式に出席しているということの背景には、多くの情報を処理し論理的に思考する基礎的な知力、多くの科目を地道に勉強する集中力と継続力、試験で成果を出す瞬発力といった、みなさんの能力と努力があります。精一杯の努力をし、それが成果を生む、ということを若い頃に経験したことは、みなさんのこれからの人生において大きな強みになるはずです。
 それと同時に、みなさんが頑張って勉強して厳しい競争を勝ち抜くことができた背景には、みなさんひとりひとりの能力や努力のほかにも様々な要素があります。みなさんの育ってきた家庭や環境が、勉強に価値を置くものであった、ということ。大学とは何かを理解し、東大入学を目標にするような状況があった、ということ。受験勉強をサポートする学校や予備校に行くことができ、勉強をすることが物理的・経済的に可能であった、ということ。勉強を断念しなければいけないような病気や怪我をせず、大きな事件に巻き込まれたり被害にあったりすることなく、ここ数年間を過ごせた、ということ、などなど。
 入学式に出席していた頃、私はそれらの状況を、自明のことと思っていました。世の中に生きる多くの人にとってそれがいかに特殊な状況であるかを理解するには、多くの時間と、日本内外でのさまざまな出会いや経験を要しました。
 高度な知力をもったみなさんだからこそ、今自分がこの場にいる、という事実を相対化して、「公正な入学試験」とはなにか、そして「公平な社会制度」とはなにかを、これからの大学生活、そしてこれからの人生において、真剣に考えてほしいと思います。そうすることこそが、東京大学に通うみなさんの、それを可能にした状況に対しての、責務であると思うのです。

 第三に、今度は、みなさんたちのなかに、どんな差異や境界があるか、考えてみてください。
 先ほど、「東大には多様性が少ない」という意味のことを述べましたが、「多様性」というのは字義通りの「顔ぶれ」をパッと見てわかるところだけにあるわけではありません。
 スーツ姿で並んで座っているみなさんを見渡すと、一見とても均質的な集団に見えます。でも、みなさんの中には、性的マイノリティもいるでしょう。受験のときに初めて東京に来た人もいるでしょう。いろいろな宗教の信者もいるでしょう。裕福とはいえない家庭環境で育った人もいるでしょう。家や学校で日本語以外の言葉を話して育った人もいるでしょう。病気を持っていたり、精神的トラウマを抱えていたりする人もいるでしょう。
 一見、同じような、似たような人間に見えても、人にはいろいろな差異があります。そうした差異を、ないことにしたり、マジョリティの都合に合わせたり、排除の道具にしたりするのではなく、大学を、それぞれの人が居場所を見つけ安全に活き活きと暮らすことができる場にし、差異と多様性から生まれる無限の可能性を追求するような人間関係や共同体を、みなさんに築いていってほしいと思います。
 大学の外に出ればさらに、日本の社会は、同質性が高いといわれながらも、実に多様で複雑です。みなさんがこれまでに出会う機会のなかったような人たちが、日本のあちこちで一生懸命に生きています。これから先の日本がどのような社会であるべきかを真剣に考えるためには、物見遊山や覗き見趣味でなく、社会の一員として、謙虚にかつ積極的に、日本を知ってほしいです。
 さらに、自分にとっての常識を相対化し、世界における日本の位置づけや、日本が世界においてしてきたこと、日本が世界においてするべきことを、冷静に考えるには、日本の外の世界を知ることも大事です。私が学生だった頃と比べて、留学プログラムや、海外出身の学生と一緒に授業を受けられる機会は、格段に充実しているにも関わらず、そうした制度を活用する学生はごく一部に限られています。世界的・歴史的な視点で見れば、自国で自分の母語で高等教育が受けられる、というのは、特権的なことですが、自分の意志で希望の国に行って勉強できる、というのは、さらに特権的なことです。与えられた特権をぜひ活用していただきたいと思います。

