昨日のニューヨーク・タイムズの記事のひとつが、「大学生、セックスをめぐる会話を広げる」というタイトルの記事。3月末にハーヴァード大学で、その名もずばり、Sex Week at Harvardというイベントが学生たちの企画・運営で開催され、一週間にわたり性にまつわるあらゆる話題を取り上げる講演やパネルディスカッションが行われた、とのことです。この記事で紹介されているのはハーヴァードのイベントですが、もとは2002年にイェール大学で始まり、以後全国のいろいろな大学で開催されているそうです。避妊や中絶をめぐって政治の舞台ではさまざまな議論が繰り返されていますが、このイベントではそうした政治的な話よりも、学生たちの日常生活により身近なトピックに重点が置かれ、セクシュアリティを扱う授業では取り上げられない実践的な話題が多かったとのこと。ポルノグラフィーの倫理、性と宗教、SM、同性愛のセックスなどといったトピックを扱うパネルに加え、世間で流布している現代の大学生の性生活のイメージと現実のギャップ(今の若い男女は誰とでも気軽にセックスをするというイメージとは裏腹に、実際はひと世代前と比べて今の学生はセックスをそれほどしていない、など)や、楽な気持ちでセックスを楽しみ、自分が欲しているものをきちんと相手に伝える方法などを、学生たちが率直に話し合うことが主眼。
教授や医師、宗教関係者などもイベントには参加したものの、大学そのものはイベントの公式スポンサーにはなっておらず、セックス週間が開催された他の大学でも、大学が性行為をめぐるイベントを公認することに反対する声もあるそうです。
それでも、多くの若者が大学時代にセックスを初体験し、その意識のかなりの部分をセックスが占めるのは現実である以上、オープンに性について語り正確な情報を得る場がキャンパスにあることは大事。ちなみにハワイ大学では、以前にこのブログでも紹介したVagina Monologuesが今週末上演されます。
ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2012年4月17日火曜日
2012年4月15日日曜日
同棲は幸せな結婚につながらない?
今日のニューヨーク・タイムズで「もっともメールされている記事」になっているのが、「結婚前の同棲の弊害」というタイトルの記事。臨床心理学者が、現代アメリカの結婚にかんするさまざまな研究とみずからの臨床経験をもとに、同棲と結婚の関係について考察したものなのですが、これ、なかなか興味深い。
アメリカでは20世紀後半から、性をめぐる道徳観の変化や避妊の普及、そして経済的要因などから、結婚前に同棲するカップルは急激に増え、現在では20代の未婚カップルの過半数が一度は同棲を経験し、結婚するカップルの過半数はすでに同棲をしている。2001年に行われた調査では、20代の人々の3分の2が、「結婚前に同棲することで、うまく生活を共にすることができるかどうかを試すことができ、結婚した後に別れることを防ぐことができる」と同棲を肯定的に捉えている、とのこと。しかし、こうした見方は、同棲と結婚の現実とは一致していない。結婚前に同棲をしていたカップルは、そうでないカップルと比べて、結婚への満足度が低く、離婚する率が高い、のだそうです。
これまでは、この現象は、同棲を選ぶカップルは結婚にかんする既成概念にとらわれていないぶん、離婚を決断するハードルも低いからだ、と理解されていました。が、同棲そのものがあまりに一般的になって、同棲という選択が宗教観や教育程度や政治観ととくに結びつけられない現在では、そうした説明は不十分。実際に同棲・結婚・離婚を経験した人たちを詳しく調査した最近の研究は、同棲そのものに問題がある場合が多い、との結論を出しているそうです。
まず、多くのカップルは、お互いの意思や動機や将来のビジョンを話し合ってはっきりとした合意やコミットメント(「コミットメント」については『性愛英語の基礎知識』
をご参考に:))のもとに同棲を選択するのではなく、「デート」をしているうちに互いの家に泊まるようになり、その頻度が増え、ほとんど毎晩をどちらかの家で共に過ごすようになるにつれ、「だったら一緒に住んだほうが経済的だし」と、要は成り行きで同棲に至るというパターンをたどる。そしてしばしば、同棲がなにを意味しているかについて、男女それぞれで理解が違う場合が多い。意識的であれ無意識にであれ、女性は、同棲は結婚へのステップと考えることが多いのに対して、男性はふたりの関係の試験期間、あるいはコミットメントを先延ばしにする手段ととらえていることが多い。そうした理解の相違が、ふたりの関係への不満を生み、結婚に至った後でも「コミットメント」の低さにつながる、とのこと。
結婚よりも同棲のほうが解消しやすく、試しに一緒に暮らしてみてうまくいかなかったら別れることが可能、というのが常識となっているけれど、実際にはなかなかそうはいかない。恋人と一緒に暮らすのはやはり楽しい。ふたりで家具を選んだり、ペットを飼ったり、友達づきあいや日常の雑事を共にするのも楽しい。けれど、そうやってふたりの生活にかける「投資」が積み重なるほど、なかなか後には引けなくなり、ふたりの関係に不満や疑問が感じられても、それに正面切って向き合うことなく、成り行きで結婚してしまうケースが多い。同棲していなければとうに別れていただろうカップルが、同棲という状況から脱しにくいために、何年間も不毛な関係を続け、結婚そして離婚に至る、というケースがかなりあるのだそうです。
なるほど〜。私の友達にも、10年近く幸せな同棲生活を続けたあと、結婚したと思ったら1年で離婚することになってしまったというカップルがいます。この記事は、同棲そのものをいいとか悪いとか評価しているわけではなく、現代において同棲は急激に減ったりなくなったりはしえない現実としてある以上、同棲をするのならば、お互いの動機やコミットメントをきちんと話し合ってから、意識的な選択としてするのがよし、と提言しているわけですが、それには同感。『ドット・コム・ラヴァーズ』
でも書いたように、私もボーイフレンドと同居生活をしていたことがあります。彼がいずれマンションを出て行ったのは、私たちが別れたからではなく、彼が遠いところに仕事で引っ越していったからですが(そしてその後しばらくして私たちは別れることになりましたが)、いったん同棲したらそれを解消するのは普通につきあっていて別れるよりもずっと大きな打撃になるので、ちょっとくらい不満や疑問があっても成り行きでそれを続けてしまう、というのは理解ができます。気をつけよっと。
