今日はクライバーン・コンペティション予選の第二日め。前に言及したSoyeon Leeについては、ここ数年間の彼女の変遷(ジュリアードを卒業して、自分を守るもののない世界で音楽家として生計を立てていかなければならなくなった、大きな交通事故に遭って本当に死ぬかと思ったところを、傷ひとつないままに済んだ、廃棄物をリサイクルしてものを作る会社の起業家と結婚した、など)について語った詳しい記事が今日のフォートワースの新聞に載っています。彼女の演奏も素晴らしかったですが、その次に演奏したDi Wuがまたすごく、技術面と音楽性の両方において私は今までの出場者のなかでは一番だと思いました。
それもさることながら、今日一番の話題は、夜の部一番に演奏した、盲目の日本人、辻井伸行さんです。生まれたときから盲目だった辻井さんは、5歳でピアノを始め、7歳で盲学生音楽コンクールで優勝し、10歳から演奏活動を始め、2005年のショパンコンクールで批評家賞を受賞した、という人です。レイ・チャールズやスティーヴィ・ワンダーはいますが、クラシックの世界で盲目のピアニストがプロのレベルで活躍するということはまずないことで、盲目のピアニストがクライバーン・コンペティションに出場するのも史上初めてのことです。私は数日前に、辻井さんとお母さんのいつ子さんとお話する機会があり、彼らのホスト・ファミリーの家まで一緒に行ったりして、考えさせられることがとても多かったのですが、実際に演奏を聴くまでは、いったいこの盲目のピアニストというものをどう考えていいのかわからない、というのが正直なところでした。もちろん、盲目でこれだけのレベルでピアノを弾けるようになるというのは信じられないくらいすごいことですが、果たしてその演奏が本当に他のプロのピアニストと比べて音楽性が匹敵するものなのか、それとも盲目なのにここまで弾けるのはすごいということだけで注目を浴びているのか、なんだか曲芸をする動物のように見せ物になっているんだとしたら哀しいことだ、などと勝手に考えていたのですが、今日の演奏を聴いてそんな思いはみじんも消えてしまいました。彼の演目の最初はショパンのエチュードOp.10全12曲と、かなり勇気のある選曲だったのですが、ハ長調の1番が始まって数小節で、私はぽろぽろ涙が出てきてしまいました。私の前に座っていたホストマザーのキャロルさんも、周りの人も、涙をふいている人がたくさんいました。もちろん、最初は、「盲目の人がこんな演奏ができるなんて信じられない」という驚異の思いでいっぱいなのですが、一、二分もたつと彼が盲目であるということはすっかり忘れてしまうのです。彼の子供のような純真な人柄に合った、実にまっすぐできれいな解釈でありながら、音楽的にも洗練されていて、盲目だとかなんとかいうことと関係なく感動させる音楽で、それと同時に、やはり音楽というのは、作曲家と演奏家と聴衆の関係のなかで経験されるものですから、この彼がこれをこのように弾いている、という思いが聴衆の感動を強めるのもその通りです。エチュード12曲終わった段階で、聴衆の拍手は鳴り止まず、残りのあと二曲を弾き始めようと彼が椅子に座ってもずっと拍手が続くので、彼はまた立っておじぎをする、という様子でした。ドビュッシーのイマージュとリストのラ・カンパネラを弾き終えると、聴衆は総立ちでブラボーの連続。このように素直に感動と尊敬と感謝を表現するのは、アメリカの聴衆のいいところだと思います。(去年、私が日本で友達のピアノリサイタルに行ったとき、私が拍手のときに立ち、隣に座っていた知り合いの男性も続いて立ったのですが、あとから聞いてみると立ったのは何百人もの聴衆のなかで私たちふたりだけだったとか。日本ではコンサートで聴衆が「すばらしい!」という意を示すために立って拍手するという慣習がないのでしょうか。でも、そのピアニストはニューヨーク在住で、きていた聴衆にもアメリカやヨーロッパに住んでいたことのある人も多かったはずなのになあ。)
辻井さんが予選を通って次の段階に進むかどうかはわかりません。29人の出演者はみなとてつもない腕の持ち主で、今のところあきらかに失敗したという人はひとりもいないし、辻井さんの演奏は他の出演者とくらべて劣る点はなくても、とくに突出して素晴らしいかというとそう断定もできないと思います。でも、コンペティションというイベントが独特の興奮をもたらすのは、競争というものが当然もたらす緊張感もさることながら、十年二十年と特訓を重ねてきた若者たちの人生をかけた演奏を目撃し、若い才能を世界の舞台に出す瞬間に居合わせる、という経験を聴衆が共有するからだと思います。そうした意味で、辻井さんの演奏を今日聴くことができた聴衆は、そのぶん人生をゆたかにしてもらったと皆が思っていると思います。そうした思いを音楽を通じて人に与えられたら、コンペティションの結果なんていうのは、どうでもいいものではないでしょうか。
ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2009年5月23日土曜日
2009年5月22日金曜日
クライバーン・コンペティション第一日
いよいよ今日からクライバーン・コンペティションの本番です。予選の5日間は、毎日午後1時からと7:30から、一人50分のリサイタルが三人続けて行われます。つまり、我々は、一日6人の演奏を聴くわけです。これは、聴くほうにとっても相当大変だということが、一日めにしてわかりました。このコンペティションに出るくらいの人たちの演奏はどれも間違いなく素晴らしいのですが、いくら素晴らしくても6時間はかなりキツい。しかも、この選曲は自由とはいっても、コンペティションで演奏されるような曲はやはりショパンとかリストとかの、技巧を披露できるような、いわゆる速くて大きな曲が多いので、聴いていて正直なところだんだん疲れてくるのです。「もうわかったよ」という気分になってくるのです。それでも、やはり6人続けて聴くと、それぞれの個性や音楽性というのもわかって面白いです。
演奏の順番は先日のディナーでの抽選で決まったのですが、不思議なことに、全員の半分以上はアジア人であるにもかかわらず、今日はアジア人がひとりも演奏せず、アメリカ人男性が3人まとまって演奏しました。あとは、ウクライナの女性と、イスラエル男性、ロシア出身ロンドン在住の男性。抽選で一番をひいたNatacha Kudriskayaというウクライナの女性は、背が高くとても痩せていて、腕や指も長く、ショートヘアで、挑んでくるような迫力のある風貌と表情をしています。そして、こうしたコンペティションでは前代未聞なのではないかと思いますが、黒いシャツにぶかぶかの茶色のズボンにスニーカーといういでたちで舞台に現れました。この挑戦的な態度からして、どんな迫力のある演奏をするのかと思っていましたが、実際に演奏を聴いてみると、たしかに迫力はとてもあるのですが、それは溢れ出る情熱と気迫とかというよりは、むしろ高度にコントロールされた音色でできた演奏で、かなりびっくりしました。ピアニッシモがすごい。
そのあと続いた4人の男性の演奏は、それぞれ皆とても男性的というか、大きくて速くて聴衆をワッと言わせるような演奏(実際、これらのリサイタルの後では聴衆の多くが立ち上がって拍手をしていました)でしたが、正直言ってそんなに感動するような演奏でもないなあと私は思いました。私が今日一番感動したのは、今日の最後に演奏した、Eduard Kunzというロンドン在住ロシア人の男性の演奏。思わず抱きしめてしまいたいくらいキュートでチャーミングなルックスなのですが、その若い姿に不釣り合いなくらいの情感にあふれた演奏でした。なにしろバンバンと鳴らすような演奏が続いた後だったので、ピアニッシモで祈りながら歌うようなスカルラッティのソナタに始まってハイドン、私がこのあいだミニ・リサイタルで弾いたバッハ=ブゾーニのシャコンヌ、バッハ=シロティのプレリュード、どれも涙を誘うような演奏でした。シャコンヌは、やはり自分が勉強しただけに、聴いていて細かい箇所までいろいろと気がつきます。これはコンペティション向けの曲なので、他の何人かの出場者のプログラムにも入っていて、私にはとても勉強になりそうです。というわけで、私の採点では、Eduard Kunzに一票。コンペティションの演奏や出場者のプロフィールはすべてネットで、生でもアーカイブでも見られますので、ぜひちょっと見てみてください。
午前中は、今回最年少の出場者(あと数週間で19歳になる)、上海出身で現在フィラデルフィアのカーティス音楽院で勉強中の、Haochen Zhangという青年を、ホストファミリーの家でインタビューしました。若いのに(というといかにもおばんくさいですが)とても思慮深くものを考えていて、いろいろと思うところを語ってくれました。また他の出場者のインタビューもしてからゆっくり書きますが、ひとつ興味深いと思ったのは、今の若い中国人のピアニストたちにとって、Yundi LiそしてLang Lang(ともに『Musicians from a Different Shore』
