2010年9月27日月曜日

The Value of Hawai'i

昨日、私の親友が熱心に活動しているAmerican Friends Service Committee(クエーカー教会を母体とする社会奉仕団体)のハワイ支部のファンドレイジングの昼食会に行ったのですが、そこで、二年前に私のアメリカ女性史の授業をとった学生に会いました。かなり優秀な学生だったのですが、私が一年間日本に行っていたので、授業が終わってからは会うのが今回が初めて。私の姿を見つけると大きな笑顔でやってきて、「先生にぜひ報告しようと思っていたんですが、私は今Local 5でオーガナイザーとして仕事をしているんです。先生の授業でいろんな社会問題について考えるようになって、あの授業でpoliticizeされて、この仕事をするようになったんです」と言うので、びっくりすると同時に嬉しくて涙が出そうになりました。Local 5というのは、ホテルや飲食業などのサービス産業を中心とする労働組合(Hotel and Restaurant Employees International Union, HERE)のハワイ支部で、ILWU (International Longshore and Warehouse Union)という、もともと港湾業の労働者たちを組織してきた労働組合と並んで、ハワイでは二大組合として労働運動をリードしてきました。私の別の授業をとっていた、これまたとても優秀な学生がLocal 5でインターンをしていて、他の学生にも労働組合の役割や仕事を知ってもらうために授業が始まる前に五分間スピーチをさせてほしいというので、女性史の授業に来てもらったところ、昨日会った学生を含め何人かの学生がLocal 5の主催する学生向けのワークショップに参加し、彼女はすっかりやる気を燃やして、そのまま組合に就職してしまった、というわけです。彼女がいうpoliticizeというのは、直訳すれば「政治化する」となり、日本語にするといかにもどすぐろい政治にまみれる、といったふうに聞こえてしまいますが、こうした文脈では、要は、「社会のさまざまな力関係について政治的な問題意識をもつようになる」ということです。教育というのがこうして意味をもつことを実感できるのは、本当に嬉しいことです。

また、この昼食会のプログラムの一部では、高校生ふたりによるスポークン・ワードのパフォーマンスがありました。スポークン・ワードというのは、自作の詩を朗読するパフォーマンス芸術で、一部の若者のあいだでかなり流行っており、とくに社会問題をとりあげた集会などではよくスポークン・ワードのアーティストが公演したりします。で、昨日公演したのは、フィリピン系労働者階級の集まる地域で地元では「よくない学校」の代表としてレッテルを貼られることの多い公立高校の生徒。この学校の生徒たちに、ヒップ・ホップやスポークン・ワードを通じて、自分という人間や自分たちのコミュニティを大事にする自信とプライド、社会で活躍できるための学力、将来への希望を与えるプログラムがあり、私の知り合いや元学生が教えているのですが、ここで公演したのはそのプログラムのスター生徒。マイクの前に立つその姿には、ティーンエージャーらしいひたむきさ(と、表情のあちこちに垣間みられる生意気さ:))、そしてティーンエージャーとは思えない存在感があり、詩そのものにも、そしてパフォーマンスにも、文字通りこちらの身体ごと揺さぶるようなパワーがあり、私は心の底から衝撃を受けました。詩が扱う内容は、自分の男らしさを示そうとして軍に志願する従弟へのメッセージだったり、自分の顔や身体が気に入らなくて化粧や整形で自分を変えようとするガールフレンドへの切ない思いだったり、「こんな世の中だけど、私たちはしっかりやっていくから、心配しないで大丈夫」という大人へのメッセージだったりと、いろいろなのですが、こうした種類の詩というのはともすれば説教のようになってしまって文学性も面白味もないものになりがちなのにもかかわらず、このふたりのパフォーマンスは、内容的にもその語りにも、目をみはるような真実があって、圧倒されました。予算削減のために金曜日に学校が休みになってしまうようなとんでもない州の公立学校でも、こんな才能のある若者が育っているのだったら、たしかに将来も大丈夫かもしれないと思ってしまうくらい感動しました。

若者のエネルギーに感動する機会は、一昨日もありました。アート、LGBT、ハワイアン運動など、さまざまな形でコミュニティで運動している若者の団体が集まって開催したイベントに行ったのですが、このイベントは、発売されたばかりの『The Value of Hawaii: Knowing the Past, Shaping the Future』という本の刊行を記念して開催されたもの。この本は、不況で公立学校教育や各種公共サービスなどが大きな打撃を受け、ハワイの住民の生活の質がどんどん悪くなっていくなか、ハワイはなぜこうなってしまったのか、このコミュニティをより豊かで希望のあるものに変えていくにはなにをしたらよいのかを考えるために編集されたエッセイ集。経済や観光、軍にはじまって、公立教育や刑務所、ホームレス、DV、資源など、さまざまな分野で第一線で活躍している専門家たちが、それぞれ約3000語という簡潔なエッセイで、問題の歴史的背景と今後への提言をしています。序文でも説明されている通り、著者の視点やスタイルは様々ですが、共通する問題意識としては、(1)ハワイが経済的・社会的・倫理的に健全な道を辿るためには、先住ハワイアンの主権とくに土地の権利にきちんと向き合わなければいけない、(2)各種の公的規制や公的事業の崩壊はハワイのコミュニティにとってとてつもない悪影響を及ぼしている、(3)状況改善のためには政府や公共機関と民間セクターがよい形でパートナーシップを組むことが必要、という三点。ハワイに住んでいる人以外にはピンと来ないことも多いだろうとは思いますが、観光ガイドには見られないハワイのありかたがひしひしと伝わってくると同時に、「なんとかしなくてはいけない」という人々の思いが雄弁に語られてもいて、私はこの本を読んでいると、深い絶望と大いなる希望の両方をもらう気がします。ハワイのことに少しでも興味がある人は、是非とも読んでみてください。車の修理工場が集まるエリアにあるカフェで行われた一昨日のイベントでは、民主党の州知事候補となったNeil Abercrombie氏や州議会議員、州教育委員会のメンバーなど、ハワイの「大物」を集めたパネル・ディスカッションがあり、聴衆は老若男女実に多彩な顔ぶれが大勢集まっていて、熱気のある雰囲気。こうしたイベントを若者が中心になって企画する、ということ自体にも、私は希望をおぼえます。

ハワイに戻ってきてちょうどひと月がたちますが、アメリカそしてハワイの経済・社会状況は、日本にもまして暗いですし、社会階層の格差が人種や地域と濃厚に結びついて、これでもかという形で見せつけられるので、暗澹たる気持ちになることも多いのですが、そのいっぽうで、社会を変えていこうという人たちのエネルギー、そして組織力に実に関心させられることも多いです。良くも悪くも、絶望の度合いも希望の大きさも、こちらのほうがスケールが大きいような感じがしています。