ホノルルでは現在、APEC(アジア太平洋経済協力会議)が開催されています。APECについては、シンガポールの事務局で仕事をしていた友人の著書を以前にこのブログで紹介しましたが、今年度はホノルル開催。環太平洋21カ国の首脳が集まるこの会議は、ホノルルがホストするイベントとしては史上最大規模で、交通規制や警備などをめぐって混乱も見えています。大イベントに際して地元住民に多少の不便があるのはしかたないとして、より本質的なところで、APECが象徴する資本のグローバリゼーションのありかたに異を唱える議論が活発に展開されています。ちょうどOccupy Wall Streetの運動が世界的に展開されている最中のことなので、その動きと合流して、さまざまな団体や活動家、言論人がAPECに対抗する活動に従事しています。
そのひとつが、Moana Nuiという集まり。アジア太平洋地域の活動家、研究者、農業や漁業に従事する人々、教育者などが集まって、資本のグローバル化や産業開発、気候変動のなかで、太平洋の国々や人々が経済的に持続可能で文化や環境を守り育てていく協力体制をどのように築いていけるかを議論するフォーラムを企画したものです。一昨日から三日間、APECと並行する形で会議が開かれているのですが、私は授業などがありまだ参加できていません。
でも、このMoana Nuiの会議の参加者のひとりであるWalden Bello氏が、昨日の夕方ハワイ大学で講演したので、聴きに行ってきました。Bello氏は、フィリピン出身で政治や社会政策を専門とする研究者であり、カリフォルニア大学バークレー校をはじめとして数多くの大学で教鞭をとってきましたが、現在はフィリピンの下院議員を務めています。バンコクを拠点とするFocus on the Global Southという研究所の創設者でもあり、世界銀行の極秘資料などを分析しながら現代のグローバリゼーションのありかたの問題点を指摘しその代替となる多国間協力体制を提言する、さまざまな著書があります。最近の著書としては、世界的な新自由主義的経済政策のなかで悪化する食糧危機を扱ったThe Food Warsがあります。
昨日の講演の主な論点は、以下のようなものです。自由貿易を拡大し資本のグローバル化を推進することによって利益を増大させることを目的とするAPECは、参加国すべての経済や人々の暮らしを向上させるような構造にはなっておらず、むしろアメリカ合衆国の覇権を強化し、そして中国の輸出産業や金融業の利益を増大させる(二十年前までは、このような環太平洋構造の批判ではアメリカと日本が槍玉にあげられましたが、今では日本の「に」の字すら出てこない。昨日の45分ほどの講演でも、「日本」という単語はついに一度も出てきませんでした)ようにできており、太平洋の島々やより小規模経済の参加国が、どのようにして持続可能な経済成長をしていけるかはAPECが問題とするところではない。とくに、小国の長期的な経済成長、先住民の生活、移民労働者の権利、気候変動、持続可能な資源開発などといった、アジア太平洋地域において現在もっとも肝要な問題について、APECは多国間の議論を促進したり対策を講じたりする意思がまるでない。APECは単に各国首脳がアジア太平洋の民族衣装を身につけて集合写真を撮り「国際協力」の視覚的イメージを作る以上の、なんら実質的な機能を果たしていない、とのこと。
グローバリゼーション批判の論点としては他でもよく聞いたり読んだりするものと共通ですが、ではBello氏の提言するような多国間協力体制を作るには、APECのありかたを改革することで可能なのか、それともまったく別の形態の組織が必要なのか、そのあたりを質問したかったのですが、質疑応答に入ったところで私は退出しなければならず、残念。でも、講演としてはなかなかよかったです。