2011年11月16日水曜日

ベストセラー作家、「街の書店」経営に乗り出す

今日のニューヨーク・タイムズに、「流れに抗うべく小説家が書店をオープン」というタイトルの記事があったので、誰のことかと読んでみると、なんと現代アメリカ作家のなかで私がもっとも好きな小説家のひとりのAnn Patchettでした。アマゾンなどのオンライン書店や、Barnes & Nobleといったチェーン店、そして電子書籍の興隆に押されて、独立系のいわゆる「街の書店」がどんどん消え去っていくのはアメリカ全国でみられている現象。Ann Patchettの住んでいるテネシー州ナッシュビルもその例にもれず、最後の砦として頑張っていた独立系の書店が閉店を決めると、郊外にあるBarnes & Nobleとヴァンダービルト大学の書店(他の多くの大学でもそうですが、この大学書店も経営はBarnes & Noble)を除いては、古本屋や宗教などの専門書店以外には「街の本屋」がなくなってしまうという状況に。「私は商売にも興味がないし、本屋をオープンすることにも興味がないけれど、本屋がない街に住むことにもまったく興味がない」と言って、書店オープンのための企画を練ること半年。自分の小説のサイン会のために全国の書店をまわりながら、訪れる各店でリサーチを重ね、大手の書籍卸売業や出版社で経歴を積んでいる出版業のプロとパートナーシップを組み、私財もかなり投入して、開店にこぎつけるとのこと。書店業は先行き真っ暗かのようなニュースばかり入ってきますが、この記事によると、厳選された書籍を並べ本を知り尽くしているスタッフが個人的なサービスを提供してくれる小規模の独立系書店が、オンライン化の流れに逆らって成功している例は、いろいろなところで見られるそうですが、果たしてそのひとつとなれるのか。街にいい書店があるということは、コミュニティの文化にとってとても大事なことなので、ぜひとも頑張ってほしいです。でも、Ann Patchettのファンとしては、書店経営が忙しくて、執筆が滞ってしまうんじゃないかと、そちらもちょっと心配。


Ann Patchettは数多くの作品がありますが、日本語に訳されているのは『ベル・カント』だけのよう。もっと訳されていい作家だと思います。この『ベル・カント』は、ペルー日本大使館公邸占拠事件にヒントを得て、また作者の友人であるというオペラ歌手Renee Flemingをモデルにして(との噂ですが、本当かどうかは知りません)書かれた、とてもドラマチックで美しい小説。とくに最後の部分が素晴らしい。私はこの作品を読んですっかりAnn Patchettのファンになり、以来彼女の作品はすべて読んでいます。『ベル・カント』はオペラ化されるという話で、サンタフェ・オペラが某作曲家に作品を委嘱したという噂を何年も前に聞いて以来、実際にオペラが上演されるという話はさっぱり聞かないので、いったいどうなったのか知りませんが、私はこのオペラができたら(やはりRenee Flemingが主演するのでしょう)サンタフェでもどこでも飛んで行って観ようと思っています。


他にも数々の作品がありますが、『ベル・カント』と並んで私が好きなのが、『Truth & Beauty: A Friendship』。これは小説ではなく、彼女の親友であったLucy Grealyとの濃厚で複雑で美しい友情について振り返ったノンフィクション。ともにIowa Writers' Workshop(水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』の最初の部分に、世界各地の作家を招聘するアイオワの国際プログラムについてのとても面白い文章がありますが、これは同じアイオワ大学で作家を育成するための大学院レベルのプログラム)で修行を積んで以来、執筆の苦楽そして私生活でのさまざまな局面をともに経験しながら、それぞれの段階で友情が形を変えていく様子を振り返ったもの。Lucy Grealyは、たいへんな才能の持ち主であったと同時に、病気そして薬物依存に苦しみ事故破壊的な行動に走る人物でもあり、彼女の友人でいるのは喜びと苦しみの入り交じった難しいものであったことが明らか。そのなかで、見放すでもなく甘やかすでもなく、人間として相手と真摯に向き合い、友として相手の人生を見守った回想。ひたすら強く美しく苦しく、心うたれます。とりわけ私が気に入っている一節があり、それをここで引用しようと思って本棚を探したのですが、なぜか見つからない。大学の研究室のほうに置いてあるのかと思うので、後で見つかったら追記します。英語の文章は雄弁で美しくそんなに難しくないので、日本の読者にもぜひ読んでいただきたいです。

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