アメリカでは20世紀後半から、性をめぐる道徳観の変化や避妊の普及、そして経済的要因などから、結婚前に同棲するカップルは急激に増え、現在では20代の未婚カップルの過半数が一度は同棲を経験し、結婚するカップルの過半数はすでに同棲をしている。2001年に行われた調査では、20代の人々の3分の2が、「結婚前に同棲することで、うまく生活を共にすることができるかどうかを試すことができ、結婚した後に別れることを防ぐことができる」と同棲を肯定的に捉えている、とのこと。しかし、こうした見方は、同棲と結婚の現実とは一致していない。結婚前に同棲をしていたカップルは、そうでないカップルと比べて、結婚への満足度が低く、離婚する率が高い、のだそうです。
これまでは、この現象は、同棲を選ぶカップルは結婚にかんする既成概念にとらわれていないぶん、離婚を決断するハードルも低いからだ、と理解されていました。が、同棲そのものがあまりに一般的になって、同棲という選択が宗教観や教育程度や政治観ととくに結びつけられない現在では、そうした説明は不十分。実際に同棲・結婚・離婚を経験した人たちを詳しく調査した最近の研究は、同棲そのものに問題がある場合が多い、との結論を出しているそうです。
まず、多くのカップルは、お互いの意思や動機や将来のビジョンを話し合ってはっきりとした合意やコミットメント(「コミットメント」については『性愛英語の基礎知識』
結婚よりも同棲のほうが解消しやすく、試しに一緒に暮らしてみてうまくいかなかったら別れることが可能、というのが常識となっているけれど、実際にはなかなかそうはいかない。恋人と一緒に暮らすのはやはり楽しい。ふたりで家具を選んだり、ペットを飼ったり、友達づきあいや日常の雑事を共にするのも楽しい。けれど、そうやってふたりの生活にかける「投資」が積み重なるほど、なかなか後には引けなくなり、ふたりの関係に不満や疑問が感じられても、それに正面切って向き合うことなく、成り行きで結婚してしまうケースが多い。同棲していなければとうに別れていただろうカップルが、同棲という状況から脱しにくいために、何年間も不毛な関係を続け、結婚そして離婚に至る、というケースがかなりあるのだそうです。
なるほど〜。私の友達にも、10年近く幸せな同棲生活を続けたあと、結婚したと思ったら1年で離婚することになってしまったというカップルがいます。この記事は、同棲そのものをいいとか悪いとか評価しているわけではなく、現代において同棲は急激に減ったりなくなったりはしえない現実としてある以上、同棲をするのならば、お互いの動機やコミットメントをきちんと話し合ってから、意識的な選択としてするのがよし、と提言しているわけですが、それには同感。『ドット・コム・ラヴァーズ』
2012年4月12日木曜日
村上春樹 文章とリズム
一昨日、ハワイ大学で村上春樹の講演があり、行ってきました。6年前に同じ会場で村上氏が講演したときの混雑ぶりを覚えていたので、今回は友達と早めの食事をして、開場時間(講演開始の1時間前)まもなく到着するようにしたのですが、我々が行ったときには600人ほど入る会場がすでに4分の3以上いっぱい。講演30分前には立ち見オンリーになっていました。講演が始まる頃には、壁沿いに大勢の人たちが立ったり座ったりしていて、たいへんな熱気。大学関係の人だけでなく、赤ちゃんや小学生の子供を連れてきている人やら、高校生からお年寄りまで、実にいろいろな種類の人たちが聴衆をなしていて、村上ファンの層の厚さに素直に感心。早く行っておいてよかった。
前回の講演のときは、たしか村上氏自身がすべて英語で話をしたような気がする(でもあまり記憶はさだかでない)のですが、今回は、初めに少し英語で話した後、短編を2本日本語で朗読し、文の合間合間に英語の翻訳を別の人が朗読する、という形式でした。朗読されたのは、1980年代の作品である「鏡」と「とんがり焼きの盛衰」。私は、村上氏の作品は小説よりも短編のほうが好きなのですが、この2本は読んだことがありませんでした。その内容もなかなか興味深かったけれど、なにより印象的だったのが、村上氏の朗読家としての魅力。ペースや間のとりかた、抑揚のつけかたなどが、ものすごく上手で、まるでプロの役者さんの朗読を聴いているようでした。たとえば、ふたつの文が「...。そして、...」でつながっているとすると、普通だったら「。」の後に間をおいて読むところが、そこでは敢えて間をとらず「そして」まで行って、その後で息をつく、といったテクニックで、文章の意味的な流れがリズミカルに伝えられるのです。『走ることについて語るときに僕の語ること』
や『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
で、村上氏は文章のリズムということについて触れていて、私はおおいに共感したのですが、今回彼の朗読を聴いて、非常に納得がいきました。一緒に行った友達は、今回読まれた2本の短編は前に読んだことがあったけれど、村上氏の朗読を聴くと、まるで全然違う作品のような印象を受けた、と言っていました。ちなみに、英語の朗読もたいへん上手で、翻訳者、そして朗読者が村上氏の文章のリズムをきちんと意識していることが感じられて、こちらも感心しました。
朗読の後で少しだけ質疑応答の時間があったのですが、私が招待した友達(ハワイ・シンフォニー・オーケストラのヴァイオリニストで、趣味で自分でも小説を書く、とても面白い人物。おおいなる村上ファンなので、この講演のことを教えてあげた)が、「作品を書いたり翻訳をしたりするときに、自分の文章を声に出して読むことがありますか」と訊いていましたが、これはとてもいい質問だと思いました。村上氏の答は、「はい、たいてい声に出してみます。ただし、それをするのは3稿めか4稿めになってからです」というものでしたが、これも非常に納得。
講演の後でサイン会があり、瞬時にして老若男女何百人もの人が列をなしていました。すごい。
