ハワイ大学アメリカ研究学部教授、吉原真里のブログです。『ドット・コム・ラヴァーズーーネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008年)刊行を機に、アメリカのインターネット文化や恋愛・結婚・人間関係、また、大学での仕事、ハワイでの生活、そしてアメリカ文化・社会一般についての話題を掲載することを目的に始めました。諸般の事情により、2014年春から2年半ほど投稿を中止していましたが、ドナルド•トランプ氏の大統領選当選の衝撃で長い冬眠より覚め、ブログを再開することにしました。
2009年2月20日金曜日
ニューヨーク・ポストの風刺漫画への抗議
17日(火)にニューヨーク・ポストに掲載された風刺漫画に各方面から抗議の声があがり、同紙は19日に謝罪文を発表しました。問題となったのは、二人の警官のうち一人がチンパンジーを銃で撃ち、傍らにいるもう一人の警官が、「次の景気対策法案を書く他の誰かを探さなきゃいけないってことだな」と言っているシーンを描いた漫画です。同紙は、これは前日にコネチカット州で飼い主の友人を襲ったチンパンジーを警官が銃殺したという事件を背景に、景気対策法案の文章がきわめてぎこちないものであることを風刺した漫画であって、オバマ大統領とはなんの関係もない、と表明しています。しかし、黒人をチンパンジーやサルに喩える差別的な描写が数多くなされてきた歴史を背負うアメリカでは、このチンパンジーがオバマ大統領と結びつけたものだと見られるのは当然のことです。しかも、この漫画が掲載されたのが、オバマ大統領の署名により景気対策法案が成立したその日であるのですからなおのことです。漫画が掲載されてから数時間のうちに、元民主党大統領候補アル・シャープトン牧師などの黒人コミュニティのリーダーを初めとし、全米各地から強い抗議の声があがりました。私のところにも友達から抗議文への署名を求めるメールが即座に送られてきて、私もサインしました。このように即座に抗議の声が広まるのがデジタル時代のすごいところです。その効果あってニューヨーク・ポストは、「この漫画は人種差別を意図したものではない」との立場を崩さないまま、「この画像によって気分を損ねた人々には謝罪します」と発表しました。ただしこの謝罪文は、「抗議の声を挙げた人たちのなかには、以前にポスト紙と意見を異にした人たちで、この一件をポストへの仕返しとして使っている人もいる。そうした人たちへの謝罪は必要ない。便宜主義者たちがなんと言おうとも、ときには漫画は単なる漫画以外のなにものでもないのだ」という文でしめくくられています。
「ときには漫画は単なる漫画以外のなにものでもない」というのは、差別的な表現への抗議に反論する人々が頻繁に使ってきた議論で、大学の授業でこうした問題を議論するときに、似たような意見を述べる学生もいます。しかし、仮に作者やそれを掲載した媒体に差別的な意図がなくても、イメージを構成する要素はそれぞれの歴史を背負っています。その歴史の遺産が厳然と残っている社会のなかで、同じ要素を使いながらそうした意味とまるで切り離された言論は存在しないでしょう。