 第四に、大学には多くのことを要求してください。
 せっかく頑張って勉強して入学し、授業料と税金を使って、国立大学のなかでも群を抜いた予算をもつ東京大学に通うみなさんは、最高レベルの教育を受ける権利があります。系統だった知識を伝達し、思考分析の技術を伝授し、教授の情熱を感じさせてくれ、学問の醍醐味を味わわせてくれるような授業を、みなさんは受ける権利があるのです。そして、知的にも人間的にも成長させてくれるような指導を要求する権利があるのです。
 真剣に授業に取り組んだ上で、面白くないと思ったら、なぜ面白くないのかを筋道立てて述べ、抗議してください。開講されている授業の選択肢やカリキュラム、進振り制度、教授の顔ぶれなどについて、なぜこうなっているのかを理解した上で、納得のいかないことがあったら、皆で議論して、教授たちとの話し合いを要求してください。
 そして、本当に勉強したいことを専攻してください。やりたいことをやってこそ、人は努力もできるし、情熱や能力を活かすことができます。就職の際につぶしがきく、などという理由で専攻を選ぶのは、志が低すぎますし、自分に対して失礼です。
 みなさんが大学に要求すべきことは、教育・研究にかかわることだけではありません。クラブやサークル、駒場祭などの課外活動も、大学生活の重要な一部です。そうした活動のありかたについて、主体的に考え議論し発信することで、大学を自分のものにすることができると同時に、社会人として仕事や生活をする重要な訓練ができます。
 大学というのは、ひとつのユートピアだと私は信じています。少なくともそうあるべきだと思っています。さまざまな背景や経験を持った人たちが、真実や真理の追求という共通の目的のもとに、空間と時間を共有する。そんな稀有な場は、世の中に他にまずありません。大学とは、外の社会においては実現困難な理想を追求する実験場でありコミューンであってほしいと思っています。学問においても、大学という場所の営みにおいても、そんな理想郷をみなさんが主体的に作り営んでいってほしいのです。

 最後に、晴れて入学を果たしたみなさんには、一日も早く、卒業していただきたいと思います。
 さっさと必要な単位を取って卒業してほしい、ということではありません。本当に自分がしたいことを見つけてじっくりと勉強し、若いときだからこそできる経験を積むためならば、一年や二年卒業が遅くなることはむしろ好ましいことだと思っています。
 私が言いたいのは、今日この式が終わって、応援してくれた家族や仲間とお祝いをしたら、カギカッコのついた「東大生」をなるべく早く脱ぎ捨ててほしい、ということです。
 東京大学というのは、日本社会において特別な位置を占めています。今日のこの式にも、たくさんの報道関係者が来ています。私のこの祝辞も、今日中にも各種のメディアに掲載されることでしょう。書店には「東大生の勉強法」とか「東大生の部屋」とか「東大生の親」とかいったことを取り上げた本や雑誌の特集がつねに並んでいます。これからのみなさんは、大学はどこかと聞かれて「東大です」と答えれば、「へえ〜!」と感心されることが多いでしょう。「東大生」であることの恩恵を受けることも多いでしょうし、それについてまわるステレオタイプに辟易することもあるでしょう。
 そこで、なにか大きな勘違いをしてしまったり、あるいは、「東大生」というラベルと対峙することにたくさんの時間を費やしたりすることは、せっかくみなさんが持ち合わせた、能力と環境という幸運の組み合わせを無駄にすることになります。多くの努力をすることを知っているみなさんが、もっとも成長できる時期に、その成長が停滞あるいは停止してしまいます。一日も早く、できることならば今日この日にでも、「東大生」であることを卒業して、一東大生として真剣な大学生活を送ってほしいと思います。

 以上、騙されたと思って実行してみてください。そして、私の祝辞はこれで終わりですが、ツイッターは、会場を出てからにしてください。


2018年11月13日火曜日

コロニアリズム、人種、ディアスポラ、文化  スチュアート・ホール回想録

学会出席のため、中間選挙の日の夜にホノルルを発ってアトランタに向かいました。ステイシー・エイブラムスが初の黒人女性知事となるのではと見込まれていたジョージア州に、彼女の当選が決まった日の朝に到着できたらよいなあと思っていたのですが、ホノルルを出発するときにはどうやら僅差で落選したようでガックリしていたら、アトランタに着いてみると、集計されていない票が相当数あり、得票率の差が小ささ過ぎるというので、再集計、ということになり、ジョージアはなんとまだ次期の知事が決まっていません。この件も含め、選挙についてはいろいろと考えること、書くことがあるのですが、それはまたゆっくりということで、今回は、学会会場で購入して、アトランタから帰りの長いフライトで貪るように読み耽った、スチュアート・ホールの回想録、Familiar Strangerについて。

