2009年6月2日火曜日

舞台外のコンクール風景






昨日と今日は、ファイナリストたちがオーケストラとリハーサルをする日なので演奏はなし。私は、いろいろなかたにインタビューをしたり、リハーサルの見学をさせていただいたりして過ごしました。なかでもとても興味深いお話をうかがったのが、審査員の先生がた数人、そして辻井伸行さんのお母さまの辻井いつ子さん、そしてマネージャーの蕪木冬樹さんでした。

審査員は、現在進行中のコンペティションで個々の出場者について具体的コメントはしてはいけないことになっているので(これはメディアなどの外部の人間に対してだけではなく、審査員同士でもそういう話はしないことになっているそうです)、誰のことをどう思うといったことを聞いたわけではなく、むしろ、クライバーンのようなコンクールの意義についてどう考えているか、芸術のように数量化不可能なものをあえて点数で評価しなければいけないことについてどうアプローチしているか、音楽以外の要素(年齢、服装、演奏中の表情など)がどのように評価に影響するかしないかなどについて考えをうかがいました。私にとってとくに面白かったのは、コンクール全般、そしてとくにクライバーンに関していえば、誰がもっとも才能のある音楽家であるかを判断する場では決してない。Xが一番でYが二番といった判断をする場でも決してない。むしろ、どの音楽家がプロの演奏家として世界に出ていく準備がもっともできていて、このように大変なスタミナが要求されプレッシャーの高い状況のなかでもっとも音楽性の高い演奏をするかを見て、そうした資質を備えている若い音楽家を世に送り出すための場である。また、厳しいオーディションを経て参加を許された最高レベルの音楽家たちを、聴衆やメディアに紹介し、今後の仕事につなげる機会を提供するためのものである、とのことでした。

年齢や服装に関しては、審査員それぞれ考えが違うので一口には説明できませんが、基本的には、18歳の人と30歳の人では同じ曲でもアプローチや演奏が違うのは当たり前で、30歳のピアニストには30歳にふさわしい成熟度を期待するのは当然だが、それと同時に、コンペティションという設定のなかでは、年齢や国籍や障害などの要素は一切関係なく、すべての参加者が同じ土俵で審査されるのだ、ということでもありました。まあ当然といえば当然ですが、実際のところ、今回ファイナルに残っている6人はそれぞれとても違うタイプの演奏家なので、それを相対的に評価するのはとても困難なことではないかと思います。

辻井伸行さんのお母さまとマネージャーの蕪木さんのお話からは、辻井さんの音楽家としてそして人間としての長期的な成長を第一に考えていらっしゃることが明らかで、頭が下がりました。どうしても「盲目のピアニスト」ということで話題性が先行してしまいがちな状況のなかで、辻井さん本人も、そして辻井さんを支える周りのかたがたも、センセーショナリズムに巻き込まれずにきちんとした音楽家としての発展をしていくことを考えているということが、とても立派です。お母さまいつ子さんの著書『今日の風、なに色?―全盲で生まれたわが子が「天才少年ピアニスト」と呼ばれるまで』そして『のぶカンタービレ! 全盲で生まれた息子・伸行がプロのピアニストになるまで』に、辻井さん親子がこれまでに辿ってきた道、そしてこれから先への思いが綴られています。

今日は、フォートワースの動物園で、コンクールのパーティがありました。「ウェスタンまたはカジュアル」というドレスコードだったので、地元の人たちはみなカウボーイハットやブーツ姿で現れ、参加者にはクライバーンコンクールのマークが入ったバンダナが配られました。審査員の先生がたもみなリラックスした雰囲気で、ファイナルに残らなかった出場者ととてもフレンドリーに会話をして励ましの言葉をかけているあたりが、とても心温まりました。ヴァン・クライバーン氏本人も現れ、辻井さんを含め参加者たちと楽しげに会話をしていました。こうしたアレンジのしかたが、アメリカ的というかテキサス的というか、クライバーン・コンクールならではだと思います。

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