2009年2月7日土曜日

メトロポリタン・オペラ映画館上映

今シーズンから、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が、オペラ公演を世界各地の映画館で上映するという企画をやっています。私は先月にマスネの『タイス』を観に行って、今日ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』を観て来たところなのですが、サーカスを観てきた子供のようにすっかり興奮して、すっかり病みつき、シーズン残り必ず全部観に行こうと、堅く心に誓いました。

私はピアノを割と真剣にやっているし、クラシック音楽についての研究もしたので、オペラはまあまあ観ていますが、一番好きな芸術ジャンルではありません。ほんとにクラシック音楽を研究している大学教授かいな、と呆れられそうですが、正直なところ、たいていのオペラはそもそも話の筋があまりにも馬鹿馬鹿しいし、普通に話せばいい台詞をアリアにして何分もかけて大げさに歌いあげるというその形式についていけず、音楽や演技の素晴らしさに感情移入しきれないことが多いのです。おまけに、オペラを観に行くには大枚はたいてチケットを買ったうえに、それなりに着飾って出かけなくてはいけないし、劇場そのものの雰囲気や周りの聴衆で気が散ってしまいがちなのです。テレビやDVDで観ることもありますが、それだと迫力がなくて集中できません。

ところが、この映画館でのオペラ上映は、素晴らしい!まず第一に、生のオペラを観に行くときには、大金を払っても普通はかなり遠くの席なので、舞台で起こっていることはほんの小さくしか見えないのに対して、これだと、普通の映画の二倍くらいの料金で、高画質の大画面でアップですべてが観られる。歌手だけでなく、オーケストラ・ピットの中の指揮者や音楽家も観られる。そして、休憩時間中の舞台装置の入れ替えの様子(これがものすごい!私は半分口を開けて見入ってしまいます)や、楽屋や衣装室の様子も見られるし、歌手やプロダクション・スタッフとのインタビューも見られる。実際に劇場にオペラを観に行ったのでは絶対に見られないものがたくさん見られるのです。舞台裏の様子が見られるおかげで、ひとつのプロダクションにどれだけ莫大なお金と人力がかかっているかということがよくわかるので、なぜオペラのチケットというものがあんなに高いのかも納得がいきます。オペラのが総合芸術たることがとてもよくわかるのです。しかも、画質も音質も文句なし。おかげで私は、生で観るときよりもずっと音楽や演技にも感情的に入り込むことができて、自分でもちょっと信じられないくらいですが、山場では息が詰まったりドキドキしたり涙がこみ上げたりしました。そしてまた(これはアメリカならではかも知れませんが)、映画館で観ている観客も、オペラの始まりや各アリアの後や各幕の終わりなどでは拍手をするし、特に素晴らしいアリアの最中は劇場内が張りつめたような空気になって、メトロポリタン歌劇場で観るのと同じとは言わないまでも似たような緊張と興奮を味わえます。(私としては、どうせなら本物の歌劇場と同じように、休憩時間にはバーでワインやシャンペンが飲めたらいいと思うのですが、それは今のところはなし。)観に来ている人たちは皆明らかにとても興奮して、隣の席に座っていたりトイレの列で前後になった赤の他人と思わず話をしています。

もともとクラシック音楽の世界は経済的にとても厳しいところが、現在の不況でどこのオペラ・カンパニーもオーケストラもとりわけ財政難に陥っており、メトロポリタン・オペラも大変な赤字を出していますが(あんなにお金のかかったプロダクションをしていたら赤字にならないほうがおかしいだろうと、これを観ると納得します)、そうした状況のなかで新しい聴衆層を開拓するための新メディアを使った企画としては、素晴らしいと思います。財政的にこの企画がどういう結果をもたらしているのかは知りませんが、少なくとも、オペラというものをずっと気軽にかつより深く楽しめるものにするという点では、大成功だと思います。というわけで、この企画を考えた人たちに、大拍手!日本でも松竹が提携して、首都圏何カ所かでやっています。是非どうぞ。