スチュアート・ホールについて知らないかたは、4年前に彼が亡くなったときの投稿を読んでいただければ、彼の仕事についてのきわめて大雑把な概要はわかります。このたび私が読んだのは、長年にわたってのインタビューの書き起こし原稿に、晩年体調も視力も低下していたホール自身が精魂を振り絞って丹念に手を入れて、本の形にまとまり、アメリカでは昨年デューク大学出版より刊行されたもの(イギリスではペンギン社より刊行された模様)。ホールの仕事についてよく知らない読者にとっては、ホールという人物についても、カルチュラル・スタディーズという分野についても、格好の入門になると同時に、ホールの理論に馴染んでいる研究者にとっては、その背景にある人生が実に鮮明に描かれていて、たまらなく感動的な一冊。

まずは、1932年にキングストンで生まれたホールが19歳でオックスフォード大学に旅立つまでの生い立ちが、ジャマイカの歴史と社会についての叙述とタペストリーをなして描かれている。彼自身の経験、そして家族・親族関係のミクロな描写から、コロニアリズムというものが人々の生活や意識、憧れや理想、人間関係を、どのように形作るのかが、鮮明に浮かび上がってくる。そしてまた、「黒人」という概念やアイデンティティが存在しなかった当時のジャマイカで、複雑な濃淡のある社会的ヒエラルキーのさまざまな層に位置する人々が、徐々に脱植民地主義、脱帝国主義、反レイシズムといった目的に向かって動いていく歴史の波が描かれている。そうしたなかで、「主観的」なものと「客観的」なもの、「内面的」なものと「構造的」なもの、といった、二項対立的に捉えられがちなものが、じっさいにはきわめて深く相互作用的に構築されているのだということを、根源的な次元でホール青年は理解するようになる。とくに、母親と姉についての記述が忘れられない。

ジャマイカのミドルクラスとして英国的エリート教育を受け、「文明」と「近代」の洗礼を受け(Conscripts of Modernity、すなわち「近代への徴集兵」という章のタイトルが絶妙)、それと同時進行でコロニアリズムや人種についての意識に徐々に目覚め、自分の家族に対しても、ジャマイカの社会に対しても、居心地の悪さを深めていくホールは、やはり大英帝国支配下のコロニアル・エリートらしく、オックスフォード大学に留学する。この前後の、彼が受けた教育についての叙述にも、グイグイと引き込まれる。私は個人的には、ホールがオックスフォードに留学し、「イングランド」と「ブリテン」というふたつの社会の幻想と現実に直面し、自分とジャマイカ、そして自分と「イギリス」と「ブリテン」との距離や関係性を探りながら、「ディアスポラ」としての立場を受け入れていく時期についての記述に、鳥肌が立つほどの共感を覚えた。共感といっても、もちろん、1990年代に日本人留学生としてアメリカの大学院に行った私と、その40年前にジャマイカからオックスフォードに行ったホールとは、まるっきり状況は違うし、私は「ディアスポラ」という意識はまるでないのだけれど、まるっきり異国ともいえないし、かといってあきらかに自国ではない社会に身を置いて、とにもかくにも、その社会や文化を律している暗黙の「記号」を実際的に身につけていかなければいけない、というプロセスについては、自分の経験や思いを重ねる部分が多かった。そして、その記述のなかで、ホールがヘンリー・ジェイムスを読み耽った、というくだりに、深く感動した。(私は、ヘンリー・ジェイムスと親しく、作品で扱っているテーマにも共通するものが多い、イーディス・ウォートンの小説に大学院時代に出会い、ホールがジェイムスについて抱いたのと同じような思いを抱いたのです。)音楽についての記述もとても興味深かった。


カルチュラル・スタディーズの研究者にとって学術的に一番面白いのは、やはり最終章で、ホールが反核運動をはじめとする社会運動に深くかかわるようになり、そしていわゆる「バーミンガム学派」の創設者のひとりとしてカルチュラル・スタディーズの礎を築いていく時期についての叙述だろう。理論というものは、固有の状況や文脈から生まれるものだ、ということが、この章を読むとよくわかるし、とくに、「バーミンガム学派」の父的存在である、E.P. トンプソンやレイモンド・ウィリアムズについての記述は、どんなに時差で眠気に襲われていても一気に目が覚めるくらい面白い。

