2010年9月7日火曜日

A Happy Marriage

ホノルルに戻ってからまだ1週間強しか経っていないにもかかわらず、すでに日本での生活はとても遠く離れたことのように思え、自分の日本での生活とハワイでの生活があまりにもかけ離れている、ということに改めて気づかされて、とても不思議な気持ちになっています。自分をとりまく自然環境、街や建物の様子、交通事情から、時間の流れ、周りにいる人の種類、自分の人間関係、会話の内容にいたるまで、なにもかもがまるっきり違う。そして、ついこのあいだまで私の生活を濃厚に構成していたありとあらゆることについて理解してくれうる人というのが、自分の周りには少ない。私の友達は知的好奇心旺盛で賢い人たちなので、話せば想像力を働かせて興味をもって聞いてはくれるのですが、やっぱり自分の日本の生活はここの文脈ではまるっきり関係ないことなんだなあと感じることのほうが多いです。もちろん、誰でも、自分の育った環境や家族を含む人間関係と、仕事や交友関係などで築き上げてきた現在の生活のあいだでは、異文化間移動のような感覚をもつことが多いのでしょうが、そうした異文化性は、実際に国や言葉や文化が違うところ同士だと一段と強く感じられるものなのだと、今さらながら感じています。

さて、せっかくのサバティカルなので、研究関係の本や論文に加えて、普段はあまり読む時間のない小説を読もうと、Rafael YglesiasのA Happy Marriageを読みました。ナショナル・パブリック・ラジオのFresh AirでTerry Grossが著者をインタビューしているのを聞いて興味を持って買ったのですが、読み終わってもう一度インタビューを聞いてみると、さらに感動がありました。この作品は、著者と2004年にがんで亡くなった妻の30年間にわたる結婚生活についての自伝的小説で、著者曰く、滑稽なこと、恥ずかしいこと、みっともないことなど、小説に描かれていることはすべて事実にもとづいたもの。20代のふたりが最初に出会ってあっという間に恋に落ちる、その若者ならではの情熱と欲望とそれをめぐる滑稽さ、そして50代で死を前にした妻と最期のときを過ごしながら、愛情や結婚や家族や死について模索する著者の思いが、実に率直に書かれていて、アッパーミドルクラスのニューヨーカーの生活感覚は想像できなくても、素直な共感をもって読みました。恋に落ちるときの興奮と混乱(若い主人公の頭のなかの描写はとても微笑ましい)や結婚生活についての苦悩、中年期に入って妻への愛情を新たな形で再確認・再発見する過程、そして生や死について、この文化ではこういうふうに言葉で表現するのだったと思い出しました。題名が示すとおり、結婚をおおいなる現実味をもって描きながら、強い希望を感じさせてくれる作品です。