2012年3月9日金曜日

ネットが広げる音楽の世界

先日このブログで紹介したSoyeon Leeから、昨日ピアノのレッスンを受けました。ほんの1時間に、技術的にも音楽的にも本当にいろんなことを教わり、自分にとっての曲そして楽器の可能性がわっと広がった感触。嬉しくて、早く家に帰って復習と練習をしたかったのですが、レッスンの直後に彼女のマスタークラスがあったので、それを2時間見学。こちらもまた素晴らしかった。ハワイ大学でピアノを専攻する学部生と大学院生合わせて4人がそれぞれ30分ずつ指導を受けたのですが、どの演奏についても即座に問題点をとらえ具体的な解決法を示すさまは、まさにマスターとしか言いようがないと同時に、チャーミングな人柄で生徒を精神的にリラックスさせる様子も素晴らしい。ピアノについてたくさん勉強しただけでなく、教師として学ぶことがとても多かったです。


マスタークラスといえば、先日こんなものを発見してしまいました。カーネギーホールのWeill Music Instituteが、若手音楽家が世界的な芸術家から集中的な訓練を受けるためのワークショップを主催しているのですが、その様子が、なんとネットで見られるようになっています。現在ネットにのっているのは、レオン・フライシャーによるシューベルトの後期ソナタのマスタークラス。こんなものが自宅でネットで見られるなんて、なにかの拍子で天国に来たかと思うほど素晴らしい。しかも、「クレッシェンド」とか「リズム」とか「ペダル」とかいった具体的な項目についての指導を見たければすぐその箇所に行けるようになっているばかりか、楽譜の該当箇所を見ながら指導を見学できるようにまでなっていて、文句のつけどころのない親切ぶり。見ているだけで自分までピアノが上手になりそうな気持ちになり、私は一日中これを見て過ごしたい気分。さすがにレオン・フライシャーがトップレベルの若手演奏家を指導しているだけあって、ピアノの弾き方にかんする技術的なことだけでなく、シューベルトの音楽の芸術性についての深い理解と解釈が、生徒だけでなく聴衆にも披露されている。こういうものをインターネットで世界に公開しようという主催者とそれを可能にする資金提供者の精神が実に立派。


これを発見して興奮していたところに、今朝はまた別の音楽関連のネット資料を発見。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のデジタル資料館です。1842年以来のニューヨーク・フィルのありとあらゆる史料がこれからデジタル化されるらしいのですが、その第一段階として、1943年から1970年までの史料がネットで公開されています。これがとにかくすごい!!!リンカーンセンターのみならず世界各地のツアー公演のプログラムなどはもちろん、レナード・バーンスタインが書き込みをした楽譜(しかも、音源を聴きながらその楽譜を見られるようになっている!)だとか、プログラミングにあたってのスタッフミーティングの記録や書簡だとか、あらゆる写真だとか、もう、研究者としては涙が出るやらよだれが出るやらの史料がいっぱいで、私は見ているだけで文字通り心臓がドキドキしてきました。音楽を焦点のひとつにした文化政策や文化外交についての研究をしようとしている私としては、この人たちは私のためにこのデジタル資料館を作ってくれたんじゃないかと思ってしまうくらい貴重なソース。


クラシック音楽のファン層が高齢化して、熱心にクラシック音楽を勉強するのはアジア人ばかりという傾向を嘆く人たちも少なくないですが、このような形でニューメディアを駆使して、たんに演奏をネットで公開したり販売したりというだけでなく、一般聴衆はもちろん専門家の音楽理解を深めるような画期的な試みに取り組んでいる人たちがいるということを知ると、クラシック音楽の将来も明るいのではないかと思います。こういうことを企画する人たちと一緒に仕事をしてみたい!

2012年3月5日月曜日

ハワイ・シンフォニー・オーケストラ誕生!