なんといっても、文章が美しくかつ雄弁で、単純に読み物として第一級。自らの知的形成を追った回想録でありながら、小説のように読める。深い学術性をもちながら、最初から最後まで深い人間性が感じられる。最終章の最後はこう終わっている。

I had to find a modus vivendi with the world I had entered and indeed with myself. Surprisingly, this turned out to be partly through politics. Establishing, as I had, a foothold in British radicalism and inhabiting a necessary distance from England and its values meant that I never came to be seduced by the old imperial metropole. It allowed me to maintain a space I felt I needed. I wanted to change British society, not adopt it. This commitment enabled me not to have to live my life as a disappointed suitor, or as a disgruntled stranger. I found an outlet for my energies, interests and commitments without giving my soul away. And I had found a new family.

いずれ邦訳も刊行されることと思いますが、英語は決して難解ではないし、ホール自身の言葉を是非とも味わっていただきたいので、この原著を読むことを強くオススメします。

2018年11月5日月曜日

ハーバード大学入学審査をめぐる裁判とアジア系アメリカ人 トランプ時代の「モデル・マイノリティ」

明日はいよいよ中間選挙。どういう展開になるにせよ、しばらくはその話題に注意が集中すると思われるので、ギリギリその前に公開されるよう、この記事を書きました。ここ数週間にわたってボストンの連邦裁判所で行われている、ハーバード大学の入学審査をめぐる訴訟についてです。字数制限のなかで、アメリカの大学の入学審査の仕組みや、アメリカの大学における「ダイバーシティ」の意味や価値、アファーマティヴ・アクションをめぐる抗争、「モデル・マイノリティ」としてのアジア系アメリカ人の複雑な位置づけなど、必要な背景をきちんと説明するのに苦労しましたが、読んでいただけたら幸いです。

佐藤仁さんの『教えてみた「米国トップ校」』についての投稿をしばらく前にしましたが、それと合わせて読んでいただけると補足になるかと思います。

多様な学生を入学させるということにそもそも大きな価値を置いていない日本の大学の入試システムも、大きな問題をはらんでいますが、アメリカの大学のいわゆる「人格総合評価」というのも、別のいろいろな問題がついてまわります。なにしろ、数量化できない基準で、しかもそれらの基準にどのような比重が置かれているのかが明らかにされない状態で、評価が行われるわけですし、「レガシー枠」などはどう考えても公平とは言えず(これに加えて、卒業生の子弟は優先されるという場合もよくあります)、いろいろな矛盾を抱えているシステムです。また、試験の点数が足りずに不合格になったというのなら、自分の勉強不足や(あまり勉強していなかった部分が試験に出てしまった、などという)運の悪さ、当日の体調不良などを理由に、しょうがないと自分を納得させることもできるでしょうが、不明瞭な基準の総合評価で不合格になると、まるで自分の人格すべてを否定されたような気持ちになり、若者にはとても大きな精神的ダメージになる、というのを、私も周りで見てきました。

完全に公平な入学審査方法というものは実現不可能かもしれませんが、大学の社会的ミッションとはなにか、をじっくりと考え議論した上で、審査方法を試行錯誤する、ということが必要なのだろうと思います。東京医大で女子の受験生の点数が一律減点されていた、という事件を連想せずにはいられない話題です。

2018年10月20日土曜日

カバノー最高裁判事、#MeToo、そして「イヤーブック」

中間選挙もいよいよ差し迫ったアメリカで、ここ1ヶ月ほどアメリカ中をたいへんな騒ぎに巻き込んだ、カバノー最高裁判事候補の10代のときの性暴力疑惑。9月27日に行われた上院司法委員会での公聴会は、多くの人が、街頭で立ち止まって、あるいはバーやレストランで会話を止めて、テレビ中継を見入ったり、あるいは仕事の手を休めてコンピューター画面でネット中継に見入ったりする(私自身もそうだった)ほど注目度が高いものでした。

そして、見ていた女性たちの非常に多くが、SNSなどで、ブラゼイ・フォード氏の証言を「涙なしには見られなかった」、あるいは「辛すぎて見られずに画面を消した」などと述べていました。30年近くも前のことであるはずの1991年のアニタ・ヒルの証言が、まるで昨日のことのように脳裏によみがえってくる上に、性暴力の被害を受けた経験のある女性にとっては、ブラゼイ・フォード氏の証言はまるで人ごとではなく、自らのトラウマや、それについて長いこと誰にも話さずに生きてきた人生を振り返るトリガーになったのです。そのような女性が世の中にどれだけ多く存在するか、ということを、ここ1年間の#MeToo運動が露呈しており、その果てのカバノー候補の承認は、憤りとも悲しみとも絶望ともつかぬ思いを、多くの女性に抱かせています。


