このセンターは、サンフランシスコ交響楽団の芸術監督であるマイケル・ティルソン・トーマスが率いるニュー・ワールド交響楽団(New World Symphony)の新しい拠点としてオープンした、実に画期的なホール(およびそれを包む空間一帯、であることが重要)です。ニュー・ワールド交響楽団とは、音楽大学を卒業した優秀な若手音楽家たちが、オーケストラの楽団員としての修業を積み、プロの演奏家としての準備をするために1987年に創設された交響楽団で、私の友達のホノルル・シンフォニーのメンバーのなかにも、ニュー・ワールドの卒業生(というのかな?)が何人もいます。ロスアンジェルス・フィルハーモニーの拠点であるディズニー・ホールをデザインしたフランク・ゲーリー(ロスアンジェルス・フィルハーモニーについても、ゲーリーについても、『現代アメリカのキーワード 』にエントリーがありますので読んでくださいね)の設計による新センターは、オーケストラと社会の関係を考え続けてさまざまな実験的試みをしてきているティルソン・トーマスの創造性と、ゲーリーの建築家としての斬新さ、ニュー・ワールド交響楽団そしてマイアミという街のの若いエネルギーが一緒になって生まれた、実に斬新(ロスの記事の副題にはradicalという単語が使われています)なキャンパスだということが、オープニング・ウィークの様子から伝わってきます。日本が誇る音響設計家、豊田泰久氏による世界最高の音響は、ホール内上部に設置されている何層もの壁に投影される画像や動画と一緒になって、新しいジャンルの音楽体験を生み出す。なにしろ、音響と同じくらい視覚的な側面にも注力しているらしく、技術的にも芸術的にも最新の才能が投入されているらしい。そして、演奏は、ホールの外につけられた167個のスピーカーと巨大な画面を通じて、SoundScapeという名の公園で同時上映される。ニューヨーク・タイムズのクラシック音楽評論家であるAnthony Tommasiniも、ロスと同様、音響は最高と評しています。もちろん、すごいのは、そうした物理的空間だけでなく、そこで生み出される音楽そのもの。ティルソン・トーマスのもとで生み出された多岐にわたる実験的プログラミングや演奏形式も画期的で、聴衆はさまざまな形で音楽を体験することができる。ロスは記事の最後で、「クラシック音楽というのは、現代の人間によって生み出されている生きた芸術である、というメッセージをこのセンターは伝えようとしている」という主旨のことを強調しています。
ロスの記事に加えてこちらのスライドショーで、その様子が伝わってきます。見ているだけでワクワクしてきて、「私も是非早く行ってみたい」といてもたってもいられない気持ちになりますが、ロスの記事にもまして臨場感と鋭い分析をもってこのオープニングについてのレポートをしてくれているのが、潮博恵さんのウェブサイト。潮さんについては少し前の投稿でご紹介しましたが、私がお会いしたのは、潮さんがマイアミに出発する数日前のことでした。前にも書きましたが、潮さんの文章は、簡潔にしてポイントをつき、素直な感動と明快な論理が伝わってきますし、なんといってもウェブサイト上の情報の整理のされかたが、拍手をしたくなるくらい見事。ぜひぜひご覧ください。
ちなみにこちらのYouTubeビデオは、ロス自身が撮影したものらしい。ホール外の画像の様子も、音響も、よくわかります。
それにしても、音大を卒業してまもない若手音楽家たちのオーケストラの拠点としてこんな世界最前線のホールができてしまうアメリカ(もちろん、アメリカのいたるところでこんなことが可能なわけではなく、実際には、アメリカの多くの都市で、伝統あるプロのオーケストラが財政難でストライキになったり廃業寸前になったりしています)に対して、日本では、プロのオーケストラのほとんどが、公演をするホールでリハーサルができない(つまり、ホールの音響環境に合わせて音づくりを準備することができない)という惨憺たる状況。困ったなどというものではありません。