2011年3月18日金曜日

アマチュア・クライバーン・コンクール合格 & 『バルカン動物園』

私がここでオロオロしても何の役にも立たない、少しでも生産的な活動を、と毎日自分に言い聞かせてはいるものの、ニュースを見れば見るほど落ち込んだ気持ちになり、また、この状況、とくに原発についての周囲(とりわけ国外)の人々の認識や反応が実にさまざまで、私のことを心配していろいろなことを言ってくれる人たちに対応するだけでもけっこう疲れてしまい、昨日はどっと眠ってしまいました。(私は落ち込むとやたらと寝る性癖があります。もっと落ち込むと眠れなくなりますが。)原発については、いろいろ思うことあるのですが、それについてはもう少し自分の気持ちや考えを整理してから書きます。放水作業がある程度成果をあげているらしい現在でも原発の状況がけっして安心できるところまでは行っていないのはわかっていますが、私は、原発のことよりも、被災地の状況のほうがずっと恐ろしく感じられます。地震や津波で命を落とされた方々、今も万単位で行方不明の方々のことを考えると胸が痛むのはもちろんですが、なんとか命をとりとめて避難されている人たちの中にも、水や食料や燃料が届かず、避難してから亡くなっている人が次々と出ている。あんなに寒いところで、暖房も食べ物もなければ、元気な人でもどんどん衰弱していくし、お年寄りや持病のある人、免疫のない乳幼児などには命にかかわることになるでしょう。不況とはいえ今でも世界ではもっとも豊かな国である日本で、飢えや寒さでたくさんの人が亡くなってしまうかもしれないというこの現実を前にして、私は青ざめる以外にありません。でも、ニュースを見ていると、阪神大震災や海外の災害や戦争で救援活動の経験を積んだ、たしかなビジョンと指揮力のある、支援活動の専門家が何人も存在するのだということも知り、また、なんらかの形で助けになりたいという被災地以外の人々の誠実な気持ちも明らかなので、そこに希望を託し、自分はとりあえず募金と節電と冷静な行動に努めることにしています。

そういうわけで私は、昨日の夜まではどんよりと落ち込んでいたのですが、今日になってにわかに元気に。その理由のひとつは、朝メールを開けると受信ボックスに、アマチュア・クライバーン・コンクールに合格したという通知が入っていたこと。正式な合格通知(ちなみにオーディションの倍率はほぼ2倍だったらしい。これが前回までのコンクールのときと比べて高いのか低いのかは不明)に加えて、「本物の」クライバーン・コンクールを見学したときに隣の席で仲良くなったジェリーさん(詳細は『ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール』をご覧ください)から既に「おめでとう」メールが届いていました。ロジンスキ氏の後任としてクライバーン財団長のポストについたDavid Worters氏とジェリーさんは友達で、オーディションの結果が決まってすぐに、ジェリーさんのところにわざわざ電話で「マリが受かった」と教えてくれたそうです。ジェリーさんは私がフォート・ワースに来るのをとても楽しみにしてくれているので、私の演奏がしょぼくても、少なくとも一人はファンがいるかと思うと心強いです。とにもかくにも、地震や原発のこと以外はなにも考えられない日々が続いていたなか、この知らせは素直にとても嬉しく、本番に向けてせっせと練習せねばならなくなったので、自分の精神衛生にとってもよいです。

今朝はその知らせをもってピアノの先生のところにレッスンに行きしごかれた後、こまばアゴラ劇場で、平田オリザ作・演出の『バルカン動物園』を観てきました。私は大学在学中に、こまばアゴラ劇場や当時存在した駒場小劇場でときどき演劇を観ていたのですが、日本のこうした小劇場で観劇したのは実に20年ぶり。そもそも演劇を観るのは好きだし、今は文化政策の研究上平田オリザさんの仕事には興味があるしで、私にとっては懐かしのアゴラ劇場に足を運んだのですが、これはとても素晴らしかった。1997年に初演された、脳科学をテーマとする作品なのですが、原発事故をめぐる作業や議論が進行中のさなかに、科学と倫理、遺伝と進化、生命と死などを扱うこの作品を観るのは、なんともいえない迫力がありました。いろいろなことを考えさせられるし、台本にも、若手の役者さんたちの演技にも、たいへんリアリティがあって(理系の研究室の雰囲気、いや、理系だけじゃなくて大学の研究室全般の、形容しがたくねちっこい雰囲気も含め)、満足度百パーセント。だいたい、ほぼ満員で50名弱の観客のために、20余人のすばらしい役者さんたちが肉迫した演技をしてくれる、それを2000円で観られるなんて、こんな贅沢なことが世の中にあるだろうか。多くの人々がまさに生死のあいだをさまよっているような状況のなかで、文化政策の研究なんてやっているのは、一部の恵まれたエリートにしか意味をもたないことについて理屈をこねているだけじゃないかという気持ちになることも多いのですが、こうしたときに、こうした舞台芸術に触れることで、文化や芸術というものの本質を改めて感じ取った気がします。作品の内容とはまた別に、人間が知や文化や芸術を創造するその現場にいられただけで、なんだかとても大きなパワーをもらいました。キャストは二組あって、私が今日観たのはBキャストだけれど、Aキャストでもう一度観たいくらいです。28日までやっていて、前売りはほぼ完売しているようですが、若干当日券も出るようだし、28日には追加公演もあるようですので、興味のあるかたは是非どうぞ。