2011年11月6日日曜日

図書館いろいろ

昨日のニューヨーク・タイムズに、かつて極東編集局長であったコラムニスト、ニコラス・クリストフが、元マイクロソフトでマーケティング部長を務めていたジョン・ウッドが始めた2000年に始めたRoom to Readというチャリティについての論説を載せています。ネパールで始まったこのチャリティは、世界各地の子供たちが本を読めるように、図書館を開設したり学校に本を送ったりするというプロジェクトで、これまでに世界で一万二千の図書館を開設し、一日につき六の図書館がオープンしているという驚異的な成果をあげているそうです。


たいへん結構なプロジェクトで、現代アメリカの図書館システムの基盤を作ったアンドリュー・カーネギーを思わせますが、私としては、これらの図書館にいったいどんな本が入っているのかについてもっと知りたいところ。こうしたチャリティの対象となる地域では、図書館以前にそもそも本自体がないところが多いため、Room to Readでは自費出版で子供たちのための本を出版もしており、クメール語やネパール語などさまざまな言語で591の本を刊行してきた、と書いてありますが、アメリカのフィランソロピーによってこれらの言語の出版文化が形作られることは、なにを意味しているのか、水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』の議論と照らし合わせて考えてみたいところ。また、私の元大学院生が、ベトナムとアメリカの国交正常化前後にアメリカ人(その多くはベトナム戦争を経験した元兵士)がベトナムで展開してきたさまざまな人道的チャリティ・プロジェクトの力学についての博士論文を書いたのですが(これは本当に指導のしがいがあったと思わせる素晴らしい博士論文に仕上がり、こういう学生が育つと教師をしていてよかったと心から思います)、Room to Readを彼女に分析させたら興味深いものが出てきそうな予感。


図書館ネタでもう一点、最新のニューヨーカーに、文芸評論家のジェームズ・ウッドによるShelf Lifeというエッセイ(残念ながらこれはお金を払った購読者でないと全文は読めないよ設定になっています)があります。著者の亡くなった義父が集めた莫大な数の本の処理について途方に暮れながら、人が本を買い集めるという行為の知的・情感的・物理的な意味を振り返っているエッセイなのですが、この文章がたいへん素晴らしい。フランス国籍でアルジェリアで育ちフルブライト奨学生として渡米して中東研究に従事したものの学問の道には進まずカナダに移住してビジネスマンとして生きた義父は、人柄的には親しみを感じさせる人物ではなく、存命中は著者は義父のことをコワいと思っていたけれど、死後彼の書庫に積み上げられた本を通じて彼の頭や心のなかに思いを馳せ、人にとっての本の意味を考える、というもの。著名な知識人でなくとも、この義父のようになんらかの体系にそって本を集めた人のコレクションは、全体があってこそ意味があるのであって、一冊一冊の本自体にはほとんど価値がない。けれど、今どき単なる個人の関心にそって集められた大量の古本をありがたく引き受けてくれるような図書館も古書店もめったにない。コレクションとしての価値を失い、所有者との関係が切り離されてしまえば、本というのは単なる重くやたらと場所をとる物品でしかなく、他のありとあらゆる遺品となんら変わらず、大量の本を残された家族も途方に暮れるばかり。そうは言うものの、本にはそれを読んで大切にとっていた所有者のいろいろな思いがこもっているし、その人の知的道程の地図でもあるしで、そう無下に扱うのも心が痛む。義父の本のコレクションを見ながら、生まれ育った故郷を遠く離れて人生の大半を過ごした義父の人生を振り返る、こんな文章が絶妙。


The acquisition of a book signaled not just the potential acquisition of knowledge but also something like the property rights to a piece of ground: the knowledge became a visitable place. His immediate surroundings, American or Canadian, were of no great interest to him; I never heard him speak with any excitement about Manhattan, for instance. But the Alhambra in 1492, or the Salonica he remembered from childhood (the great prewar center of Sephardic Jewry, where, he recalled, there were newspapers printed in Hebrew characters), or the Constantinople of the late Byzantine Empire, were . . . what? If I say they were "alive" for him (the usual cliche), then I make him sound more scholarly, and perhaps more imaginative, than he was. It would be closer to the truth to say that such places were facts for him, in a way that Manhattan and Toronto (and even Paris) were not.
     And yet these facts were largely incommunicable. He spent his time among businessman, not scholars. He rarely invited people to dinner, and could be emphatic and monologic. He tend to flourish his facts as querulous challenges rather than as invitations to conversation, though this wasn't perhaps his real intention. So there always seemed to be a quality of self-defense about the greedy rate at which he acquired books, as if he were putting on layers of clothing to protect against the drafts of exile.


しつこく水村美苗さんを引き合いに出しますが、『私小説―from left to right』『本格小説』に描かれている、十二歳で渡米し英語の日常のなかで生活しながら近代日本文学全集をひたすら読みあさることで自分の精神世界を築いていった水村さんを思い出させる文章でもあります。


私も職業柄、本がどんどん増えるいっぽうで、この先どうなるんだろうと思うことがよくあります。数年に一度は、もう必要ないことが確実で特に思い入れのない本を段ボールに十箱ほどずつ処分するのですが、それでも書棚スペースはほとんどなし。今はまだ、研究室と自宅を合わせてなんとかなっているものの、数年後にはなんとかならなくなるのが確実。うーむ、どうしよう。そのいっぽうで、私が子供時代に何十回と読み返した『あしながおじさん』と『若草物語』を実家から持ってこようと探したのにどうしても見つからなかったときの落胆(そういう本というのは、その箱や表紙や挿絵にも思い出が詰まっているので、新しくその本を買えばいいというものではない)を考えると、自分にとって大事な本はやはり大事にとっておかないととも思うし. . .

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