前回の講演のときは、たしか村上氏自身がすべて英語で話をしたような気がする(でもあまり記憶はさだかでない)のですが、今回は、初めに少し英語で話した後、短編を2本日本語で朗読し、文の合間合間に英語の翻訳を別の人が朗読する、という形式でした。朗読されたのは、1980年代の作品である「鏡」と「とんがり焼きの盛衰」。私は、村上氏の作品は小説よりも短編のほうが好きなのですが、この2本は読んだことがありませんでした。その内容もなかなか興味深かったけれど、なにより印象的だったのが、村上氏の朗読家としての魅力。ペースや間のとりかた、抑揚のつけかたなどが、ものすごく上手で、まるでプロの役者さんの朗読を聴いているようでした。たとえば、ふたつの文が「...。そして、...」でつながっているとすると、普通だったら「。」の後に間をおいて読むところが、そこでは敢えて間をとらず「そして」まで行って、その後で息をつく、といったテクニックで、文章の意味的な流れがリズミカルに伝えられるのです。『走ることについて語るときに僕の語ること』
朗読の後で少しだけ質疑応答の時間があったのですが、私が招待した友達(ハワイ・シンフォニー・オーケストラのヴァイオリニストで、趣味で自分でも小説を書く、とても面白い人物。おおいなる村上ファンなので、この講演のことを教えてあげた)が、「作品を書いたり翻訳をしたりするときに、自分の文章を声に出して読むことがありますか」と訊いていましたが、これはとてもいい質問だと思いました。村上氏の答は、「はい、たいてい声に出してみます。ただし、それをするのは3稿めか4稿めになってからです」というものでしたが、これも非常に納得。
講演の後でサイン会があり、瞬時にして老若男女何百人もの人が列をなしていました。すごい。
2012年4月8日日曜日
現代日本の新聞小説 水村美苗『母の遺産』
こちらはイースターで週末がふだんより一日長いのを機に、著者謹呈で送っていただいた『母の遺産―新聞小説』
を一気に読み終えました。読み終わった瞬間になにかを書きたくてたまらない気持ちになると同時に、いったいなにをどう言葉にしていいかわからないという気持ちもあって、とりあえず頭のなかで一晩寝かせてみましたが。。。
とにかく、スゴい。このブログを以前から読んでくださっているかたは、私が水村美苗さんの著作にたいへん思い入れがあることはすでにご存知でしょうが、これまでの作品それぞれが渾身の傑作でしたが、『母の遺産』は、水村さんが文字通り身を削る思いで書いたことが感じられます。もともとは二〇一〇年から一年余にわたって『讀賣新聞』の土曜朝刊に連載されたものですが、単にそれだから副題が「新聞小説」となっているわけではないのは、これまでの水村さんの仕事からも明らか。これまでの『続 明暗』
『私小説―from left to right』
『本格小説』
それぞれにおいて、水村さんは、「西洋の衝撃」を経験した日本の文豪たちが、それまでの長く豊かな日本語や日本文学の歴史と、西洋近代との出会いに果敢に向き合い、日本という固有の現実を描くと同時に、普遍性があり知的にも道徳的にも高みを志すような文学を生み出すべく、言葉や文体や形式の問題に真剣に取り組んできた、その流れを、現代日本で継承しようと、野心的な試みをしてきました。それと同様、この作品では、夏目漱石や尾崎紅葉の新聞小説がひろく市民に読まれた明治日本が我々に残したさまざまな「遺産」を、主人公の祖母、母、そして主人公みずからの人生を通じて描き出す、というもの。『日本語が亡びるとき』
で水村さんはベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』
を詳しく論じていますが、そのアンダーソンのおもな論旨のひとつは、新聞という印刷媒体が「近代国家」という意識を生み出すのに決定的な役割を果たした、ということ。それをふまえて、「新聞小説」が、同時代の一般市民にむけて、娯楽としても楽しめながら社会や国が直面する「現実」を描き、願わくば高みを目指すべく読者を啓蒙しようとする、それがどういう意味をもっているかを考えようともする。その小説としての意匠もスゴい(後半、讀賣新聞に連載された『金色夜叉』を読んで人生が変わってしまう祖母の物語のあたりから、歴史的・文学的・理論的な旋律が交響曲のように織り混ざって、それはそれは興奮します)のですが、それよりなにより、読者が「これってひょっとして私のことが書かれているのかしら」と思わざるをえないようなリアリティが壮絶。
『私小説』や『本格小説』と違って、この作品の主人公美津紀は、ごく普通の日本の中年女性。たしかにいろいろな意味でじゅうぶん恵まれた中産階級の人間ではあるものの、その恵まれかたは決して桁外れなものではないし、実際、母の遺産が入ったことによって人生の転機が可能になるといっても、その遺産の額も非常に現実的なもので、その遺産が可能にするであろう美津紀の新しい人生の描かれかたも、哀しいほど現実の匂いに満ちている。離婚を考える美津紀の頭のなかで、きわめて具体的な数字でお金の計算がなされると同時に、「ヘルパーさん」「ケアマネ」「胃瘻」「年金分割」「Gメール」といった単語が織りなす現代日本の現実のありかたを、冷徹に描き分析しながら、その悲喜劇に振り回される自分にもその冷徹な分析を向ける。母の死によって心身ともに消耗しきる介護を終え、それと同時に、いよいよ向き合わなくてはいけなくなった自分の自分の人生の意味を振り返る美津紀の物語なのですが、「母の遺産」とは、金銭的財産のほかに、母がひとりの女性として、妻として、親として、人間として、自分に伝えたもの、背負わせたものを、どのように自分の人生において処理するか、というテーマ。「普通の女性」の「ありがちな話」を通して、本質的で深く大きな問題に向き合う、日本の『ボヴァリー夫人』のような小説。
あんまり書くとネタバレになって、「新聞小説」を読む喜びを減らしてしまうので、あまり具体的なことは書かずにおきますが、美津紀の母親への思いや老いの現実の描写も壮絶ですが、夫の哲夫との関係を振り返る部分は、読んでいて、美津紀と一緒に、蒼白になったり、頭も身体も凍てついたり、突如いろいろなことが理解できたり、なぜかすっと決意ができたり、といった体験をしている気持ちになります。自分が望んでいるようには相手が自分のことを愛していなかったということに気づき、そしてまた、自分も相手に対する愛情や尊敬をもはやもっていないことに気づく、その「ありがちな」衝撃のなかでも、楽しいこともたくさんあった結婚生活を共にした相手には、残りの人生を卑しく哀しい生き方をしてほしくないと、その卑しく哀しい生き方を阻止するための、彼女の瞬時にして冷静で賢明な判断、そして尊い思いやりと人間性に、心打たれます。私自身のこれまでの恋愛にも思いが行って、涙、涙。愛とはなにか、というシンプルにして決定的な問題を、読者に容赦なく突きつけてくれます。
