NHK交響楽団の月刊機関誌『フィルハーモニー』に「オーケストラのゆくえ」という連載があり、12月号に私の文章が掲載されています。12月中にN響のコンサートに行くかたは現物が手に入りますが、そうでないかたはこちらでPDF全文をご覧いただけますので、読んでいただけたら嬉しいです。(私の文章はp.38~41です。)
題して「音楽文化のリソース・センターとして−−開かれるアーカイブ」。アメリカ研究者としてさまざまな調査をしていると、「アーカイブ」というものをめぐる意識や姿勢の日米での違いに驚くことが多く、いずれアメリカのアーカイブ文化について本を書いてみたいと思っているのですが、今回の文章では、現在進行中の研究で大いにお世話になっている、ニューヨーク・フィルハーモニックのデジタル・アーカイブを紹介しました。
このアーカイブ、なにしろスゴい。そもそも、オーケストラが専属のアーキビストをスタッフとして配置しこれだけのありとあらゆる資料を保存・整理・公開しているということ自体に、演奏活動ということを広く超えてオーケストラのミッションを捉えている、そして「アーカイブ」というものの意味を深く理解している(たいていの人は「こんなものを保存していていったいなんの役に立つんだろう」と思うであろうようなメモでも、他のさまざまな情報を合わさると貴重な資料となって、時代や社会や組織を映し出す)ということが見てとれる。さらに、リンカーン・センターに足を運ぶことのできる人以外も利用できるようにするため、その莫大な資料を漸次的にデジタル化しようという心意気に、情報公開に対する積極的な態度、そしてニューヨーク・フィルをニューヨークの人のためのものではなく世界の人のためのものにしよう、という姿勢が見られる。さらには、相当な費用と労力のかかるそのデジタル化企画に資金を提供する篤志家や財団が存在するという事実に、アーカイブというものの価値への社会的理解が感じられる。
このデジタル・アーカイブのおかげで、私はハワイの自宅にいながらにして、バーンスタインの書き込みのあるスコアを見ながら彼の指揮するマーラーの交響曲の録音を聴くことができる。そればかりではない。家のソファに寝そべったまま、1961年のニューヨーク・フィルの初来日ツアーの際の演目をめぐるやりとりの書簡や、そのツアーではバーンスタインのアシスタントであった小澤征爾氏が1970年の次のニューヨーク・フィルの日本ツアーまでには正真正銘の国際的指揮者として認められるようになったことがわかる資料、ツアーの道中団員がどんな場所をまわってどんな日本を経験したのかを伝える写真や文書などを見ることができる。
文中でも紹介した「サブスクライバース・プロジェクト」もまたスゴい。こうしたプロジェクトに、音楽学者ではなく社会学者が携わっている、というところにも、各種資料の幅広いレレバンスが見てとれる。社会学の他にも、歴史学、経済・経営学、文化人類学、人文地理学など、このアーカイブの用途の可能性を考えると、研究者としてはそれだけでワクワクするのです。
現在デジタル化されているのは1943年から1970年までの、ニューヨーク・フィルのいわゆる「国際化時代」のものだけですが、繰り返して言いますがこれだけでもとにかくスゴい。試しに検索画面で、Seiji OzawaとかGlenn Gouldと入力してみてください。(公演プログラムももちろんたくさん出てきますが、画像やビジネス文書のほうがむしろ面白いです。)特に音楽ファンの人は、あれこれ見ているあいだにあっという間に数時間くらいたってしまうでしょう。
私が現在取り組んでいる研究では、このアーカイブに加えて、ワシントンの議会図書館にあるレナード・バーンスタイン・コレクションが主な一次資料なのですが、これがまたさらにスゴい。これについてはまた別の機会にたっぷりと書くつもりです。