2011年3月2日水曜日

NYタイムズスクエアで呉圭錫 "Counting Sheep" 展示中



ニューヨーク在住または訪問中のかたに、是非ともお知らせしたいニュースです。私の友人の呉圭錫(Oh Kyuseok、「おう きゅうそく」と発音します)さんという彫刻家のCounting Sheepという作品が、今月7日まで、タイムズスクエアの一角で展示されています。タイムズスクエアは、東京でいえば、新宿アルタ前交差点とか、渋谷ハチ公交差点とか、銀座四丁目交差点とかにたとえられる(場所の雰囲気から言えばアルタ前が一番近いかな)、世界中から集まる実に雑多な人々が行き交う、とてつもなく人通りの多いエリア。ブロードウェイを中心に、劇場やら飲食店やらホテルやらがぎゅうぎゅうにつまって、夜を通してネオンぎらぎら、まさに「眠らぬ街」ニューヨークを象徴する場所です。私が大学生の頃まではストリップ劇場や風俗店が多く、道にもゴミやらなにやらが散らかっていて、いかにもいかがわしげな雰囲気でしたが、その後風紀粛正キャンペーンが功を奏し(?)、今では良くも悪くもずいぶんと清潔で安全な一角に様変わりしているのですが、それでも、ニューヨークの外から初めてやってくる人にとっては、タイムズスクエアの独特の空気が圧倒的なパワーをもつのは今も同じ。そんな大舞台で、作品が展示されるのは、芸術家にとってたいへんビッグなことであります。

呉さんは、私の知人友人のなかでもとくに面白い人物です。呉さんは、留学生として日本にきたまま東京に定住した父親と生活するため、幼少のときに朝鮮半島から母親とともに密航して日本に到着し、朝鮮人学校や和光大学で教育を受け、成人してから、日本ではなく韓国の国籍を取得したという背景をもつ、在日コリアン。日本でずっと彫刻家として活動していたのですが(ちなみに呉さんはなかなかイイ男で、若い頃は映画に出ていたこともあるそうです)が、思うところあって60歳を目前にしていきなりニューヨークに移住を決意。ハーレムの家庭に「ホームステイ」に似たような形で住み、英語もまるでできないのに、ハーレムの幼稚園で子どもたちにアートを教えたりしながら、自らの新しい方向性を模索。それまでは、粘度や木、石などスタンダードな素材で制作をしていたのですが、ニューヨークに来てからは、より直截的で素朴な素材を使ってみたいと思うようになり、紙と木を使った作品づくりに専念するようになりました。伝統的に日本家屋に使われている紙と木が、自然界と人間の居住空間、「外」と「内」の境界について表現している独特の感性と美学を伝えたい、との思いにかられるようになったそうです。

2008年から2009年にかけて、ハーレムのアート学校で、巨大な女性の身体を木の枠だけで表現したRenka Projectという作品が展示されたのをきっかけで、今回のタイムズスクエアでの展示につながりました。私はこのRenka Projectを現地で見ることができたのですが、その場にいるだけでなんだか元気が出てくる、ダイナミックな作品でした。今回のCounting Sheepも是非展示されているところを見たかったのですが、タイミングが合わずたいへん無念。でも、前回ニューヨーク訪問中に、呉さんのスタジオで制作準備中の羊を見せていただき、羊たちの触感やたたずまいを感じ取ることができました。ここに掲載するイメージ写真は、少し前のものですが(こちらのサイトに載っている写真のほうが、たくさんの羊が集まっている様子が伝わるのですが、許可をいただいていないのでこのブログに直接掲載はいたしません)、ネオンぎらぎらのタイムズスクエアに、なぜか降り立ってしまった真っ白な羊の一家族が、周囲の雰囲気に圧倒され、困惑し、興奮し、また途方に暮れている様子が伝わってきます。

呉さん曰く、この羊のアイデアは、自分が幼少のとき、朝鮮半島の小さな町から東京にやってきて、自宅近くの錦糸町の通りの光や音や匂いのなかに身を置いたときの、興奮と戸惑いの混じった感情からきている。子どもが賑やかな遊園地に入ったときのような、あるいはファンタジーの世界が現実になったような、そんな感覚が、60を過ぎた今でも自分の根本にあるような気がする。そして、人生のほとんどを日本で過ごし、日本語を話しながら育ちながらも、つねにアウトサイダーであり、ニューヨークに来てからも、言葉を話さない外国人としてアウトサイダー性はさらに強まっている、そうした自分だからこそ表現できる、今も毎日ニューヨークに世界中から集まってくる移民や訪問者たちの、興奮や解放感や希望や孤独や戸惑いを、この作品で表現したかった、と。紙という、雨風に弱い素材でできた、色とりどりのネオンと対照的な真っ白の無防備な羊たちが、互いに寄りそいながらタイムズスクエアにたたずむ姿は、愛らしくもあり、なんだかちょっと間抜けでもある。そんな24頭の羊を数えていると、夜も眠らない街タイムズスクエアの、違った姿が見えてくるはず。

私自身が行けないので、ニューヨークにいらっしゃるかた、私の代わりに是非とも見てきてください。

と、ここまで書いていったん投稿したところで、なんとニューヨーク・タイムズで作品が紹介されていると呉さん本人から連絡をいただきました。すごい!