2009年8月17日月曜日

藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』

蝉の声をきき、おそうめんを食べ、甲子園野球をテレビで観ながら、中途半端に仕事をする、という日々を送っているのですが、これぞ日本の夏!看板の文字やものに使われている色彩、人々の服装など、視覚的に入ってくるものと、街並や交通のしくみといった空間の感覚について、「ああ、日本だなあ」と思うものが多いのですが、それに加えて、私が「日本だ!」と感じるものには、音の側面も大きいことに最近気づきました。蝉の声。甲子園の応援歌。バスやトラックやゴミの収集車(日本はゴミの収集車も小さくてピカピカ!アメリカのゴミ収集車はは大きくてうるさくて、近くにくると戦争が起こったのかと思うような騒ぎです)が道を曲がるときに「右に曲がります」などといちいち教えてくれる女性の声。駅で電車がくることを知らせるこれまた女性の声。学校で運動部が練習するときのかけ声。どれも、「ああ、ここは日本なんだ!」と実感させてくれる音です。そのいっぽうで、日本では、どんなに混雑しているときでも、バスや電車で人々がやたらとしーんと静かなのが、私にはちょっと異様に映ります。もちろん、家族や知り合い同士で乗っている人たちは話もしますが、見知らぬ人同士が目を合わせたり会話をしたりするということはまずない。どんなに暑くても「暑いですね」の一言を交わすこともなく、おとなしくバスや電車を待って、乗ったら静かに座って(または立って)いる。私の目にはそれがなんとも不思議に映ります。

甲子園について言えば、私は野球そのものには特別興味はないのですが、試合そのものそして応援の、一種の儀式としての側面が私にはとても興味があります。私は出身校が在学中に甲子園出場したこともあって、何度か甲子園で観戦したことがある(高校のときは、なんと応援団の補佐役みたいなものにもなって、こともあろうに、灼熱の甲子園の応援団席の階段を走って上がったり降りたりして、男子の応援団員にお茶を配る役だったのです!)のですが、その頃の思い出と、今テレビで見るものを重ね合わせ、そして私のごくごく限られたアメリカのスポーツ観戦経験(私は正直言ってスポーツにほとんどまるっきり興味がないので、ニューヨークで数回野球を観に行ったことがあるのと、『ドット・コム・ラヴァーズ』に出てくる「ジェフ」に教えられてテレビでバスケをしばらく観たくらいです)を比べてみると、甲子園野球(日本のプロ野球観戦はまた違った意味で独特だろうと思います)の「儀式」には、なんだか心打たれるものがあります。試合の最初と最後にはお辞儀をする。校歌を歌う。応援団はエールの交換をし、相手のチームにエールまで送る。相手チームからエールを送られているあいだは、静かに頭を下げてそれを受ける。なんと美しい日本文化!と私は思います。選手たちの姿にも、思春期の日本男子特有のいろんな思いが感じ取れて微笑ましいし、勝っても負けてもこの経験を通じてこの若者たちはたくさんのことを学んで大人に一歩近づいていくんだなあと思うと、素直に応援したくなります。

まるで関係ないですが、藤原聖子『現代アメリカ宗教地図 』という本を読みました。アメリカの社会や文化を理解するのには、宗教のことをある程度わかっていることがとても重要です。私自身、宗教のことをあまりにも知らないことが、アメリカ研究者としての大きな弱点だと思っています。これから日本でアメリカのことを研究しようとする人は、宗教を専門にすることを真剣に検討すべきだと思います。とはいえ、宗教を専門にするというのは生半可な気持ちでできるものではないので、相当の覚悟があって、とても優秀で、感性のすぐれた人でないと務まらないでしょう。とにかく、宗教というものに対する感覚が日米ではかなり違うので、日本の読者のためにアメリカの宗教の全体像を見渡すようなすぐれた入門書があるといいと思っていたのですが、この本はかなりの程度までその目的を果たしています。特定の宗教や宗派に焦点を当てるのではなく、現代のアメリカの宗教模様の全体を概観して、さまざまな宗教の相関関係や、それぞれの宗教や宗派が政治・経済における「保守 vs. リベラル」といった軸とどのような位置づけにあるのかといったことが、わかりやすく書かれています。また、YouTubeのさまざまな動画を資料として引用することで、教義や組織についての理論的な説明だけでなく、信者の顔ぶれや礼拝や儀式の様子をエスノグラフィック(民族誌的)に伝え、宗教を「生の」実践として描いているところがなかなか画期的です。新書という形式上、紹介できる内容は限られているので、「あれも書いてほしかった、これも書いてほしかった」と言い出せばきりばキリがないですが、あえて数点だけ言うならば、(1)カトリックについての説明があまりにも少ないのはちょっとおかしい、(2)宗教と人種の関係についてもうちょっと説明がほしい(最終章では「マイノリティと宗教」というトピックが扱われていますが、宗教的マイノリティということだけでなく、さまざまなキリスト教会におけるアフリカ系アメリカ人の位置とか、モルモン教における太平洋諸島先住民の位置とか)、ということです。でも、入門書としてはなかなかよいので、よかったらどうぞ。