2011年9月2日金曜日

大学教授の頭のなか

新学期が始まって2週間がたちました。今のところ、学部・大学院の授業とともに順調ですが、いつものことながら、学部の授業ではいくら言ってもきちんとリーディングをこなして授業にやってくる学生とそうでない学生とに新学期早々に分かれてしまい、リーディングをやってこそ授業で私が話していることがきちんと理解できるのだということをいかに伝えるかが難しい。過去には、課題を読んでこない学生があまりにも多く、ディスカッション形式の授業が成立しないので、読んで来なかった学生に「この授業時間のあいだ図書館にでも行って読んできなさい」と追い出したこともあるのですが、2週間目からそういうことをすると空気が悪くなるので、優しく温かく笑顔をもって、リーディングに向かわせる方法を模索中。


学期中は授業の準備とさまざまな雑用、そして進行中の執筆その他の仕事をこなすのが精一杯で、それ以外のものを読んだりする時間はまるでないのですが、学期が始まると同時にアマゾンから届いてしまい、誘惑に勝てず忙しいさなかに読んでしまったのが、ハーヴァードの社会学者Michele LamontによるHow Professors Think: Inside the Curious World of Academic Judgmentという本。以前にこの著者のMoney, Morals, and Mannersという本を読んでむちゃくちゃ面白く(アメリカとフランスのアッパーミドルクラスの意識を比較した研究)、また今学期の大学院の授業では彼女のThe Dignity of Working Men(こちらはアメリカとフランスの労働者階級の男性の意識を比較したもの)を使うことにもなっているのですが、この本はこれまたたいへん興味深い。タイトルを直訳すると「大学教授はどのように考えるか―学術評価という不思議な世界の内側」ということになりますが、アメリカの学界、とくに社会科学や人文科学の分野での権威ある財団の助成金のピア・レビューの仕組みをフィールドワーク調査で分析したものです。学問の世界にいる人以外には「そんなものがなんで面白いのか」と思われるかもしれませんが、私にとっては、複数のレベルでとてもワクワクする研究でした。まず、実際にここでとりあげられている財団の助成金や類似した助成金・奨学金に定期的に応募する立場の人間として、また、こうした助成金のピア・レビューを依頼されることもある立場の人間として(私は最終パネルのメンバーにはなったことはありませんが、その前の段階の査読は何度かしたことがあります)、このピア・レビューの仕組みがどれほど合理的に機能していて、ピア・レビューをする研究者たちはどのような思考パターンを経て決定に至るのか、という全体像の分析を読むことは、実用的なレベルで参考になる。より理論的なレベルでは、社会科学や人文科学において、「優秀さ」「独創性」「明瞭さ」といった概念が具体的にはどのように理解され評価されるのか、また、そうした理解や評価が、多分野の研究者によって構成されるパネルの議論のなかでどのように交渉されていくのか、といった分析がたいへん興味深い。とくに、研究企画の「優秀さ」といった基準と、財団が支援する研究や研究者の「多様性」といった基準がどのように絡み合うか、そして、「多様性」のなかでも、アメリカの公の場で議論が集中しがちな人種やジェンダーの多様性の他にも、大学の種類(東海岸のエリート私立大学と、他の地域の州立大学といった相違)やディシプリンや研究トピックの多様性といったものを、研究者たちがどのように天秤にかけるか、といった分析が、たいへん面白く、たとえばこうした手法を、それこそピアノ・コンクールでの評価に応用して、審査員たちが「芸術性」「技術性」「曲の理解や解釈」といったものをどのように評価するのか分析したら、たいへん興味深いはず。

これと関連する日本の研究としては、佐藤郁哉・芳賀学・山田真茂留『本を生みだす力』があります。これも私はとても興奮して読みました。大中小いくつかの出版社に焦点をあてて非常に丁寧なフィールドワークをもとに日本の学術出版の仕組みを分析したものです。日本とアメリカでは学術出版の仕組みがおおいに違うので、その違いを垣間みるだけでも私にとっては個人的に面白かったですが、編集者たちがどのように学術的知の創造とビジネスとしての出版に向き合っているか、ミクロとマクロの両方の次元で分析されていて素晴らしい。

素晴らしいのですが、とりあえず今学期の授業や目前の自分の仕事への直接の関係度は比較的低いので、刺激と興奮だけ大事にして、まずしなければいけない仕事を片づけなければ...