2010年5月21日金曜日

プロパブリカと調査報道

今朝の朝日新聞の「ひと」欄に、ピュリツァー賞を受賞した「プロパブリカ」の記者、Sheri Finkの紹介が載っていました。私はプロパブリカについては、ナショナル・パブリック・ラジオのインタビューを聞いたりニューヨーク・タイムズの記事を読んだりして興味を持っていたのですが、プロパブリカのウェブサイトを見てみると、想像していた以上に画期的な試みであることがわかりました。

プロパブリカは、公共性の高い調査報道のために作られた非営利組織で、2年前から記事を発表しています。新聞や雑誌や局といった独自の報道媒体をもたず、プロパブリカの記者が書いた記事はウェブサイトに掲載され、そして既存の印刷媒体やテレビ・ラジオ局などに無料で(!!!)提供されます。資金は財団や個人などからの寄付で成立している非営利組織でありながら、30人以上のフルタイムの専属記者を雇い、そのすべてが長期にわたる調査報道にあたっています。限られた人材や時間を有効に使うため、スタッフの話し合いで真に公共性が高く「道徳的な力」をもつトピックを選び、記者同士のみならず、写真家やウェブデザイナーなどとも密な協力体制をしいて、深く多角的な報道をする、というのがプロパブリカの方針。フルタイムの記者を雇うというのがきわめて重要なポイントで、フリーランスの記者はどうしてもそれぞれの仕事を速く仕上げようとするために、調査にかける時間や執筆にかける手間が少なくなってしまいがちなのに対して、サラリーで雇われているフルタイムの記者は、重要なトピックには必要なだけ時間や労力をかけることができる。また、普通の媒体ではとても考えられないような贅沢な量の時間がデータ収集や分析にあてられるだけでなく、記者は、プロパブリカの編集スタッフや、記事が掲載される媒体の編集者との協力のもと、驚異的な綿密さをもって記事の構成や流れを練り込み、文章を磨いていく、ということが、プロパブリカのウェブサイトから聞けるSheri Finkのインタビューでわかります。

紙の新聞や雑誌が次々と経営破綻を迎え、長期的な取材と深い分析にもとづいた調査報道に人材をあてられる媒体が少なくなってきているなかで、非営利組織という形態をとり、また制作コストの比較的少ないインターネットという媒体を使うことで、公共性と信頼性が高い調査報道を守っていこう、という理念がすばらしい。そして、プロパブリカのウェブサイトに掲載されている記事のほとんどは、きちんとリンクさえ掲載すれば、どこにでも無料で転載してよいことになっている。すごい!

編集長のStephen Engelbergのインタビューからは、彼はこうした形態の調査報道に大きな期待を抱いているのと同時に、きわめて現実的な視点も保っていることが明らか。つまり、このようなインターネット報道がどれほど成功したとしても、伝統的な印刷媒体によるジャーナリズムの代わりとなることはできないし、一部のネット読者層にだけ読まれるのでは真に公共性のある報道とは言えない。ゆえに、新聞や雑誌などの媒体と提携して記事を発信していくことが肝要なのだ、ということです。報道というのはそもそも公共性ゆえに意味をもつものなのだから、報道メディアを非営利組織として運営するというモデルがもっとたくさんあってもよさそうなものなのに、と思います。その点で、プロパブリカの今後の仕事を希望をもって追っていきたいと思います。

ちなみに、ピュリツァーを受賞したSheri Finkの記事は、ハリケーン・カトリナで被災した病院で、助かる見込みの少ない患者たちを安楽死させた医師たちの裁判についての、13,000ワード(本の一章ぶんくらいにもなる)の長文記事で、もとはニューヨーク・タイムズの日曜版雑誌に掲載されたものです。取材に2年半かけたというだけあって、深い考察と、人間的な描写に満ちていて、たいへん読み応えがあります。プロパブリカは「強者による弱者の搾取を明るみに出す」ということをミッションに掲げている、いわゆる「リベラル・メディア」には違いありませんが、だからといって一面的で偏った報道にならず、多角的に複雑な問題をとらえているところがエラい。もっとも新しいところでは、メキシコ湾の石油漏れについての報道がとても興味深い(というのも変か)です。