いよいよ大統領選まであと3日を残すところとなりました。各党の予備選から始まってあまりにも長い選挙戦だったので、見守るほうもみなかなり疲弊気味ですが、ここ数週間の世論調査では全体としてオバマ氏優勢とは言うものの、オハイオ、ペンシルヴァニア、ミズーリなど、鍵となるいくつかの浮動州がどちらに動くかまだまだわからないので、両候補ともこの週末に最後のスパートです。オバマ氏の出身地であり、1960年代からは伝統的に民主党支持でもあるハワイでは、オバマ氏勝利は決まっているようなものなので、地元の選挙活動は州や市レベルの活動がほとんどですが、アメリカ本土での大統領選キャンペーンのための電話でのボランティアなどは、大学生などの若者も含めさかんに行われています。私も明日の日曜日、ボランティアしようと思っています。
今学期、アメリカ女性史の学部レベルの授業を教えていることは前にも書きましたが、選挙にちなんで、先週の授業では、学生たちに討論をさせました。「どちらの大統領候補が、女性にとってよりよい政策をもたらすか」というテーマで、クラスを一チーム5人ずつ、4つのチームに分けました。5人それぞれが、冒頭弁舌、質問、質問への応答、反論、結論のどれかの役を担当し、2分から5分のあいだ全員の前で話さなければいけない、という設定にしたので、もとはそれほど政治に関心のない学生も、人前で話すのが苦手な学生も含め、全員が参加しなければいけません。授業中の討論に加えて、各学生は同じトピックで800語の論説も書いて提出しなければいけません。(論説でとる立場は、討論で自分が課されたチームと違ってもよし、ということにしました。)おかげで、みなしっかりと両候補の政策やこれまでの経歴などをリサーチし、それぞれのチームは授業の外でも何度も作戦を練るためのミーティングをして、チームによっては討論の当日わざわざおそろいの服まで着て、張り切ってのぞみました。両チームとも熱弁をふるって、学生はなかなか楽しんでいたようです。準備には相当時間がかかったし、質問に即座に応えるのはとても難しくストレスフルだったけれども、こうして選挙前に両候補のことをきちんと調べて考える機会が与えられたのはとてもよかったと学生は言っていました。エヘン。
ところで、日本でも報道されているようですが、ここ2週間、大統領選の話題で注目を浴びているのが「配管工のジョー(Joe the Plumber)」。オハイオ州遊説中のオバマ氏に、オバマ氏が大統領になったら自分のような人間にとっては増税になるのではないか、と質問したことがきっかけで、オバマ氏対マケイン氏の最終討論のときに両候補に計26回も言及されて以後、世界中の注目の的になったのが、オハイオ州在住の34歳の配管工、ジョー・ワーゼルバッカー氏。話題になってから、彼は実はきちんとした配管工としての免許ももっていないこと、彼が現在勤めている従業員2人の会社を買い取ったとしても、オバマ氏の政策によると多少の増税となる年収25万ドルのラインには到達しそうもないこと、さらには、彼は本当に税金を払うのが嫌いで、既にオハイオ州に千ドル以上の未払いの税金があることなどが、世界中に露呈されています。それでも、共和・民主両党とも、「配管工のジョー」を、アメリカ国民の象徴として扱い、マケイン陣は、ワーゼルバッカー氏の自宅に運転手を送り、マケイン氏の遊説先で彼にスピーチをさせています。全国メディアからの取材が殺到して、あまりにもたいへんな騒ぎなので、ワーゼルバッカー氏はついに取材を管理するエージェントを雇ったという話です。
選挙選にはいつもいろいろな珍談がつきものですが、なぜよりにもよって配管工の一男性がここまで大騒ぎになるのか、日本の人にはわかりにくいかもしれません。もちろんアメリカの人だってかなり首をかしげるような状況なのですが、社会・文化的な要因として、「配管工」という職業が意味するものやイメージが日本とアメリカではだいぶ違う、というのもあるでしょう。日本の配管工について私はなにも知らないので、そのうちちょっと調べてみようと思っていますが、一般消費者が必要があって家に配管工事に来てもらうときにやってくる「配管工さん」というのは、概して、地域の配管工事会社の従業員で、きれいな制服を来たお兄さんまたはおじさんが、お願いした日時にきちんと現れ、「お邪魔いたします」とかなんとかあいさつをして、出されたスリッパをはいて、台所なり風呂場なり問題の箇所に行き、床が汚れないように敷物などを敷いて、てきぱきと仕事をし、作業が終わったらそのあたりをきれいにふいて、また「失礼いたしました」とかなんとか言って頭を下げて帰って行くのではないでしょうか。アメリカにだってもちろんいろんな配管工がいますが、少なくともイメージとしては、ちょっとあるいはおおいに太っているおじさんが、約束の時間よりずっと遅れてやっと現れたかと思うと、泥のついたブーツで面倒くさそうに問題の箇所に行き、「よっこらしょ」とかなんとか言ってかがむと、ずり下がったジーパンの後ろからお尻の割れ目がちょっとのぞいてしまう。そして、なんやかんやといじっていたと思ったら、「部品が足りないので今日は仕事を終えられない」とかなんとか言って、じゃあ次にいつ来てくれるのかと思ったら2週間くらい先まで空きがないと言う。そのあいだ水道は使えない。やっと2週間がたって、また約束の時間よりずっと遅れて現れた「ジョー」は、しばらくごちゃごちゃと作業をし、終わったと思ったら、「じゃあこれ」と、膨大な額の請求書を出す。なにしろそういうイメージなのです。自動車の修理工などと同じで、素人の消費者はこうした技術者にはまるで口出しも反論もできない立場なので、納得がいかないながらも請求された額をおとなしく支払う、という状況です。
とにかく、アメリカでは配管工というのは、ブルーカラーの職人、しかも仕事の依頼さえあればかなりの高収入を得られる職業、というイメージが強いのです。大きな企業に勤めるよりも自営業を目指す指向の強いアメリカの文化には、誰の指図を受けることなく、自分の腕で仕事をする、配管工のような職業を、古典的な働く男性像として賞賛する部分があります。そしてさらに、配管工というと白人労働者をイメージする人が多いのです。つまり、「配管工のジョー」は、かつてヒラリー・クリントンが主要支持基盤のひとつとしていた社会階層を象徴するような存在なのです。その「ジョー」が、すっかり共和党のアイドルになってしまったのには、数多くの皮肉があります。ノーベル経済賞受賞が決まったばかりの
ポール・クルーグマン氏は、実際のオハイオ州の配管工の収入についてのデータを分析して、オバマ氏の政策のほうがワーゼルバッカー氏のような人々にはずっとサポーティヴである、と論じています。
まあとにかく、「配管工のジョー」に加え、maverickだのhockey momだのdrill, baby, drillだの、今回の大統領選では、独特のキーワードがたくさん生まれています。いずれどこかで、これらの用語や表現を説明したいと思っていますので、ご期待ください。