2010年9月13日月曜日

ハワイの選挙戦と「ローカル」力学

昨日は、シアトルから休暇と講演を兼ねてハワイに二週間来ている知人がオアフ島の北側のビーチハウスを借りて滞在中なので、彼に会いに行ってきました。ブランチをしながら二時間ほどしゃべってさっさと帰ってくるつもりが、海と空があまりにも美しく、静かで平和なので、結局まる一日をそこで過ごすことになりましたが、フィリピン史の専門家であるその知人との会話も、芝生の庭で海を見ながら食べたサンドイッチも、ゆったりと流れる時間も、なにもかもが完璧で、頭も心も身体も幸せな一日でした。

アメリカでは十一月の中間選挙にむけてキャンペーンが繰り広げられていますが、ハワイでは、各党の候補者を選ぶ予備選が今週土曜日に行われます。各候補が掲げる綱領の内容ももちろんですが、選挙キャンペーンの形式というのも、日本とアメリカでずいぶんと違い、それを観察するだけでもなかなか面白いです。たとえば、車社会のアメリカでは、日本の都会であるような街頭演説というものはまずなく、演説や候補者同士の討論は学校や街の講堂などの集会で行われるいっぽうで、交通量の多い道路沿いや交差点付近で、候補者および支援者が候補者の名前をかいたサインを持って車で通り過ぎる人たちに向かって手を振る、というのがよくあるキャンペーンのひとつです。

さて、ハワイで今回もっとも注目されている選挙のひとつが、州知事選です。伝統的に民主党の強いハワイ州で、その伝統を破ってここ二期は共和党のLinda Lingleが知事を務めてきましたが、彼女の後任の座を民主党が取り戻そうとしています。民主党の最有力候補は、合衆国下院議員を務めてきたNeil Abercrombie氏と、ホノルル市長を務めてきたMufi Hannemann氏。このふたりのあいだの選挙戦が、ハワイという場所ならではの力学を垣間みさせてくれて、なかなか興味深いです。

私はまだ日本にいたときだったので直接は受け取っていないのですが、数週間前にHannemann陣営が住民に配ったチラシが、大きな話題をよび、各方面から強い批判を受けたために、Hannemann陣営はAbercrombie氏に謝罪をしチラシをネットから取り下げた、という経緯があるのですが、そのチラシはこういうものです。(なにしろ正式なサイトからは取り下げられているので、ここでリンクをつけているのは、ある人のブログに掲載されたものです。)チラシ一面を左右ふたつに分け、左側にHanneman氏、右側にAbercrombie氏の経歴などを対照させる形でリストしてあるのですが、ここでHannemann陣営が強調させようとしている二候補の違いというのが面白い。知事のポストなので、ワシントンで議員をしてきたAbercrombie氏と比べて、自分は地元コミュニティで大所帯のビジネス経営や管理に携わってきた実績を強調するのはともかくとして、ほうぼうから非難を浴びたのが、「パーソナル」そして「教育」の項目。「パーソナル」では、1954年ホノルル生まれのHanneman氏に対してAbercrombie氏は1938年ニューヨーク州バファロ市生まれであることに加えて、それぞれの結婚相手の名前が掲載されています。Hanneman氏が地元出身の(相対的に)若手であるのに対し、Abercrombie氏がアメリカ東海岸出身の70代であることを強調したことは明らかですが、さらに、妻の名前をリストすることによって、Hanneman氏が「ローカル」の非白人と結婚したのに対し、Abercrombie氏は白人女性を妻にもっている、ということを指摘した形になっています。また、教育の項目では、Hanneman氏がハワイの名門私立高校に通った後、ハーヴァードを優等で卒業し、また、フルブライト奨学生としてニュージーランドに留学したことが掲載してある隣に、Abercrombie氏はバファロ郊外の高校を卒業し、ニューヨークの大学を卒業し、ハワイ大学に通っていること(ちなみにAbercrombie氏は私が今仕事をしているアメリカ研究学部で学位を取っています)が示されています。ここに込められたmixed messagesがなんとも独特。『ドット・コム・ラヴァーズ』にも書いたように、ハワイでは「ローカル」というアイデンティティが非常に大きな意味をもっていて、その「ローカル」には人種や民族、階層といった意味合いがいろいろな形で絡んでいるので、とくに知事のポストを獲得するにはそうした「ローカル」との結びつきを強調することが重要になってくるのです。が、それにあたって、妻が白人であることはむしろマイナスに作用すると(少なくともHannemann陣営には)考えられているというのがハワイならではで興味深い。そのいっぽうで、Abercrombie氏の最終学歴がハワイ大学で「しか」ないのに対して、Hanneman氏はハーヴァードを卒業しているということを強調したいかのような、一種のエリーティズムも垣間みられる。住民の多くがハワイ大学の卒業生であり、ハワイ大学は運営が州予算に大きく左右される州立大学で、大学は州の経済や文化とも密接に結びついているなかで、ハワイ大学をバカにしているかのようにも受け取れるこの項目は、とくにほうぼうから批判を浴びました。他の項目でも、事実を曲解するような記述があり、Abercrombie陣営が抗議したのはもちろん、Hanneman氏の支持者からも「このチラシは趣味が悪く無神経でHanneman氏の広報にマイナスである」との声があがり、このチラシは取り下げられることになりました。たしかに趣味が悪く無神経で、おそらくHanneman氏のキャンペーンに悪影響を与えたと思われますが、ハワイという土地のありかたと「ローカル」アイデンティティの力学を垣間みるにはなかなか面白い素材ではあります。