2011年1月9日日曜日

余は如何にして吉原真里となりし乎




数日前に東京に到着しました。今回はなにしろ千代田区三番町の住民なので、前回の町田市小山田桜台とは同じ東京都内とはいえ別の国に来たような感覚です。到着の翌日は友達との飲み会で、会場までなんと私は徒歩で数分。小山田桜台のときは、夜遅くに電車とバス(バスがなくなる時間に帰るときはタクシー)を乗り継いで家に帰ることを考えただけでどっと疲れたものですが、今度は解散後15分でパジャマ姿になることができます。今日は天気がよかったので、皇居一周ジョギングをしてきましたが、これも家から乗り物に乗らずに行けてすばらしい。皇居周りのランナーについては噂は聞いていましたが、たしかに実に多くの人が走っているものですねえ。

さて、昨日、実家に行って物置を探検。探していたもの(ある人にもらった手紙)は出てこなかったのですが、それを探す過程で、思わず「うわっ」と声を出してしまうようなものにたくさん出会いました。幼稚園から小学低学年にかけて習ったバレエで使ったトーシューズとか、大学入試の模試の答案とか、大学の授業のノートやレポートとか、就職セミナー(新聞記者志望だったので、小論文の講座に通ったことがあった)で添削された作文とか。なかでもメインなものは、日記の山と、手紙の山。どちらもハワイの自宅にも山ほどあるのですが、実家にあるのはそれより前のもので、日記は幼稚園から大学まであります。自分で読んでいてあまりにも面白いので、山ごと現在の住居に持ってきました。

幼稚園のときのものは、かわいいやら、いじらしいやら、可笑しいやら。中学・高校のときのものは、読んでいてなかなか辛くなるものがあります。思春期の女子というのは、芽生える自我やうずまくホルモン、競争心や嫉妬心がないまぜになって、実にややこしいものですねえ。それでも、自分の将来や社会について、真剣に体当たりで考えていたらしい姿勢に、自分で感動。(笑)男の子にかんする記述もやたら多い(そして、失礼ながら、何度も記述があるにもかかわらず、今は「これって誰だっけ?」と名前すら覚えていない人もいる。同じく、「これって誰だっけ?」という男性からもらったラブレターも何通か出てきました)のですが、いかに数学が嫌いかという記述が何度となく繰り返されているのにも驚き。勉強していると、イヤでイヤでたまらず一人で大泣きして自分で発狂するんじゃないかと心配していたことまであったらしいです。そこまで嫌いだったとは...自分で一番驚きだったのは、大学のときの日記です。当時のボーイフレンドとの関係について、後から自分の頭のなかで形成されている記憶と、日記に切々と綴られた思いが、重なる部分とかなり違っている部分があって、驚きました。10代になってからの日記は、とても人に見せられたものではないのですが、以下一部抜粋。

幼稚園時代(注:カトリックの幼稚園だったので、「おいのり」とか「しゅわれをあいす」とかいう用語が登場するわけです)

「今日ようちえんで入えんしきだった。あたらしいおつぼみさんがとてもかわいかった。おいのりをしたりうたをうたったりしてとてもたのしいしきだった。かえっておいしゃさんごっことがっこうごっこをした。ピアノのおけいこをしてむずかしいとこがたくさんあった。リズムきょうしつにいってあたらしいうたをならってとてもおもしろかった。」

「ようちえんにいった。おたんじょう会だった。かえりにようこちゃんとしゅとうのちゅうしゃをみせにいった。かえってひるねをした。ピアノのおけいこをした。今日はだいぶいい子だったとままがゆってくれてちょっぴりうれしかった。ままはいつもおこるけどほめてくれるときもときどきあるのか。(きのうとおとといとしこおばちゃんがとまりにきてうれしかったけどけさ会社があるのでけさかえった)」

「ようちえんにいった。ようちえんでヤクルトのびんで木をつくった。ホールで「しゅわれをあいす」と「一年生になったら」のうたをならってかんたんだったのでけろっとおぼえちゃった。ピアノのおけいこをした。」

「今日は卒えん式の日です。むねにばらをつけていった。せんせいたちがないてもうたはしっかりうたいましょうというやくそくなので、おかあさんたちはないたけれど子供たちはうたはしっかりうたった。まりはせいきんしょうをもらった。ピアノのおけいこにいった。テクニック(52)ラジリテー(0)バロック(0)がおわった。かえってピアノのおけいこをした。」

