2008年7月8日火曜日

『ドット・コム・ラヴァーズ』への反応 その2

『ドット・コム・ラヴァーズ』についての感想がさらに集まりましたのでご紹介します。

まず第一に、「こんなことまで書いちゃって大丈夫なの?」という種類の反応をする人がとても多いのが、私にとっては興味深いです。コメントのなかで「赤裸裸」という単語を使う人が多いので、「こんなこと」というのは、おもにセックスに関する描写を指しているのだと思います。そして、「こんなものを書いて、今後、学界や仕事仲間から偏見をもたれたり、見当違いの批判を受けたりしないのだろうか」とか、「この先、日本の大学に就職するという可能性はまるで考えていないのか」とかいった心配をしてくださる人が多いです。そうしたプラクティカルな考慮に加えて、単純に、「よくもまあ恥ずかしげもなくこんなことまでさらけ出すなあ」と半ば呆れた反応をする人は多いようです。

セックスを含め、普通はあまり不特定多数の読者に対しては公表しないような話題も本にはたくさん入れたので、そうした反応をする人がいるであろうことは想像していましたし、実際、執筆や編集の段階で、「こんなものを本当に本にしてしまっていいのだろうか」という疑問がときどき頭のなかで湧いてきたのも事実です。そして、自分はアメリカの大学ですでにテニュアを取得し、昇進審査も通過していて、職業上の立場は一応安定しているし、日本の学界や出版界での仕事は続けていくつもりはあっても、日本の大学に職を求める予定は今のところない、という現実の状況が、この本を執筆するにあたってのプラクティカルな考慮にまったく入らなかったとは言えません。

が、実際のところ、そうしたことについては、私はあまり悩まなかったのも事実です。センセーショナリズムを狙った本だと捉える人もいるでしょうし、はしたないとか下品だとかいった思う読者もとくに学界にはいるでしょうが、そんなことを心配していては、執筆活動はできません。そういった心配から、書きたいこと論じたいことを削除したり変えたりするくらいの内容だったら、初めから書く価値がないだろうと思っています。また、正直なところ、セックスに関する記述も、私はそれほどたいしたことだとは思っていません。男女関係についての著述でセックスに触れないことのほうが変だと思いますし、かといって私は本のなかで具体的な行為の描写をしているわけでもありません。あくまで男性との出会いや交際の一部としてのセックスについて書いただけで、そうした著述を通じて自分がとくに画期的なことをしているとかいった意識もあまりない、というのが正直なところです。私の知人友人はみな「うん、確かに」と言うでしょうが、もとから平均よりはかなりぶっちゃけた性格なんです。

それから、この本を、一種の「恋愛論」として読む人が多いらしいというのも、私にとっては実はかなり意外な発見です。本を読めばわかるように、私は、いろいろな男性と出会ったりつきあったりはしてきましたが、そんなことは40まで独身でいればごく当たりまえのことでしょう。そもそも、これだけ多くの男性と出会ったりつきあったりしていながら、今でもシングルだということ自体、自分が「恋愛論」などを展開するにはまるで不適格な人間であるということは、(残念ながら)強く強く認識していますし、「論」を展開しているヒマがあったら、実際の恋愛にエネルギーを使いたい、というのが正直な気持ちです。ですから、「この本を読んで、恋愛や結婚についてすごく考えさせられた」とか「恋愛についての勇気をもらった」とか「これは一種の恋愛バイブル」とかいったコメントを聞くと、私が一番驚いてしまいます。

私がこの本を書いたおもな動機は、研究書や論文といった形式の文章では伝えにくい、アメリカの姿を描くことにありました。長期にわたってアメリカで生活や仕事をしてきたアメリカ研究者として、知的な意味でもパーソナルな生活体験といった意味でも、「アメリカ」について語るだけの資格が少しはできてきたかなと思うので、こうした本を書いたのです。だから、オンライン・デーティングや恋愛といったテーマや、体験談という著述スタイルは、著者の私にとってはどちらかというと副次的なことなのですが、アメリカ文化といったことの他に、恋愛だとか男女関係だとかインターネット上の出会いだとかいった視点からこの本に興味をもってくださる読者がいるのは、むしろ私にとって、「なるほど」といった感じです。

といった前置きをしておいて、以下、寄せられたいくつかの感想をご紹介します。

-トニ・モリソンを知らなかった自分は、明らかに著者の交際の対象外なんだなあと思った。[ちなみに、このコメントをくれたのは、私の大学時代からの友人の男性ですが、別に私の交際の対象になりたいからこう思ったわけではなくて、単に、「へー、こんなことを基準に選んでいるんだ」と思った(呆れた)わけです(と思います)。他にも、女性の友達でも、「とくに政治意識も強くない私なんかと、著者がよく友達でいるなあと思った」といった感想をくれた人もいます。]

