2011年1月17日月曜日

Facebookは日本で普及するか?

このブログで何回も言及している、ソーシャル・ネットワーキング・サイトのFacebookについての記事が、今朝の朝日新聞に載っています。(オンラインのソーシャル・ネットワーキング・サイトであるFacebookの記事が、紙の新聞に載っているのにオンライン版では見つからない、というところがなんとも。私の探し方が悪いのでしょうか?)私自身はたいへん楽しく使っているものの、私はFacebookのまわし者ではないので、日本でFacebookが流行っても流行らなくても別にいいのですが(ただし、「友達」はある程度の数いないと、Facebookは使っていても面白くない)、世界では5.8億人のユーザーがいて、友達同士のコミュニケーションだけでなく、政治・社会運動などでもおおいに活躍しているツールであるにもかかわらず、これだけハイテク文化が浸透している日本ではまだFacebookユーザーは200万人に満たないというのは、なかなか興味深い文化現象だと思っています。ミクシイやツイッターは流行っているのに、Facebookはいまひとつ、という背景には、やはり日本では実名を使ったネット上の通信に対する警戒心が強いからではないかと私は思います。ありきたりな説明ではあるものの、それ以外に理由が思いつかない。

ちなみに、私の現在のFacebook上の「友達」は200名ちょっといますが、そのうち日本人は50余名。その50余名のなかにも、現在アメリカその他の海外に在住中の人や、日本在住で外資系企業に勤めている人、いわゆる「帰国子女」で海外にたくさん友達がいる人など、基本的に英語ベースでFacebookを使っている人も多く、今改めて数えてみたところ、海外生活経験のない日本人のFacebook「友達」は4、5人しかいません(そもそも名前をアルファベット表記でなく漢字表記にしている人が2人しかいない)。映画「ソーシャル・ネットワーク」(私はまだ観ていません)が日本でも公開されていることだし、この先日本でもFacebook型のネットワーキングが普及していくのかどうか、興味のあるところです。ちなみに、一週間ほど前に、ニューヨーク・タイムズでも、日本でFacebookが流行らないことを扱った記事が載りました。あまりにもアメリカで流行っているだけに、日本人が乗って来ないのは奇異なことと映るのでしょう。

5 件のコメント:

toyonoka さんのコメント...

フェイスブックが流行らない理由は、日本人が実名を一般公開することを好まないことにあるのは、すでに何となくおわかりだと思います。じゃあなぜ実名公開が好まれないかというと、それには日本人の伝統に理由があるのではないかと思います。大昔から、日本人にとって本名とは秘するものでした。本名を書くかわりに、自分の役職や立場、あだ名を名乗りました。万葉集には、「紫は灰さすものぞ つば市の 八十の巷に会える子や誰」「たらちねの母の呼ぶ名を申さめど 道ゆく人を誰と知りてか」という相聞歌があります(現代語訳「つば市の雑踏で会った君の名前を教えてくれ」「知らない方に実名をお教えするわけにまいりません」)名前を売って得するならともかく、そうでなくて単なる趣味なら「あまり実名は公開したくない」というのが日本人の本質なのかもしれませんね。「アメリカで奇異に思われる」と言われても、それが日本の古い習慣なんだから仕方ないでしょう。逆に日本で流行っているのにアメリカで流行らないものだって多いはず。でもたぶんあなたはそれを「日本で奇異に思われる」とは書かないんじゃないでしょうか。それぞれの国に個性があってもいいと思います。

KYLYN さんのコメント...

簡潔に
・日本では欧米型の「ソーシャル」の認知度が 低い
・FBは一人で参加してもその使い方が分から ない
(要はmixiにあるような敷居の低い「アプリ」 の様なものが必要)
つまり実名主義(これに抵抗を持つ人も少なくありませんが)だけが障壁となっているわけでは無いのです
 その点を理解して頂いたほうが宜しいかと

Mari Yoshihara 吉原真里 さんのコメント...

意図を明らかにするために言っておきますが、私は日本でもFacebookが流行るべきだ、などとはまったく思っていません。オンラインであれ対面であれ、人と人とのコミュニケーションのとりかたにはそれぞれの文化や社会特有のものがあるのは当然のことで、アメリカ型が良いとか日本型が良いとか、そういう価値評価は私は意図していません。

また、Facebookのユーザーのなかでも、その使い方は人それぞれです。私自身は、いわゆる「ネットワーキング」、つまり、仕事などの役に立てるための人脈作りとしてはFacebookは使わず、基本的には実生活でなんらかの関わりのある人しかFacebook「友達」として承認しないことにしています(ので、「友達」リクエストをいただいても承認しないケースもあります。どうぞご了承ください)。でも、それは数ある使い方のごくひとつです。

ちなみに、日本で流行っていてもアメリカではまったく流行らないものはたくさんありますし、アメリカで「常識」とされていても日本で奇異に思われるものもたくさんあります。そうしたことについて「日本だったら奇異に思われる」という主旨のことを言ったり書いたりすることはよくあります。どちらがいいとか悪いとかいうことでなく、そうしたミクロ(マクロのこともありますが)の違いにこそ、文化や社会の特性が現れて、面白いと思うのです。

belle さんのコメント...

映画の影響でしょうか、ゴールデングローブ賞受賞決定後、私のまわりのツイッターユーザーは続々とFacebookに登録しはじめ、一様に「使い方がわからない」と言っております。
使い方はわからないけども映画で話題になったから、のっかっておこうかという発想が実に日本人らしく、やっぱり日本人は流行りものに弱いなぁと笑ってしまいました。もちろんこれも、新しいことを始めるきっかけのひとつで、否定するつもりは毛頭ありませんが。
私のFBの使い方も真理さんと同じで、海外など遠方の友達と情報を共有するのに有効なツールとして使用しています。
私個人は、mixiとtwitter、そしてFacebookの違いを明確に述べることはできませんが、全部に登録して全部を連動することに一体意味はあるのかしら・・・とちょっと疑問を感じています。
もちろん真理さんがおっしゃるようにSNSの利用方法はひとそれぞれ様々ではありますが。
アメリカでは日本のようにSNSを連動して使う方って多いんでしょうか?

Mari Yoshihara 吉原真里 さんのコメント...

Facebookの面白さは、自分が投稿を通じて発信することよりも、「友達」の投稿を読んで彼らの近況を知ることにある(と私は思います)ので、せっかくユーザー登録しても、活発に投稿している「友達」が何人もいないと、面白くないのは当然だと思います。人の投稿を見れば、使い方もしぜんとわかりますし(私のようなテク音痴でもできるのですから、別に難しいものではありません)、しばらくやっているうちに、自分にしっくりくる使い方を見つけられるようになるものだと思います。日本で流行っていないー>ユーザー登録している「友達」が少ないー>自分が登録しても使い方がわからず面白くないー>流行らない、というサイクルは、ニワトリとタマゴのようなもので、どこが出発点とも断定しにくいですが、ある程度ユーザー層が厚くなってくれば、そのうちしぜんと「解決」するのではないでしょうか。

私のアメリカのフェースブック「友達」のなかには、Twitterとフェースブックを連動させている人はときどきいますが、他のSNSと同時に使っている人はほとんどいません。アメリカでは、以前はMySpaceなども流行っていましたが(私が使ったことがないので比較できません)、今ではフェースブックが圧倒的な普及度をエンジョイしているので、たいていの人はそれで事足りているからではないでしょうか。