2011年4月7日木曜日

平常心への私の道のり

震災から明日で4週間。初めの10日間ほどは、私は被災したわけでもないのに、さまざまな感情や考えが錯綜して、鬱のような状態になっていましたが、徐々に平常心を取り戻し、いろいろな活動も再開しました。もちろん、他の誰もがそうであるように、この事態を経験することで、自分の人生や日本の社会、自分がなすべきことなどについて、これまでとはまったく違った形で考えるようになり、この経験はなにかしら自分に大きなインパクトを与えていると思いますが、そうしたことは、急いで答を出そうとせず、あえて時間をかけて考えることが大事なのではないかと思っています。この数週間、自分がどういう順番で普通の生活に戻ってきたかというと...

(1)演劇や映画、コンサートなどに足を運ぶようになった
(2)ピアノの練習を再開した
(3)友達と外出するようになったり、新しい友達を作るようになった
(4)読みかけの小説を読み終えた
(5)自分の大学院生の指導を再開した
(6)研究のためのアポを新しくとるようになった
(7)ジョギングを再開した
(8)新しい靴とハンドバッグを買った

こうしたプロセスは、人それぞれでしょうが、無意識に辿った自分の道のりをこうして振り返ってみると、自分のココロの滋養にとってなにが大事かというプライオリティが明らかになって、なんだか興味深いです。

ちなみに、地震発生時ジョギングをしていたこともあって、なんだか同じルートを走りに行くのは縁起が悪いような気持ちがしていて、運動不足になりながらも走るのをためらっていたのですが、家でじっとしているのも身体に悪いし、せっかく春の気候になってきたからと、意を結して地震3週間後の、しかも地震とほぼ同じ時間に、走りに出かけました。あちこちに咲く桜を見ただけでなんだか目頭が熱くなる思いでしたが、さらに驚いたのが、大勢のランナーたちが、「東北がんばろう、日本がんばろう」とか「前進あるのみ」とか「共に手を取りあって」などというメッセージを手書きで記したシャツを着て走っていること。これにはなかなか感動しました。アメリカでは、普段からなにかといろんなメッセージを発信しながら街(や田舎)をいく人たちが多く、支持する政治家の名前や、宗教的なメッセージ、環境保護やら飲酒運転撲滅やらパレスチナ支援やら同性愛者の権利やらをうたう、実に多様なステッカーを人々が車に貼っていて、それらを見るだけで、そのメッセージに自分が賛成するか否かは別にして、私はなんだか楽しい気持ちになるのですが、日本で一般の人が日常生活においてそうしたメッセージを不特定多数に対して発信しながら街をゆくということはめったにない。そうしたなかで、「ごく普通」のランナーたちが、こうしたメッセージを胸や背にして黙々と内堀通りを走っていく姿には、なんだか心打たれるものがあります。もちろん、そうしたメッセージが単なるかけ声に終わらず、具体的で持続的な行動に結びついていかなくては困るのですが、今の時点では、こうした小さな形で見知らぬ人々同士が気持ちを共有するのは、いいことだと思います。

今日は、東京文化会館の小ホールで開催された、工藤すみれさんのチェロリサイタルに行ってきました。これは、東京・春・音楽祭の一部だったのですが、海外の演奏家も数多く出演する予定だったこのシリーズ、やむをえずキャンセルになったイベントもあったなかで、今日のリサイタルは平日の11時開演でありながら満席。2006年からニューヨーク・フィルのメンバーとして活動している工藤すみれさんの演奏を聴くのは私は今日が初めてでしたが、潤いと深みのある演奏もさることながら、プログラミングが野心的でとても感心しました。被災者のかたたちへの思いをこめて、カザルスでおなじみの「鳥の歌」で幕を開けたリサイタルは、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番という非常に正統的な演目で始まり、そこから、そのバッハ組曲にインスピレーションを得たという、ジョセフ・パレイラ(1975年生まれの作曲家・ティンパニストで、現在ロスアンジェルス・フィルの首席ティンパニスト)の組曲第1番。続いて、ジョージ・クラムの無伴奏チェロ・ソナタ。どちらも、古典に学びながら現代的な音楽表現を追求したもので、チェロという楽器のさまざまな側面が見れて(聴けて)たいへん面白かった。そして、リサイタル前半の最後は、マリオ・ダヴィドフスキー(1934年アルゼンチン生まれ)の「シンクロニズム」第3番。これは、ホールの各方向から発せられる電子音との共演で、チェロと電子音の音質のコンビネーションがなんとも興味深い。このように、前半ではたいへん刺激的で画期的な作品をならべたあと、後半では、ドヴォルジャークの「ロンドト短調」と「森の静けさ」とバーバーのチェロ・ソナタ ハ短調と、純粋に美しい曲ぞろい。プログラミングに、気持ちのいい野心を感じる演奏会でした。

それにしても、上野はたいへんな混雑でした。平日の昼間にあんなに人が集まっているなんて、普段でもびっくりですが、花見自粛の通達(?)にも負けず、桜を愛でにやってくるオジサンオバサン達の姿を見て、つられて元気になるやら、人混みにげんなりするやらでした。