「昨日東京にかえるときに、くにちゃんとじゅんこちゃんと昌子おばちゃんがいっしょにきたので今日かまくらにいった。はちまんぐへいったり大仏をみにいったりして、しゃしんもたくさんとった。かえりに東京タワーにいった。ゆうがたはとてもさむかった。かえってすぐくにちゃんたちはほかのおばちゃんのところにいってうちはさみしくなった。」

自分で言うのもなんですが、幼稚園児にしてはなかなかな論理力と表現力ではないですか!(笑)この頃の日記にはほぼ毎日ピアノの練習のことが書かれていて、いかにピアノ中心の生活を送っていたかがわかります。

小学一年生

「今日は学校で「つくしこい」という字をかいた。まりは5重丸だったのでとてもうれしかった。5重丸を上からみると6重丸にみえた。いえにかえってピアノのおけいこにいくのでおさらいをした。ピアノのおけいこにいって3つの小曲の1ばんと2ばんがとてもじょうずだとほめられたけど、3ばんはこんど半分のところが30かいになったのでとてもたいへんだとおもった。」

「今日は学校で「しろいくも」という字をかいた。さんすうのじかんは本の5と6をした。まだみんなだしてあるけど、まりは100てんだといいと、いつもおもっている。かえって一年のかがくがきていたので、そわそわしていたので、バレエをおやすみした。ばんごはんのとき、カレーのおにくがかたかったので、うごいていたはが、ぬけてしまった。ピアノのおけいこをした。ちょっとぐずぐずゆった。」

「今日は、しゅうぎょうしきです。私は、一年の代ひょうで、しきのときつうしんぼをもらいにいきました。それから、私は学きゅういいんになりました。しば田さんはほけつで、男はまつのくんですぎ本くんがほけつです。つうしんぼは5がいっぱいあったので、「みせてはいけません」といわれたけれどついみせてしまいました。それでかえるとき山本さんにきいてみたら、山本さんは、5が1つもなかったそうです。私はうれしくて、はしってかえりました。ママにほめられました。」

なんたるイヤな優等生。(笑)

中学二年生

「真里は将来どんな生活するんだろう。いろんな人の生き方見て、あんなのもいい、こんなのもいいと思うけど、でも人の真似っていうか、人と同じ生き方したくないナ。自分は世界中に一人しかいないんだ!そう思える仕事がしたい。」

中学三年生(注:私がアメリカから帰ってきて中二で転入した学校は、中高一貫の私立校なのですが、いろんな意味で実に変わった学校で、同じ高校に上がるのをやめて別の学校を受験しようかと考えていた時期があった(らしい)のですが、結局そのまま上にあがりました。学校に迷惑がかからないように補足説明しておきますが、その学校は、私が卒業してからずいぶんと校風や体質が変わったそうですし、また、私はいろんな文句はありながらも、中学・高校ではずいぶんいい思いをさせていただいたと思っています。今の私にとっての一番の親友は、中学・高校時代の友達です。)

「うちの学校、やっぱおかしいよ。(中略)遊んでて東大は入る人とかわずかでもいるらしいけど、そういう人はやっぱ生まれつき頭のいい人でしょ。真里そうじゃないし。今は真里、女子でトップくらいだから、ヌルマ湯につかってるって感じで、ダメだし。(中略)うちの学校、校長の力が絶大すぎてふつうの先生の意見なんかなんの意味も持たない。せっかくいい先生沢山いるのに、学校そのものがちっとも変わらないんだもん。もったいない。それから、人数が多すぎて個性が尊重されない。一人一人が生きているってことを忘れてるみたい。それからネー、なにかっていうと大学大学っていうのも気に食わん。そりゃ進学校に入った自分が悪いのかも知れないけど、中学選ぶ時点で大学のことなんか考えてる訳ないじゃん。中学えらぶのはほとんど親だよ。それをなんとなく入れられて、だんだん学校の方針に感化されていって、とにかく大学に行くってことになる。どこでも今じゃ「当然」なのかもしれないけど、当然じゃない生き方へのあこがれってないのかナ。」

高校一年生(名前は伏せておきますが、Xとは当時のボーイフレンドです。YとZは女の友達)

