2013年2月25日月曜日

アカデミー賞一夜明けて & ソトマヨール判事、検事の人種偏見的発言に抗議

昨晩はアカデミー賞の授賞式。アカデミー賞がいかにアメリカじゅうで大騒ぎかということは、日本のかたたちにはちょっとわかりにくいかもしれません。これほどまでに国じゅうのみんなが同じテレビ番組を見るのは、他にはスーパーボウルくらいではないかと思われるくらい、多くの人が注目する一大イベントです。別の箇所でも書きましたが、映画というものの文化的な位置づけが日本とアメリカではかなり違います。DVDやインターネットの普及で、映画館離れが進んでいるのは確かですが、それでも、日本と比べると、とくに映画オタクでもない一般の人たちが映画館に足を運ぶ(または自宅で映画を観る)回数や、日常会話において映画の話題で盛り上がることは、はるかに多いことも事実です。そして、それぞれの映画について、なかなか深い洞察や好き嫌いを表現する人たちがとても多い。なので、アカデミー賞はやはり毎年の一大イベントで、フェースブックでも昨日はその話題ばかりでした。私は、今年の候補作は悲しいことに一本(監督賞を受賞したアン・リーのLife of Pi。これは一見の価値多いにありですしか観ていないし(アメリカ研究者なんだから、『リンカーン』くらい観ればよいのに)、なにしろハワイは時差のため、テレビで授賞式が放映される時間にはすでに結果がすべてわかっているので、あまり見る気がせず、最初と最後をちらりと見ただけでした。賞の結果はおおむね世間一般での予想通りだったようですが、一夜明けておおいに騒がれているのが、司会を務めたSeth McFarlaneの冗談が、女性に対する侮蔑や、人種マイノリティや外国人への偏見を露呈したものの連続で、きわめて趣味が悪かった、という点。こういう舞台では、司会が頑張りすぎて面白くもない冗談を言ってしまうということがありがちですが、今回はちらりと見ただけの私も、かなりひどいと思いました。社会問題を風刺したり、支配的な価値観を茶化すことで、斜めの視点から世の中のありかたを明らかにするのは、アメリカのエンターテイメントが得意とすることでもありますが、これはそうした種類のものではなく、単に低俗で悪趣味で多くの人たちに失礼な冗談ばかり。それと同時に、そうしたことがこれだけ各種メディアで議論される、というのもアメリカの面白いどころです。

さて、アカデミー賞を観ていないあいだ、私はオバマ大統領に任命された最高裁判事ソニア・ソトマヨールの回想録My Beloved Worldを読み始めていたのですが、今日のニュースに、彼女にかんする話題がひとつ。テキサスの高裁での陪審員裁判で、黒人の被疑者について、検事が人種偏見に満ちた発言をしたことに、ソトマヨール判事が強い抗議を表す声明文を発表。他の数名とともに麻薬の売買にかかわった、とされる被疑者について、検事が、「(ホテルの部屋に)黒人がいて、ヒスパニックがいて、大金の入った袋があったんです。それを聞いて、『麻薬取引だ』とピンと来ませんか?」と陪審員に問いかけた、という経緯。その発言に対して、被疑者の弁護士は異議を申し立てなかたったため(なぜ申し立てなかったんでしょう?)、控訴においてもこの点は議論されず、最高裁は控訴を棄却し、被疑者の15年受刑の判決は支持されたものの、ソトマヨール判事は別の声明文で強い抗議を表明。「この発言によって、この検事は、我が国の刑事裁判の歴史を通じて流れてきた、深く悲しい人種偏見に訴えかけた。21世紀に入って10年以上もたった現在、アメリカを代表する立場にある人間がこのような卑劣な手段を使うとは深い落胆に値するものだ。」被疑者の有罪を訴えるにあたって人種を使うとは、「我が国の刑事裁判の尊厳を損ない、法に対する信頼をおかすものである。政府とは正義を追求するものであって、恐怖心や偏見を煽り立てるものではない。」との強い文章。パチパチ。ちなみに、この声明に賛同を表明したのは、スティーヴン・ブライヤー判事ひとり。

ラテン系の女性として史上初アメリカ最高裁判事となったソトマヨール氏。ちょうど回想録を読み始めたところなので、いろいろと感じるところあるのですが、こうした立場を今後も貫いていってくれることを期待します。