来週いっぱい、俳優座劇場で「ヴァギナ・モノローグス」の日本公演があります。Vagina Monologuesについては、『現代アメリカのキーワード 』で一項目を費やして説明しているので、そちらを読んでいただけると内容や文脈がわかりますが、ここでも簡単に説明をしておきます。これは、Eve Enslerというアメリカの脚本家・役者・フェミニスト活動家によって書かれた、女性の性や身体をテーマにしたお芝居です。女性のセクシュアリティのありかたや、性暴力といった問題に興味をもっていたEnslerが、自分の周りの女性たちとの気軽な会話をきっかけに、さまざまな人種・階層・文化的背景・年齢の200人以上の女性たちにインタビューをし、ヴァギナについてもっているイメージ、経験、気持ちなどを語ってもらい、それらのインタビューをもとに脚本を書いたものです。1996年にオフ・ブロードウェイで初演したときは、Ensler自身がすべてのモノローグをそれぞれの語り手を真似て演じる一人芝居でしたが、この公演が話題になって全米各地で上演されるようになると、複数の女性が交代でモノローグを朗読するという形をとる場合も多くなりました。語りの内容は、初めての性体験や、男性あるいは女性との性関係、性器についてのイメージ、オーガズム体験、そして性的虐待や戦争中の兵士たちによるレイプ、また産婦人科での検査についての批判や妊娠・出産の喜びなど、テーマもトーンもさまざま。
1990年代後期からこの作品はアメリカでたいへん話題になり、各地でいろいろなバージョンが上演されています。私もハワイでしばらく前に観に行きました。大学のキャンパスなどでも上演され、公演の後での学生や教員がディスカッションをして教材として使われたりもしています。女性が性や身体について恥ずかしがらずに率直に語ることで、健全なセクシュアリティを謳歌すると同時に、性をめぐるさまざまな暴力や無知にも対抗していくという意味で、フェミニズムの重要な流れの一部としてこの作品は位置づけられます。しかし、フェミニストたちのあいだでもこの作品が必ずしも全面的に称賛されているわけではありません。女性の性を語るにあたってヴァギナに焦点をあてるのはちょっとおかしい(女性の性的快楽の中心はクリトリスにあるのであって、ヴァギナにこだわるのは男性期挿入に固執するフロイト的誤認を再強化するものである)とか、未成年の女子に酒を飲ませて性的行為をする年上の女性についてのモノローグは、性的虐待を肯定しているようであるとか、いろいろな批判もあります。また、保守的なキリスト教系の大学などでは、上演が禁止になったり、上演があっても学生や教員がボイコットしたりといったこともあります。
と、たいへん話題性の高い作品なのですが、深く考えさせられると同時にユーモアもあって楽しく、また感動的でもある作品です。HBOによる映画版もあって、私はそれを先月の東大駒場の集中講義で使ったのですが、学生たちはなかなかいい感想やコメントをたくさん提供してくれました。(今回の日本公演について教えてくれたのは、その学生のひとりです。どうもありがとう。)日本語での上演がどんなものかたいへん興味があるので、私は最終日の8/23(日)に観に行きます。まだチケットの残りがあるようですので、興味のあるかたは是非どうぞ。女性はいろいろな意味で勇気づけられる作品ですが、とくに男性にこそ観てもらいたい作品です。観たら感想を聞かせてください。
ちなみに、『新潮45』の「恋愛単語で知るアメリカ」連載のセックスの号でも書きましたが、vaginaという単語は日本語では「ヴァギナ」と表記されますが、英語の発音では「ヴァジャイナ」が正しいです。