2011年3月12日土曜日

海外の日本人大学院生へのメッセージ

ワイ大学の同僚から、「日本人の大学院生が、地震のニュースでとても動揺している、なにか彼らのためにできることはないか」と連絡があり、とりあえず日本にいる私ができることをと思い、自分が指導している大学院生たちに以下のメールを送り、フェースブックにも投稿したところ、学生や他の日本人の知人たちから、たくさんの感謝と共感のメッセージが届いています。このブログは、日本以外の場所で読んでいるかたが多いよなので、とくにそした人たちは伝えられることもあるかと思い、ここにも添付いたします。一部、前回のブログ投稿と内容が重複するところもありますが、ご了承ください。

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日本からのUH大学院生のみなさんへ

大地震・津波発生からまる二日がたとうとしています。当然ながら、日本は被害の情報や原発の状況などのニュースで情報が飽和しており、一日中テレビを見ていると青くなって呆然とするしかない、かといって一日中テレビを見る以外になにも手につかない、という状態です。阪神大震災のとき、私はブラウン大学で大学院生をしていましたが、当時はまだインターネットもなく、情報源はテレビくらいしかなかったので、状況が把握しにくく、当該地域にいる親戚や友達の消息がわかるまでにもずいぶん時間がかかりました。今は、インターネットなどでたくさんの画像や映像がどんどん入って来るし、ハワイでは日本語テレビもあるので、情報が足りないということはないかもしれませんが、故郷から遠く離れている皆さんは、さぞかし心配と不安でいっぱいだろうと思います。依然として電話がつながりにくいので、とくに被災地に家族や友達がいて連絡がとれない人は、いてもたってもいられない気持ちだろうと思います。

ご存知のとおり、私は現在サバティカルを東京で過ごしています。都心でも、私がかつて経験したことのない大きな揺れがあったとはいえ、東京は比較的被害が少なく、私自身も、親や親戚や友達も、全員無事でしたが、しだいに情報が増えてくるにつれ、胃の中に重いものが入ったような気持ちになります。自分は元気で安全なところにいる、そして助けを必要としている人たちが何千・何万人もいる、と思うと、なにかをしなければ、という切迫感におそわれますが、ここで私が慌てたところで、なんの役にも立ちません。私にできる数少ないことは、文章を書くことだ、そして、私にわかるのは、海外にいる大学院生の気持ちだ、と思い、不安でいっぱいのはずの皆さんにメールを書くことにしました。

時間がたつにつれ、各地から入ってくる地震・津波発生時の映像が増え、一瞬にして街が波に呑み込まれてしまう様子を見るたびに、作りものの映画でなく本当にこんなことが起こるんだと、信じられない気持ちになります。また、最初はテレビに出る映像は、崩れた建物や壊滅した集落の様子が多かったのが、だんだん、手すりにつかまりながらゆっくり高台への階段を昇るおばあさんや、避難所で子どもを探すお母さんや、跡形もなくなった家の跡地に呆然と立ち尽くす男性といった、人々の姿の映像が増え、これらの人々の今の心中、そしてこれから先の生活や人生の再建を考えると、涙が出ます。そうした映像が流れている最中にも、新たな地震や津波のニュースや警報が次々と出て、東京でも大小の余震が続いているので、心休まることがありません。

それと同時に、こうした事態に直面しての、日本の人々の様子には、おおいに感心もしています。東京では、電車がとまっても大きなパニックもなく、歩行者が車道まで溢れ出しても大きな事故も混乱もない。電車の運転が再開してからは、人々は誰に言われなくても普段通り整列してホームに並び電車を待つ。何時間も歩いて帰る人たちのためには、道路沿いで無料のお茶やみそ汁が配られたり、飲料会社が自動販売機を無料開放したりする。駅や道路に停められている自転車が盗まれたりすることも特にない。帰宅できなくなった人たちのために、自治体や各種施設が寝場所や毛布や食料を提供する。自宅の門や塀に「トイレ使ってください」と貼り紙をする家庭もある。電話やネットで安否確認サービスが開設される。そうしたことが、静かに、迅速に、着々となされていきました。私は、とくにここ数年は、日本に帰るたびに、人々が、電車でもエレベーターでもとにかく他人と目を合わさないし、ちょっとしたことで人に手を差し伸べることをせず、人間関係がとても冷たくなったと感じて心寒い思いをするのですが、こういう事態においては、日本の人々もやはり助け合いの精神を発揮するのだということがわかり、胸が熱くなる思いもしています。また、メディアもがんばっていると思います。私は、日頃日本のマスメディアにはおおむねきわめて批判的なのですが、こうした状況のなか、正確な情報を迅速に冷静に提供しようと精一杯の努力をしている印象があります。私はNHKしか見ていませんが、民放も、地震発生以来ずっとCMなしで報道を続けているようです。

