2011年11月30日水曜日

とにかく必読!アメリカにおける中東への「関心」の形成

こちらは今学期の授業もあと二週間となりました。以前にも書きましたが、今学期は私は、アメリカ研究の学説史を概観する大学院のゼミと、アメリカ女性史の学部の授業を教えています。昨日の大学院の授業でディスカッションしたのが、私が心の底から尊敬していて友人でもあるMelani McAlister『Epic Encounters: Culture, Media, And U.S. Interests In The Middle East Since 1945』。私は大学院の授業を教えるたび、つまりほぼ毎年、この本を課題の一冊としているのですが、その度に、あまりの素晴らしさに感動を覚えます。今回もあらためて感動したので、ここでも書かずにはいられません。


Melani McAlisterは、私が大学院生活を送ったブラウン大学の同じアメリカ研究学部の二年先輩。彼女が博士論文のプロポーザルの草稿をゼミのワークショップに提出したときに、私は「こんなに面白い研究ができるんだったら、私もこの分野で頑張ろう」と思ったのをよく覚えています。当時から彼女は、ゼミのディスカッションであれ講演での質疑応答であれ、彼女が口を開いてなにか質問や発言をするたびに周りの人の理解が深まるような、ずば抜けた頭脳の持ち主でした。大学院に入ったばかりの私には、彼女はまさに女神のような存在で、自分などはどんなに頑張っても足下にも及ばない、と思っていました。どんなに頑張っても足下にも及ばないのは二十年が経過した今でもそのままですが、人生とは不思議なもので、私が博士論文を書き始める頃から、共通の指導教授を含め数人でオリエンタリズムについての勉強会をしていたこともあり、なぜか彼女は私のことを対等の「仲間」と思うようになったらしく、お互いの原稿を読んでコメントをしあったり、お茶をしながらおしゃべりするような関係になり、そのこと自体が私にはまるで信じられない思いでした。


この本は、1945年以降のアメリカにおいて中東への「関心」がどのように形成されてきたかを、「十戒」や「ベン・ハー」などの映画や爆発的人気となったツタンカーメン王展、そしてイスラエルやイランについてのメディア報道などといった「文化テキスト」の分析を通じて論じているものですが、あらゆる次元でぞくぞくするくらい素晴らしい。アメリカ研究においては彼女が扱っているような「文化」の分析はごく普通のことですが、この本においては「文化」と外交を含む「政治」の相関関係についての理論的枠組がきわめて緻密であり、それぞれの「テキスト」の分析においてその関係が見事に示されている(単に「文化は政治や歴史を反映する」あるいは「文化は政治を操作する」といったものではない)。そして、アメリカにおける中東の「関心」(ここでは「関心」と訳していますが、彼女が使っているのはinterestという単語。つまり、文化的・宗教的・知的な「関心」と、地政学的・経済的・軍事的「利益」の両方の意味がこめられているわけです)と一口に言っても、その「アメリカ」を構成しているのは実に多様で、たとえばキリスト教原理主義者や、イスラムに改宗したアフリカ系アメリカ人、イスラエル国家にさまざまな思い入れをもつユダヤ系アメリカ人、中東をフェミニズムの闘争の場ととらえる女性活動家など、さまざまな立場や背景の人間たちが、それぞれの形で中東を自らのアイデンティティ形成の舞台としてきた。アメリカの中東についての言説が、「自己」と「他者」をもとにしたものであることは変わりないものの、その「自己」が決して西洋キリスト教徒の白人男性を基盤にしたものではなく、意識的に多様な存在であり、中東とのかかわりかたも必ずしも「自己」と「他者」を二項対立的に捉えるものではない、という点で、エドワード・サイードが理論化した、二十世紀前半までのいわゆる「オリエンタリズム」とは決定的な違いがある、という分析も精確に展開されています。


もとの原著は、なんと2001年のテロ事件とほぼ同時に刊行になり、原稿完成から出版まで気が遠くなるような長い時間がかかるアメリカの学術出版ゆえ、もちろん2001年の事件のことは議論に含まれていなかったものの、本の中身で展開されている分析は、テロ事件そのものそしてその後のアメリカにおける報道のありかたや政府やさまざまな人々の反応に、どきっとするほど当てはまるものでした。Village Voiceの「2001年に出版されたもっとも重要な本」の一冊にも選ばれ、学界内外にたいへん大きなインパクトを与えた本ですが、2005年に刊行された第二版には、2001年のテロ事件とその後の展開を象徴する五枚の写真の分析を通して、メディアや文化と政治の関係がさらに鋭く論じられています。


何度読んでも、「こんなに素晴らしい研究があるものか」と感嘆する一冊。どのページを開いてどの一文を読んでも、たくさんのことが学べる一冊。私はこの本を読んでいるだけで、「研究者になってよかった」を通り越して「生きててよかった」とすら思ってしまう一冊。アメリカ研究の分野では、刊行から十年にしてすでに古典の一部となっていますが、研究者以外の読者にも、ぜひとも読んでもらいたいです。文章は精緻にして実にエレガントであり、著者の理知と人間性が本のいたるところににじみ出ています。ブラボー!