を参照してください)の存在はかなり大きいのだなあということ。この二人は、演奏のスタイルも、成功への道もまるで違うし、音楽家としてどちらかをモデルにしようとも思わないが、いろいろな意味で象徴的な存在ではある、とHaochenは言っていました。彼の演奏は月曜日です。楽しみ楽しみ。明日は、同じく『Musicians from a Different Shore』にかなり詳しく出てくる、Soyeon Leeが一番に演奏します。


演奏の順番は先日のディナーでの抽選で決まったのですが、不思議なことに、全員の半分以上はアジア人であるにもかかわらず、今日はアジア人がひとりも演奏せず、アメリカ人男性が3人まとまって演奏しました。あとは、ウクライナの女性と、イスラエル男性、ロシア出身ロンドン在住の男性。抽選で一番をひいたNatacha Kudriskayaというウクライナの女性は、背が高くとても痩せていて、腕や指も長く、ショートヘアで、挑んでくるような迫力のある風貌と表情をしています。そして、こうしたコンペティションでは前代未聞なのではないかと思いますが、黒いシャツにぶかぶかの茶色のズボンにスニーカーといういでたちで舞台に現れました。この挑戦的な態度からして、どんな迫力のある演奏をするのかと思っていましたが、実際に演奏を聴いてみると、たしかに迫力はとてもあるのですが、それは溢れ出る情熱と気迫とかというよりは、むしろ高度にコントロールされた音色でできた演奏で、かなりびっくりしました。ピアニッシモがすごい。
そのあと続いた4人の男性の演奏は、それぞれ皆とても男性的というか、大きくて速くて聴衆をワッと言わせるような演奏(実際、これらのリサイタルの後では聴衆の多くが立ち上がって拍手をしていました)でしたが、正直言ってそんなに感動するような演奏でもないなあと私は思いました。私が今日一番感動したのは、今日の最後に演奏した、Eduard Kunzというロンドン在住ロシア人の男性の演奏。思わず抱きしめてしまいたいくらいキュートでチャーミングなルックスなのですが、その若い姿に不釣り合いなくらいの情感にあふれた演奏でした。なにしろバンバンと鳴らすような演奏が続いた後だったので、ピアニッシモで祈りながら歌うようなスカルラッティのソナタに始まってハイドン、私がこのあいだミニ・リサイタルで弾いたバッハ=ブゾーニのシャコンヌ、バッハ=シロティのプレリュード、どれも涙を誘うような演奏でした。シャコンヌは、やはり自分が勉強しただけに、聴いていて細かい箇所までいろいろと気がつきます。これはコンペティション向けの曲なので、他の何人かの出場者のプログラムにも入っていて、私にはとても勉強になりそうです。というわけで、私の採点では、Eduard Kunzに一票。コンペティションの演奏や出場者のプロフィールはすべてネットで、生でもアーカイブでも見られますので、ぜひちょっと見てみてください。
午前中は、今回最年少の出場者(あと数週間で19歳になる)、上海出身で現在フィラデルフィアのカーティス音楽院で勉強中の、Haochen Zhangという青年を、ホストファミリーの家でインタビューしました。若いのに(というといかにもおばんくさいですが)とても思慮深くものを考えていて、いろいろと思うところを語ってくれました。また他の出場者のインタビューもしてからゆっくり書きますが、ひとつ興味深いと思ったのは、今の若い中国人のピアニストたちにとって、Yundi LiそしてLang Lang(ともに『Musicians from a Different Shore』
2009年5月21日木曜日
フォート・ワース通信
前回の投稿で説明した通り、ヴァン・クライバーン・国際ピアノコンペティション見学のために、テキサス州フォート・ワース市に来ています。実際のコンペティションが始まるのは明日からなのですが、一昨日はクライバーン財団のスタッフをインタビューし、昨晩はオープニング・ディナー兼出場者が予選の演奏の順番を決めるための抽選会に出ました。まだコンペティションが始まってすらいないのに、見るもの聞くもの実に感心すること、考えさせられることばかりで、刺激たっぷりの時間を過ごしています。