アメリカでの大騒ぎぶりに比べると、日本では比較的報道が少なかったようなので、背景説明やことの経緯についてあまり知らないかたには、こちらの解説をおすすめします。


この件については、すぐには整理できないほどたくさん言うことがあるので、まとまった文章を書くのはもう少し時間をかけて考えてからにしますが、公聴会やメディア報道で話題にのぼった「イヤーブック」について記事を書きましたので、読んでいただけると嬉しいです。

カバノー氏のイヤーブックを解読した記事や、公聴会の顛末についての分析は、数えきれないほどあるので、ここではいちいち挙げませんが、この記事でも言及している、「レナタを卒業したヤツら」という表現についての、ニューヨーク・タイムズの記事はこちらです。




追記  以前のUSオープンについての投稿は、非常に多くのかたの目に触れ、たくさんの読者からコメントをいただきました。私と視点や意見を異にするかたのコメントからとくに多くのことを学ぶと同時に、もとの文章では自分が伝えようとしたことが明瞭に伝わらない側面もあったのだと反省もしました。さらに考えを整理していずれ投稿し直そうとも思いますが、いただいたコメントにかんしては、あまりの数の多さに、正直言って時間的にも精神的にも対応できない状態となりました。コメント欄を設置しておきながら、わざわざコメントを送ってくださる読者に対してなにも反応しないのは不誠実であるとの指摘を何人ものかたからいただき、それはその通りだと思うので、これにてコメント欄は閉じることにいたしました。私の投稿についてコメントのあるかたは、それを私や他の読者に伝えたり読者同士で議論したりする術や媒体が他にもありますので、それらを使っていただくようお願いいたします。

2018年9月27日木曜日

「アジアン」が消えた『クレイジー・リッチ!』日本公開




本日928日(金)に日本で公開になる映画『クレイジー・リッチ!』について、このブログに文章を投稿しようと思っていたところ、ちょうど『現代ビジネス』から現代アメリカ文化についての原稿依頼を受けたので、そちらに寄稿させていただきました。こちらの記事は本日公開ですので、読んでいただけたら嬉しいです。

記事でも書いたように、この映画は、アメリカでは、業界の予測も私の予想もはるかに上回る人気となっています。私も公開された週末に劇場に観に行きましたが、かなりの行列となっていました。ハワイは、複数の人種を属性とする人も含めると人口の半数以上がアジア系で、「アジア系アメリカ人」の歴史や社会もアメリカ本土とは違った要素がたくさんあるのですが、そのハワイでもこれだけこの映画が話題になっている、というのも興味深いです。

日本ではこの映画は公開されているのだろうか、されているのならいったいどのように受け取られるのだろう、と思って検索してみたところ、本日公開される日本版のタイトルからなんと「アジアン」が抜けているということを知り、驚愕するやら「そりゃそうだろうなあ」と頷くやらで、この文章を書きました。

限られた字数のなかでカバーできなかったポイントや、リンクをつけられなかったコンテンツについて、補足の参考資料として、以下リストアップしておきます。

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まず、記事の最後のほうで言及した、ヴィエト・タン・ウェンがニューヨーク・タイムズ紙に寄せた文章はこちら。ウェンは小説家であると同時に文学研究者でもあり、『シンパサイザー』がピュリッツァー賞を受賞してからはとくに、自らの影響力を社会啓蒙のために使っている真摯な姿勢に頭が下がります。『シンパサイザー』は邦訳も出ていますが、カルチュラル・スタディーズ的手法を使った彼の研究書NothingEver Dies もたいへん良書でオススメです。

ウェンの文章の最後のほうでも巧妙に示唆されているように、アジア系アメリカ人がみな手放しでこの映画を称賛している訳ではありません。この作品についての批判的な論評からもいろいろなことが学べるので、その例をいくつか挙げておきます。

この映画の製作と流通・消費の様相に見られる「アジア系アメリカ」と「アジア」の関係や、この作品におけるシンガポールの表象についての問題点を論じた記事はこちら。ちなみに、この記事で引用されているCheryl Narumi Naruseは、ハワイ大学在籍中に私が指導したこともある文学研究者です。

