2013年4月14日日曜日

ピアノのおけいこから学ぶこと

たいへんご無沙汰いたしました。前回の投稿のあと、日本から親族一同がハワイを訪れ一週間案内係をつとめ、そのあと少しして自分の春休み一週間をテキサスで過ごし、戻ってきてからは仕事でここしばらく取り組んでいた大きなプロジェクトのとりまとめに忙しく、目の回るような1ヶ月強を過ごしていました。

さて、今日はピアノの話題です。音楽大学で勉強したことがないにもかかわらず1997年のクライバーン・コンクールに優勝して一世を風靡したジョン・ナカマツは、ハワイに親戚がいることもあって定期的にホノルルで演奏をするのですが、一昨日ハワイ大学で彼のマスタークラスがあったので見学してきました。私はマスタークラスというものを見るのが大好きなのです。自分がレッスンを受けているときは、言われていることをやるのに精一杯で、レッスンが終わって少し時間がたってからでないと、いろいろなことを咀嚼できないことが多いけれど、マスタークラスを見学するぶんには、自分は言われていることをその場で実現する必要がないので、先生が言っていることに全神経を集中することができる。そして、生徒の演奏がみるみるとよくなるのが客観的に見られて面白い。また、教え方のスタイルも実にいろいろで、教師としても学ぶことが多い。というわけで、私は機会があれば生のマスタークラスを見学に行き、時間のあるときはYouTubeでいろんな人のマスタークラスを見たりしています。

ジョン・ナカマツのマスタークラスも、たいへん勉強になり、来月にリサイタルを控えている私は、終わったら家にとんで帰って練習したい、という気分になりました(気分だけでなく、実際にその後3時間ほど練習したんですよ〜)。具体的な指導の内容もきわめてわかりやすい上に、なにしろジョン(私はMusicians from a Different Shoreのリサーチのときに彼をインタビューし、個人的なつながりもちょっとあって知り合いなので馴れ馴れしく「ジョン」と呼んでしまうのです)の誠実で気取らず驕らない人間性がにじみ出ている。音楽に対しても生徒に対しても聴衆に対してもリスペクトがある。演奏した生徒も、見学していた聴衆も、みな大満足のマスタークラスでした。その上、「ふだんマスタークラスをするときには、指導が終わったらさっさと会場を出るので、わざわざ聴きにきてくれたみなさんと知り合いになる機会もないのが残念」と、最後に45分ほど質疑応答の時間を設けてくれ、若い学生たちや見学にきていた聴衆(多くはピアノの先生たち)や私の質問に、丁寧に真摯に答えてくれました。

もしかすると前にも紹介したことがあるかもしれませんが、ジョン・ナカマツが2007年のアマチュア・クライバーン・コンクール(私が参加した2011年のコンクールの前の回のコンクールです)の授賞式でしたスピーチのビデオをご紹介します。これほど素晴らしいスピーチは世の中にめったにない、と私は思っていて、ことあるごとに人に見せ、自分も定期的に見て自分を鼓舞するようにしています。そして見るたびに、涙と笑いと感動を与えてくれるスピーチです。今では国際的なピアニストとしてキャリアを確立しているジョンですが、クライバーン・コンクールで優勝するするまでには、人に自慢するほどの落選・不合格・失敗が重なっていた。そうした経験から、コンクールという舞台に出て、内的・外的なさまざまな要因とたたかいながら自分をさらけだし自分を表現しようとする人たちの勇気に、心からの喝采を送ってくれています。初めてこのビデオを見たとき、あまりにも感動したので、ジョンにメールをして、「私をLosers' Clubのゴールド・メンバーにしてください」と言ったところ、すぐに、「申し訳ありませんが、Losers' Clubにはゴールド・メンバーというカテゴリーはありません。あるのは、プラスチックとブリキだけです」との返事が(笑)。彼の英語はひじょうに聞き取りやすく、英語の勉強にもよいと思うので、ここにアップロードしておきます。

さらにピアノの話題で続けると、「ニューヨーカー」誌の最新号に、ピアニスト・ジェレミー・デンクによるエッセイがあります。(このエッセイは、お金を払わないとまるごとは読めないようになっていますが、お金を払って読む価値はあります。)デンクは、チャールズ・アイヴスの「コンコード・ソナタ」を録音した経験についてのエッセイをしばらく前の「ニューヨーカー」に掲載し、これまたとても興味深かったのですが、今回のエッセイは、自分が子供時代そして学生時代に師事したピアノの先生たちについての回想。高校まで師事していた先生が書き綴ってくれていたレッスン・ノートを発見する、というところから話は始まるのですが、そういえば私も、小学生から大学生のときまでついていたピアノの先生が丁寧な文字で毎週綴ってくださったレッスン・ノートがありました。音楽のレッスンというものは、一般的に、そしてある程度真面目にやっていればなおのこと、生徒は自分の能力や努力のさまをさらけだし、また身体的・精神的・知的なものすべてを先生の評価や判断にゆだねる、きわめて濃密で緊迫したものです。そうした力関係をいろいろな意味で悪用する先生もたくさんいるでしょうし、そのような関係のなかでの学習になじまない生徒もたくさんいるはずです。でも、与える側と受け取る側の姿勢がうまくかみ合ったときには、音楽のレッスンは、音楽そのものを超えた深く重要なことをたくさん生み出すものになります。それと同時に、それだけ濃密な関係であるからこそ、音楽家(に限らないでしょうが)がひとりの先生を絶対的に崇拝し自分のすべてをゆだねることの危険もあります。伝説的なピアニストであり指導者であったジョルジー・セボク(デンクの大学院時代の先生)についてのデンクの回想が、そうしたことを感性豊かに語っています。

ちなみに、ナカマツもデンクも、私と同い年。そのこと自体にも、なんだかいろいろなことを感じさせられます。

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