なにから書いていいかわからないくらい発見が多いのですが、ヴァン・クライバーン・コンペティションそのものに関してとにかく驚くのが、このイベントが単にクラシック音楽の世界にとって大きな意味をもっているというだけでなく、フォート・ワース市のコミュニティ全体をあげての大イベントであり、音楽とまるで関係のないフォート・ワースの市民にとってもこのイベントが街の大きな誇りとなっているということです。クライバーン財団の人の話には必ず、このコンペティションを支えている1200人のボランティアが話題にのぼるのですが、どうもそれらのボランティアの多くは、特にクラシック音楽のファンというわけではなく、単に(というのも表現が変かもしれませんが)コミュニティ・ライフに参加・貢献したいという意思でこのイベントに関わっているらしいのです。コンペティションの期間中クライバーン財団の臨時のオフィスとなっている、バス(このホール建設のための資金を提供した地元の資産家バス家の名をとっている)・パフォーマンス・ホールの地下の楽屋には、実に大勢の人たちがてきぱきと仕事をしていて、主婦のおばさんたちが趣味でボランティアをしているといった雰囲気とはまるで違う、プロフェッショナルな空気が漂っています。前にも言及したRichard Rodzinskiというクライバーン財団の財団長と、Alann Sampsonという同財団の理事長にひとまずインタビューをしましたが、なるほどこういう国際的な大イベントを運営し盛り上げていくためには、こういうタイプの人材が必要なんだな、と実感しました。説明すればきりがないですが、要は、単なるセンセーショナリズムや商業主義に走らないための芸術そのものについての深い理解と感性、大きなことを成し遂げるための資金力、そうした資金力をもっている人たちを動かせるだけの人脈とカリスマと人当たりのよさ、また、出会う人それぞれの特性を即座につかんで自分の味方につける判断力と性格、そうした性質をすべて備えた人がリーダーとなっているのです。これらの人たちはこの世界では相当な大物であるにもかかわらず、偉ぶった様子がまるでなく、太平洋の島からやってきたどこの馬の骨ともわからない私のような人間にも、実に寛大に時間を労力を費やしてサービスしてくれるのです。私ははじめ、なんだって私なんかにそんなに親切にしてくれるのか、まるでわからなかったのですが、二日間クライバーン財団の様子を観察していて、少しずつわかってきたことは、私のように、音楽のことも多少はわかって、このコンペティションの意義も理解して、専門的な知識も少しはあって、関連するトピックで本を書いたこともあり、かつクライバーン財団と直接関わりのある立場にない人間が、このコンペティションを研究素材としてわざわざ見学に来ているというのは、クライバーン財団にとってもPRになるのでしょう。そのおかげ(?)で、私はひとりでふらりとやって来たのでは絶対に経験できなかったようなことを既にいろいろ経験しています。
その経験の多くは、私がジャーナリズムの人間のひとりとして扱われ、「Press」バッジをもらって、さまざまなイベントへの参加や、財団のオフィスへの出入りを許されていることによります。このおかげで、私はオープニングの記者会見にも参加し、そこで知り合いになった地元の新聞記者にくっついてコンペティション出場者のひとりがホームステイしている家庭にお邪魔したりしています。私は今まで、メディアの表象を研究対象として分析したことはあっても、自分自身がメディアの側にたったことがなかったので、新聞記者さんたちとたむろして彼らの取材のしかたを観察するのは実に興味深いです。(私は大学四年生のとき、新聞記者になるつもりで朝日新聞に内定までもらった挙句ドタキャンして大学院に行ったという経緯があるので、あのとき予定通り新聞記者になっていたらこんな風だったのかなあ、と考えると不思議な気分です。)学者は、リサーチで集めた素材を、何ヶ月どころか何年間もかけて分析し熟考しああでもないこうでもないといじくった挙句に文章にするのに対し、新聞記者は、今日集めた素材を今晩文章にして明日の新聞に載せなければいけないわけですから、当然執筆のペースがまるで違うのに加えて、取材や思考のしかたもかなり私のような人間とは違うのだということが感じられます。また、取材をする記者たちは、必ずしも音楽についての知識がある人たちではないし、その場で手に入れた情報を位置づけるより大きな文脈がないまま文章にしたりするので、私から見ればなんとも乱暴だと思うこともありますが、そのいっぽうで、具体的な事実や、人の注意をひくようなキャッチフレーズのつかみかたなどには、感心もします。そうこうしているあいだに、今回のコンペティションで最多の出場者を出している中国の出身のピアニストについての取材をしているAPの記者に、私は関連トピックについて本を書いた人間として取材をされるはめにもなりました。なんとも不思議な気分です。