昨日3月4日は、ハワイのコミュニティにとっては記念すべき大きな一日でした。以前の投稿でも言及しましたが、ハワイにひとつのプロのオーケストラとして長年愛されてきたホノルル・シンフォニーが2年前に経営難で破産申告をし、以来ハワイでは交響楽の生演奏は聴くことができない状態でした。私の友達もたくさんホノルル・シンフォニーの団員をしていたのですが、ハワイは島ゆえ、アメリカ本土の大きな都市と違って車で通える距離にフリーランスの演奏の仕事がそうあるわけでもなく、生計を立てられず、仕方なく長年住み慣れたハワイを去っていく人も何人もいました。しかし、ホノルル・シンフォニーのメンバーたちは、交響楽の演奏に加えて、ソロや室内楽の演奏、オペラやバレエのための演奏、学校の音楽プログラムや個人レッスンを通じての地域の音楽教育、世界各地からハワイを訪れる演奏家の公演プロデュースなど、プロの音楽家たちだからこその重要な役割を果たしていました。ホノルルの規模の都市にプロのオーケストラがないのは街そして州全体の文化度に大きな悪影響で、どうしても困る、と考える人たちは多く、音楽家たちの活動を支える寄付活動が続くかたわら、コミュニティの一部の有力者たちがオーケストラの再組織化を企画し続けていました。昨年秋には新シーズンが始まるとか、クリスマスシーズンにこそ発表になるとか、いろいろな噂が流れつつも、なかなか確とした発表がなかったのですが、先月にようやく、新しい理事たちのリーダーシップのもと、ハワイ・シンフォニー・オーケストラという新名称でオーケストラが再出発することが公表されました。そして、昨日4日がその新オーケストラのシーズン初日のコンサートだったわけです。新オーケストラとはいっても、メンバーのほとんどはホノルル・シンフォニーの旧メンバー。この日を待ちながらこの2年間個人レッスンやその他の仕事でなんとか生計を立てていた人たちもいれば、しばらくアメリカ本土などに行っていたけれどもこのシーズン開始に合わせてハワイに戻ってきた人たちもいます。


私は大張り切りで、友達7人と一緒にチケットを取って出かけました。それこそ「Welcome back, Symphony!」とでも書いた垂れ幕でも持って行こうかと思ったのですが、シンフォニーでそれはちょっと品がないかと思ってその案はとりやめ。でも、ホールに着いてみると、ホノルルじゅうが大喜びでこの日を迎えているということが一瞬にしてわかるほど、人々の熱気がいっぱいで、その場にいるだけでワクワクしてきました。そして、コンサート開始にあたり、「Ladies and gentleman, here is the Hawai‘i Symphony Orchestra!」というアナウンスが流れると、満員御礼のホールの聴衆は全員が一斉に立ち上がり、大歓声と大拍手の嵐。私たちも誰にも負けないくらい大声をあげていましたが、ホール全体が、オーケストラのコンサートでこんな大騒ぎは見たことがない、というほどの熱狂ぶり。しかもまだオーケストラが一音も演奏していないときから、何分間にもわたる総立ちの大拍手。舞台にそろった団員たちも、聴衆の愛情と熱気を感じ取ったと思いますが、聴衆たちの側も、この瞬間を共にしているという一体感があり、知らない人たち同士でも皆微笑み合って、実に胸が熱くなる時間でした。


初コンサートの指揮者は大友直人氏。演目前半は、ウェーバーの「オベロン」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調、ピアニストはハワイ出身で日本でもさまざまな活動をしているリサ・ナカミチさん。休憩をはさんで、後半は堂々のベートーベン交響曲第5番。変な小細工をしない、正々堂々のプログラムですが、2年間このメンバーで演奏をしていなかったとは思えない、素晴らしいアンサンブルの見事な音楽で、「ああ、交響楽とはこういうものだった」という思いが五感にしみわたる経験でした。もちろん、ベートーベンの最後の劇的なハ長調和音が響き終わるや否や、聴衆はまた総立ちの大々拍手。普段は演奏会の最後に、スタッフによって指揮者にレイがかけられますが、今回は団員全員にもレイがかけられ、聴衆の拍手と歓声が長ーいこと鳴り止みませんでした。ああ、地域社会にオーケストラがあるということはこういうことなんだなあと、涙が出るような思いがすると同時に、このコミュニティのとても重要な瞬間を多くの人々と共有した気持ちがしました。末長くこのオーケストラが、この土地の暮らしを豊かにしてくれますように!日本や他の場所からハワイを訪れるかたも、ぜひハワイ・シンフォニー・オーケストラのスケジュールをチェックして、ぜひともコンサートに足を運んでください。