アメリカではCrazy Rich Asians Asiansの部分ばかりが注目を浴びていますが、日本版タイトルになっている『クレイジー・リッチ!』の部分、つまり、なぜこの物語に出てくる人々がここまで桁外れな富を築くに至ったのか、その物語がシンガポールで展開されるということにどのような意味があるのか、に焦点を当て、「アジア」の資本主義の歴史におけるシンガポールの位置づけを論じた文章はこちら。きちんと読むとたいへん勉強になります。

この映画における富の描写やシンガポールの表象についてさらに詳しく批評した文章はこちら。最後のほうで言及されている、ふたりの男性の親密なシーンについては、なるほどと思いました。

さて、ちょっと違う路線ですが、物語のクライマックスとなる、レイチェルとエレノアの一騎打ちのシーンの意味は、麻雀のルールを知らないと、うっすらとしか理解できません。私は、映画を観た後でこの解説を読んで「なるほどそういうことだったのか」と理解してから、記事を書くために後日もう一度観に行って、フムフムと納得しました。

そして、自分の記事のポイントに戻って、アメリカにおけるアジア人の表象の歴史については、私のかつての指導教授であるロバート・リーによる『オリエンタルズー大衆文化のなかのアジア系アメリカ人』(貴堂嘉之訳)が今では古典となっています。

もちろん、このようなことを気にかけず、単なるロマンチック・コメディとしてこの映画を楽しむのも、大いに結構なことです。ただ、そうやって楽しめる贅沢に感謝しながら、タイトルから消えた「アジアン」の意味について考えると、別の楽しみが増すとも思います。