昨晩のディナーは、black tie、すなわち、男性はタキシード、女性はイヴニング・ドレス着用のイベントだったので、そんなものを持っていない私はわざわざこのディナーのためにドレスを購入したくらいで(せっかく買ったので自分のミニ・リサイタルのときにも着ました)、なにしろ私はこのディナーに出なければいけないのが頭痛のタネだったのですが、行ってみればみたで、知ることはとても多かったし、それなりに楽しくもありました。見たところ参加者は約500人、大宴会場ではフォート・ワース・シンフォニーの音楽家たちによる室内楽の生演奏があるといった、実に豪勢な雰囲気で、要はフォート・ワースのハイ・ソサイエティの社交場のひとつであることが明らかでした。普段学者や音楽家などつましい生活をしている人間とばかり接している私には、そんなお金持ちたちと会話をするというだけでも困ってしまうのですが、それに加えて、なにしろアメリカのこうしたイベントに、配偶者や「デート」なしでひとりで参加するのはかなり勇気のいることなのです。でも、指定された席に着くと、同じテーブルの人たちと仲良くなって、明日はそこのお宅にお邪魔することになりました。こうしたおおらかなホスピタリティはテキサス的なような気がします。
クライバーン・コンペティションならではの特徴のひとつが、出場者は全員、地元のホスト・ファミリーの家に宿泊することが義務づけられている、ということで、これについては私はいろいろと考えることがあるのですが、それについてはまた後ほど報告します。
今朝は、フォート・ワース市観光局の局長をインタビューしました。フォート・ワース市の歴史や文化についても、知ると面白いことがたくさんあります。自称「カウボーイと文化の都市」のフォート・ワースは、クライバーン・コンペティションの他にも、一流の芸術関連の施設やイベントが驚くほど多いのです。今日の午後は、ダウンタウンから車ですぐのところにある、安藤忠雄設計のフォート・ワース近代美術館に行ってきました。
といったわけで、見るもの聞くもの実に興味深いことだらけ。明日はいよいよコンペティション開始です。出場者のプロフィールや演奏についての感想についても、また報告します。カメラの調子が悪くぶれた写真になってしまいましたが、昨日のディナーのときにヴァン・クライバーン氏本人と写真を撮ることができたので、他の関連写真と一緒に「証拠」として掲載しておきます。
2009年5月15日金曜日
ヴァン・クライバーン・ピアノ・コンペティション
ハワイ大学は今週が学年末の試験週間です。昨日、アメリカ女性史の試験があったので、私は今日と明日で急いで採点を終えて、日曜日にはテキサスに出発します。前にもちょっと言及したと思いますが、ヴァン・クライバーン・国際ピアノコンペティションを見学に行くのです。
クラシック音楽ファンなら誰でも知っていることですが、このコンペティションは、世界でももっとも権威あるピアノコンクールのひとつです。冷戦さなかの1958年に、テキサス出身の青年ヴァン・クライバーンが、モスクワでの第一回チャイコフスキー・コンクールで優勝したときには、音楽や芸術の世界を超えてものすごいセンセーションとなり、クライバーンがアメリカに帰国したときにはニューヨークで凱旋パレードまで行われました。軍人やスポーツ選手ならともかく、クラシックの音楽家がアメリカでこんな扱いを受けるなんてことは、後にも先にもないことです。私は3月にニューヨークに行ったときに、少しこのときのことをリサーチしたのですが、調べれば調べるほど、それがいかに大事件であったか、認識を強くしました。ひょろひょろと背が高くシャイでなんとなくぎこちないクライバーンの様子と、彼が巻き起こした世界的なセンセーションのミスマッチが、リンドバーグを喚起します。
そのクライバーンにちなんで1962年に始まったこのコンペティションは、四年に一度開催され、チャイコフスキー、ショパン、ブザンソンなどと並んで世界的にもっとも権威のあるコンクールのひとつとなっています。世界中から500人以上のピアニストが応募し、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、アジアのいくつもの都市でのオーディションを経て、30人ほどの参加者が選ばれるので、フォート・ワースの舞台に立つだけでも大変なことです。近年はとくにアジア出身の参加者が多く、今回はなんと30人の参加者のうち16人がアジア人です。私はMusicians from a Different Shore
