アメリカについて勉強する人なら誰でも必ず一度は触れる、『アメリカのデモクラシー』という重要な本があります。フランス貴族のアレクシス・ド・トクヴィルが1831年にアメリカを視察旅行した際の観察をまとめ、アメリカの政治制度や社会風土を論じたもので、アメリカ型民主主義にかんする洞察は現代からみてもとても的をえていて興味深いのですが、Peter Careyのこの最新作は、なんとこのトクヴィルのアメリカ見聞旅行を題材にした歴史小説。フランス革命後の混乱を逃れるためアメリカの刑務所を視察するという名目で新大陸に出かけるオリヴィエは、もちろんトクヴィルをモデルにした人物。そして小説には、通称Parrotという(粗野な育ちでありながら、なんでも見事に物まねできる能力からくる通称)、波瀾万丈な人生を生きてきた、教育は受けていないけれども知恵と能力のあるイギリス出身の元印刷工(というだけでは説明不足なのですが、説明しだすとややこしいのでここでは省略)がもうひとりの主人公となっています。このふたりが、妙ないきさつから共に旅をすることになり、その珍道中のさまを、ふたりがそれぞれの視点から語る、という形式になっていて、この形式が絶妙。こうした出自も身分も性格もまるで違うふたりが、互いのこと、そしてアメリカのことを交互に語ることで、市民革命期のヨーロッパやアメリカの様子が複層的に見えてくるし、物語としても読者をぐいぐい引き込む。トクヴィルについてはもちろん、この時期のアメリカ史については莫大な研究があるので、そうした資料を綿密に調べてあることはもちろんですが(著者のウェブサイトには、この小説を書くにあたって著者が参考にした文献リストが載っています)、小説ですから、もちろん著者が史実に面白可笑しく手を加えたり、著者の想像の産物である人物や出来事もたくさんあり、その手の加えかたが、さすがと唸らせる。アメリカの市民社会に驚愕し、拒否反応と親慕の情を同時に深め、自分も「アメリカ人」になろうとまで決意するオリヴィエが、アメリカのなにに魅かれ、なにについていけないと感じるか、そしてオリヴィエの言によれば「後ろを向いている」フランスと前につきすすむ若いアメリカの最大の違いをどこに見るか、といったことから、オリヴィエの政治や政治家や商業や芸術や女性についての具体的な観察まで、面白さは尽きません。また、物語の終わりでふたりの主人公がどのような表面・内面ともにどんな変化を遂げているかにも、不思議な感動があります。
著者のPeter Careyは、オーストラリアを代表する現代作家ですが、1990年代からはニューヨークに住んでいて、そうした彼のアメリカへの思いとも重ねあわせて読めるのではないでしょうか。この小説を読むと、トクヴィル(私は大学院のとき以来読んでいません)も読み直したくなるし、Careyの他の作品も全部読んでみたくなります。
それから、Kindleについてですが、今のところおおいに気に入っています。文字のサイズを変えたり線を引いたりしおりをつけたり(メモをとることもできるのですが、私はまだそこまで至っていません)もできるし、なんといっても軽量なのがすばらしく、小説を読むにはなかなかよいです。本格的な研究書を読むにはまだ使っていないのでどうかわかりませんが、検索ができるという点では、研究書にはむしろ向いているとも思います。来月はしばらくニューヨークとワシントンとテキサスに出かけるので、そのとき持ち歩くにはとても便利なはずです。