他にもたっくさん言いたいことはあるのですが、物語中の具体的なことに触れずにコメントするのも難しいので、もっと多くの読者がこの作品を読んだ頃に改めてまた文章にしようと思います。とにかくスゴい小説ですので、ぜひご一読を。これを読んで、離婚を決意する日本の女性読者がたくさん現れるのではないかしらん。でも、現実の厳しさもあまりに生々しく描かれているので、自分の状況を振り返ってそれを踏みとどまる決意をする人も多いかも。
とにかく、スゴい。このブログを以前から読んでくださっているかたは、私が水村美苗さんの著作にたいへん思い入れがあることはすでにご存知でしょうが、これまでの作品それぞれが渾身の傑作でしたが、『母の遺産』は、水村さんが文字通り身を削る思いで書いたことが感じられます。もともとは二〇一〇年から一年余にわたって『讀賣新聞』の土曜朝刊に連載されたものですが、単にそれだから副題が「新聞小説」となっているわけではないのは、これまでの水村さんの仕事からも明らか。これまでの『続 明暗』
『私小説』や『本格小説』と違って、この作品の主人公美津紀は、ごく普通の日本の中年女性。たしかにいろいろな意味でじゅうぶん恵まれた中産階級の人間ではあるものの、その恵まれかたは決して桁外れなものではないし、実際、母の遺産が入ったことによって人生の転機が可能になるといっても、その遺産の額も非常に現実的なもので、その遺産が可能にするであろう美津紀の新しい人生の描かれかたも、哀しいほど現実の匂いに満ちている。離婚を考える美津紀の頭のなかで、きわめて具体的な数字でお金の計算がなされると同時に、「ヘルパーさん」「ケアマネ」「胃瘻」「年金分割」「Gメール」といった単語が織りなす現代日本の現実のありかたを、冷徹に描き分析しながら、その悲喜劇に振り回される自分にもその冷徹な分析を向ける。母の死によって心身ともに消耗しきる介護を終え、それと同時に、いよいよ向き合わなくてはいけなくなった自分の自分の人生の意味を振り返る美津紀の物語なのですが、「母の遺産」とは、金銭的財産のほかに、母がひとりの女性として、妻として、親として、人間として、自分に伝えたもの、背負わせたものを、どのように自分の人生において処理するか、というテーマ。「普通の女性」の「ありがちな話」を通して、本質的で深く大きな問題に向き合う、日本の『ボヴァリー夫人』のような小説。
あんまり書くとネタバレになって、「新聞小説」を読む喜びを減らしてしまうので、あまり具体的なことは書かずにおきますが、美津紀の母親への思いや老いの現実の描写も壮絶ですが、夫の哲夫との関係を振り返る部分は、読んでいて、美津紀と一緒に、蒼白になったり、頭も身体も凍てついたり、突如いろいろなことが理解できたり、なぜかすっと決意ができたり、といった体験をしている気持ちになります。自分が望んでいるようには相手が自分のことを愛していなかったということに気づき、そしてまた、自分も相手に対する愛情や尊敬をもはやもっていないことに気づく、その「ありがちな」衝撃のなかでも、楽しいこともたくさんあった結婚生活を共にした相手には、残りの人生を卑しく哀しい生き方をしてほしくないと、その卑しく哀しい生き方を阻止するための、彼女の瞬時にして冷静で賢明な判断、そして尊い思いやりと人間性に、心打たれます。私自身のこれまでの恋愛にも思いが行って、涙、涙。愛とはなにか、というシンプルにして決定的な問題を、読者に容赦なく突きつけてくれます。
他にもたっくさん言いたいことはあるのですが、物語中の具体的なことに触れずにコメントするのも難しいので、もっと多くの読者がこの作品を読んだ頃に改めてまた文章にしようと思います。とにかくスゴい小説ですので、ぜひご一読を。これを読んで、離婚を決意する日本の女性読者がたくさん現れるのではないかしらん。でも、現実の厳しさもあまりに生々しく描かれているので、自分の状況を振り返ってそれを踏みとどまる決意をする人も多いかも。
2012年4月3日火曜日
哲学者とピアノ
たいへんご無沙汰いたしました。3月終盤は春休みで、ニューヨークに5日間とトロントに4日間行っていました。私が到着する直前までは嘘のような春の気候だったとしきりに言われたのですが、私がニューヨークに着いた日はかなり暖かかったのに、その後一転してまた冬のような気温になり、さらにトロントでは夜には雪までちらつく寒さ。東海岸に住んでいたときはこれよりずーっと厳しい寒さを何年も経験したのですが、人間はやはり環境に適応するもので、長年のハワイ生活で私はすっかり寒さに弱い身体になってしまいました。寒さはともかくとして、ニューヨークはやはり刺激に満ちて楽しい街で、ありとあらゆる人たちがたくさん言いたいことをもっていて、なんだか道を歩いているだけで自分の背筋もすっと伸びる気がします。とくに短期間バケーションで行く身には、街の喧騒や混沌や悪臭までもが愛おしく感じられます。
今回の旅行は基本的にプライベートで、友達と過ごすことがメインだったのですが(ちなみにリンカーン・センターでMurray Perahiaのリサイタルを聴きました。その純粋な音楽性が素晴らしかったです)、唯一の仕事関係のミーティングで、コロンビア大学出版の編集者とランチをしました。コロンビア大学出版のオフィスは、コロンビア大学のキャンパス内にあるのかと思いきや実はそうではなく、なんとリンカーンセンターのすぐ向かいの、一等地(マンハッタンはどこでも一等地ですが)の眺めのいいビル。オフィスの雰囲気からして知性と感性が感じられて、そこにいるだけで賢くなる気持ちがするほど。私が今回会ったのは、人文系、とくにアジア関連の書籍の編集責任者をしているベテランの女性編集者で、私が今手がけているプロジェクト(すでに契約済みなのですが、まだ現在進行中のプロジェクトなため、具体的な出版の予定が立ってから公表いたします)で一緒に仕事をさせていただいている人です。ランチに出かける前に彼女のオフィスでおしゃべりをしながら書棚をじろじろ眺めていると、刊行ほやほやの一冊のカバーに惹かれ、手に取ってみたのですが、その解説をみて、ムムム!「これは絶対読まなくちゃ!」とおおいに興奮してぺらぺらめくっていたら、よほど物欲しげな表情をしていたのか、「じゃあそれ持って行っていいわよ」と言われていただいてしまいました。それが、この本。『The Philosopher's Touch: Sartre, Nietzsche, and Barthes at the Piano』