でヴァン・クライバーン・コンペティションについて言及しているものの、実際にこのコンペティションを見に行ったことがないので、今回実際に現地に行ってみることにしました。アジア人とクラシック音楽というトピックそのものについてはこれ以上研究を続けようとは思いませんが、芸術とコミュニティの関係や文化政策といったテーマに興味があるので、そのケース・スタディのひとつとして、このコンペティションを検討してみたいと思っています。クラシック音楽の世界についてももちろんそうですが、フォート・ワース市にとってヴァン・クライバーン・コンペティションはたいへんな一大事で、市の行政や企業スポンサーが多額の資金を投入するのはもちろんのこと、1200人もの一般市民がボランティアとして軍隊さながらの規律で動き、このイベントのスムーズな運営を支えています。クライバーン財団長のRichard Rodzinskiという人が私の仕事にとても興味をもってくださっているおかげで、私は参加者のピアニストや審査員だけでなく、市長や市の観光局、地元新聞社の編集長や、企業スポンサーなど、各方面の関係者にインタビューができる予定です。ツーリストとしてちらっと見学に行くつもりが、なんだかだんだんとおおごとになってきて自分でもびっくりしていますが、こんなに段取りよくいろいろな人とコンタクトがとれるというのは、研究者としては天国のようなので、とてもありがたいです。
この準備として、過去のクライバーン・コンペティションについてのドキュメンタリー映画
(このドキュメンタリー映画がまたこのコンペティションの特色のひとつでもあります)をここ二日間でたて続けに見ました。これがまたとても面白い。参加者の人間ドラマももちろん、このコンペティションのいろいろな意味での意義も伝わってくるし、ドキュメンタリーの作りかたとしても興味深いです。また、今回は、コンペティションの様子がネットでも流されます。私は、コンペティションの最中はずっと、A列に座っていますので、観客にカメラが向いたら私の姿がちらっと見えるかも知れません。よかったらどうぞ。
その前に私は採点を終えなければいけないので、ひとまずは答案の山に向かいます。
クラシック音楽ファンなら誰でも知っていることですが、このコンペティションは、世界でももっとも権威あるピアノコンクールのひとつです。冷戦さなかの1958年に、テキサス出身の青年ヴァン・クライバーンが、モスクワでの第一回チャイコフスキー・コンクールで優勝したときには、音楽や芸術の世界を超えてものすごいセンセーションとなり、クライバーンがアメリカに帰国したときにはニューヨークで凱旋パレードまで行われました。軍人やスポーツ選手ならともかく、クラシックの音楽家がアメリカでこんな扱いを受けるなんてことは、後にも先にもないことです。私は3月にニューヨークに行ったときに、少しこのときのことをリサーチしたのですが、調べれば調べるほど、それがいかに大事件であったか、認識を強くしました。ひょろひょろと背が高くシャイでなんとなくぎこちないクライバーンの様子と、彼が巻き起こした世界的なセンセーションのミスマッチが、リンドバーグを喚起します。
そのクライバーンにちなんで1962年に始まったこのコンペティションは、四年に一度開催され、チャイコフスキー、ショパン、ブザンソンなどと並んで世界的にもっとも権威のあるコンクールのひとつとなっています。世界中から500人以上のピアニストが応募し、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、アジアのいくつもの都市でのオーディションを経て、30人ほどの参加者が選ばれるので、フォート・ワースの舞台に立つだけでも大変なことです。近年はとくにアジア出身の参加者が多く、今回はなんと30人の参加者のうち16人がアジア人です。私はMusicians from a Different Shore
この準備として、過去のクライバーン・コンペティションについてのドキュメンタリー映画
その前に私は採点を終えなければいけないので、ひとまずは答案の山に向かいます。
2009年5月12日火曜日
ミニ・リサイタル

