ただし、楽しめる、とは言っても、ワイズマン監督の作品は、現代で主流となっているドキュメンタリーとはずいぶんとアプローチが違います。そして、今の日本のテレビ番組の作り方とはとてつもなくかけ離れたアプローチを使っているので、日本のテレビに慣れた視聴者にはかなり違和感があるだろうと思います。というのは、彼のドキュメンタリーは、なんのナレーションもなく、効果音やBGMもなく、わかりやすい物語性もなく、ただひたすらさまざまな映像を淡々と映し出して行くだけ。しかも彼の作品は概して長く、この映画も160分もあります。今の日本のテレビでは、トピックやキーワードだけでなく、キャスターやコメンテーターやインタビューされている人が言っていることをそのままやたらと文字表示するのを、私は以前から気持ちが悪いなあと思って見ているのですが(聴覚障害者のためのものだったら理解できますが、そうではないようだし、聞いていることと同じことをなぜ文字で表示するのかがわからない。聞いてるだけではこちらが理解できないと思っているのか、とバカにされたような気持ちになるのは私だけでしょうか?)、ワイズマン監督の作品はそれとは対極的で、まったくなんの説明もないまま、ひたすら映像だけが続いていきます。パリ・オペラ座の歴史とか、ダンサーたちがどのような経過を経て入団するのかとか、組織構造はどうなっているのかとか、これほどお金のかかる芸術活動がどのようにして経済的に成り立っているのかとか、ダンサーのキャリアにはどのような試練があるのかとか、振り付け師やダンサーはバレエという芸術の伝統と革新をどのようにとらえているのかとか、そういったことを、わかりやすくナレーションが解説してくれる、といったことがないのです。映像に現れるそれぞれの人が、どういった人物なのかという説明すらない。代わりに、淡々と続いていく映像を集中して見ることで、視聴者自らが、その意味を考え結論を出す、という作りになっているのです。もちろん、監督独自の視点やメッセージは非常にしっかりとしたものがあるのですが、それを理解するには視聴者がきちんと見て考えることを作品も要求するのです。(ワイズマン監督がハワイ大学に講演に来たときに、私は一緒に食事会に出席したことがあるのですが、そのとき、「マイケル・ムーアの作品をどう思うか」と聞かれて、彼は「僕はああいうのはドキュメンタリーだとは思わない」と言っていました。ワイズマン監督の作品とマイケル・ムーアの作品を見比べてみると、政治的・社会的メッセージにおいては大いに通じるものがあるにしても、ドキュメンタリー制作についての考え方はまるで違うのが明らかです。)そうした意味では、ワイズマン監督の作品は、今の10代の若者の多くにはまったく理解されないでしょう。というか、それ以前に、160分もこうした作品をじっと座って観ていられる若者は少ないかもしれません。でも、自分でものを見て考える意思のある視聴者には、たいへん満足度の高い作品です。音楽にせよダンスにせよ、舞台芸術を扱った映画や番組では、時間の制約もあってそれぞれの曲や演目を細切れにしか見せないものが多いのですが、バレエをきちんと理解している監督の作品だけに、まるごとではないにしても、芸術的に意味のある単位で演目を見せてくれるのが嬉しいです。渋谷Bunkamuraではあさって18日(金)で上映が終わってしまうので、興味のあるかたは急いでどうぞ。