2013年6月7日金曜日

クライバーン・コンクール本選第1日目

いよいよ昨日はコンクール本選第1日目でした。予選・準本選のときよりも、ホールもいっぱいになって、夜の演奏なので聴衆もかなり着飾って、会場全体の盛り上がりが増しています。


今回も、出演者は2曲のコンチェルトをフォート・ワース・シンフォニーと共演します。そのうち一曲は、ベートーベンの第1番から5番またはモーツァルトの第21番から24番または27番のうちのひとつ、そしてもう一曲は交響楽団とピアノのために書かれたコンチェルトならなんでもよし、ということになっています。ただし、後者は事前に財団長、審査員長、そして指揮者の承認を得る必要があり聞いたところによると、Sean Chenはバルトークの第2番を断られたそうです。たった2回のリハーサルという制約のなかで、指揮者とオーケストラそしてもちろんピアニストがまとまった演奏に仕上げにくい作品はだめ、ということなのでしょう。自分が得意とする作品を演奏できないのは残念でしょうが、それと同時に、オーケストラとの共演でよい演奏に仕上がらなければ当然本人のためにならないし、このコンクールに出るようなレベルのピアニストは複数のコンチェルトがレパートリーにあるはずなので、まあ妥当といえる指示でもあります。(ちなみに代わりにSean Chenが選んだのはラフマニノフの第3番。これはコンクール最終日である日曜日の一番最後に演奏されます。)

本選初日の昨晩に演奏した3人は、Beatrice Rana, Nikita Mndoyants, Fei-Fei Dongの3人。Ranaはベートーベンの第3番、Mndoyantsはプロコフィエフの第2番、Dongはラフマニノフの第3番を演奏しました。

これらの演奏を聴いての私のまず最初の感想は、フォート・ワース・シンフォニーの腕前が、4年前と比べてずいぶん上がったなあ、ということ。これは、指揮者が変わった(前回のコンクールまではジェイムズ・コンロンでしたが、今回はレナード・スラトキンが指揮しています)からなのか、オーケストラのメンバーの腕前が上がったからなのか、その両方なのかはわかりませんが、とにかく、オーケストラ全体としての音のまとまりも、楽器(ピアノ以外)のソロのパートも、前回よりずっとよくなっていると感じました。オープニング・ディナーのときに、昨年このオーケストラに入団したというカザフスタン出身のヴァイオリニストや、他に最近入団したメンバー数名に会いましたが、アメリカのオーケストラのオーディションはどこもたいへん競争率が高く、しかも伝統のあるたいへん立派なオケを含め、各地のオーケストラは財政難で苦しんでいるので、空きのあるオーケストラにはきわめてレベルの高い音楽家たちが集まってくるからでしょう。(ちなみに大学教員の採用も似たような状況。)

オーケストラ自体の音のまとまりはよかったけれど、ソリストと指揮者そしてオーケストラとの呼吸はどうかというと、これは演奏によってまちまち。なにしろ出演者はみな20歳前後で、どんなにレベルが高くても実際にオーケストラと演奏した経験はそんなにたくさんあるわけではないでしょうし、しかもここでは、2日前に本選進出がわかったばかりで、それから1日半のあいだに2回のリハーサルをするだけで本番を迎えなければいけないのですから、まあ当然です。

最初に演奏したBeatrice Ranaのベートーベンは、たいへんきちんとして気品のある演奏。オーケストラとの呼吸も合っているし、ソロとしても、全体としても、とてもよくまとまった演奏でした。彼女が3位以内に入賞するのはほぼ間違いないと思います。

次に演奏したNikita Mndoyants(ちなみに彼の父親は、1977年のクライバーン・コンクールに出場して5位に入賞した、という人物)のプロコフィエフ第2番は、この作品ならではの野性的(凶暴とすらいえる)な響きやリズムが、もう少し利いているといいなあ、という印象。こういう曲は私は必ずしも好きではないのですが、こういう作品は、生で聴いてこそ面白みがある(よほど素晴らしい演奏でないかぎり、録音で聴くとただウルサイだけになりがち)というもので、その迫力をもう少し見せて・聴かせてほしかった。前回のコンクールのときにヨルム・ソンが同じ曲を演奏して、そのものすごさに圧倒されたのですが、それと比べると全体的に印象が薄い感じ。(ちなみに私は、この曲にかぎらず、プロコフィエフを、小柄な若い女性が、髪を振り乱して野獣のような表情で演奏すると、聴衆は、「この人はベッドのなかではいったいどんなふうなんだろう」と想像して興奮するんだという理論(?)をもっています。大きな図体をしたロシア人男性が演奏するのとはまったく違った効果。)

そして最後のFei-Fei Dongのラフマニノフ第3番は、カデンツアなどでなかなかいい部分もあったものの、全体としては不均衡な演奏だったように思います。第1楽章の最初の部分では、オーケストラとの意思疎通がうまくいっておらず、どうなることかと思ったものの、後半ではだいぶよくなって、この曲ならではの美しさがよく出ていた箇所も多々ありました。ただ、いくつかの箇所で、低音や内声をやたらときかせるといった納得のいかない部分があり、2009年のコンクールでまったく訳のわからないラフマニノフ(彼が演奏したのは2番でしたが)の演奏をしたボジャノフの真似をしているんじゃないかと思ってしまうくらいでした。彼女は本選に進むべきではなかったと感じている聴衆は多いようで、私は彼女の予選最初のリサイタルが素晴らしかったので、総合的に考えると本選にいてもまあおかしくはないかなと思うものの、かわりにAlessandro Deljavanが本選で演奏するはずだったブラームスを聴けていたらよかったなあと思わずにもいられません。

でも、先日のJade Simmonsのインタビューでも考えさせられましたが、個々の演奏のよしあしはともかくとして、こんな大きなコンクールでここまで進んできた出演者たちの音楽的能力と精神力に大拍手です。準本選までは、私は本当に素晴らしかったと思った演奏にかんしては立って拍手、そうでなかったものには座ったまま拍手をしていたのですが(これまでウェブキャストを見ていて、本選から現地で見学にやってきた友達によると、私は4列目の真ん中にいるので、私が立っているか立っていないかはよく見えるらしく、「あ、これはマリは気に入ったらしい」「マリはいまいちと思ったらしい」などと言いながら見ていたらしいです)、本選では、自分の評価は別にして、すべての演奏に立って拍手を送ることにしています。考えてみたら、演奏がよくてもよくなくても、プロコフィエフの第2番をオーケストラと共演して、終わってもまだちゃんと立って笑顔でお辞儀ができるなんて、それだけで大拍手に値するような気がします。

さて、今晩の最初の演奏は、阪田知樹くんのモーツァルト第20番。私が子供の頃に勉強したことのある作品です。第1日目が終わった時点では、Sean Chenの出来次第では、阪田くん3位入賞もありえる、という状況になってきたと私は見ていますが、とにかく、自分らしい素直で伸び伸びした演奏をしてほしいと思っています。