「私さ、誰ともつきあっていないときは私の考え、私の行動はすべて「私」だったんだけど、最近みんな私のことを私でなくて「X」としてみるんだよね。私がなにをするにしても、Xに関連づけて見られてさ。私はXになってしまっているの。Yも「真里、最近考え方変わったね。Xの影響かな」とか言うしサ...そりゃ、つき合ってりゃ明るくなるけどさ、そう簡単に影響されて考え方まで変わっちゃうもん?「変わった」とか言われると、私のこと知り尽くしてるみたいな言い方しないでって言いたくなるよ。とにかく、そういう色メガネで見られるのはイヤだ。Xの話しててひやかされるのはいいんだけど、真面目な話まですべてXとくっつけないで。って言うか、私は私であるんだから...」

「私は将来何をするんだろう。そればっかり最近考えてるよ。大学行って何を勉強して何になるんでしょうか。Zみたいに目標が決まってるというのは大変羨ましい。そりゃ前途は長いだろうけどさ、道はあるんだから、それを進むべく努力をすればいいでしょ。私は一体全体なにをするつもりなのかしら。私は将来外国に行ける仕事がいいな。それもスチュワーデスとか添乗員とか人に仕えるんじゃなくて、もっと自分が豊かになるような取材とかしたい。みんなは外交官になれと言うけれど、まあなれるなれないは別として、そうだね、すごくいいけど、疲れそう。私は何を求めているんだろう。今、なんのために勉強しているの?」

高校三年生(注:学校が進学校で授業をしっかりやっていれば入試対策になるようになっていたので、私は予備校にはほとんどまったく行かなかったのですが、直前の冬休みだけ講習に通ったようです(よく覚えていない)。河合とは河合塾のこと。結局、うすっぺらな知識のまま大学に入ってしまいました)

「河合はなかなか刺激的です。私はやっぱりもう一年勉強したほうがいいんじゃないだろうか。浪人した方が身のためじゃないだろうかという気になったりする。だって、世界史にしろ現国にしろ、私なんかその場限りの答案作ること目的にしてやってる感じだけど、どの科目もものすごく奥が深いし、私には全然ものごとがわかっていない。もし運よく大学受かったとしても、そんなうすっぺらの知識じゃ大学行ってもイミがないんじゃないだろうか。浪人したりとか高校三年間ホンモノを見つめて勉強してきた人たちとは器が違うんじゃないだろうか。そういう気になってくる。やっぱり受験勉強じゃなくて、受験勉強で得た知識をもとに自分の頭で何かを考えたり感じたりできなきゃイミがないと思うし。私は人に解説してもらったこととかはへーえなるほどと感心するけど、自分で考えること、まだできない。こんなじゃ受かんないだろうし、受かったとしてもホントじゃない。そう思う。」

「そんなに新人類新人類と非難めいた眼をして異様なものを見るように言わなくてもいいと思いませんか?新人類は努力が嫌いだ、新人類は感性でものごとを判断する、新人類は個人主義だ、新人類は無責任だ、etc.etc.etc. そうでしょうか。我々は社会がいろいろひずみを負ってる中で、人間の生き方とかものの価値観とか友情とか恋愛とか社会問題とかに、ぶつかっては悩み、悩んでは努力してはいないでしょうか。たしかに国家意識はうすい。けど大人の人たちだって、なにも日本のことを考えて社会のことを考えて毎日働いて飲んでる訳じゃないでしょう。世代間のギャップ、そんなに大きいでしょうか。いつの時代にだって大人は若者をその野方図さと自由と無責任がゆえに非難しながらも、若さに対するかすかなあこがれをもっていたのではないでしょうか。何でもかんでも新人類。流行やファッションが変わるのはあたりまえです。」

大学時代のものは、人にお見せするようなものではないので、省略しますが、こうして見ると、自分がどうやって今の人間になったかということが、わかるようなわからないようなで、深く考えこんでしまいます。それにしても、手紙もそうですが、幼稚園の頃から毎晩鉛筆やペンを握って自分のやったことや考えたこと感じたことをせっせと書き綴っていたというその事実こそが、今の自分ともっとも直結しているようでありながら、そのことは私はすっかり忘れていました。

ちなみに、日記の他にも、1981年から1986年にかけて読んだ本の記録というのもあって、これもなかなか面白いやら恥ずかしいやら。それ以降は、読む本が多すぎていちいち書き留めることもなくなってしまったのですが、ずっと記録をとっていたら、なかなか面白かったのではないかとも思います。

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