最近ブログの投稿が少なかったのは、先日10日のピアノのミニ・リサイタルに向けて、せっせと練習に励んでいたからです。私はここ数年のあいだに何回か、同じようなミニ・リサイタルをしたことがあるのですが、そのときは友達を十数人集めて自宅の電子ピアノで演奏するという文字通りのホームコンサートだったのに対し、今回はちょっと本格的に、音楽家組合の建物のなかにあるホールを借りて、ちゃんとしたコンサートグランドでの演奏でした。誰にやれと言われたわけでもないのにわざわざこういうものを企画するのは、こうした具体的な目標がないとなかなか体系的に練習をしないからで、自分の腕と精神を磨くためですが、今回こんな大げさな設定にしたのは、ここ一年間練習を積んできた曲(以前の投稿でも言及した、バッハ=ブゾーニのシャコンヌ)が、ちゃんとグランドピアノで弾いてあげないといけないような曲だからです。学期末で仕事が忙しいさなかにこんなものを企画してしまったので準備のストレスにも輪がかかって、当日にいたるまでの一週間ほどは、眠っているときも夢に曲の一節が繰り返し出てきたり、演奏で大失敗をして曲の途中でぱったりと手が止まってしまう悪夢をみたりという始末でした。それでも、リサイタルといっても、演奏自体は30分強のあくまで「ミニ」リサイタルなので、とにかく来てくれた人たちに楽しんでもらおうと、演奏の前にはワインとおつまみのパーティ、プログラムの最中は、曲と曲のあいだに私のまったくの独断の曲の解説やなぜこの曲が私にとって意味を持つかといったおしゃべりをたくさん入れて、普通の「リサイタル」とはずいぶん違う雰囲気のイベントにしました。プロの演奏会ならともかく、私のような人間のミニ・リサイタルでは、とにかく音楽を通じて友達と普段とは違う意味のある時間を共有するということが第一目的なので、こうした形式はとてもよかったと思っています。予想以上にたくさんの人たちが来てくれて、しかもそのうち三分の一くらいは、ホノルル・シンフォニーのメンバーやプロのピアニストなどの本物の音楽家だったので、おおいにビビりました(自分から招待しておいてビビるのも変ですが、アマチュアのミニ・リサイタルにわざわざ来てくれるというその優しさに心打たれます。三ヶ月もお給料なしで働いているホノルル・シンフォニーのために最近私がせっせと寄付金集めに励んでいるので、感謝の気持ちもあって来てくれたのかも知れません)。演奏自体は、自分の実力のまあ75%くらいというところでしたが、人前での演奏という状況は、普段の練習やレッスンとはまったく違ったもので、学ぶことがとても多かったです。とにもかくにも、来てくれた人たちがそれなりに楽しんでくれたようなので、やってよかったとひとまず満足。また、苦労したシャコンヌについて、みんなが「あの曲はものすごいパワーだった!」と言ってくれたので、一安心。やれやれです。今週は学年末の週で、試験の採点だのなんだのいろいろあるので、再び仕事に集中します。
2009年5月2日土曜日
天才の作りかた
行方不明になっているCraig Arnold氏についての情報をあちこちで発信してくださっているかた、ありがとうございます。まだ発見されていませんが、本人がインターネットに接続したという情報も断片的にあります。iPhoneを持っているということですから、おそらくその電波が届く地域に入ったということなのでしょう。無事が確認されるまで捜査が続けられるように、なにか情報のあるかたは、どうぞご協力お願いします。
さて、現在ニューヨーク・タイムズのオンライン読者によって一番メールされている記事というのが、「天才」に関する論説です。(このように、内容があまり文化社会的に特定化されていなくて、長さも比較的短い論説は、英語の勉強にもいいですので、どうぞ読んでみてください。)現代の研究によると、いわゆる「天才」というのは、天賦の才とかIQとかによって作られるものではなく、むしろ「慎重でかつ精力的で、おおむね退屈な練習」を長時間にわたって続ける能力によるものだ、ということです。この「慎重でかつ精力的(deliberate and strenuous)」というところがミソ。私は来週末にちょっとしたピアノのリサイタルをするので、最近とくにせっせと練習に励んでいて、また、楽器演奏の練習法とか教授法とかにも結構興味をもっているのですが、こうした練習というのは、ただやみくもに時間をかければいいというものではありません。4時間も5時間も(プロの人はもっとやりますが)ひたすら鍵盤をたたいていれば上手くなるかというと、決してそうではなく、我流の方法でひたすら弾いていると、間違った弾き方を身体や頭が覚え込んでしまってかえって逆効果、ということもよくあります。トップのプロのレベルになれば才能云々という要素もあるでしょうが、そこに到達するまでには、音楽の演奏というのは何百何千というきわめて具体的な技術の総計によって成り立っているものです。「音楽性」とか「解釈」とかいったいわゆる「主観的」なものも、実際に音となって奏でられるときには、信じられないほど細かい技術的なことの集まりによって実現されているものです。