さて、まるで違った話題ですが、今日のニューヨーク・タイムズの教育欄に掲載されている長文の記事がとても興味深いです。ここ2年間ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で実施されてきた、ジェンダー格差是正のための実験的な試みを扱ったもの。私はちょうど、フェースブックの最高責任執行者で、最近大きく話題になっている『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』
アメリカのビジネス・スクールのなかでもHBSは、すでにビジネス界で経験を積み、世界的大企業の幹部と血縁関係にある、といった学生たちを世界各地から集め、また経営のリーダー的立場に送り込む、トップの学校のひとつ。そのHBSでは、男女が同レベルの成績で入学しても、卒業までの2年間で女性が明らかに遅れをとる。また、教員側も、女性の教員が圧倒的に少なく、採用された女性教員でもテニュア(終身雇用権)をとらずに去っていくケースが非常に多い。というパターンがずっと続いてきた。実際のビジネスの世界でも、トップ企業の幹部には女性が非常に少なく、政治・法曹・学術などの分野と比較しても、男女格差が大きいことがかねてから指摘されてきていました。ハーバード大学初の女性総長となったDrew Gilpin Faust氏は、HBSのトップに新しい人物を採用し、彼の指揮のもとHBSは意識的そして徹底的にジェンダー格差是正に取り組んできた、とのこと。
その、意識的そして徹底的な取り組みというのが、まさに学校生活の各側面にわたる多岐なもの。ビジネス・スクールの授業では(ビジネス・スクールに限らずアメリカの大学ではたいていそうですが)、試験などの点数だけでなく、授業中のディスカッションなどにどれだけ積極的そして効果的に貢献したか、といった参加点が、成績の大きな部分を占める。そうしたなかで、多くの場合、女子学生は男子学生よりも発言に消極的であったり、また、実際に発言してもそれを教員に正当に評価されなかったりする。そうした問題を是正するため、女子学生には、授業での手の挙げかたや身のこなしかたに始まって、男性と同じ土俵で競争するための基本スキルを教え込む。また、無意識の性的バイアスによって教員が女子学生の発言を正当に評価しない、ということを避けるために、授業には速記者をつけ、学生の発言やディスカッションをすべて記録し、客観的な成績評価をする。ビジネス・スクールの教育の根幹と言われてきた、ケース・スタディ法すらも見直し、カリキュラム自体を改革する。学生がグループ単位で作業する課題については、グループ構成から勉強法まで、学校側が細かく手を入れる。テニュア取得前の女性教員には、授業観察を含めた個人コーチングをする。また、大学の外での社交が、学校での成績やその後のビジネス界での成功に大きく影響することから、キャンパス外のプライベートな社交において女性が不利な立場におかれることのないよう、学校が意識的な施策をする。などなど。
こうした努力の結果、ここ2年間で、HBSの女性学生の成績は目に見えて上がり、ジェンダーにかんする男性学生の意識も変わり、学校生活についての学生の満足度も高まり、おおむねこの「実験」は成功しているものの、こうした実験の成果が、卒業生が実業界に出てから長期的にどういった形で現れるのかは、もちろん未知数。また、なかには、なにかにつけてジェンダー問題を取り上げる学校のありかたに疑問をはさむ学生もいなくはない。けれども、こうやって正面からそして徹底的にジェンダー問題に取り組むことによって、もともと学校が意図したものとは違った、ビジネス・スクールそして経済界全体に流れる他のさまざまな規範や文化(財力や人脈、服装や体型などで、人間関係が決定され、そうした人間関係が学校そして仕事での成績につながる、といったこと)が問題視されるようになり、そうした問題を学生たちが堂々と議論できる空気が形成された、というのは、とても大きな意義のあることだと思います。また、ハーバードのようなトップの学校がこうした実験に取り組むことで、他の学校やビジネス界にも波及効果をもたらす可能性もあるでしょう。こうした実験的な取り組みは、とくに初期の段階では抵抗や失敗ももちろんあるでしょうが、試行錯誤を重ねながら理想に向かって取り組みを続けていくことで、長期的には重要な変革をもたらすはず。ともかくは、こうした実験をする勇気と実行力をもつHBSに、拍手。