サルトル、ニーチェ、バルトの3人の哲学者たちは、みながアマチュア・ピアニストであったとのこと(知らなかった!)。クラシック音楽の愛好家として音楽を聴くだけでなく、みずからも熱心にピアノを弾いたこの3人は、ピアノを弾くという行為が、その人間性の重要な一部であったにもかかわらず、彼らの思想とピアノの関係はこれまでほとんど論じられてこなかった。そして、彼らのピアノとのかかわりかたと、著書にあらわれる哲学とには、一筋縄ではいかないなかなか複雑な関係がある。3人の演奏のしかたや、彼らが愛した作曲家や作品を、彼らの思想と照らし合わせて分析し、とくに音楽のリズム、テンポ、時間性といったことに焦点をあて、ピアノを弾くという行為の身体的・感情的・理論的な側面をまさに「哲学」したもの。著者自身もピアノを熱心に弾くフランス哲学者で、原書はフランス語で書かれた哲学者ゆえ、論の運びのスタイルはアメリカの学術書とはずいぶん違っているのですが、その内容ももちろんですが、なにしろ文章の美しさにすっかり魅了されます。翻訳されたものとは思えない。ああ、私も死ぬ前にこういう文章を書いてみたい!あまりに興奮して、旅行中そしてトロントからの帰りの飛行機で読み終えてしまいました。長い本ではないので読むのにそれほど時間はかからないのですが、なにしろ哲学書ではあるので、さらっと読み流しただけではじゅうぶんに理解・堪能できない箇所も多く、これはこれからの人生において何度も手に取ってじっくり味わいたい一冊になることでしょう。プレビューとして、最初のあたりを一部抜粋してご紹介します。どうぞお楽しみください。
The unity of the self is a construction that hides the personal dissonances and rhythms with which we never cease to compose. And playing an instrument, far from expressing who we are, engages us in the experience of an active passivity and a different time. My choice of these three writer-philosophers--Sartre, Nietzsche, and Barthes--comes from my interest in temporality as a window, an opening onto the self as subject to compositions. The piano is assuredly not the only path to free oneself from the collective rhythms of society. Nevertheless, playing the piano is no simple hobby, no mere violin d'Ingres. I believe, through my own long experience with this instrument, that it engages a unique disposition to the world, to past generations, and to the contemporary. Among the signs confirming such an intuition, I note that the musical activity of these thinkers often contravened their public works. The discordances thus revealed allow us to approach this gap and take a step to the side. We can observe the unchaining of the will and the play of the body that result under the constraint of touch and tempo . . .
How are we to explain such a gap between listening and playing, between public discourse and private pleasure? Is it imposture? contradiction? dissonance? a secret conservatism? The reality is less clear-cut. More interesting for us is to follow this path of escape through which one's synchronous self can become disoriented with unsuspected rhythms. In this gap, in this path of escape, we can see a complex movement develop in the relation of a subject to the intersection of different times: chronological, historical, and singular. These debates cannot be reduced to questions of taste or to some imagined compatibility among musical genres. Instead let us ask what happens when an intellectual like Sartre retreats from the noise of this world to play Chopin. How do those who profess themselves to be abstract thinkers experience emotions, the body, and touch? How do they find themselves implicated and disconcerted by these feelings, these movements, and these durations of time?
