2011年12月11日日曜日

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

やっと今学期の授業が終わると思いきや、終わる前から緊張が解けすぎたのか、ここ一週間余は風邪でダウンしてしまいました。とにかく安静にしていろという医者の指示により、週末は家でじっとして、新潮社のかたに送っていただいた(ありがとうございました!)、村上春樹氏の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を読むことに。三日間くらいかけてじっくり読もうと思っていたのですが、論じられている曲の録音を聴きながら(といっても、私は同じ録音など持っていないので、同じ曲というだけで指揮者も共演者も違うものばかりですが)読んでも、一日強で読み終えてしまいました。


読み応えがないという意味ではありません。読み応えはおおいにあり、またじっくり読み返したいという箇所もたくさん。論じられている録音も手に入れて聴き比べてみたいとも思わせてくれます。なにしろ感心するのは、村上春樹氏のクラシック音楽の造詣の深さ。音楽が好きだということは知っていましたが、ここまでとは。このインタビューをするために小澤征爾氏のこれまでの録音を一通り聴き返したのは当然としても、小澤氏以外にもありとあらゆる指揮者とソリストの演奏の録音をコレクションに持ち、持っているだけでなくとことんと聴き込んでいる。楽譜がほとんど読めず(といっても、私の想像では、ほんとうに楽譜が読めないという意味ではなく、普通に楽譜は読めるけれども、交響曲のスコアなどを見ても音楽の構成を理解するようなスキルがない、ということだと思います)、自分で楽器を演奏もしないという村上氏が、ここまでのクラシック音楽の知識を持っているのには、ひたすら驚愕。いわゆるクラオタにありがちな、細かい豆知識を披露して嬉しがるという訳でもなく、自分は素人であるということをきちんと自覚し、聴いた演奏についての感想は、深く賢くありながら、新鮮なまでに素直。音楽と文学と、分野はまるで違いながらも、それぞれが世界を舞台に自分の求めるものを創造することに文字通り命をかけているふたりの会話だからこそ、そして村上氏がこれだけ音楽を深く愛している素人だからこそ、こういう本が出来上がったのだろうと納得。対話のなかで、村上氏の意外な質問に小澤氏が深く考え込む、という箇所がいくつかありますが、そういうところこそが興味深い。指揮者の仕事とはどういうものかとか、世界のオーケストラの特徴とか、指揮者とソリストの関係とか、ベートーベンやブラームスやマーラーの交響曲についての小澤氏の見解とか、こういう対話形式だからこそ出てくる話が満載。私にとっては、小澤氏が主宰するスイス国際音楽アカデミーでの若手音楽家たちの室内楽のトレーニングの部分が一番面白い。私は、音楽家のリハーサルやマスタークラスを見学するのが大好きで、ある意味では本番の演奏や完成された録音を聴くよりも、そのような創造の過程を見るほうが興味深いくらいですが、そうした意味では、合宿が始まったときには荒っぽい演奏をする音楽家たちが、ほんの一週間のあいだにみるみると成熟して人の心を打つ演奏をするに至るという過程を、村上氏が観察する最終章が一番面白かったです。クラシック音楽が好きな人にはもちろんですが、よきものを創造することを追求する、という視点から読めば、音楽の知識がない読者にも興味深い一冊だと思います。