とくに最近の見るも無惨な政治状況のなか、私は政治的リーダーシップにはまるで信頼をおけないけれども、日本の一般の人々の静かな「てきぱき力」には普段からおおいに信頼をおいているので、こういう局面においてそれが立派に発揮されているらしいのには、感心もするし感動もします。これから広域にわたる救援や長期戦になるであろう生活の再生に向かうにあたって、そうした人々の能力と善意を効果的に組織していく力を、政治家たちが発揮してくれることを願ってやみません。

原発のニュースなどを見て、心配して「もうハワイに帰ってきたら」と言ってくれる友達もいるのですが、遠くにいてニュースを見ているほうが、ずっと辛いだろうと思うので、日本にいたことは幸運だったとすら思っています。また、こういう時にたまたま日本にいたことで、自分と日本の関係をあらためてじっくり考えるきっかけにもなっています。日本とアメリカというふたつの視点や経験をもっている自分が、こうした状況のなかでできることはなにか。研究者・教育者・批評家がこうした事態において果たすべき役割はなにか。そうしたことを、これからの時間で、冷静に、慎重に考え、行動力と協力性をもって、日本そして世界の人々と一緒に活動していこう。そう思っています。

皆さんも、なにかをしたい、という気持ちでいっぱいのことだろうと思います。勉強なんかとても手につかない、というのも現実だろうと思います。悲しみで涙が止まらない、という人もいるだろうと思います。そうした気持ちになって当然です。テレビやインターネットを見るときは、留学生仲間や他の友達と一緒に、情報や気持ちを共有するといいと思います。また、家族や友人と連絡がつかないからといって、勝手に結論を急がないようにしてください。電話がこみあっていますから、本当に身近な人の消息確認以外には、今は電話の使用を控えるほうがよいでしょう。(インターネットを使った安否確認サービスもいくつか設置されています。)不安や焦燥感でいっぱいなのは当然のことですが、ひたすら気をもんでいても生産的でないので、一日に数時間はテレビやコンピューター画面を離れ、無理矢理にでも他のことを考えたりしたりするのがいいと思います。こういうときこそ、心配事を頭からブロックアウトして、難しい本を読むのに集中するのもいいでしょう。さまざまな形で故郷や生活の糧を略奪されてきた人々の歴史を勉強するのもいいでしょう。あるいは、まったく関係のないトピックに没頭するのもいいでしょう。とにかく、皆さんが今できる一番大事なことは、それぞれの分野で立派な専門家として活躍し日本の社会に貢献できるよう、しっかりとしたトレーニングを積むことです。こうしたときに、世界で活躍する日本人のスポーツ選手や芸術家たちが、日本の人々に大きな勇気を与えるのと同じように、皆さんが一生懸命勉強して夢をかなえるのが、苦難に直面している日本の人たちへの希望となるはずです。

私のフェースブック上の「友達」が、地震発生の翌日、「がんばろう、ニッポン、今こそ、心をひとつにして。」というアップデートを投稿していたのを見て、私は涙が出ました。そうです、今からが本当のがんばりどきです。

私は、今日これから、地震発生以来初めて、外に出て街の様子を見てきます。また状況を報告しますね。皆さんも励まし合って頑張ってください。日本の家族とどうしても連絡がとれないなど、困ったことがあったら、いつでもメールしてください。「心配で勉強が手につきません」といった類のメールでも遠慮なくどうぞ。

吉原真里