今回の旅行は基本的にプライベートで、友達と過ごすことがメインだったのですが(ちなみにリンカーン・センターでMurray Perahiaのリサイタルを聴きました。その純粋な音楽性が素晴らしかったです)、唯一の仕事関係のミーティングで、コロンビア大学出版の編集者とランチをしました。コロンビア大学出版のオフィスは、コロンビア大学のキャンパス内にあるのかと思いきや実はそうではなく、なんとリンカーンセンターのすぐ向かいの、一等地(マンハッタンはどこでも一等地ですが)の眺めのいいビル。オフィスの雰囲気からして知性と感性が感じられて、そこにいるだけで賢くなる気持ちがするほど。私が今回会ったのは、人文系、とくにアジア関連の書籍の編集責任者をしているベテランの女性編集者で、私が今手がけているプロジェクト(すでに契約済みなのですが、まだ現在進行中のプロジェクトなため、具体的な出版の予定が立ってから公表いたします)で一緒に仕事をさせていただいている人です。ランチに出かける前に彼女のオフィスでおしゃべりをしながら書棚をじろじろ眺めていると、刊行ほやほやの一冊のカバーに惹かれ、手に取ってみたのですが、その解説をみて、ムムム!「これは絶対読まなくちゃ!」とおおいに興奮してぺらぺらめくっていたら、よほど物欲しげな表情をしていたのか、「じゃあそれ持って行っていいわよ」と言われていただいてしまいました。それが、この本。『The Philosopher's Touch: Sartre, Nietzsche, and Barthes at the Piano』
The unity of the self is a construction that hides the personal dissonances and rhythms with which we never cease to compose. And playing an instrument, far from expressing who we are, engages us in the experience of an active passivity and a different time. My choice of these three writer-philosophers--Sartre, Nietzsche, and Barthes--comes from my interest in temporality as a window, an opening onto the self as subject to compositions. The piano is assuredly not the only path to free oneself from the collective rhythms of society. Nevertheless, playing the piano is no simple hobby, no mere violin d'Ingres. I believe, through my own long experience with this instrument, that it engages a unique disposition to the world, to past generations, and to the contemporary. Among the signs confirming such an intuition, I note that the musical activity of these thinkers often contravened their public works. The discordances thus revealed allow us to approach this gap and take a step to the side. We can observe the unchaining of the will and the play of the body that result under the constraint of touch and tempo . . .
How are we to explain such a gap between listening and playing, between public discourse and private pleasure? Is it imposture? contradiction? dissonance? a secret conservatism? The reality is less clear-cut. More interesting for us is to follow this path of escape through which one's synchronous self can become disoriented with unsuspected rhythms. In this gap, in this path of escape, we can see a complex movement develop in the relation of a subject to the intersection of different times: chronological, historical, and singular. These debates cannot be reduced to questions of taste or to some imagined compatibility among musical genres. Instead let us ask what happens when an intellectual like Sartre retreats from the noise of this world to play Chopin. How do those who profess themselves to be abstract thinkers experience emotions, the body, and touch? How do they find themselves implicated and disconcerted by these feelings, these movements, and these durations of time?
2012年3月9日金曜日
ネットが広げる音楽の世界
先日このブログで紹介したSoyeon Leeから、昨日ピアノのレッスンを受けました。ほんの1時間に、技術的にも音楽的にも本当にいろんなことを教わり、自分にとっての曲そして楽器の可能性がわっと広がった感触。嬉しくて、早く家に帰って復習と練習をしたかったのですが、レッスンの直後に彼女のマスタークラスがあったので、それを2時間見学。こちらもまた素晴らしかった。ハワイ大学でピアノを専攻する学部生と大学院生合わせて4人がそれぞれ30分ずつ指導を受けたのですが、どの演奏についても即座に問題点をとらえ具体的な解決法を示すさまは、まさにマスターとしか言いようがないと同時に、チャーミングな人柄で生徒を精神的にリラックスさせる様子も素晴らしい。ピアノについてたくさん勉強しただけでなく、教師として学ぶことがとても多かったです。
マスタークラスといえば、先日こんなものを発見してしまいました。カーネギーホールのWeill Music Instituteが、若手音楽家が世界的な芸術家から集中的な訓練を受けるためのワークショップを主催しているのですが、その様子が、なんとネットで見られるようになっています。現在ネットにのっているのは、レオン・フライシャーによるシューベルトの後期ソナタのマスタークラス。こんなものが自宅でネットで見られるなんて、なにかの拍子で天国に来たかと思うほど素晴らしい。しかも、「クレッシェンド」とか「リズム」とか「ペダル」とかいった具体的な項目についての指導を見たければすぐその箇所に行けるようになっているばかりか、楽譜の該当箇所を見ながら指導を見学できるようにまでなっていて、文句のつけどころのない親切ぶり。見ているだけで自分までピアノが上手になりそうな気持ちになり、私は一日中これを見て過ごしたい気分。さすがにレオン・フライシャーがトップレベルの若手演奏家を指導しているだけあって、ピアノの弾き方にかんする技術的なことだけでなく、シューベルトの音楽の芸術性についての深い理解と解釈が、生徒だけでなく聴衆にも披露されている。こういうものをインターネットで世界に公開しようという主催者とそれを可能にする資金提供者の精神が実に立派。
これを発見して興奮していたところに、今朝はまた別の音楽関連のネット資料を発見。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のデジタル資料館です。1842年以来のニューヨーク・フィルのありとあらゆる史料がこれからデジタル化されるらしいのですが、その第一段階として、1943年から1970年までの史料がネットで公開されています。これがとにかくすごい!!!リンカーンセンターのみならず世界各地のツアー公演のプログラムなどはもちろん、レナード・バーンスタインが書き込みをした楽譜(しかも、音源を聴きながらその楽譜を見られるようになっている!)だとか、プログラミングにあたってのスタッフミーティングの記録や書簡だとか、あらゆる写真だとか、もう、研究者としては涙が出るやらよだれが出るやらの史料がいっぱいで、私は見ているだけで文字通り心臓がドキドキしてきました。音楽を焦点のひとつにした文化政策や文化外交についての研究をしようとしている私としては、この人たちは私のためにこのデジタル資料館を作ってくれたんじゃないかと思ってしまうくらい貴重なソース。
クラシック音楽のファン層が高齢化して、熱心にクラシック音楽を勉強するのはアジア人ばかりという傾向を嘆く人たちも少なくないですが、このような形でニューメディアを駆使して、たんに演奏をネットで公開したり販売したりというだけでなく、一般聴衆はもちろん専門家の音楽理解を深めるような画期的な試みに取り組んでいる人たちがいるということを知ると、クラシック音楽の将来も明るいのではないかと思います。こういうことを企画する人たちと一緒に仕事をしてみたい!
