新学期が始まると同時に、2週間続けて民主党全国大会と共和党全国大会があってほぼ毎日テレビに釘付けになっていたので、仕事や雑用がたまってしまいました。民主党全国大会では、最終日のオバマ氏の演説ももちろんですが、ヒラリー・クリントン、ビル・クリントン、ジョー・バイデン副大統領候補の演説がとても印象的でした。現在の政治・経済・軍事状況を根本的に方向転換しなければいけないという切迫感と、一般市民の声を反映したワシントンの編成への希望が合わさって、ものすごい熱気のうちに大会は幕を閉じました。私の友達にも、サンディエゴからデンヴァーまで出かけて行って大会の一部に参加した夫婦がいますが、「スポーツの試合で感じるような原始的な熱気と、ロックのコンサートにあるような欲望と情熱、それに加えて一番危険な要素である知性というエネルギーが合わさって、生まれて一度も体験したことのないような熱気が街中に溢れていた」とメールを送ってきました。
共和党のほうは、大会開幕直前にサラ・ペイリンが副大統領候補に指名されたことですっかりそちらに話題が集中しましたが、私にとってまずとにかく印象的だったのは、テレビ画面に映るセント・ポールの大会会場の観衆の実に均質だったことです。民主党大会の参加者が、年齢・人種・スタイルなどにおいて多様だったのときわめて対照的に、共和党大会でテレビ画面に映る実に9割以上は、白人の中高年層だったのが、なんとも奇妙でした。また、ペイリンやマケインのみならず、大会での演説はほとんどまったくといっていいほどブッシュ政権に言及せず、これまでの共和党のリーダーシップからはっきりと一線を画し、オバマ氏の提唱する「変革」を自らのスローガンに取り入れるレトリックは、現状に不満と不安を抱いている一般市民、とくにどちらの政党にも属していない有権者の支持を獲得するための作戦でしょう。それにしても、ルーディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長や、ミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事の演説にみられた、生理的といっていいほどの反リベラル主義、反知性主義、反エリート主義(といっても、オバマ氏本人やバイデン副大統領候補の生い立ちや社会的背景と、共和党の政治家たちのそれを比べたら、社会経済的な意味での「エリート」は明らかに後者なのですが)には驚くべきものがあります。
ペイリンはあまりにも急に全国政治の舞台に現れたので、副大統領候補指名以来、メディアは彼女の経歴、政策、そして家族関係などを追うのにおおわらわです。若くてきれいでエネルギッシュな女性が指名されたことで党全体が活気を取り戻し、中絶問題などについてきわめて保守的な立場をとっているペイリンがキリスト教福音主義者などの社会的保守派を再確保できるという見通し、またヒラリー・クリントンが民主党大統領候補(もしくは副大統領候補)に指名されなかったことに落胆している女性がペイリンを支持するために共和党に転向するという可能性などの点で、マケイン氏の意外な選択は、とても巧妙だと言えます。ただ、いくらなんでも、ヒラリー・クリントンを支持していた女性がペイリンのために共和党に転向するとは、私には考えられません。とにかく女性がホワイトハウスに入りさえすればいいと思ってヒラリー・クリントンを支持していたような女性はごく少数で、ほとんどは彼女の政策に賛同していたわけでしょうから(と思いたいです)。
ペイリンの演説、そして彼女の経歴や政策についてはたくさん言いたいことがありますが、『ドット・コム・ラヴァーズ』との関連で言えば、やはり、「家族」というものの政治性が、ペイリンの登場によって一段と明らかになり、それがアメリカならではの様相を見せているのが興味深いです。ダウン症の乳幼児と妊娠中の17歳の娘を含め5人もの子供がいる女性がこれだけの政治舞台にたつのは、確かに画期的なことで、女性の仕事と家庭の両立を促進する社会作りという点ではこうした人物の登場は賞賛すべきことに違いありません。が、実際の政策面で、マケイン・ペイリン政権がとくにミドル・クラスや労働者階級の女性や家庭の暮らしをよい方向にもっていくとは、私には考えられません。私は今学期ちょうどアメリカ女性史の授業を教えていて、今ちょうど19世紀から1920年までの参政権運動の部分をカバーしているので、歴史的なことと現在の選挙戦を結びつけて、学生たちと活気にあふれたディスカッションができて面白いです。
それにしても、原油に代わる代替資源開発の必要を両党とも唱えているなか(しかし、マケイン氏は代替資源開発に関わる立法案に再三にわたって否決の投票をしてきています)、共和党大会で観衆が叫んでいた、"Drill, baby, drill"(アラスカ油田開発を進めろ、ということ)というかけ声には呆れました。
とはいっても、世論調査では、現在共和党支持は民主党支持をやや上回っているらしいので、これからの選挙戦がいったいどう展開していくのか、目が離せません。アメリカに身を置くには、とても面白い時期であるのは間違いありません。