2009年8月11日火曜日

アメリカの健康保険制度をめぐる議論

昨日の投稿で、日本の国民健康保険について言及しましたが、現在アメリカでは医療制度改革をめぐる議論が政治の前面で行われています。高齢者や低所得者のためのMedicareやMedicaidをのぞいて政府が運営する健康保険制度が存在しないアメリカでは、雇用者を通じて加入する保険に入れない人は、個人で高額な民間の健康保険に加入するしかありません。また、そうした民間保険の多くは、pre-existing conditionこと既往症つまり既になんらかの疾患のある人は加入できない仕組みになっています。つまり、もっとも医療へのアクセスを必要としている人に保険が手に入らないという、先進国とは思えない野蛮な社会なのです。オバマ大統領は選挙キャンペーン中から、この医療制度を抜本的に改革し、すべての国民に基本的な医療が受けられるような皆保険制度を作る、と公約し、現在その議論が進行中です。

アメリカで政府運営の皆保険制度が実現しにくい背景には、保険会社、医薬品会社、医療業界などの多大なる利害と、従業員のための保険料を負担できないと懸念する中小企業の経営者などからの抵抗といった要因がありますが、なんといっても驚くのが、政府運営の健康保険制度は「社会主義である」「非アメリカ的である」といったレトリック。今の時代にこうした用語を真顔で使う人がいるのには実に驚きます。また、健康保険を政府が運営するようになったら、医師や患者の自由が制限される、行政コストが莫大に増加する、事務作業がかさんで医療行為にかかる時間や労力が削られる、ひいては老人が安楽死を選ぶというプレッシャーを受けるなど、訳のわからない理屈(?)を持ち出して議論をセンセーショナリズムに引っ張る政治家やメディアの言論人がいるので、オバマ政権はとうとうホワイトハウスのウェブサイトに、政府案を明解に説明するためのセクションまで作りました。この一連の議論についてのニューヨーク・タイムズの記事はこちら。この記事に付録としてついているInteractive Featureにみるアメリカの医療改革の歴史はとても興味深いです。内容そのものも興味深いですが、日本のジャーナリズムの(物理的にも内容的にも)薄っぺらいことに悲しみをおぼえている私は、インターネットという媒体を活かして、イベントを追った単なる年表だけでなくさまざまな一次資料を読者に提供するというその企画自体に感心してしまいます。是非見てみてください。