2013年1月25日金曜日

安倍フェローシップ・リトリート

先週末、ニューヨーク近郊のタリータウンという町で開催された、安倍フェローシップのリトリートに参加し、その後2日間マンハッタンで過ごしてから一昨日ハワイに戻ってきました。ニューヨークは私がいるあいだに最低でマイナス10度という寒さで、ハワイの天候に身体が慣れている私にはたいへんキビしいものがありました。

さて、このリトリート(日本語でいえばまあ「合宿」です)、予想以上に有意義で楽しかったので紹介しておきます。まず、安倍フェローシップとは、アメリカの社会科学評議会(Social Science Research Council)と日本の国際交流基金日米センター(The Japan Foundation Center for Global Partnership)が共同運営している研究助成プログラムで、「現代の地球的な政策課題で、国際的な調査研究の増進を目的」としているものです。研究者のための奨学金と、ジャーナリストのための短期研究取材の助成があります。私は、研究奨学金をいただいて、2010〜2011年度のサバティカルに合わせて、半年間をハワイおよびアメリカ本土で、残りの半年を東京で研究調査をして過ごしました。芸術文化をめぐる政治経済、とくに文化政策および芸術支援のメカニズムをめぐる日米比較、というのが私の研究プロジェクトです。ちょうど調査の最中に東日本大震災があり、あらゆる状況が変わってしまったので、当初の調査予定は大幅に変更することになりましたが、この奨学金のおかげでふだん大学の仕事をしなければできない、いろいろな形のデータ収集をすることができました。こういうフェローシップは、とくに研究資金が世の中にあまり存在しない文系の研究者にとっては本当にありがたいものです。

基本的にこのフェローシップは個人の研究者のための奨学金なのですが、受給の条件として、フェローシップをもらっている年またはその後数年以内に、このリトリートに参加する、というものがあります。3日間にわたって、研究者とジャーナリスト合わせて十数人のフェローが合宿をし、それぞれの研究プロジェクトについて議論する、というもの。たいへん優雅でありながら、歩いては簡単に外に遊びには行けないような環境(なにしろ今回の開催地は寒いし、ちょっと人里離れたリゾートのようなところ)で缶詰にされるので、嫌でも他のフェローたちと交流をしなければいけないようになっているのです。

このリトリートが有意義だったことの理由の第一はまず、他分野の人たちとの議論と交流。このフェローシップは基本的に社会科学を中心にしたものなので、私はディシプリン的にはかなりアウトサイダーで、果して他分野の人たちと話がかみ合うかどうか、私がやろうとしていることを他の人たちがじゅうぶんに理解してくれるかどうか、他の人たちのプロジェクトに自分が意味のあるコメントをできるかどうか、けっこう不安でいっぱいだったのですが、この他分野交流、たいへん面白かったです。私がコメントを担当したのは、人口統計学の専門家と、物理学や建築学の専門家のプロジェクト。逆に私のプロジェクトについてコメントをしたのは、virtual water(この概念も私は今回初めて知りました)と食糧輸出入を専門とする政治学者と、コミュニケーション学の専門家。というふうに、本当に学際的な会話で、ふだん自分が属している「アメリカ研究」が「学際的」だと思っていた私には、自分がふだんいかに同じような理論的枠組や言語を共有している人たちとばかり交流しているのか、認識しました。このリトリートがなければ決して自分が読むことはなかっただろうけれど、読んだり聞いたりしてみると実に興味深い、という種類のプロジェクトに触れることができたし、他分野の人たちと話をするには、自分のやっていることを平易でわかりやすい言葉で伝えることを強いられるので、とてもいい知的エクササイズでした。

また、ジャーナリストと研究者が一緒に議論する、というのもとても素晴らしかった。今回参加したジャーナリストは、日本人新聞記者一名、テレビ・新聞・雑誌などのさまざまなメディアで仕事をするアメリカ人のジャーナリスト三名でしたが、この人たちの優秀なことといったら、申し訳ないけれど私がこれまでに接してきた日本のジャーナリストたちの多く(全員とは言ってませんよ!)とは比べものになりませんでした。ジャーナリストが高度な調査能力をもっているのは当然としても、研究者顔負けの分析能力、そして研究の意義をわかりやすい言葉で伝える力には、学ぶところが多かったし、人間的にも非常に魅力的な人たちばかりで、彼らと知り合えたのは本当によかった。

さらに、このリトリートの特徴は、社会科学評議会そして日米センターのスタッフが、単に裏方として事務的な作業にあたっているだけでなく、実際の知的な議論にフェローたちと一緒に参加する、ということ。関連分野について専門知識をもち、長年知的な国際交流に携わってきた人たちだけあって、とても鋭いコメントをしたり、フェローにとって有益な情報や人脈をもっていたりして、リトリートに大きな貢献をしてくれました。また、過去のフェローや、関連分野のベテラン専門家が、各セッションのモデレータ−兼メンターを務めてくださるのですが、偶然にも私のグループのモデレーターは、松田武先生でした。かつてこのブログで、松田先生の著書をあれこれ評したのを、ご本人が読んで、批判的なコメントも多かったにもかかわらずきわめてポジティブに受け止めてくださり、学会でお会いしたときにとても温かく接してくださったのですが、今回のリトリートでさらに親しくなることができて、とても楽しかったです。温かい人柄が、いつもニコニコ顔の表情と関西風ユーモアによく表れていて、一緒にいて幸せな気分になる人物です。

安倍フェローシップ、こういうわけでよいことづくめですので、関連分野の研究者およびジャーナリストには大変おすすめです。

リトリートでおおいに刺激を受けたので、リトリートのあと基本的には遊びのつもりで行ったマンハッタンでは、半日間New York Public Library for the Performing Artsでリサーチをしました。また、メトロポリタンオペラで、信じられないくらい安い値段で信じられないくらい前のほうのいい席で、私の大好きなJuan Diego Flores主演のLe Comte Oryを観ることもでき、寒さにもかかわらず幸せ気分いっぱいでした。というわけで、暖かいハワイに戻ってきたところで、再び仕事全開です。