小澤征爾、ヨーヨー・マ、内田光子、チョン・キョンフア、五嶋みどり、ラン・ランをはじめとする数多くの「アジア人」が西洋音楽の分野で世界的な活躍をするようになったのはなぜか。音楽と人種・性・社会階層にはどのような関係があるのか。音楽的・文化的アイデンティティとはなにか。「アジア人」音楽家たちはクラシック音楽をどのように体験しているのか。そうした問いを、歴史史料および民族誌的フィールドワークを通じて分析したものです。
この本は、もとはMusicians from a Different Shore: Asians and Asian Americans in Classical Musicというタイトルで、英文で出版したものを、日本の一般読者に向けて、私自身が翻訳したものです。自分が書いた英語を、自分の母語である日本語に訳すのだから、そんなに難しいことはあるまいと思ってのぞんだのですが、この翻訳の作業は、想像をはるかに超えたチャレンジでした。学術的な英語を一般読者のための日本語に訳すという実際的な問題もたくさんありましたが、もっと本質的な次元で、そもそも自分が設定した問いや議論の枠組みが、いかにアメリカ的なものであるかを、翻訳しながら痛感しました。「アイデンティティ」という単語がやたらと飛び交い、人種やジェンダーといったカテゴリーが軸になっている分析は、日本の読者にはピンとこない部分もあるかもしれません。でも、そうした前提や議論の違いを日本の読者に感じ取っていただくことも、意味のあることだと思っています。なるべく読みやすくわかりやすい文章にするため、日本の読者に向けて説明や修正を加えたり、高度に特化した学術議論は削除したりしました。また、クラシック音楽そのものに興味のある読者以外にも考える素材を提供するような本作りを心がけました。少しでも多くの読者に読んでいただけたら幸いです。
私が心から敬愛する水村美苗さんが、帯にとても素敵な推薦文を書いてくださいました。感謝感激です。