2010年4月23日金曜日

Kindleか?iPadか?紙の本か?

子供の頃から本を読むということが自分のアイデンティティの大きな一部であり、本を読んだり書いたりすることを仕事にできる非常にありがたい身分になった私には、「本」の従来の形態にはたいへんな愛着があります。よくも悪くもアメリカと比べると日本ではいろんなコンテンツの電子化が遅いので、日本で電子書籍が紙の本を駆逐してしまう日はそう近くは来ないだろうとは思うのですが、それでも、本の種類によっては、電子化がとてもエキサイティングな可能性をもたらすことは確実。たとえば、音楽についての本なら、読んでいる部分で言及されいる曲の一部を聴けたらいいし、今みたいに高いお金を払って美術書や建築書を買わなくても画像が見れたり(それもズームできたりさまざまな角度から見れたり)したら、それは読者にとっては魅力的に違いないでしょう。

私は、少し前から、アマゾンのキンドルの購入を検討していたのですが、そこにiPadが登場し、「うーん、どちらにしよう」と悩んでいるところに、『ニューヨーカー』誌に、電子書籍の現在と将来について検討した記事が載りました。これはたいへん興味深く、知らなかったことを沢山知り、考えさせられることも多かったですが、キンドルにするか、iPadにするか、それともどちらもやめて紙の本を読み続けるかについては、記事を読んでますます決めがたくなってしまいました。

私がキンドルまたはiPad購入を考えている主な理由は、この先も一、二年間は、日本とハワイとアメリカ本土を行ったり来たりする生活が続きそうで、職業上どこでもかなりの数の本を買うので、移動のたびにそれらの本を送ったり運んだりするのでは輸送費がたいへん、ということです。日本語の本に関しては電子書籍化がまだまだなので、今後も紙の本を買い続けますが、移動中に使う英語の本は、キンドルかiPadに何百冊も何千冊も入ってしまうのだったらそんなに便利なことはないような気がします。

私と本の関係が、消費者と商品というものだけであるならば、ことは簡単です。同じものを読むのなら、持ち運びが簡単で、安いほうがいいに決まっているでしょう。単純な値段ということで言うならば、キンドルのほうがiPadよりも、機械そのものも安いし、本を買うときの単価も低い。噂に聞くところによると、一回の充電で読める時間もキンドルのほうが長く、目にも優しいらしい。私は基本的に電子書籍を読むための道具を買うのであって、iPadについてくる(あるいはつけられる)さまざまなアプリケーションにはあまり興味がない。すでにiPhoneを使っているけれども、主な用途は外出時のメールのやりとりと電車やバスでiPodを聴くことで、iPhoneをじゅうぶんに活用しているとはおそらく言えないし、iPadを買ったとしてもいろんなアプリを使って仕事をしたり遊んだりするとはあまり思えない。だいたい、すでに家ではMacBook、外出先ではiPhoneを使っているのだから、その上さらにiPadを持たなくてもいいんじゃないか。そして、今すでにメールとFacebookとその他で、中毒とも言えるほどネット漬けの生活なのに、さらにiPadを手に入れてしまったら、超えてはいけない一線を超えてしまうことになるんじゃないかという心配も。

ならばキンドルにすればいいじゃないか、と答えは簡単そうですが、このニューヨーカーの記事を読むと、アマゾンの現行の電子書籍のビジネスのやりかたは、長期的に出版業界そして著者にとってよいとは言えないらしいのです。なんとアマゾンは、キンドル用電子書籍の多くの本を出版社から13ドルで買って9.99ドルで消費者に売っているのだそうです。一冊の本を売るたびに3ドルも損失を出しながらも、低価格で商品を提供することによって、市場シェアを拡大し、キンドル販売を促進して、現在ではアマゾンは電子書籍市場の8割を手中に入れているそうです。しかし、そうやって恣意に書籍の価格を低く設定することは、出版社の利益を減らすことになり、著者にとってもよろしくない。また、すでにそうした動きが一部でありますが、バーンズ&ノーブルなどの物理的な書店やアマゾンなどのネット上の書店が、出版事業にも手を出すようになると、著者の獲得をめぐって書店と出版社が競合するようになる。そうした事態を避けるために、出版業界はアマゾンのような電子書籍を扱う書店に対して、「エージェンシー型」をとるよう求めている、とのこと。この「エージェンシー型」とは、出版社が売り手で、アマゾンのような電子書籍の書店はその商品を扱うエージェンシーに徹する、ということらしい(でも、この記事の説明では、現行のシステムと「エージェンシー型」がどう違うのか、私にはいまいちよくわからない)。そうした状況のなかで、アップルが提示しているiPad用の電子書籍ビジネスモデルは、アマゾンのそれよりも、出版社に価格などのより大きなコントロールを与えるので、出版業界にとってはよい、とのこと。詳しいことはなかなか複雑なので(そしてこの記事を読むと、出版業界の基本的なビジネスのありかたが、相当に非効率的なものであることがわかります)私にも100パーセントは理解できないのですが、要は、単なる一消費者の立場からすればキンドルのほうがよし、出版業界の長期的な将来を考えるならば多少機械と本の値段は高くてもiPadのほうがよし、ということのようです。安いにこしたことはないし、旅行先などで長時間本を読むのに便利なほうがいいし(今、世界各地の空港で何日間も足止めを食らっている人たちにとって、電子書籍はいいでしょうねえ)、目は悪くならないほうがいいですが、本を書く人間としては、出版業界が健全に活力を持ち続けてくれなくては困るので、出版社の基本を覆すようなことには加担したくないし...困ったなあ...と、困って決めかねているあいだに、どんどんと重い紙の本が増えていくような気がします。