2018年9月8日土曜日

USオープン ウィリアムズ=大坂 ドラマにみるマイノリティ女性選手の葛藤と連帯

私は普段テニス(だけでなくスポーツほぼ一般)をほとんど見ないのだけれど、大坂なおみさんについてのニューヨーク・タイムズの記事を少し前に読んで、非常に興味を持っていた。試合前から、報道やインタビューで「日本人初」とやたらと強調される(これはアメリカの報道でも同じ)なか、「日本代表として出場はしていても、父親はハイチ人で、私はハイチも代表しています」と当たり前のようにさらっと言う、その姿にとても好感を持った。今日のUSオープン決勝はさすがに歴史的な組み合わせでは、と思って生で見たら、とんでもない展開に。最後のほうは見ているだけで動揺して、授賞式を見ながらも、見終わってからも、しばらく涙が止まらなかった。
なんと言っても、確実な実力と、あんな状況のなかでも落ち着きと集中力を失わない驚異的な精神力で勝利したのに、素直に喜べない大坂さんが気の毒でならない。それと同時に、不当な警告に抗議したことがさらに警告へとつながり、まる一ゲームも取られてしまうという極端なペナルティで、公正な試合をさせてもらえないという思いを強めるセリーナ・ウィリアムズの、これまでに積もり積もってきた思いと、彼女が背負っている女性アスリートの歴史を思うと、ますます涙が出る。あんな警告がなく、通常の試合をした結果だったら、彼女だって潔く女王の座を笑顔で譲っただろうに。それにしても、FBでの友達の投稿を見る限り(きわめて限定されたサンプルであることは百も承知ですが)、どうもこの試合についての反応が、日本とアメリカでずいぶん違うみたいだなあ、と思っていたのだけど、日本の新聞の文章などを見てちょっとわかった気が… 
私はアメリカのテレビ中継を生で見ていたのだけど、日本の報道の形容と私がアメリカのメディアを通して見たものは、かなり違う。アメリカでは、テレビ解説者の試合中とその後のコメントにしても、メディアでの報道にしても、審判の警告は行き過ぎであり、「男性選手だったらもっと酷いことを言ったりしたりしても警告など受けないのに、抗議をしたことで一ゲームも取るのは女性アスリートへのセクシズムである、というウィリアムズには言い分がある」という論調が主流。これは、単なるアメリカ贔屓、ウィリアムズ贔屓ということだけではなく、スポーツにおける女性、とくにマイノリティ女性の位置付けの歴史の背景がある、というのはアトランティック誌の記事などをみるとよくわかる。
それに対して、たとえば朝日新聞の記事では、「主審に対して『私に謝りなさい。あなたはポイントも奪ったから、泥棒』と口汚く罵倒し、1ゲームの剝奪を言い渡された」との記述があるので驚いた。ウィリアムズの発言は、確かにとても強い口調での抗議ではあったけど、「口汚く罵倒」などはしていないし、You owe me an apology.を「私に謝りなさい」という命令調に訳すのも誤解を呼ぶ。日経新聞には「次第にS・ウィリアムズはイライラを爆発させ、警告を受けた」という文があるが、これはプレーが自分の思うとおりにいかないことにイライラしていたような印象を与える。さらに、授賞式での大坂さんについて、「ブーイングの中で始まった優勝インタビューでは『勝ってごめんなさい』とひと言」という文もあるが、これは明らかな誤訳で、彼女は「勝ってごめんなさい」などとは言っていない。I'm sorry it had to end like this.は「このような終わり方になったことは残念です」であって、謝罪ではない。(sorryという単語が出てくると謝罪だと思うのは間違い。たとえば親しい人を亡くした人に、I'm so sorryというのは普通のことで、悲しみやシンパシーや遺憾の意を表現するのにもsorryは使われる。)テニスの試合の報道でもこのようなことがあるのだから、国際情勢についての報道でどれだけこうしたことがあるのかと思うと、恐ろしい気持ちになる。
日本の報道がある程度「日本贔屓」になるのは仕方ないかもしれないし、日本を代表する選手が勝利したのは、私も単純に嬉しい。でも、今日の展開は、日本人とハイチ人の親のもとで主にアメリカで育った日本代表選手と、スポーツの中でもとくに黒人が入りにくかった歴史をもつテニスで女王の座を築いてきたウィリアムズの対戦だったということで、「国」や「国籍」以上に、歴史的にとても意義深いものだったはず。憧れの対戦相手が苦い思いをする試合となってしまった、観客が新しいスターの誕生を祝福するどころかブーイングまでする(もちろん観客がブーイングしていたのは大坂選手に対してだけでなく、審判やそれが象徴する歴史や体制だけれど)結果となってしまった、そのなかで表彰台に上がり涙する大坂さんを見て、肩を抱いて力づけ、観客に「もうブーイングはやめましょう」と言うウィリアムズ。We'll get through this.という彼女が指すweとは、テニス界を率いたり応援する人々であり、日々セクシズムと闘う女性たちやレイシズムと闘うマイノリティたちであり、このような展開で試合に陰りができてしまった大坂さんと自分のことであろう。そのウィリアムズの姿と言葉に、これが本物の女王だと感じると同時に、マイノリティ女性が次世代のマイノリティ女性を勇気づけて世界の頂点に引き上げる絆と連帯を見て、少し救われた気がした。大坂さんはとても賢く成熟した人間なのは明らかなので、落ち着いた頃に、不公平なことには堂々と抗議するウィリアムズへの憧れをまた強くするだろうし、これから長いキャリアを積んで自らもそのようなロールモデルになるだろう、と期待。

2018年9月1日土曜日

アイオワ、言語、アメリカ、歴史−−柴崎友香『公園へ行かないか?火曜日に』

 友達に薦めてもらい、出版社の人に送ってもらった、柴崎友香『公園へ行かないか?火曜日に』を読了。

 『新潮』その他の文芸誌に掲載されたエッセイを加筆修正してまとめたものなので、章から章へと話が順に展開されていくわけでもないし、話が前後したり繰り返しがあったりするし、各章で扱われているトピックによって、私には共感の温度にだいぶ差があったけれど、それがまた、メモワールとも紀行文とも小説とも評論ともつかぬ不思議な魅力の仕上がりの一要素になっている。

