2013年6月1日土曜日

クライバーン・コンクール準本選第1日目

さてさて、今日から準本選です。準本選では、各出場者は60分のソロリサイタルと、Brentano Quartetとピアノ五重奏の共演をします。ソロリサイタルには、このコンクールのために委嘱された作品一曲も含められます。前回のコンクールでは、数曲の委嘱作品のうち一曲を各出場者が選べるようになっていましたが、今回は全員が指定された一曲、Christopher Theofanidisによる「Birichino」を弾くようになっています。今日ソロを演奏したのは、Claire HuangciNikita Mndoyants、そして阪田知樹くんの3人。そして、Beatrice RanaNikita AbrosimovVadym Kholodenkoが室内楽を演奏しました。

まずは、委嘱作品について。誰も聴いたことのない新しい作品を短期間のあいだに準備して演奏するというのは、出演者にとってはハードルが高いですが、コンクールの課題としてはとてもいいと思います。いろいろな録音を聴くなかで自分の演奏を作っていくのと違って、楽譜だけを頼りに、作曲者が意図したことを解読し、自分の解釈を演奏しなくてはいけないというのは、音楽家として非常に重要な側面を試される課題です。

数日前の誕生日に、横に座っているジェリーさんが、売店で売っているこの曲の楽譜を買ってプレゼントしてくれたので、私は楽譜を見ながら聴いたのですが、今日ソロリサイタルをした3人による、この曲の演奏は、それぞれがまるで違う曲のようでした。最初のClaire Huangciの演奏を聴くかぎりは、楽譜を目で追いながら聴いても、なにがなんだかよくわからない、よくわからないのは、曲がそういう曲だからなのか、それとも演奏がよくないからなのかも、判断がつかない。少なくとも、せっかく楽譜は手に入ったけれども、自分で弾いてみたいとは思わないなあ、という感想をもちました。それに対して、ふたりめNikita Mndoyantsの演奏では、リズムが利き、曲の輪郭がずっと明確で、ダイナミックでエキサイティングな曲に聴こえました。そして、3人目の阪田知樹くんの演奏は、2番目の演奏ともずいぶん違う解釈だけれど、なかなか説得力のある面白いものでした。どの演奏が作曲家が意図したものにもっとも近いのかは、楽譜をもっとじっくり読んでみないことにはわかりませんし、文学や絵画や彫刻と同じように、音楽作品も、いったん作者の手を離れれば、それを受けとる側がどのように解釈するかは作者のコントロールの及ぶところではないとも言えます。でも、残り9人の準本選出場者が、この曲をどんなふうに演奏するのかを聴くのは楽しみです。

次に、それ以外のソロ演奏についていえば、Claire Huangciの演奏は、とくに悪い点はなにもなかったけれど、自分がわざわざお金を払って彼女の演奏を聴きに行くかどうかと訊かれれば、うーん、行かないような気がする、という感じの演奏。Nikita Mndoyantsは、予選のときにも思いましたが、とにかくピアノという楽器、とくに彼が選んだニューヨーク・スタインウェイ(楽器の選択については、また後日書きます)を美しく鳴らすことが上手な人だなあと感じました。ムソルグスキーの「展覧会の絵」は、私はとくに好きな作品ではないのですが、彼の演奏はなかなかよく、フォルティッシモの大きな和音でも音がきれいなままなのがよかった。そして、楽しみにしていた阪田知樹くんの演奏は、ラフマニノフのソナタで、和音や内声部に気を配りすぎて、ラフマニノフならではの長く流れるラインがいまひとつな印象があり、身体の芯から興奮を感じた予選のときの演奏ほどは感動しなかったけれども、鳥肌がたつほどよいところもたくさんありました。

そのいっぽうの室内楽。これは本当に面白いものです。なにしろ一週間ソロのピアノばかり聴きっぱなしだったので、弦楽の響きを聴くだけで音が毛穴にしみこむような感動をおぼえました。前回のコンクールと同じで、シューマン、ブラームス、ドヴォルジャーク、フランクのピアノ五重奏の四曲のうち一曲を選ぶ、というのが課題ですが、今日演奏した3人は、それぞれがシューマン、ドヴォルジャーク、フランクと別々の作品を選んだので、違う曲が聴けたのも聴衆にとってはよかった。Beatrice Ranaのシューマンは、音質やバランスのとりかたなどはとてもよかったけれど、とくに第一楽章のきれいなメロディーの部分などは、ちょっとテンポが遅すぎて、もうちょっと前に進んでほしい、と感じましたが、これは彼女のリードが足りないからなのか、それともカルテットのテンポに彼女が合わせていたからなのかは、私にはわかりませんでした。次のNikita Abrosimovのドヴォルジャークは、とくに第二楽章のテンポが遅すぎ、また最終楽章の軽やかな部分もいまひとつな印象。それに対して、今日最後にフランクを演奏したVadym Kholodenkoは素晴らしかった。前回のコンクールでフランクを選んだのは、いろいろな意味で物議をかもしたEvgeni Bozhanovだけでしたが、今回もフランクを選んだのは彼ひとり。そして、彼の演奏は、有無を言わさず、ソロ・室内楽合わせて、今日のなかで群を抜いて素晴らしいものでした。シューマンとドヴォルジャークを演奏したカルテットとは同じ人とは思えないほど、弦もノリノリで、曲全体がエキサイティングなものでした。私は室内楽の知識が限りなく少ないので、あくまで演奏を聴いての印象ですが、このフランクの曲は、ピアニストにとっては技術的にはかなり難しいけれど、ピアノが弦をリードする、という意味では、シューマンやドヴォルジャークよりもやりやすいのではないかと感じました。でもそれは、Kholodenkoの演奏が格別よかったからそう感じたのかもしれません。とにかく、今日の室内楽を聴いて、私の同伴者は「今回のコンクールではKholodenkoが優勝する」と言い切っているくらいです(この「同伴者」は、私とは比べものにならないくらい音楽のことがわかっている人なので、彼の言うことに注目する価値はじゅうぶんありです)。

というわけで、予選とはひと味もふた味も違った展開のある準本選。たいへん面白いです。