マスタークラスといえば、先日こんなものを発見してしまいました。カーネギーホールのWeill Music Instituteが、若手音楽家が世界的な芸術家から集中的な訓練を受けるためのワークショップを主催しているのですが、その様子が、なんとネットで見られるようになっています。現在ネットにのっているのは、レオン・フライシャーによるシューベルトの後期ソナタのマスタークラス。こんなものが自宅でネットで見られるなんて、なにかの拍子で天国に来たかと思うほど素晴らしい。しかも、「クレッシェンド」とか「リズム」とか「ペダル」とかいった具体的な項目についての指導を見たければすぐその箇所に行けるようになっているばかりか、楽譜の該当箇所を見ながら指導を見学できるようにまでなっていて、文句のつけどころのない親切ぶり。見ているだけで自分までピアノが上手になりそうな気持ちになり、私は一日中これを見て過ごしたい気分。さすがにレオン・フライシャーがトップレベルの若手演奏家を指導しているだけあって、ピアノの弾き方にかんする技術的なことだけでなく、シューベルトの音楽の芸術性についての深い理解と解釈が、生徒だけでなく聴衆にも披露されている。こういうものをインターネットで世界に公開しようという主催者とそれを可能にする資金提供者の精神が実に立派。
これを発見して興奮していたところに、今朝はまた別の音楽関連のネット資料を発見。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のデジタル資料館です。1842年以来のニューヨーク・フィルのありとあらゆる史料がこれからデジタル化されるらしいのですが、その第一段階として、1943年から1970年までの史料がネットで公開されています。これがとにかくすごい!!!リンカーンセンターのみならず世界各地のツアー公演のプログラムなどはもちろん、レナード・バーンスタインが書き込みをした楽譜(しかも、音源を聴きながらその楽譜を見られるようになっている!)だとか、プログラミングにあたってのスタッフミーティングの記録や書簡だとか、あらゆる写真だとか、もう、研究者としては涙が出るやらよだれが出るやらの史料がいっぱいで、私は見ているだけで文字通り心臓がドキドキしてきました。音楽を焦点のひとつにした文化政策や文化外交についての研究をしようとしている私としては、この人たちは私のためにこのデジタル資料館を作ってくれたんじゃないかと思ってしまうくらい貴重なソース。
クラシック音楽のファン層が高齢化して、熱心にクラシック音楽を勉強するのはアジア人ばかりという傾向を嘆く人たちも少なくないですが、このような形でニューメディアを駆使して、たんに演奏をネットで公開したり販売したりというだけでなく、一般聴衆はもちろん専門家の音楽理解を深めるような画期的な試みに取り組んでいる人たちがいるということを知ると、クラシック音楽の将来も明るいのではないかと思います。こういうことを企画する人たちと一緒に仕事をしてみたい!
2012年3月5日月曜日
ハワイ・シンフォニー・オーケストラ誕生!