 すべての章の素材となっているのは、アイオワ大学のIWP (International Writing Program)に参加するため、2016年の大統領選に重なる時期に3ヶ月アメリカに滞在した著者の体験。IWPについては、『日本語が亡びるとき』の最初の部分で水村美苗さんが活き活きと描いているし、私の優秀な教え子が博士論文で扱っていることもあって、個人的に興味津々。水村さんのように、長いアメリカ生活経験をもち、英語で会話だけでなく文学作品を読み書きをすることもできるような参加者はともかくとして、世界各国から集まってくる、多くは英語を母語としない作家たちにとって、アイオワでの毎日は実際のところどういうものなのだろう、そこで何を感じたり学んだりするんだろう、と思っていた。舞台芸術や視覚芸術なら、言葉ではなくその芸術媒体を通してコミュニケーションが成立する部分も多いだろうけど、なにしろ作家である彼らの媒体は言葉。共通言語である英語の能力もまちまちだし、お互いの作品をその人の使っている言語で読むことができないなかで、参加者同士の意思疎通はいったいどんなものなのだろう、と単純な疑問を抱いていた。これまでに日本人作家たちも数多く参加してきたらしく、そのほとんどは水村さんと比べると英語力がかなり低いのではないかと想像すると、彼らのアイオワ体験は果たしてどんなものだったんだろう、と、正直言って覗き見趣味的な興味もあった。

 そうした関心にこの作品は大いに答えてくれるだけでなく、他にもたくさん考えたり感じ入ったりする材料を提供してくれた。

 表題作からして、なんとも不思議な雰囲気の文章。気軽でのどかで呑気な散歩に出かけたつもりが、「公園」というものの理解が目の前で覆されることによって、著者の頭の中ではそれが生きるか死ぬかという話に発展し、その体験から、自分とアメリカのあいだ、そして参加者同士のあいだにある、文化や言語ひいては世界観の深く大きな溝を認識するようになる。その洞察の過程が、柔らかくて優しく、そして著者の限定された英語の理解力や表現力をも表している不思議な日本語で綴られていて、そのミスマッチかんがなんともいえない。他の章の文章も、あまり気にせずに読んでいると面白くさらっと読み流してしまいがちなのだけど、よく考えてみると、言葉を介して世界を体験したり表現したりする、ということの意味が、作文上のありとあらゆる選択に込められていて、同じ内容を伝えるにしてもストレートな評論文では実現しにくい効果が発揮されている。

 私にとって一番パワフルだったのは、「ニューオーリンズの幽霊たち」。ここで描かれている、ホイットニー・プランテーションや第二次大戦博物館の展示の様子は、アメリカ研究、とくにミュージアムなどを通しての歴史の表象ということへの私の学問的関心からしても、「そうそう、そうなのだ〜!」と思うことばかりだけれど、それがあくまで個人的な体験や反応という形で書かれているということに、この文章の迫力がある。

 著者は、一般的にアメリカのミュージアム展示というものがお金も知恵も工夫も凝らされて作られているということの理解とそれへのリスペクトをもち、人間として、また作家としての純粋な知的関心も強くもっている。それと同時に、歴史のナラティブというのはどんなものでも特定の人間や集団の視点や立場から作られていて、そのナラティブを受け取るほうもまた、特定の人間や集団の視点や立場からそれに反応する、ということが、そんなよーけごっつい言葉使わんとも(著者の真似して大阪弁で書いてみたけど、私にとって大阪弁は物真似でしかないので、大阪の人はそんな表現はしないかもしれない)、鮮明に伝えられている。米軍の潜水艦と日本の船団との交戦を再生した展示で、自ら発射した魚雷の異常航行で9人の生存者だけを残して潜水艦が沈んだ、という結果を「体験」して呆然とする著者。日本では普通、日米戦争においてアメリカを被害者ととらえる歴史に触れることはないし、しかもアメリカが勝利した第二次大戦におけるアメリカの功績を記念する博物館で、真珠湾攻撃の展示ならともかく、台湾海峡での日本との交戦の展示でアメリカの潜水艦が沈没するのを体験するとは想像していなかった、しかもそれを大学の文学プログラムに招かれてアメリカにやってきた日本人ビジターとして体験するということの位置付けをどのように考えたらいいのか。頭も心もどっと疲れた著者の様子が、ミュージアムを出て路面電車を探すなにげないシーンに見事に描かれている。その文章の中で出てくる、著者の父親についての話も、強烈に印象的で、歴史とは、文化体験とは、ということを別の角度から考えさせられる。

 最終章の「言葉、音楽、言葉」で語られている、大阪弁、共通語、英語についての考察は、水村美苗さんの論とつながる部分もあってとても鋭いと思ったし、この考察のなかで音楽の話、そしてボブ・ディランのノーベル文学賞受賞の話が入っているのも、とても納得。

 他にもいろいろコメントしたいことはあるのだけど、この本を読んでいると自分が書きたいことがあれこれ出てくるので、そちらに向かうことにします。