前回の講演のときは、たしか村上氏自身がすべて英語で話をしたような気がする(でもあまり記憶はさだかでない)のですが、今回は、初めに少し英語で話した後、短編を2本日本語で朗読し、文の合間合間に英語の翻訳を別の人が朗読する、という形式でした。朗読されたのは、1980年代の作品である「鏡」と「とんがり焼きの盛衰」。私は、村上氏の作品は小説よりも短編のほうが好きなのですが、この2本は読んだことがありませんでした。その内容もなかなか興味深かったけれど、なにより印象的だったのが、村上氏の朗読家としての魅力。ペースや間のとりかた、抑揚のつけかたなどが、ものすごく上手で、まるでプロの役者さんの朗読を聴いているようでした。たとえば、ふたつの文が「...。そして、...」でつながっているとすると、普通だったら「。」の後に間をおいて読むところが、そこでは敢えて間をとらず「そして」まで行って、その後で息をつく、といったテクニックで、文章の意味的な流れがリズミカルに伝えられるのです。『走ることについて語るときに僕の語ること』
朗読の後で少しだけ質疑応答の時間があったのですが、私が招待した友達(ハワイ・シンフォニー・オーケストラのヴァイオリニストで、趣味で自分でも小説を書く、とても面白い人物。おおいなる村上ファンなので、この講演のことを教えてあげた)が、「作品を書いたり翻訳をしたりするときに、自分の文章を声に出して読むことがありますか」と訊いていましたが、これはとてもいい質問だと思いました。村上氏の答は、「はい、たいてい声に出してみます。ただし、それをするのは3稿めか4稿めになってからです」というものでしたが、これも非常に納得。
講演の後でサイン会があり、瞬時にして老若男女何百人もの人が列をなしていました。すごい。