2012年4月15日日曜日

同棲は幸せな結婚につながらない?

今日のニューヨーク・タイムズで「もっともメールされている記事」になっているのが、「結婚前の同棲の弊害」というタイトルの記事。臨床心理学者が、現代アメリカの結婚にかんするさまざまな研究とみずからの臨床経験をもとに、同棲と結婚の関係について考察したものなのですが、これ、なかなか興味深い。


アメリカでは20世紀後半から、性をめぐる道徳観の変化や避妊の普及、そして経済的要因などから、結婚前に同棲するカップルは急激に増え、現在では20代の未婚カップルの過半数が一度は同棲を経験し、結婚するカップルの過半数はすでに同棲をしている。2001年に行われた調査では、20代の人々の3分の2が、「結婚前に同棲することで、うまく生活を共にすることができるかどうかを試すことができ、結婚した後に別れることを防ぐことができる」と同棲を肯定的に捉えている、とのこと。しかし、こうした見方は、同棲と結婚の現実とは一致していない。結婚前に同棲をしていたカップルは、そうでないカップルと比べて、結婚への満足度が低く、離婚する率が高い、のだそうです。


これまでは、この現象は、同棲を選ぶカップルは結婚にかんする既成概念にとらわれていないぶん、離婚を決断するハードルも低いからだ、と理解されていました。が、同棲そのものがあまりに一般的になって、同棲という選択が宗教観や教育程度や政治観ととくに結びつけられない現在では、そうした説明は不十分。実際に同棲・結婚・離婚を経験した人たちを詳しく調査した最近の研究は、同棲そのものに問題がある場合が多い、との結論を出しているそうです。


まず、多くのカップルは、お互いの意思や動機や将来のビジョンを話し合ってはっきりとした合意やコミットメント(「コミットメント」については『性愛英語の基礎知識』をご参考に:))のもとに同棲を選択するのではなく、「デート」をしているうちに互いの家に泊まるようになり、その頻度が増え、ほとんど毎晩をどちらかの家で共に過ごすようになるにつれ、「だったら一緒に住んだほうが経済的だし」と、要は成り行きで同棲に至るというパターンをたどる。そしてしばしば、同棲がなにを意味しているかについて、男女それぞれで理解が違う場合が多い。意識的であれ無意識にであれ、女性は、同棲は結婚へのステップと考えることが多いのに対して、男性はふたりの関係の試験期間、あるいはコミットメントを先延ばしにする手段ととらえていることが多い。そうした理解の相違が、ふたりの関係への不満を生み、結婚に至った後でも「コミットメント」の低さにつながる、とのこと。


結婚よりも同棲のほうが解消しやすく、試しに一緒に暮らしてみてうまくいかなかったら別れることが可能、というのが常識となっているけれど、実際にはなかなかそうはいかない。恋人と一緒に暮らすのはやはり楽しい。ふたりで家具を選んだり、ペットを飼ったり、友達づきあいや日常の雑事を共にするのも楽しい。けれど、そうやってふたりの生活にかける「投資」が積み重なるほど、なかなか後には引けなくなり、ふたりの関係に不満や疑問が感じられても、それに正面切って向き合うことなく、成り行きで結婚してしまうケースが多い。同棲していなければとうに別れていただろうカップルが、同棲という状況から脱しにくいために、何年間も不毛な関係を続け、結婚そして離婚に至る、というケースがかなりあるのだそうです。


なるほど〜。私の友達にも、10年近く幸せな同棲生活を続けたあと、結婚したと思ったら1年で離婚することになってしまったというカップルがいます。この記事は、同棲そのものをいいとか悪いとか評価しているわけではなく、現代において同棲は急激に減ったりなくなったりはしえない現実としてある以上、同棲をするのならば、お互いの動機やコミットメントをきちんと話し合ってから、意識的な選択としてするのがよし、と提言しているわけですが、それには同感。『ドット・コム・ラヴァーズ』でも書いたように、私もボーイフレンドと同居生活をしていたことがあります。彼がいずれマンションを出て行ったのは、私たちが別れたからではなく、彼が遠いところに仕事で引っ越していったからですが(そしてその後しばらくして私たちは別れることになりましたが)、いったん同棲したらそれを解消するのは普通につきあっていて別れるよりもずっと大きな打撃になるので、ちょっとくらい不満や疑問があっても成り行きでそれを続けてしまう、というのは理解ができます。気をつけよっと。