昨日3月4日は、ハワイのコミュニティにとっては記念すべき大きな一日でした。以前の投稿でも言及しましたが、ハワイにひとつのプロのオーケストラとして長年愛されてきたホノルル・シンフォニーが2年前に経営難で破産申告をし、以来ハワイでは交響楽の生演奏は聴くことができない状態でした。私の友達もたくさんホノルル・シンフォニーの団員をしていたのですが、ハワイは島ゆえ、アメリカ本土の大きな都市と違って車で通える距離にフリーランスの演奏の仕事がそうあるわけでもなく、生計を立てられず、仕方なく長年住み慣れたハワイを去っていく人も何人もいました。しかし、ホノルル・シンフォニーのメンバーたちは、交響楽の演奏に加えて、ソロや室内楽の演奏、オペラやバレエのための演奏、学校の音楽プログラムや個人レッスンを通じての地域の音楽教育、世界各地からハワイを訪れる演奏家の公演プロデュースなど、プロの音楽家たちだからこその重要な役割を果たしていました。ホノルルの規模の都市にプロのオーケストラがないのは街そして州全体の文化度に大きな悪影響で、どうしても困る、と考える人たちは多く、音楽家たちの活動を支える寄付活動が続くかたわら、コミュニティの一部の有力者たちがオーケストラの再組織化を企画し続けていました。昨年秋には新シーズンが始まるとか、クリスマスシーズンにこそ発表になるとか、いろいろな噂が流れつつも、なかなか確とした発表がなかったのですが、先月にようやく、新しい理事たちのリーダーシップのもと、ハワイ・シンフォニー・オーケストラという新名称でオーケストラが再出発することが公表されました。そして、昨日4日がその新オーケストラのシーズン初日のコンサートだったわけです。新オーケストラとはいっても、メンバーのほとんどはホノルル・シンフォニーの旧メンバー。この日を待ちながらこの2年間個人レッスンやその他の仕事でなんとか生計を立てていた人たちもいれば、しばらくアメリカ本土などに行っていたけれどもこのシーズン開始に合わせてハワイに戻ってきた人たちもいます。
私は大張り切りで、友達7人と一緒にチケットを取って出かけました。それこそ「Welcome back, Symphony!」とでも書いた垂れ幕でも持って行こうかと思ったのですが、シンフォニーでそれはちょっと品がないかと思ってその案はとりやめ。でも、ホールに着いてみると、ホノルルじゅうが大喜びでこの日を迎えているということが一瞬にしてわかるほど、人々の熱気がいっぱいで、その場にいるだけでワクワクしてきました。そして、コンサート開始にあたり、「Ladies and gentleman, here is the Hawai‘i Symphony Orchestra!」というアナウンスが流れると、満員御礼のホールの聴衆は全員が一斉に立ち上がり、大歓声と大拍手の嵐。私たちも誰にも負けないくらい大声をあげていましたが、ホール全体が、オーケストラのコンサートでこんな大騒ぎは見たことがない、というほどの熱狂ぶり。しかもまだオーケストラが一音も演奏していないときから、何分間にもわたる総立ちの大拍手。舞台にそろった団員たちも、聴衆の愛情と熱気を感じ取ったと思いますが、聴衆たちの側も、この瞬間を共にしているという一体感があり、知らない人たち同士でも皆微笑み合って、実に胸が熱くなる時間でした。
初コンサートの指揮者は大友直人氏。演目前半は、ウェーバーの「オベロン」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調、ピアニストはハワイ出身で日本でもさまざまな活動をしているリサ・ナカミチさん。休憩をはさんで、後半は堂々のベートーベン交響曲第5番。変な小細工をしない、正々堂々のプログラムですが、2年間このメンバーで演奏をしていなかったとは思えない、素晴らしいアンサンブルの見事な音楽で、「ああ、交響楽とはこういうものだった」という思いが五感にしみわたる経験でした。もちろん、ベートーベンの最後の劇的なハ長調和音が響き終わるや否や、聴衆はまた総立ちの大々拍手。普段は演奏会の最後に、スタッフによって指揮者にレイがかけられますが、今回は団員全員にもレイがかけられ、聴衆の拍手と歓声が長ーいこと鳴り止みませんでした。ああ、地域社会にオーケストラがあるということはこういうことなんだなあと、涙が出るような思いがすると同時に、このコミュニティのとても重要な瞬間を多くの人々と共有した気持ちがしました。末長くこのオーケストラが、この土地の暮らしを豊かにしてくれますように!日本や他の場所からハワイを訪れるかたも、ぜひハワイ・シンフォニー・オーケストラのスケジュールをチェックして、ぜひともコンサートに足を運んでください。
私は大張り切りで、友達7人と一緒にチケットを取って出かけました。それこそ「Welcome back, Symphony!」とでも書いた垂れ幕でも持って行こうかと思ったのですが、シンフォニーでそれはちょっと品がないかと思ってその案はとりやめ。でも、ホールに着いてみると、ホノルルじゅうが大喜びでこの日を迎えているということが一瞬にしてわかるほど、人々の熱気がいっぱいで、その場にいるだけでワクワクしてきました。そして、コンサート開始にあたり、「Ladies and gentleman, here is the Hawai‘i Symphony Orchestra!」というアナウンスが流れると、満員御礼のホールの聴衆は全員が一斉に立ち上がり、大歓声と大拍手の嵐。私たちも誰にも負けないくらい大声をあげていましたが、ホール全体が、オーケストラのコンサートでこんな大騒ぎは見たことがない、というほどの熱狂ぶり。しかもまだオーケストラが一音も演奏していないときから、何分間にもわたる総立ちの大拍手。舞台にそろった団員たちも、聴衆の愛情と熱気を感じ取ったと思いますが、聴衆たちの側も、この瞬間を共にしているという一体感があり、知らない人たち同士でも皆微笑み合って、実に胸が熱くなる時間でした。
初コンサートの指揮者は大友直人氏。演目前半は、ウェーバーの「オベロン」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調、ピアニストはハワイ出身で日本でもさまざまな活動をしているリサ・ナカミチさん。休憩をはさんで、後半は堂々のベートーベン交響曲第5番。変な小細工をしない、正々堂々のプログラムですが、2年間このメンバーで演奏をしていなかったとは思えない、素晴らしいアンサンブルの見事な音楽で、「ああ、交響楽とはこういうものだった」という思いが五感にしみわたる経験でした。もちろん、ベートーベンの最後の劇的なハ長調和音が響き終わるや否や、聴衆はまた総立ちの大々拍手。普段は演奏会の最後に、スタッフによって指揮者にレイがかけられますが、今回は団員全員にもレイがかけられ、聴衆の拍手と歓声が長ーいこと鳴り止みませんでした。ああ、地域社会にオーケストラがあるということはこういうことなんだなあと、涙が出るような思いがすると同時に、このコミュニティのとても重要な瞬間を多くの人々と共有した気持ちがしました。末長くこのオーケストラが、この土地の暮らしを豊かにしてくれますように!日本や他の場所からハワイを訪れるかたも、ぜひハワイ・シンフォニー・オーケストラのスケジュールをチェックして、ぜひともコンサートに足を運んでください。
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