(ピアノに関して言えば、たとえば、ある音を弾くのに、指のどの部分を使うとか、その指をどのくらいの高さからどのくらいのスピードで鍵盤に降ろすとか、ある音と次の音のあいだにはどのくらいの間隔(それも十分の一秒くらいの単位で)をおくとか、指と手首と肘と肩の相対的な位置をどうするとか、そういったこと。)そうした技術を身につけるためには、適切な方法で集中した練習を積まなければだめなのです。そしてその「適切な方法」というのは、素人にはわからないので、きちんとした指導を受けることが必要です。私は最近、普段からレッスンをしてもらっているピアノの先生と、仲良しのクラリネット奏者に、ピアノの練習を見てもらっています。どうしてクラリネット奏者がピアノを教えられるのかと思う人もいるでしょうが、もちろんピアノという楽器に特有な技術に関してはピアノの先生に教わりますが、練習のしかたとか、曲の理解とか、ある効果を達成するための技術とかいったものは、楽器に共通なものがとても多いのです。こうしてピアノを教わっていると、ピアノの演奏そのもの以外にもとても学ぶことが多く、教師としてもとても勉強になります。
要は、「若いときから役割モデルになるような存在と接して刺激を受ける、正しい練習法を学ぶ、そしてせっせと練習する」ことが大事。というわけで、私はこれからピアノの練習をします。
さて、現在ニューヨーク・タイムズのオンライン読者によって一番メールされている記事というのが、「天才」に関する論説です。(このように、内容があまり文化社会的に特定化されていなくて、長さも比較的短い論説は、英語の勉強にもいいですので、どうぞ読んでみてください。)現代の研究によると、いわゆる「天才」というのは、天賦の才とかIQとかによって作られるものではなく、むしろ「慎重でかつ精力的で、おおむね退屈な練習」を長時間にわたって続ける能力によるものだ、ということです。この「慎重でかつ精力的(deliberate and strenuous)」というところがミソ。私は来週末にちょっとしたピアノのリサイタルをするので、最近とくにせっせと練習に励んでいて、また、楽器演奏の練習法とか教授法とかにも結構興味をもっているのですが、こうした練習というのは、ただやみくもに時間をかければいいというものではありません。4時間も5時間も(プロの人はもっとやりますが)ひたすら鍵盤をたたいていれば上手くなるかというと、決してそうではなく、我流の方法でひたすら弾いていると、間違った弾き方を身体や頭が覚え込んでしまってかえって逆効果、ということもよくあります。トップのプロのレベルになれば才能云々という要素もあるでしょうが、そこに到達するまでには、音楽の演奏というのは何百何千というきわめて具体的な技術の総計によって成り立っているものです。「音楽性」とか「解釈」とかいったいわゆる「主観的」なものも、実際に音となって奏でられるときには、信じられないほど細かい技術的なことの集まりによって実現されているものです。(ピアノに関して言えば、たとえば、ある音を弾くのに、指のどの部分を使うとか、その指をどのくらいの高さからどのくらいのスピードで鍵盤に降ろすとか、ある音と次の音のあいだにはどのくらいの間隔(それも十分の一秒くらいの単位で)をおくとか、指と手首と肘と肩の相対的な位置をどうするとか、そういったこと。)そうした技術を身につけるためには、適切な方法で集中した練習を積まなければだめなのです。そしてその「適切な方法」というのは、素人にはわからないので、きちんとした指導を受けることが必要です。私は最近、普段からレッスンをしてもらっているピアノの先生と、仲良しのクラリネット奏者に、ピアノの練習を見てもらっています。どうしてクラリネット奏者がピアノを教えられるのかと思う人もいるでしょうが、もちろんピアノという楽器に特有な技術に関してはピアノの先生に教わりますが、練習のしかたとか、曲の理解とか、ある効果を達成するための技術とかいったものは、楽器に共通なものがとても多いのです。こうしてピアノを教わっていると、ピアノの演奏そのもの以外にもとても学ぶことが多く、教師としてもとても勉強になります。
要は、「若いときから役割モデルになるような存在と接して刺激を受ける、正しい練習法を学ぶ、そしてせっせと練習する」ことが大事。というわけで、私はこれからピアノの練習をします。
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