-けっして著者のよいところばかりをアピールしているわけではないけれど、この本を読んだら、さすがに著者の価値観に合わないような人物が寄ってくることはないだろう。著者を交際相手として考えたり、口説くことをねらっている男性には、この本を読むことが非常に役に立つだろうと思った。[確かに、それはそうですねえ。素敵な独身男性で、この本に書いた私の価値観に合っていそうな人がいたら、ぜひともこの本を読ませてあげてください(笑)]

-アメリカに住んだことも、文化に親しんだことのない自分でも、著者の交際の様子や、著者の視点からの人物の描きかたで、ものすごく具体的に相手の男性たちの雰囲気、価値観、生活スタイルを知り、感じ取ることができた。ベースは、サイトを通じての著者の体験談だが、その内容を通じて、アメリカのさまざまな人物の雰囲気や文化的な背景による違いを知ることができた。小説や映画だと、感情移入ということが先に立って、文化的な差異といったことに思いをめぐらせないことが多いが、この本では、著者の交際相手という意味で、読者にとってある種の身近さ、どきどきわくわく含みの先行きへの期待感を感じさせつつ、人物の描きかたが、冷静な表現での記述に徹していて、驚くほどよく相手の男性たちをイメージすることができた。いいバランスで読めた。[私のもともとの意図が伝わったという点では、こう言っていただけることが、私には一番嬉しいです。]

-これはある意味、恋愛バイブルのようなものになりうるのかなと思った。一人の女性がある特定の年代の数年間のなかで、これだけ多くの男性と真面目な恋愛を前提とした交際をした記録というのも、なかなかありえないだろう。著者の個人的な考えや価値観に沿った恋愛の記録ではあるけれど、それでもここまで自分の感情にウソなく、熱い恋愛感情も表現しているのに、その恋愛の背景を冷静な広い視点から描いているのが凄い。人と人とのつきあい、特に男女の交際や人生のパートナーとのつきあいにおいて、「価値観のある程度の合致」が一番大事だというのは、もともと共感できる考え方だし、男女交際の最大の「真実」かなと思っているので、この本を読んだほかの人たちも、そのように感じるといいなーと思った。

-登場する人物たちについて、文化、宗教、職業、地域的な背景をもとに、「こうした人たちはえてして、こういった価値観をもち、こうした行動をするものだが、彼にとってもやはりそうであった」という類の描写がよく出て来たが、アメリカの現実を知らない自分としては、そうしたパターンをどの程度の確度のものとして理解すればいいのか、ちょっと不安に感じた。著者を知っている自分は、漠然と、「典型的な文化観」を先に持たないところから入るのかと思っていたので、意外だった。[これはなるほど、私にとってとても面白いコメントです。要するに、この本が、文化や地域によるステレオタイプを作ったり再生産したりしているのでは、ということだと思います。私としては、いっぽうでは、日本の読者の多くがもっていそうなステレオタイプ・偏見・無知(たとえば、ゲイの人々や、ワシントン・ハイツ、ハワイについて)をある程度修復したいという意図はあります。またそのいっぽうでは、現実のアメリカ社会において、人種や民族、宗教、地域、社会階層、性的指向、政治的志向などのカテゴリーによって、価値観や感覚、生活スタイルがかなりの程度違ってくるという状況も、描写したかったのです。そうした状況を、多くの日本人はよく理解していないと思うので、そうしたことを、男性の描写を通して具体的に伝えることには、意味があると思いました。それを、ステレオタイプ強化という結果にならずに伝えるのが難しいところです。]

以上は、友人からのコメントです。さらに、つい昨日、評論家の小谷野敦さんが、以下のようなコメントを発表してくださいました。ご存知のかたもいるかと思いますが、数年前に、私は某学術誌で、小谷野さんの著書についてきわめて批判的な書評を書き、それに反駁した小谷野さんと、ネット上で数回のやりとりがありました。小谷野さんは(あれだけ批判的な書評を書かれたら著者は誰でも気を悪くするのは私もわかっていました)たいそう気を害されていたはずです。それにも関わらず、『ドット・コム・ラヴァーズ』についてこうした好意的な評を発表してくださっているのは、小谷野さんのプロフェッショナリズムの顕われで、たいへん感謝しています。いつも私の味方でいてくれる友人知人に「よかった」「面白かった」と言ってもらうのはもちろん嬉しいですが、かつて激しい議論を交わした相手にこのように評価していただくのは、いっそう意味があることだと思っています。

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080708