2009年5月27日水曜日

タカッチ・カルテット・リハーサル風景




今日はセミファイナリストがリハーサルをするための中日なので演奏はなし。私は昼にちょこっとKimbell Museum(以前にこのブログで私のお気に入り映画をリストアップしたときに、『マイ・アーキテクト』という映画を挙げたと思いますが、それでとりあげられているのがこの美術館を設計した建築家Louis Kahnです)に行ってから、午後はクライバーン財団長のRichard Rodzinskiに2回目のインタビューをしました。クライバーン・コンクールの歴史のなかで審査のプロセスがどのように変化してきたか(1997年までは、予選と準本選では、審査員はそれぞれの出場者が次の段階に進むかをYesかNoの投票をするだけだったのに対し、2001年からは複雑な数学的手法を使ったランキングの仕組みにかわり、新しい方法のほうがいろいろな点でメリットが多い、とのことでした)、演奏プログラムがどのように代わったか(1987年以来、室内楽と委嘱の現代曲以外は必須の曲目を廃止して出場者が自由にプログラムを選べるようにした)などの話に加えて、「純粋」な音楽的要素以外の要素(服装、身のこなし、演奏中の顔の表情など)がどれだけ審査員の評価に影響するか(むりやり答を要約すると、「そうした要素が考慮に入らないとは言えない。つまるところ、『パフォーマンス』『プレゼンテーション』を審査しているわけだから」ということでした)など、とても興味深いお話をうかがいました。

そして私は、コンクールのドキュメンタリーやウェブキャストの撮影現場を観察したい、とお願いしたところ、早速リハーサル風景を撮影中の監督に紹介していただき、撮影現場を舞台で見学することができました。タカッチ・カルテットがセミファイナリストとリハーサルをしているところを数メートルのところで生で見られるなんて、私は天国にやってきたのかと思う気分でした。私は、もの、とくに芸術作品ができるまでのプロセスにとても興味があるので、ある意味では完成作品や演奏をみるよりもリハーサルを見るほう私にとっては面白いのです。今回はリハーサル風景も生でウェブキャストされているので、一般には公開されていないこのリハーサルも世界のどこでも見られるという素晴らしいことになっていますが、やはり現場で生で見ると、ピアニストとカルテットのコミュニケーションの様子が直に感じられて面白いです。私はDi Wuと辻井伸行さんのリハーサルを観察することができました。Di Wuは、室内楽の演奏の経験が豊富であることが明らかで、演奏を作っていく過程の話し合いにも積極的に参加し、見ていて楽しいリハーサルでした。目の不自由な辻井さんが、どうやってカルテットのキューを読み取ったり演奏中のコミュニケーションをとるのかと興味がそそられるところでしたが、辻井さんが首を振るのをキューにして始める、という合意ができてから、いざ弾き始めてみれば、目が見えないからといってとくに他のピアニストと変わることもなく、息のぴったり合った演奏でした。目が見えないことよりも英語のほうがバリアだったような印象です。ただ、通常のリハーサルのときのように、「X小節めからもう一度」とか「2回目のDからやってみよう」とか言っても、楽譜が見えない辻井さんにはわからないので、そばで楽譜を追っている辻井さんの先生兼アシスタントのかたがその箇所をちょっと弾いて、さらにカルテットからの指示を通訳のかたが訳す、というプロセスを経るために、ちょっとしたことでも時間がかかる、というデメリットはたしかにありましたが、リハーサルはきわめてスムーズに進んで、カルテットのメンバーも後で、辻井さんの演奏に深く感動していました。ちなみに、タカッチ・カルテットは『ドット・コム・ラヴァーズ』にもちらりと出てきます。タカッチ・カルテットの「ベートーヴェン:後期弦楽四重奏曲集」のCDは絶大なるおススメですので必ず聴いてみてください。

クライバーン・コンペティションについては、毎回ドキュメンタリー映画が製作されて、PBS(アメリカの公共テレビ局)などで放映されて評価が高いのですが、今回はそのドキュメンタリーに加えてウェブキャストもやっているので、総勢100人近いスタッフが撮影に関わっています。昨日のセミファイナリスト発表を緊張して待っている様子や、集中して音楽作りをしているリハーサルの最中にも、たえずカメラとマイクが近くをうろうろしているのは、さぞかし落ち着かないのではないかと思いますが、それと同時に、メディアにとりあげられて音楽家としても人間としても興味深い存在として描かれることは、ピアニストたちのキャリアにも重要なことですし、また、このコンペティションそしてクラシック音楽そのものの認知度を高めようとするクライバーン財団にとっても、メディアは大きな存在です。そして、これらのドキュメンタリーや今回のウェブキャストにも見られるように、クライバーン財団は、メディアの使いかたがとても上手な組織であるということがよくわかってきました。もうしばらく、映画の撮影クルーにくっついて観察しますので、それについてはまた報告します。

さて、私自身はクライバーン・コンペティションでここ1週間ほど頭がいっぱいですが、世の中では当然ながらいろんなことが起こっています。オバマ大統領が、辞任を表明しているスーター連邦最高裁判事の代わりとして、ソニア・ソトマヨール氏を指名したこと。アジア系アメリカ史研究のパイオニアであるRonald Takaki氏が亡くなったこと。(私の著書Musicians from a Different Shoreのタイトルは、今では古典となっているTakaki氏の著作、Strangers from a Different Shoreをもじったものです。)ヒスパニックの住民の多いフォートワースで、アジア人の出場者の多いクライバーン・コンペティションを見学していると、これらふたつのニュースの意義を一段としみじみと考えさせられます。