それにしても、日本でも電子化が進むと、出版社の役割はずいぶんと変わってくるのでしょうが、そうすると、出版社の本来の仕事を高レベルでやる出版社と、そうでない出版社のあいだで明らかな差が出て、前者は電子化をうまく利用してさらに発展し、後者は淘汰されていくのではないでしょうか。有能な編集者が、本にすべきアイデアや原稿を見つけ、著者を育てたり励ましたり叱咤したりし、議論や文章を整え、内容にふさわしい体裁を作り、その本を読むべき読者の目や手に届くようにする。そういう出版社は今後も元気にいてくれるでしょう(と願いたい)ですが、まともな編集作業をしない、印刷屋に毛の生えたような出版社は、アマゾンやグーグルが出版事業を拡大したら、やることを失って消えていくことでしょう。いや、アマゾンやグーグルが入らずとも、著者本人が、編集者の介在なしにとにかく文章を世に出したいと思ったら、このようにブログで書けばいいわけだし、それを読者が読むのを有料化することだってできるだろうし...ネットの普及によって言論行為が民主化するという一面も確かにあるでしょうが、言論媒体が多様化することによって、言論そのものの質にも格差が広がってくるのじゃないかと私は思います。

では、これより重い紙の本を抱えてベッドに入ります。

5 件のコメント:

Isao さんのコメント...

私はキンドルを買いました。iPadも比較してみたのですが、重い上にパソコン画面でPDFを見るのと本質的に変わらないので、3分で目が疲れてきます。
http://ow.ly/1Cr5W (手前味噌です)
出版業界にとってよくない、というのは被害者意識ではないのか、とどうも疑ってしまいます。紙製品を原価割れで売るならともかく、元々丸儲けなデジタルコピーを13ドルで販売するのはマイクロソフトと同じではないのか?と思ってしまいます。僕はキンドルの購入以来、本を読む時間が従来の3倍(一日1.5時間)、購入量も3倍に増えました。出版社にとってもよいことなのでは。

泰裕 さんのコメント...

とてもつまらない記事でした。

Works さんのコメント...

『印刷屋』とはずいぶんな書き方ですね。
せめて『印刷会社』としてください。
出版は印刷会社なしでは成り立たないし、電子書籍も同様です!
組版のイロハを理解した者が作らないと、程度の低い電子書籍が氾濫します。
それはあなたの仰るように、きちんとした編集がなされる事と同列なものです。
画面が見やすい事も大切かもしれませんが、現在、使いやすい電子書籍とはどういうものかを試行錯誤しているのは、有識者や大手の出版社だけではなく、中小の印刷会社でもあるのです。

Mari Yoshihara 吉原真里 さんのコメント...

私は紙の本も電子メディアもかなり大量に消費する人間ですので、優れた出版社とそうでない出版社があるのと同様に、優れた印刷会社(私は「印刷屋」と「印刷会社」という単語にはとくに違いを見出さない、むしろ「印刷屋」のほうに職人芸的なものを感じて好感をもつくらいですが、業界のかたに失礼がありましたらお詫び申し上げます)とそうでない印刷会社があるのはじゅうぶん認識しています。私が言いたかったことは、出版社の根幹は編集という作業にあるのだから、その作業をまともにしないような出版社は、存在意義を失うだろう、ということです。出版が印刷会社なしでは成り立たないのはわかっていますが、編集をまともにしないような出版社は、印刷会社があれば成り立たなくなるだろう、ということです。

Works さんのコメント...

すみません、決して揚げ足を取るつもりでコメントしたのではないことをご理解ください。

残念ながら紙の本の現在ですら、編集をまともにしない出版社は沢山あります。外部の編プロや編集のできる印刷会社に丸投げというのが現状です。
それはそれでうまく回っているのであれば問題はないのですが、こと企画に関しては印刷会社ではどうにもなりません。
私が危惧するのは、企画も編集も見せ方も程度の低いものが氾濫すること。
それらが常識となる土壌が電子出版には既に存在するのではないでしょうか。
きちんと作られたものならばお金を払う価値は十分にあるけれど、悲しいかな素人がプロのような知識なしに作った電子書籍がある程度売れているのも事実です。
Kindle、iPadに関していえば、見せ方や売り方を工夫し、紙と並行した新たなコンテンツ作成を可能としなければなりません。

すみません、この記事は作り手ではなく、使い手側の内容ですよね。
コンテンツ制作側の読みはズバリiPad寄りでしょう。
我々世代と10代20代の感覚は別物です。
小説などの読み物であればKindleで十分ですが、学術書やビジュアルベースの書籍がiPadに適わないのはご承知の通りだと思います。(Kindleがアップデートすれば別ですが)
必要な情報を必要なだけ取得するという発想は、インターネットで大半が体得済みです。
そこを考えた売り方が出来れば、買う側も便利な方を選ぶのではないでしょうか。
例えば学術書や全集であれば、Chapterごとに安価で切り売りするとか。
目次や索引を無料のアプリケーションとして公開し、そこから必要な部分のみの購入へ誘導する。(著作権云々は別の問題として)
音楽をアルバム単位ではなく、曲単位で購入できる仕組みと似ています。
出版社や著作者がこういう発想を受け容れるかどうかというハードルがありますが、私も一ユーザーですので、そういうものがあれば便利かなと思います。

どのような形にしても、ユーザーフレンドリーでなおかつ紙の出版も保護できる仕組みを考えられる出版社は残っていくのでしょうね。