ただし、今回の立法に至るまでの道筋や投票結果は、現在のアメリカ政治の限界も明るみに出しています。上下両院とも、投票結果は見事なまでに党ラインではっきりと分かれ、オバマ大統領が提唱していた、党を超えた冷静な議論と決定は、ついになされないまま、ぎりぎりセーフの可決となりました。このブログでも言及しているTea Partyの動きに垣間みられるような反政府の流れ、とくに連邦政府が運営する健康保険制度を「社会主義」と呼んで猛反対する層というのが、アメリカにはかなりの厚みで存在します。そうした層が、今年11月の選挙でどのように動員されるかによって、オバマ政権そして民主党のこれからが大きく左右されるでしょう。また、非合法移民の保険や、中絶問題(今回の法案では、中絶をカバーする保険に国民が加入することはできるが、連邦資金を中絶に充てない、という妥協案が入れられました)が今後どうなっていくか、アメリカの健康保険制度にはまだまだ大きな課題が残されています。
ところで、健康にちなんで、ニューヨーク・タイムズに載った「心の健康」に関する面白い記事。最近のある研究によると、「深く実のある会話を日常的にたくさんしている人のほうが、表面的な世間話しかしていない人よりも、幸せである」との結果が出たそうです。そんなことわざわざ「研究」しなくても、常識的に考えればそりゃそうだろうと思う、ともまあ言えるのですが、行動科学や社会科学ではそうした「常識的に考えれば当たり前」のことに実際にデータの裏付けをする、ということが結構あります。私には、この研究の調査方法がなかなか面白かった。被験者の服に録音マイクをつけてもらい、4日間にわたって12.5分ごとに30秒ずつ、そのときにしている会話を録音してもらい、その会話の内容を「実のある会話」と「表面的な会話」(事務的な会話など、「どちらにも入らない会話」というカテゴリーもある)に分けて、それぞれの人が日常的にしている会話の種類を分類する。その結果と、それぞれの人の「幸せ度」(本人の自己申告および友達や家族などの評価による)を照らし合わせて、会話の内容と幸せ度の相関関係を調べる、というのです。その結果、政治、宗教、教育、人生の意味などといったことについて「深く実のある」会話をたくさんしている人のほうが、天気やテレビ番組の話題(会話によっては、トピックがテレビ番組でも内容が「深く実のある」に分類されるものももちろんある)ばかりしている人よりも、明らかに幸せだ、というのです。幸せ度というのは、考えや感情を分かち合ってコミュニケーションをとることによって、人と意味のある関係を築いているかどうかで大きく違ってくるので、この結果はまあ驚くようなものではないでしょう。ただ、不幸せそうな人に「そんなにややこしいことを考えたり思い詰めたりしないで、もっと気楽にやろうよ」と言うのは間違っている、ということも示唆しています。気楽で実のない世間話ばかりしているよりも、ややこしいけれども本質的な会話をして人と意見を交わしているほうが、幸せにつながるかもしれないからです。まあ、この研究は被験者の母集団も小さいですし、相関関係は明らかになってもそれが因果関係であるかどうかはわからないので、あまり断定的な結果を導くのは危険でしょうが、なかなか面白いリサーチではあると思います。