2012年10月11日木曜日

ハオチェン・チャン 日本ツアー

2009年のクライバーン・コンクールにかんして、日本の報道は辻井伸行さんにばかり集中していました(それはじゅうぶん理解できることです)が、辻井さんと一位の座を分けた上海出身のハオチェン・チャンについては、『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』で詳しく紹介しました。私はたまたまコンクールの開幕ガラ・ディナーで彼とホストファミリーと同じテーブルになったことから、彼が予選の演奏をする前にかなりじっくりとインタビューをする機会に恵まれ、当時はまだ18歳(彼はコンクールの最中に19歳の誕生日を迎えた)だった彼の類いまれな深い知性に本当に感心しました。演奏は、音のひとつひとつが輝きに満ち、なにかの魔力が心身にとりついたかのような集中力で、とくに準本選でのショパン前奏曲全24曲は、歴史に残る演奏のように私には思えました。

そのハオチェンが、ただ今ハワイを演奏ツアー中。月曜日にハワイ大学でマスタークラスがあったので見学してきましたが、演奏を聴くのとはまた別の大きな感動。彼の音楽家としてのありかたが非常によくわかるマスタークラスでした。もちろん、生徒の演奏について、具体的な箇所の具体的なアドバイスもたくさんするのですが、それと同時に、それぞれの作曲家や作品や様式の背景にある思想や文化について、じっくりと説明する。ショパンのバラード第一番が題材としている物語とか、リストのソナタロ短調が展開している「ファウスト」のテーマのさまざまな解釈の可能性とかいったことは、知識としては、音楽を専門としている人は持っていて当然な種類のものなのでしょうが、そうした説明にかなりの時間を割く、というところに、彼の音楽家としての姿勢が表れていました。技術的なことや、個々のフレーズの表情のつけかたなどについても、きわめて具体的にしてかつ幅広く応用できる指導をしていて、私は聞きながらたくさんノートをとりました。熟年のベテランピアニストならともかくとして、演奏している学生とほぼ同年齢の彼が、「マスター」の名にふさわしい幅広い知識と深い芸術性を備えていることに、あらためて感心。




マスタークラスの後は、ハワイ大学のピアノ教授と私の3人で食事に行き、いろいろとおしゃべりをしました。クライバーン優勝後の彼の生活は、聞いているだけでこちらが疲れるくらいで、生活の拠点であるフィラデルフィア(彼は今年5月にカーティス音楽院を卒業しましたが、その後もフィラデルフィアをadopted homeとしている)で過ごすのは年の三分の一ほどで、後はずっと世界各地をまわるツアー生活。ツアー旅程を見ると、本当にほとんど毎日別の都市で演奏をしている。毎日外食で毎晩別のホテルに泊まり、飛行機で移動するという生活で、病気にならないだけでも不思議なくらいですが、「風邪をひかないための対策とかしているの?」と訊くと、「いや〜、一年に一度くらいは風邪をひく」と言っていましたが、あの生活で一年に一度しか風邪をひかないのは、やはり若さの力でしょうか。どこの都市に行っても観光をする時間もまるでなく、演奏が終わったらホテルに戻って次の日に備える、という生活、私だったら数ヶ月もしたら「もう結構です」と思うんじゃないかという気がしますが、演奏家のキャリアに向いている人とそうでない人の違いには、そういう要素も大きいのでしょう。それでも、知的好奇心の強いハオチェンは、ハワイの歴史や人種関係、自然環境や資源などについて、次々と私たちに質問していました。

彼は今はハワイの他の島をツアー中ですが、今週土曜日にはホノルルに戻ってリサイタルをし、その後は六の都市をまわる日本ツアーがあります。東京での公演は19日(金)のすみだトリフォニーです。まだチケットが残っているのかどうかわかりませんが、私が2009年に「天才の誕生を目撃した」と感じた彼の演奏を、みなさんにも体験していただきたいので、チケットが手に入ったら是非とも聴きに行ってください!

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