今年で32回目を迎えるハワイ国際映画祭が、昨日オープンしました。大学の仕事が忙しい時期にいつもあるので、せっかく興味深い映画がたくさんあっても行けないことが多いのですが、初日の映画がとても面白そうで、たまたまスケジュールに合ったので行ってきました。この夏全豪で公開されたという、ウェイン・ブレア監督のオーストラリア映画『The Sapphires』。最近観たなかではもっとも満足度の高い映画のうちのひとつに入る、とてもいい映画でした。
植民地化と白豪政策の歴史をもつオーストラリアで、居留地に住むアボリジニー先住民の子供たち、とくに肌の色が比較的白い子供たちが、政府や教会によって強制的に連れ去られて、家族から隔離されて孤児院などで「白人化」教育を受けさせられた、という信じがたい行為がなんと1960年代まで行われていましたが、その残酷な歴史のなかでの実話をもとにしたこの映画。並外れた歌声と、なにをも恐れぬ性格をもつ、居留地に住む10代の3人姉妹が、町のバーでの音楽コンテストに出場するところから物語は始まる。あきらかに彼女たちがずば抜けたパフォーマンスをしたにもかかわらず、先住民を人間扱いしない白人たちに冷たい目を向けられ、果てには会場から追い出される3人。その姉妹の才能を認め、歯に衣着せずものを言う彼女たちの勢いに動かされて、アイルランド人のデイヴが、ベトナムにいるアメリカ海兵隊の慰問ツアーをする歌手のオーディションに向けて彼女たちを特訓することになる。白人に連れ去られて何年も家族が消息を知らされていなかった従妹が三姉妹に加わり、四人は「あのね、きみたちは黒人なんだから、カントリー&ウェスタンなんて歌ってたってまるで説得力がないんだよ」というデイヴに、ソウルやR&Bの精神と音楽を教え込まれる。「ザ・サファイアーズ」というバンド名でベトナム行きが実現した4人と、彼女たちのマネージャーとして同行するデイヴが、サイゴンの街そして戦地で、アメリカ兵士たちに熱い歓声を浴びながら、戦争や人種関係の現実を目の当たりにし、スターエンターテイナーに成長していく。
純粋に楽しい歌の数々、負けん気に満ちた四人の女性たちと頼りになるのかならないのかよくわからない酒飲みのデイヴのコミカルややりとり、生まれたり消えたりする男女の心の通い合いなど、「エンターテイメント」に満ちた物語でありながら、植民地の暴力や戦争の現実、オーストラリアそしてアメリカの人種関係が生むさまざまな傷から目をそらさないところがよい。居留地での生活のなかで華やかな人生を夢見る若い女性たちの夢を実現させるのが、ベトナム戦争とアメリカ軍であるという皮肉も、そうした矛盾のなかでも歌や舞台が彼女たちにいろんな意味での「パワー」を与えるという事実も、よく描かれています。
ちょうど、私の大学院生のひとりが、1920年代から1970年代にかけて、アメリカの資本や軍の影響下、国境を超えてエンターテイナーとして活躍した韓国人女性たちについての博士論文を書き始めるところなのですが、その学生も、この映画を観て、多くのことを考えたようです。日本で公開予定があるかどうかわかりませんが、機会があったら是非観てみてください。